金色のお守り

 俺は床が油でつるつるしている汚れた中華料理屋に来た。金がないときはいつもここだ。チャーハンと餃子を頼む。愛想のない店員のエプロンは黄ばみ、運ばれてきたスプーンや器も汚れが残っている。
 店内には俺と古い箪笥の中から出てきたようなおばあさんがひとり。昼間から紹興酒を飲んでいるらしい。紫と白で髪の毛ががやがやしている。
 テレビを見ながらチャーハンを食べていると、そのおばあさんが俺の目の前に着席した。俺は驚いて、店員にどうにかしろと視線を送るが店員はテレビに夢中でこっちに気付いていない。おばあさんは酒を片手に俺の餃子を食べ始めた。
 「それ、俺の餃子っす」
 俺がそう指摘するが、おばあさんは気にしない。口の周りにしわをいっぱい作ってもぐもぐと食べ続けている。そして、餃子を飲み込んで満足した顔で俺に話しかけた。
 「お兄さん、お金に困ってるんでしょう。餃子くれた代わりにこれあげる。金運が上がるお守り」
 おばあさんは不気味な笑みを浮かべて、テーブルに金色のお守りを置いて立ち去っていった。袋に「金」と赤い糸で刺繍されている。
 全く意味が分からない。確かに俺は金に困っているが、こんなボロい店に来る客は全員金に困っているに決まっている。お守りの中に薬でも入ってるんじゃないか?と不審に思うが、なんとなくお守りを捨てるには抵抗があった。ちゃっちいお守りをジーパンの後ろポケットに突っ込んで、俺は残りのチャーハンと餃子をろくに味わいもせずに食べた。店員は俺が会計をお願いするまで、テレビに夢中であった。
  その日から、俺の金運は一気に上がった。友人に貸していた数十万単位の金が戻ってきた。仕事の帰りに宝くじを買ったら十万円を手に入れた。部屋にあったガラクタを古本屋に売りに行ったら六万円を得た。商店街のイベントで抽選器を回したら一等のハワイ旅行が当たった。仕事が認められたらしく給与が上がった。ボーナスは今までで一番貰えた。
 突然の月の巡りにただ俺は驚いて、手に入れたお金を使うことなく銀行に預けた。ハワイ旅行は彼女と一緒に行ったが、現実感が薄く浮ついた気持ちで十分に楽しめなかった。
 一方で彼女は大喜びであった。今までろくに旅行に連れて行ってやれてなかったからであろう。最近俺がよく金を手に入れていると知っているからか、今までよりも彼女の態度が優しい。俺が惚れて付き合い始めた女だが、こうもあからさまに態度が変わると嫌な気分になる。そう思うと今まで気にしていなかった彼女のパサついた毛先や、禿げたネイルまでもが目について不愉快だ。そんなことに気付かない彼女はハワイ旅行の間、結婚の話をしていた。新築のマイホームに子どもが二人。庭があれば大型犬も育てられるね。テレビでやってた盲導犬の子どもの受け入れようよ。私とあなた、うまくやっていけると思うわ。そんなことを言っていたが、俺はただぼんやりと聞いていた。今まで俺とこの先どうするかなんて考えても仕方がないと言っていたのに。どうせ金なのだ。一時的な金の入りで浮かれている彼女にも、彼女の態度が変わったことに嫌気がさしている俺もどちらにも吐き気がして、俺は帰りの飛行機の中で不機嫌でいた。
 ふと、ポケットを触ると中華料理屋で貰ったお守りが入っていた。あの日以来、どこにやったか忘れていた。いつの間にポケットに入れていたのだろう。それともあれからずっとポケットの中に放置していたんだっけ。
 これ以上彼女の浮ついた状態にも俺の憂鬱な気持ちにも付き合っていたくない。金運をあげてくれたのは嬉しいが、このお守りは危険だ。旅行から帰ってきた俺は急いで中華料理屋へ行き、おばあさんに返そうと考えた。
 中華料理屋の扉を開くと、相変わらず無愛想な店員がテレビを眺めていた。おばあさんはいなかった。残念だが、折角来たのでチャーハンと餃子を食べることにした。この間と同じ席に着き、注文する。ふとおばあさんが座っていた席を見ると、以前はいなかった大きな招き猫が座っていた。置物の前には紹興酒がお供えされていた。招き猫ってそういうものだっけ。
 「すいません、この招き猫って前からいました?」
俺が尋ねると店員がだるそうに答えた。
 「ええ、ずっと居ますよ。でも役立たずで全然客呼ばないんですわ」
 「そうですか」
 招き猫は右手に金色のブレスレットをしている。体は白く、紫のベストのようなものを着ていた。
 これ、おばあさんかもしれない。俺はそう感じた。いや、そんなことは現実に起こり得ないがもしかしたら招き猫が気まぐれに俺に金をあげて遊んだのかもしれない。
 招き猫の目の前に金色のお守りと1万円札を置く。手を合わせてありがとう、もう十分頂きましたと心の中で唱えた。すると、こちらこそ楽しませてもらったよというおばあさんの声がどこからか聞こえた。

金色のお守り

金色のお守り

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-22

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