ピーターの報告書：ザイーシャと谷里夏美のケース

女性同士で子供を作る手術に、幼いレズビアンのカップルが利用されます

　半年ぶりにシャトルの屋敷へ呼ばれたわたしが目にしたのは、全裸のままキスをしたり抱き合ったり生殖器に口を付け合ったりする二人の少女だった。彼女らはシャトルの依頼でわたしが拉致してきた日本人とロシア人、可能な限り年齢の低いレズビアンのカップルという条件で探した、二人とも八歳という珍しい少女達だ。半年経ったことで、片方は誕生日を迎え九歳になっているはずだが。
「早かったなピーター、時間を守るエージェントは好きだぞ」
　皮のソファーから腰を上げ、シャトルはわたしのほうへ顔を向けた。マジックミラーの向こうで起きている乱痴気騒ぎを何とも思っていないらしく、駅で待ち合わせたような素っ気ない表情をしている。
「それはどうも。で、今回は何だ。上からは、見てきたことを報告しろとしか言われていない」
　今回の呼び出しに対して、わたしは仕事の必要によるとしか聞かされていない。いつもわたしを案内するシャトルの部下も事情を知っている風ではなく、不思議そうな顔をしていた。
「ようやく試せそうになったんでな。忙しいところ悪いが、実験開始の立会人になってもらおうと呼んだ」
「立会人か、マニア向けのＡＶの撮影に必要とは思えんが」
「なるほど、ＡＶか。金になるのか、それ」
　心底どうでもいいらしく、シャトルは冗談を真剣に捉えつつ適当な返事で返してきた。金にはなるだろう、わたしのようなサラリーマンには大金と言える。しかしシャトルにとってははした金だ。皮肉に対して冗談も言わないのは、心が冷めているからだろう。
「話の腰を折って済まなかった、実験ってのは？」
　気を悪くした様子はなく、シャトルは説明を始めた。
「去年、女同士で子供を作る方法が報告されただろう、卵巣を片方取り出すヤツだ」
　ソファーの横に置いてあったバインダーを拾い上げ、わたしのほうへ向けた。手書きの資料だった。
「知ってるだろうが、あれは卵巣を潰して確実に妊娠する方法と、不確実だが卵巣を移植して維持する方法の二種類がある。一応、両方実用可能という結論が出てる」
　資料は二人の少女の名前と日付、時間、そして可、もしくは不可という記号のみの非常に簡単な書式をしている。この紙束のために、シャトルはどれだけの金を浪費したのだろう。
「新しく作られず、加齢で受精卵になれなくなる卵子と違って、精子は作るものだ。元になる卵子が若かろうが年老いていようが、作れる精子の質に大差はない、というのが今出ている結論だ。それを裏付けるために、大勢の連中が躍起になっている。金になるから当然だな」
　ここでわたしは察した。シャトルは誰も調べていない、女性同士での妊娠の下限年齢を検証するつもりなのだと。だが、何のために。少なくとも金にはならないし、検証そのものがシャトルの目的でないことは態度から分かる。
「分からないことは実験で証明する、なんて殊勝なことを考えたとでもいうのか。らしくない」
　わたしの言葉に、シャトルは同感といった風にため息をついた。まるで他人事だ。
「そんなところだ、だから退屈している。お前に連れてこさせたはいいがこの二人、調べたら排卵がまだでな。人間ってのは個人差のでかい生き物だ、早い女なら八歳でも妊娠できるが、こいつらは無理だった。半年間女性ホルモンを打ち続けて、ようやく二人とも準備が整ったよ。記録を狙うなら、粉ミルクに混ぜる必要がありそうだ」
　そんな記録に意味が無いことを承知で言っているが、この男は赤ん坊を妊娠させることに利益があれば喜んでやるだろう。シャトル・キヴォーキアンという人間は、利益のためなら何でもやる商才と、禁忌を犯すことに喜びを感じるというどうしようもない性質を併せ持っている。
「悪趣味だな。で、そんなに早く妊娠させて何になる」
「アテは三つ。一つ目、これを思いついたきっかけだが、起きる可能性のある偶然に賭けている、とでも言っておく。この情報は高いぞ、確定するまでは売れん。二つ目は検証、極端に若いカップルで妊娠が可能なら下限はほぼ無視できるという証明になる。ま、小銭だな。三つ目はピーター、お前を呼び出す口実に使えるってことだ」
「わたしを？」
　呼び出して、どうするつもりというのだ。
「九千部ハルは元気か？」

