春が訪れるのは

似ていないようで実は似ている双子の話。春の訪れは若い彼らにとって、夏への準備運動を始める合図です。

 卒業式の余韻は筒に入った卒業証書と一緒に捨ててしまった。
 ゴミ箱から僕らの卒業証書を見つけた先生が校内放送をかける前に、二人そろって走り出す。双子というのはどうしても目立つもので、こうした行事の時なんかはたいして仲の良くない同級生や関わりのなかった先生にもやたらと絡まれる。お世話になりました、大学行っても遊ぼうな、元気でな、そんな無難な挨拶の言葉を並べて先を急ぐ。隣を見れば、俺の名で呼ばれた弟がこちらも無難な挨拶を返しているところだった。
「あいつ、仲いいの?」
「二回くらい話しただけ」
 三年の教室がある二階から三階へ上がれば、涙と笑顔で騒がしかった先ほどとは比べ物にならないくらい静かで、朝から漂っていた妙な熱気からやっと解放された気がした。どうやらそれは弟も同じようで詰襟のホックを外し大きく伸びをしている。
「どこか教室開いてる?」
「ここ鍵開いてるよ、二年三組」
 いくつかの机の脇に鞄が掛けてあるのは、きっと卒業生の胸に花飾りをつけてくれた生徒たちがまだ校内に残っているからだろう。きっと今頃は体育館でパイプ椅子の片づけをしているはずだ。教室を横切って窓の鍵を開けベランダへ出る。まだ冷たい春の昼の風が少しだけ汗ばんでいた額をなでた。続いてベランダへ出てきた弟は欄干にもたれかかって調子の外れた口笛を吹く。
「それ、思いっきり夏の曲じゃん」
 そうつっこんだ俺に、ははと笑った弟はポケットからライターを取り出してその場にしゃがんだ。
「じゃ、頼むわ」
 そう言って差し出されたライターを受け取る。百均で買ったのだろう安っぽいそれは生意気にも日の光を反射して俺の目を攻撃した。
「失敗しそう」
「しないよ」
 弟の正面にしゃがんで手を伸ばせば素直に片耳をこちらへ向ける。少し邪魔な髪を耳にかける。触れた白い耳たぶはずいぶんと冷たかった。
「やっぱりピアッサーで開けたほうがいいんじゃないの」
渋る俺に弟はすこし呆れたように笑って、もう片方のポケットからワンセットのピアスを取り出した。
「ファーストピアス二人で選んだじゃん。最初に着けるのはこれがいいんだよ」
「だからピアッサーで開けてそれつければいいし、」
「あーもういいから早く!そうだ、記念だしこれで開けるか」
 そういって指さしたのは俺の胸元の花飾り。
「コサージュだっけ?これで開けてよ」
 悪戯っぽく笑われてもう言い返すことのない俺は黙って胸からそれを取り外す。針の部分をライターで炙るとなんとも言えない臭いがした。
「ぶすっと一思いに頼むわ」
 こんなふうに、なにも心配してませんよという顔で笑う弟を見ていると、つくづく俺たち兄弟は似ていないと思う。そりゃ双子だから姿かたちは瓜二つなわけだけど、性格とか気質とかそういったものは正反対なのだ。楽観的で考えなしで強くて優しい弟とその正反対の俺、とうてい俺にはできない表情でこちらを見つめる弟の耳たぶにもう一度触れる。小さく頷かれ、もう熱くはないだろう針を慎重に刺した。真っ白だった耳たぶが針を刺した部分からじわりと赤く色づいていく。
「うわ、思ったより痛い」
 そう言いながらも笑っている弟を見ていたら俺までなんだか笑えてしまった。針を抜いて素早くピアスをつける。消毒液を塗り、恐る恐るピアスに触れている弟にライターを渡して花飾りは自分の胸につけ直した。
「はやく終わらせて」
 弟の胸元の花飾りに触れながら、そうせがむように言ってしまったのは、生まれて初めて異なる部分ができたことに対する恐怖か、痛みを共有していないことに対する罪悪感か、それともピアスをつけた瞬間の紅潮した頬に春の訪れを見たためか。いつにない慎重さで耳たぶに触れた弟の指先は夏のように熱かった。

春が訪れるのは

初めてワンライというものに参加させていただいた作品です。時間はすっかりオーバーしてしまいましたが、お題に沿ってお話を考えるのは楽しかったです。読んでいただきありがとうございました。

春が訪れるのは

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-25

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