あの空と笑顔と僕と。
1
気づいたらここにいた…。
ここはどこなんだろう?
僕は…なんでここにいるんだろう?
いつも大事にしてくれていたあの子はどこ?
目が覚めると
子どもたちの声がたくさんする。
『だれか!!助けて!!僕に気づいて!』
誰かに届くように
力いっぱい僕は叫んだ。
僕はサッカーボール。
砂に半分埋まった状態で動けなくなっていた。
砂場から見える建物の屋根に文字が書いてある。
『ひまわり幼稚園?
ここ…幼稚園?
なんでこんなところに?』
どうやってここに来て
なんで砂に半分埋まってしまって
そして…置いていかれたのか…。
僕は思い出そうとしたけれど
思い出せなかった。
見えるのは“ひまわり幼稚園”と文字のある建物と真上に広がる空だけ。
広い空に不安になる。
『早くだれか見つけてくれないかなぁ…
僕はここに居るのに…』
呟いてみても誰にも声は届かない。
晴れている日は
外で遊ぶ子供たちが見つけてくれるんじゃないかと期待した。
誰もいなくなる夜は
寂しくて心細かった。
雨の日は
汚れていく自分を感じながら、悲しくなった。
けれど、一番悲しかったのは
待ち望んでた誰かが気づいてくれた日。
「わぁ~汚いボールがあるよ~」
と言って、触ろうともしてくれない。
「もっと埋めちゃえ!」
と砂をかけられた。
空気はまだパンパンなのに、心が萎んでいくようだった。
僕はもう、
見つけてもらう事を諦めたんだ。
2
そんなある日
砂場でトンネルを掘っていた一人の男の子が
僕を見つけて呟いた。
「あれ?ボール?」
一瞬身構えた。
動けない僕をまた…埋めてしまうの?
今度こそ…
真上に広がる空さえ
見えなくなってしまうの?
そっと僕に触れたその手で砂を退かし始めた。
「サッカーボールじゃん!」
砂を払ってその子の瞳は僕を真っ直ぐ見つめていた。
「汚れちゃってるけど…使えるよね?」
ポーンと僕を蹴った
空に届きそうになるこの瞬間が僕は大好き。
まさか…また空を飛べると思わなかった。
「使えるじゃん!!」
男の子はまるで宝物を掘り当てたような笑顔で、僕を抱きしめた。
「綺麗になるかなぁ?」
水道に連れていかれて
水をかけられ
ぞうきんでゴシゴシ拭かれた。
くすぐったかった。
「よ~し。ピカピカにしてやるぞ!」
その子は楽しそうに僕を磨きだした。
すっかり見違えるほどピアピカに変身した僕を満足げにみつめると
ボールがたくさん入っている籠に僕を入れた。
磨くだけ?
僕はちょっとガッカリした。
けれど…
その日を境に、子供たちが取り合うほどの人気者に僕はなった。
「このボールでサッカーすると上手くなれる気がする。」
誰かが言ってくれた。
「このボールすごい飛ぶんだよ!」
誰かが言ってくれた。
みんなが、順番を待って使ってくれる。
僕はなんども、何度も空に近づいては
みんなの笑顔に戻って行った。
3
そんなある日
誰かが教室に僕を連れて行った
廊下で遊びだした
僕は
『あぶないよ…やめてよ。』
そう叫んだのに
誰にも声が届かなかったんだ。
そして次の瞬間
廊下の脇にあるトイレに飛び込んでしまった。
「うわぁ…トイレに入っちゃった。」
「汚い~!
トイレはバイ菌いっぱいだよ?」
子供たちが誰も拾いにきてくれない。
すごく…不安になった。
嫌だよ…またあの寂しい場所に帰るのは嫌だ。
大好きだった空が、寂しい色で広がって
僕を押しつぶそうとしているように感じてしまうあの空は嫌い。
誰か…助けて…
「こら!みんなで何やってたの?
