わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 2

 「とりあえず週三回ぐらいが丁度いいと思うわよ。そもそも秋までは、あまりやること無いでしょ? 全国大会を目指すとかじゃ無いしねぇ。それに二切さんはスポーツの経験無いわけだし、少しずつ慣らして行かないと」
今日は、顧問の先生との顔合わせを兼ねた、ウィンタースポーツ部の結成式。担任の先生の予想通りこの部はあっさり職員会議で承認され、顧問の先生もすぐあてがわれた。
「あと、私も教職二年目でいっぱいいっぱいってのもあるし…主任の先生からも無理はするなって釘刺されてて、はは…」
顧問は、いかにもゆるふわ四コマ漫画によく出てきそうなのんびりほんわかムードの若い女の先生で、名字は「なまえ」。
 何のこっちゃと思ってたら、「生江」と書いて「なまえ」と読む名字なんだって。わたしの周りは本当に面白い姓名を持つ人が多いなぁ。
「で、先生、やっぱランニングとか筋トレとかやるんですか?」
わたしが少しドキドキしながら聞いた。実際わたしは腹筋も腕立ても出来ないので、それをしろと言われると正直困る。
でも、
「それは考えてないから大丈夫よ。十代での筋肉の酷使は特に身体を傷めやすいし、そのへん素人の私には限度が分からないから。せいぜいランニング…いや、ウォーキングの方がいいかしらね、細く長く続けられる有酸素運動だし、やり方知ってて損は無いわよ」
ということで、ホッとした。
「うんうん、筋肉ムキムキになったらスキーが上手くなるなんてわけでもないしね。足腰は強いに越したこと無いと思うけど、ウォーキングって結構そっちに効くって聞いたことあるし。あ、でも、むしろ心配なのは…」
しゃべっている環ちゃんの顔が一瞬曇ったとき、別の方向から声がした。
「せんせーい、提案がありまーす。運動もいいけど、スノボとかぶっちゃけやり方わかんないんで、そういうの教わる時間も欲しいでーす」
と言ったのは、わたしのクラスメイトで、当初「ギャルは帰宅部なのがジョーシキ!」と言っていた石渡希子さんことキコちゃん。わたしが無理矢理ウィンタースポーツ部の名簿に入れられたことを愚痴ったら、同意してくれるどころか、
「なにそれ、面白そう!」
と言って、早速部活見学にやって来たのだ。しかも入部届けをすでに書き上げた状態で。ボード、一度やってみたかったんだよねーって。それはそうと環ちゃんが言うには、
「そうそう、それ。アタシが心配してるのって。アタシは、滑り方よりも怪我から身を守る方法を先に知っといた方がいいと思う。ゲレンデ出ると絶対いつか怪我しそうな転び方する人とか、一見上手いけどよく見ると危なっかしい人とかいるから。多分本州からの客だよね。アタシ達札幌の小学生は学校で習ってるから正しい転び方知ってるけど、そうでない人は一歩間違ったら骨折なんて転び方する人もいるんだから。なんかゲレンデのスクールとかだとそこまで教える時間が無いみたいなんだよね。だから安全な滑り方や転び方を知らないままカッコだけは良い滑りになってくわけ」
「そうよねえ、怪我は大変だもんねえ。でもそういうのは、授業形式でもいいの? あとそれ教えられるのって多分玉木さんだけだと思うけど…」
「いいですよ。アタシやります。だから週三回のうち一回か、それかウォーキングしたあとに勉強タイムか…そのへんはやりながら決めていければいいかなって」
環ちゃんの不安は解決した。こうして、部員三人と顧問一人によるウィンタースポーツ部は発進することとなった。



 で。
「ふぅ…ひぃ…はぁ…」
「ちょっとお、うめちゃんマジぃ? 走ってないよ、ちょっと腕多めに振ってちょっと歩幅大きくして歩いてるだけだよ?」
わたし達の学校は高台にあり、敷地内に傾斜もある。系列の中学校や大学もあるので面積も広い。その中を運動部はランニングしているわけだが、わたし達は両手にストックを持って歩いている。
「うめ、がんばれー。もう少しでゴールだぞ-」
環ちゃんが励ましてくれるけど、わたしはもういっぱいいっぱい。