　シャトルは上機嫌だった、当然だ。わたしの苦々しい顔を長い時間、面白おかしい話を交えて眺めていたのだから。性根の腐った科学者は、己の楽しみのためだけに、特A級のサンプルである九千部ハルを一介のエージェントに過ぎないわたしの手元へ送りつけてきた。事前の予告はなく、上からの説明も一切なかったが、これに関わる何らかの情報が漏れればわたしが消されるのは明白だった。
　九千部ハルは恐ろしく機械的だった。共同生活は苦痛だった。頭は良いため秘匿すること、生活を自己完結させるのが容易かったことがせめてもの救いであったが、おかげでわたしは家へ帰ることが少なくなった。
「楽しい時間をありがとうピーター、キミの働き如何では体の改造も考えてやると九千部には伝えてくれ」
「……覚えておこう」
　シャトルは部屋を迂回し、マジックミラーの斜め向かいへと回った。そのまま眺めているつもりだったが、シャトルに手招きされたため後を追った。
「単なる収監部屋なんでな、即席の設備しか付けてない。あのスケベチビ共を眺めていれば九千部を抱く気が起きるってんなら、今からでも特別房に仕立てるが」
　わたしの顔を見て、さすがのシャトルも笑えぬ冗談と悟ったらしい。満足そうに顔を歪め、何も言わず扉の横に据えられたマイクに向かって話しかけ始めた。
「久しぶりだな、二人とも。飢え死にしてないということは、ちゃんと機械は動いていたらしいな」
　少し間をおいて、男とも女とも付かない、子供特有の甲高い声がドア横のスピーカーから聞こえてきた。
「こんな、こんなに長く閉じ込めて……なんでこんなことするの？」
　シャトルはわたしの肩を叩き、ドアの上にある覗き窓を指さした。見ろ、ということなのだろう。
「出してよ、ここから出してよぉ！」
　マジックミラーで見たときは気付かなかったが、作りは旧世紀の閉鎖病棟にユニットバスと照明を付け足したような簡素なものだった。また、死角になっていた位置にモニターが据えてあるが、そこに映し出されているのはレズビアンが行為を行っている映像であり、彼女らの性行為が煽られたものだと分かる。
「そう言えば、何故お前達二人を閉じ込めたのか、伝えていなかったな」
　強気に訴えていたロシア人の少女、ザイーシャ・ストコフスキーとか言ったか。彼女はシャトルの言葉を受けて、勢いを弱めた。
「なによ、理由って」
　ザイーシャの弱気を察したのか、先ほどから黙っていた日本人の少女、谷里夏美（たにざとなつみ）が彼女に近づき腰を抱いた。覗き窓はわたしが使っているためシャトルは彼女らの様子を知らぬはずだが、彼は見透かしたように言葉を向ける。
「お前達がそうやって悪い遊びをしたから、オレのような悪い大人がわざわざ呼び出されたんだ。なぜ、親も警察も助けに来ないか不思議に思わなかったのか。悪い子供はさらわれてしまうと、学校で教わらなかったのか」
　この男、道徳の意味を知らない子供の心理を逆手に取ろうとしている。興味がないよう振る舞っていたのは演技だったのか、はたまた、こういう発想が自然に出てくるのがシャトルなのか。どちらだとしても、悪だということに変わりはない。わたしも人の命を金にする身ではあるが、こうもためらいなく、理由なく相手を地獄に落とすことは出来ない。わたし達の家業で落とすときは容赦なく、速やかに行われることが好まれる。
「ねえ」
　谷里が口を開いた。ザイーシャと比べ、更に高いが澄んだ女性らしい声をしている。モンゴロイド系アジア人の特徴なのだろうか。
「捕まったあとは、どうされちゃうの？」
　シャトルのほうを見ると、先ほどより表情が豊かになっているのが見て取れた。彼にとって、ザイーシャの反応より谷里の反応のほうが好みだったらしい。
「テレビに映っていただろう、お前達のように悪いことをした女の姿が。男との結婚を許されず、女同士で結婚し子供を作ることになった。断れば、その部屋に腹を空かせたライオンを入れる。要は殺すということだ、ライオンはただの風習だ」
　ライオンを入れると聞いてザイーシャは震え始めたが、谷里はぼんやりした表情が引き締まっただけで動じた様子はない。シャトルがマイクの電源を切り中の様子を聞いてきたので、見たとおりのことを教えてやった。シャトルは続ける。
「だが、ふふふ……子供のお前らでも、女同士で子供が作れないことくらい知っているだろう。女同士で子供を作るにはな、手術が必要だ。つまり、メスで腹を切るかライオンから逃げ切るか選ぶわけだ。お前達を閉じ込めたとき、何故パンツ一枚まで残らず全部奪い取ったか分かるか？」
　わたしはシャトルに、二人が首を横に振っていると伝えた。
「一度だけ、服を縄のように使ってライオンを絞め殺したヤツが居たのさ。そいつ自身はライオンに噛まれた傷で死んだが、悪い子供に生きて帰られると悪い大人は困るんでな！」
　少女達を閉じ込めた部屋の中に、ライオンの雄叫びがこだまする。わたしが見てないところで、音声を用意していたらしい。服を奪った理由といい、この男、でっち上げの腕も大したものだ。内容は一見脅しだが、無意味な脅迫を好む男ではない。理由があるのか、ただの悪ふざけか。
　どちらにせよ、シャトルの言葉は真実よりたちが悪い。必要とあらば本当にライオンを連れてくるだろうし、目的のためならそれ以上のことも平気でやるからだ。
　わたしの思いを他所に、シャトルはシラを切り続ける。
「飯を抜きすぎて気が立っているらしい、後で馬を喰わせておく。すぐ返事しろとは言わん、考える時間くらいはやる。一時間後にまた来る」