すごい音がしたよ?」
「先生~!ボールがトイレに入っちゃったの。」
「ん~?本当にそうなのかなぁ?
ボールは勝手にトイレに入っちゃったの?
お外からコロコロやって来て?」
違うよ…
僕はみんなと遊ぶのは好き
でも…
ここでは危ないって
何度も叫んだんだ…。
誰にも聴こえなかったみたいだけど
僕は…注意したんだよ?
「みんなは、このボールくんと遊べなくなってもいいのかなぁ?」
先生は僕をみつけてヒョイと片手で持ち上げた。
「あ!先生汚い!!」
「バイ菌だらけだよ?」
「触っちゃダメだよ!!」
子供たちが慌てて叫んだ。
「大丈夫よ。
先生は大丈夫。
ちゃんと綺麗に洗って
う~んとう~んと綺麗に洗って。
先生も手をキチンと石鹸で洗いますから。
うん…そうね~
それでも、みんながバイ菌が気になるなら
消毒もしとこうか?
そしたら…
みんなはどうする?」
みんなが僕を見つめていた。
1人の女の子が手を挙げた。
「はぁい!
みんなでボールに謝る!
ごめんねって。」
「それから、外で遊ぶ!」
「そうね。
それが一番素敵な答えね。」
先生は微笑んで僕を石鹸で洗いだした。
それから、笑いながら
消毒をしてくれた。
「ごめんね。」
ってまるで僕に話しかけるみたいに。
その時
先生は何かに気がついた。
僕に書かれた薄くなった名前。
「あれ…?
これ…あの子のかな?」
「先生~ボールもう遊んで平気?」
「あ、ちょっと待ってて。
これね…もしかしたら、この前転園しちゃったあの子のかもしれない。」
僕を抱えたまま
先生は誰かに電話していた。
電話に向かってなんどか頭を下げて切った。
ニッコリ笑って僕を抱えて再び教室でまっている子供たちの元へ
「みんな~。
この前お家のお引越しでお別れしたシンジくん、覚えてるかな?」
みんなが一斉に手をあげた
「覚えてる!!
元気かなぁ~?」
「そのシンジくんの忘れもののボールでした。
サッカークラブで練習しててそのまま置いて行ってしまったんだって。
すご~く探していたんだって。
今、お母さんに電話したらね…
みんなが大切にしてくれるなら
大事にしてくれるなら
このボール
幼稚園のみんなのモノにしてもいいって言うんだけど…どうする?」
ドキドキした。
いつも大切にしてくれていたあの子
僕を探していてくれたんだぁ…。
「シンジくん
すごくサッカー上手だったよね?」
「このボールがあったからかなぁ?」
「…すごく大切にしていたよね?」
「返して…欲しいよねぇ?」
先生はみんなを黙って見つめていた
僕も黙って見つめていた
「返してあげた方がいいと思いま~す!」
「ボールもきっと帰りたいって言うかも。」
僕は嬉しい気持ちと
みんなと別れる寂しい気持ちで複雑だった
「じゃあ、みんなでシンジくんにお手紙書いてボールと一緒に送ろうか!」
先生が笑顔で言った。
4
みんなの手紙と
僕を真ん中に置いて撮った写真
箱に入れられてあの子の元へ。
箱から出て
僕が見たものは…
青い空とあの子の笑顔
幼稚園でみた空と笑顔とそっくり。
その真ん中に…僕はいたい。
僕は、独りじゃ砂場から動くこともできなくなってしまうただのサッカーボールだけど、
空と笑顔をつなげる事ができるんだ!
あの子の笑顔と風を感じながら
大きな声で、誰かに届くように力いっぱい叫んだ。
あの空と笑顔と僕と。
※2008年“S-THE STORIES‐"の放送に伴い、ソニーデジタルエンターテインメントの企画で2009年から配信していただいていました。
手話通訳の方に気に入っていただき、某イベントで手話で紹介して頂いたりもした思い出のある作品です。
加筆&修正をしました。