 このトレーニングを取り入れたのは、顧問の生江先生。
「これはノルディック・ウォーキングと言って、北欧のスキー選手が雪の無いときのトレーニング法として思いついたという説もあるのね。この部にピッタリでしょ? それで最近は無理なく出来る有酸素運動ってことで、日本でも特に中高年の人たちが健康づくりに活用してるの。よく生涯学習のコースにも入ってたりするわね」
ストックは、先生間のコネでスポーツセンターに余っていたものを譲ってもらえた。これを持って雪道や山道よろしく、普通の歩道や公園を歩幅を大きめにして歩く。だけど、わたしには結構ハードに感じる。そりゃわたし達をあっという間に追い抜いていく運動部の子たちに比べれば全然楽なんだろうけど…。それにしても、おじいちゃんおばあちゃんが無理なく出来る運動でヒィヒィ言ってるわたしって…。
 「とりあえず今日はこのくらいにしておきましょうか。だいたい歩きはじめて十分すぎくらいから脂肪が燃焼し始めるらしいから、三十分もやったから随分燃えたかもね」
「マジ? ダイエットにちょうどいいじゃん」
と、真っ先に食いついたキコちゃん。別に太ってるとは思わないけど、
「ギャルは体重を気にするものなの!」
と言って、いつもお弁当を少なめにしておきながら、学校帰りにたい焼きを買食いしたりしているから、よくわかんない。まぁ確かに、みんな程よく身体があったまって、ほぐれた感じの顔をしている。それにひきかえわたしは…ひぃ、はぁ…息が上がって心臓がバクバクして。とてもじゃないけどスポーツを楽しくやる人の気持ちが理解できない。
 そのあと座学ってことで、色んなウィンタースポーツについて先生と環ちゃんが紹介してくれたけど…モーグルのあたりから睡魔に負けて、記憶が無い…。



 「大丈夫、やってるうちに少しずつ体力はついてくるから」
と環ちゃんはなぐさめてくれたけど、わたし的にはその前にぶっ倒れそうな勢い。それもこれも、環ちゃんが勝手にわたしの氏名を部活設立の届け出用紙に書き込んだのがいけなかったんだけど、じゃあこのまま帰宅部になって何やるの? と言われると弱いので…。
 それにしても、週三回の活動日になってよかった。これが毎日続いてたら、絶対身体持たないよ…。

 と、思ってたのに。
「なんで日曜に部活? しかも目的地までノルディック・ウォーキングで来るだなんて…」
「仕方ないっしょ。歩いていける所にちょうどいい活動場所あったの思い出したんだもん」
「歩いてって…ふた駅分あるよぉ…電車で来ようよぅ…」
わたしの相次ぐ弱音に、生江先生が折れてくれた。
「じゃあ、この公園で一休みしてから行きましょう。もう桜はほとんど葉っぱになってるけど、花見のスポットでもあるのよここ」
わたしは、ほっとしてベンチにへたり込んだ。

 しばしの休憩の後、いざスケート場へ。みんなは時間を持て余すくらい休んだ感じだけど、わたしはまだちょっと疲れが残ってる。
 わたしはここのスケート場にトラウマがある。小さい頃両親に連れられて来たんだけど、全然滑れなくて、最後は帰る帰ると号泣した覚えがある。だから心はずっと落ち着かない。
 受付を済ませ、スケート靴を借りる。それなりにお金がかかるから、そうしょっちゅうは来ないと先生が明言している点がわたしはちょっと安心。
「単にスケート靴って言っても色々種類があるんだけど、初心者が一番使いやすいのはフィギュアスケート用かな。刃が短いから取り回しが楽だし…あ、これあるんだ。」
環ちゃんが一足のスケート靴を取り出して、わたしに見せた。刃が平行に二枚並んでいる。
「最近開発されたらしいんだけど、二枚刃のスケート靴。これだったら転びにくいよ。ローラースケートのほうがローラーブレードより楽、って言ってもわかんないか。三輪車は転ばないけど自転車は転ぶ、って言ったら分かりやすいかな?」
なるほど。一本の刃だと横にバランス崩すけど、二本平行に並んでいれば転ばないわけか。これだったら、わたしでも滑れそうだ。よしやる気出てきた。頑張ろう!

