ラブ&ヘイト 見習い天使と見習い堕天使の物語(6)

第六章 堕天使へのセカンドステージ

 新たなターゲットを見つけるため、空に浮かんだ見習い堕天使。仲がいい二人の関係を、無理やり(さっきは、何もしていないが)引き裂くのは、いかがなものかと内心思いながら、そんなことでは、いつまでたっても見習いのままだぞ、というもう一人の自分の声がする。この葛藤を鎮めたい、整理したい気持ちとなる。
「おっ、あんなところに、城があるぞ」
 そこは、珍しい水城。濠には海水が引き込まれ、鯉じゃなく、鯛やヒラメなど海の魚が泳いでいる。残念なことに、乙姫様は舞っていない。また、残念なことに、真ん中に聳え立つ天守閣はない。それでも、城の周りにある櫓がかつての城の雰囲気を醸し出している。
「あああ、ここは落ち着くなあ」
 思わず、声を上げる見習い。濠を見る。
「おっ、鯛が見える。これがホントの見える鯛、見で鯛、めでたいだ」
 見習いは、子どものように、濠の柵に捕まって身を乗り出しながら、一人でジョークを言い、一人喜ぶ。
「お客さん、ご案内しましょうか」
 振り返る見習い。
「お客さん、ここは初めてですか」
「ええ、初めてです」
 相手は、黒いマントを被った見習いの頭から足元までを見て、
「私もあなたのような人を会ったのは初めてです。いや、さっき、会ったような気もしますね」
と声を掛ける。
「もし、時間があるのでしたら、この公園を案内しますよ。もちろん、お金なんていりません。無料です。ボランティアです」
 相手の顔をまじまじと見る見習い。確かに、ボランティアガイドと書いた身分証明書を首からぶら下げている。すぐ側にはテントが立てられ、もう一人のガイドが座っている。
「私は、吉田義夫です。向こうに座ってるいのが、山田義夫さんです。どちらか一方がご案内しますよ。もし、よかったら、二人でご案内してもいいですよ。一回で二人の説明、まるでグリコのキャラメルと同じで、美味しい瞬間が味わえますよ。私たち、これをグリコ案内と呼んでいるんです。もちろん、あなたのためだけの特別バージョン、おまけですよ。ねえ、山田義夫さん」
「ええ、もちろんですよ」
 会話を聞く限りでは、仲のよさそうな二人。あえて、仲の良い者同士を、喧嘩別れしなくてもいいだろう。もっと、普通の関係の二人を探そうとした見習い堕天使。
「ええ、ありがとうございます。でも、あまり時間がありませんので、わざわざ案内していただかなくても結構です」
見習いとしては、嫌味なく、丁重に断ったつもりだったが、そこで、
「遠慮することないですよ。私に、是非、案内させてください」
と、しゃしゃり出てきたのは、山田さんと呼ばれた人物。
「吉田さんの言い方が悪かったのかも知れませんね。私たちは、ボランティア。無料でご案内しますよ。わずかの時間でも結構ですよ。短い時間でも、短い距離でも、どこかの悪徳タクシーのように、案内拒否なんか決してしませんから」
 吉田さんと見習いの間に体を入れてくる。
「はあ。ありがとうございます」
 少し強引だが、その強引さに、見習いも案内を受けてもいいかなと思った瞬間。
「山田さん。お客さんが案内はいらないと言っているんだから、無理強いしてはいけませんよ」
 助け船を出す吉田さん。これを聞いた見習いは、やっぱり、案内してもらうのはやめようかな。いやいや、この主体性のなさ、自分がないという か、強いものに巻かれたり、強い風に吹き飛ばされたりすることが、自分が見習いから堕天使に昇格できない所以かな、と顎に手をやり、悩み始めた。
 これを見て、
「吉田さん。あんたが変なことを言うから、お客さんが悩み始めたじゃないか。お客さんの気持ちを少しでも汲んで、楽しい気持ちにさせるのが、俺たち、いや私たちの仕事じゃないのかね」
「何を言う、いや、おっしゃるのか、山田さん。あんた、いや、あなたのその強引さが、お客様の気持ちを萎えさせているんだよ」
「そんなことはないぞ、吉田。お前は、前から気に食わなかったんだ」
「こちらこそ、あんたに食われるほど、間抜けじゃないぞ。山田」
「よくも、言ったな。吉田」
「ああ、何度でも言ってやる。お前は、すかたんだ。山田」
「お前こそ、お前のかあちゃはでべそだ。吉田」
「ふざけるな。山田」
 頬づえをつく堕天使の側で、口喧嘩を始めるボランティアの二人。見習いは、何の気なしに、首からぶら下がる証明書を見ながら、手帳に二人の名前、「吉田義夫」、「山田義夫」の名前を書く。
「へえ、山と吉以外は、同じ名前なんだ」
 感心している見習いの側で、口喧嘩からシャドウで殴り合いに切り替えた二人。
 見習いは、思わず、
「二人とも、山と吉以外は、同じ名前なんですね」
と、声を掛ける。すると、二人から同時に怒声が。
「うるさい。人が一番気にしていることを言いやがって」
「ホントだ、ホントだ」
 当事者間の地域の争いから三者間の大戦に変わろうとした。二対一では、いくら、堕天使でも、歩が悪い。三十六計、逃げるが勝ちとばかりに、背中の羽根を羽ばたかし、空へ飛び上がった。
「こら、逃げるな」
「まだ、決着はついていないぞ」
 地面から罵声。
「じゃあねえ、二人仲良く」
 思ってもいないことを口にして地面から目を西の空に転じる見習い。そこには、アルファベットで「A」の字が浮かんでいる。その横には「H」の字も、まだ消えずに浮かんでいる。これで「HA」だ。
「ハか?まさか、ハハじゃないよな。お笑いだ。空に字が浮かんだのは、ステージがクリアされた証明だろうが、さっきも、今も、俺は何もしていないぞ。何もしなくても、喧嘩別れさせるのが、堕天使の堕天使たるゆえんなのか」
 再び、空に浮かんだまま頬杖をつく見習い。その下では、
「見ろ、あんたが余計なことを言うから、客が逃げたじゃないか。吉田」
「心配をしないでも、あんたの顔を見たときから、客は逃げているよ。山田」
「何だ、その言い草は。吉田」
「何度でも言ってやる。あんたのその不機嫌そうな顔が客を逃がすんだ。山田」
 地上でのささやかないさかいを後にして、次の獲物を探す見習い堕天使。

ラブ&ヘイト 見習い天使と見習い堕天使の物語(6)

ラブ&ヘイト 見習い天使と見習い堕天使の物語(6)

見習い天使と見習い堕天使が、天使と堕天使になるための修行の物語。第六章 堕天使へのセカンドステージ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-12

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