 「う~ん、まさかここまでとはねえ…」
「二枚刃でコケまくるってのは、正直信じられないなあ…」
「ヘルメットかぶらせたのは正解だったかもね、でなければ今頃救急車呼んでたわ」
先生と環ちゃんが呆れ顔で、氷上で転がっているわたしに手を差し伸べた。わたしは氷の上に片足を乗せた瞬間、その足がズーッと前に滑って転倒。氷の上にはいきなりじゃなくてゆっくり乗って、まずは両足で立つ、と教わったので再度リンクの外からその通りにしてみたが何度やっても尻もち。果てはどういうわけか靴が身体に対して横方向に滑って股裂き状態になり、尻もちをついて転ぶのを回避しようとして思い切り全身を前に向けて動かしたら今度は顔から氷にキスをする形で転倒。わたしは鼻血で氷を赤く染めながら二人に救出され、ベンチで休まされた。
 キコちゃんはアイススケート初めてなはずなのに、二枚刃のおかげでスイスイ滑っている。先生は大学時代もよく高田馬場や赤坂のテレビ局前のスケート場で滑っていたとかで、なかなかの腕前。環ちゃんがジャンプや回転までしているほどの腕前なのは言うまでもない。 
 休憩してはリンクに戻っていくお客さんたちを見ているうち、悲しくなってきた。何やっても、わたし、ダメなんだ…。目に涙がいっぱい溜まって、こぼれ落ちそうになった。
「うめ…」
背中から声がした。環ちゃんだった。
「ごめん…無理やり巻き込んじゃって…。アタシ、自分のやりたい部活作ることに頭が一杯で、うめの気持ち全然考えてなかった…」
環ちゃんは、わたしの隣に座って、話を続けた。
「無理、しなくていいんだよ。うめがどうしてもイヤだっていうなら、ウィンタースポーツ部やめていいし、それでもうめはアタシの友達だから。キコも部活無ければないで遊び方知ってるだろうし、いっそ廃部にしちゃおうか?」
「…それはダメ!」
溜まっていた涙も一気に吹っ飛ぶかのような勢いで、わたしは顔を上げ、環ちゃんに言った。
「環ちゃんがやりたいこと、ガマンする必要なんて無い! わたしなんか放っといて、環ちゃんはこの部をどんどん大きく盛んにしていかなきゃ! 辞めるなら、わたし一人辞めるから、環ちゃんはこの部を続けて!」
「そんなことできない! うめが辞めるなら、アタシも辞める!」
「…じゃあ、わたし、辞めない! 怪我しても骨折ってもいいから、環ちゃんにウィンタースポーツ部辞めさせたりなんか絶対させない!」
「…怪我とか骨折とか言わないでよ! 部活なんてそんな体張ってやるようなものじゃないっしょ!?」
「だって体張らないと、みんなみたいに出来ないもん! それにみんなが出来てることが出来てないのに、こうやって鼻血出したりしちゃってるもん!」
「…ぐっ…」
環ちゃんが言葉をつまらせた。瞬間、言い過ぎたかもと反省したが、どう言っていいかわからない。また、目の中に涙が溜まってきた。その時。
「そうそう、思い出したの」



 「スキー行きましょう!」
生江先生だった。
「スキーならスケートと違って幅のある板の上だから転びにくいし、氷は滑るけど雪は平らなところなら立っているの簡単だし。スケート場はどんな氷も平等にツルツルしてるけど、スキー場は急な坂もあればゆるやかな坂もあるから、きっと二切さんにも出来るはずよ?」
「そんなの言われても信じられません! 第一もう春ですよ? 桜も散ってるんですよ? スキーなんてできるわけ」
「あるよ」
環ちゃんが、ふと気がついたように割り込んできた。
「北海道とか、本州でも高い山のスキー場は五月の頭まで滑れるところ結構あるよ。だから、まだ間に合う」
「ちょうどゴールデンウイークでもあるしね。混むことは混むけど、祝日の間の平日をほら、公欠にすればいいのよ」
「おー、部活やってる人の特権だねー」
いつの間にかキコちゃんもやって来て、先生の公欠という言葉に食いついている。話はトントン拍子で進み、ゴールデンウイーク中の春スキー合宿という計画が決定してしまった。
 「大丈夫、うめも絶対楽しめる合宿になるから。保証する」
環ちゃんが、わたしの涙目をしっかり見つめて言った。その言葉にはなぜか真実味があり、わたしにも出来るかも、と思わせるほどの真剣なまなざしだった。
 「…う、うん。わたしも行く…」
言ってしまった。でも本当にこれが最後の望みだ。これでダメだったらもうオサラバだ。そういうことも同時に思っていた。
「でも、今から宿の予約なんて出来るんですか? それに、急に合宿行くって言っても、親がお金出してくれるかどうか…」
環ちゃんが、もっともな疑問をなげかけた。正直、まだその言葉で中止になればいいなと、ちょっと思っていた。しかし、
「大丈夫。泊まるところもあるし、低予算で行ける方法思い出したから」
という先生の言葉がそれを打ち消した。ともかく、わたし達は春の雪山へといざなわれることとなった。

わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 2

 今回から環の一人称が「あたし」から「アタシ」になってますが、なんとなくソッチのほうが似合うなってひらめいただけです。深い意味はないのですが無理やり理屈つければ高校生活に慣れてきて緊張が解けた、ってことですかね、と言うかそういうことにしておいてください。

わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 2

「どうして芳◯社や◯迅社の四コマ雑誌にはスキー部のマンガが載っていないのか? という疑問からこの物語は生まれました。ならば自分で書いてしまえと思って書き上げた(だってラノベでも心当たりないですもん)第二弾です。もし「既にスキーやスノボの部活もの商業誌であるぞー」というツッコミはむしろ歓迎です。読んでみたいのでw

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-12

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