　わたしとシャトルは部屋を出て、運ばれてきたコーヒーを手にする。わたしは頭に浮かんだ疑問をそのまま目の前の男に投げた。
「ずいぶん回りくどいことをするじゃないか、ある偶然とやらのために必要なのか」
　シャトルはコーヒーを冷まさずグイと飲む。
「必要かもしれんし、不要かもしれん。九千部の一件で子供の持つポテンシャルに目を付けて今回のことを思いついたが、正直言って面倒だ。オレはこういう仕込みは好かん。人間を料理するならありのままに限る。オレと同じ土俵、自由に選んで自由に生きる存在をありのまま握りつぶしてこそ優越感を得られるというのに、あの二匹は相互に依存することで生きている。殺す価値もない。今回に限れば、そうなってくれたほうが都合はいいんだがな」
　シャトルは飲み干したコーヒーカップを目の前で握りつぶして見せた。冷静そうに見えたが、内心苛立っていたらしい。
「ずいぶんと九千部ハルにご執心じゃないか。あいつは機械に主導権を奪われている、お前の言うつまらん相手ではないのか」
　シャトルは握った手をわたしの前で開いた。コーヒーカップの破片がこぼれるが、手から血が出ている様子はない。
「分かってないなピーター、九千部は被験者の中で最も強く抵抗して見せた女だ。そして、ヤツはお前との問答で自身を人間と定義し、幸せかどうか、という極めて曖昧な問いに明確に答えて見せた。機能に一切の制限を付けなかったのに、だ。物事を表面で判断するな、あの女は自分で言ったとおり他の人間とは違う、自由意思で合理的なロボットをやっている。お前の家に送りつけるのは高く付いたが、ピーター・スミスと九千部ハル、お前らの日常生活が聞けるなら百万ドル積んでも安い」
　一つの考え方として、筋は通っている。だが、わたしの価値観で到底受け入れられる内容ではない。とはいえ、反論したところで力の差は明らかだ。わたしは諦めてコーヒーを飲み干し、時間が過ぎるのを待った。

　結局、少女二人は全身麻酔を条件に手術に同意した。シャトルは二つの妊娠方を試すつもりであったらしく、どちらか一方を二人に選ばせることに。少女二人に説明が行われ、一度きりだが確実に妊娠できる方法をザイーシャが、臓器移植の格好を取り不確実だが二度三度妊娠できる可能性がある方法を谷里が受けることになった。
　最初の工程は、どちらも共通している。卵巣の精巣化だ。と言っても、薬品や遺伝子操作でメスがオスになるといった簡単な話ではないらしい。
　専門でないので聞きかじりだが、受精卵に必要なのは精子の核であり、それはオタマジャクシの先端の内側というごく小さい部分の遺伝情報で完結している、らしい。
　ある程度の条件を満たせば、遺伝情報の集合体で代用できること。卵子にも段階があり、代謝するため、精子の核に相当する小さな遺伝情報の集合体へ向かわせることができるらしいこと。健康な卵巣と卵管側をある程度いじることで、前述した小さな卵子が入り込みやすい卵子を吐き出すように出来ること。などにより実現するらしい。
　短くまとめれば、卵巣は取り出す前に処置しておくことが必須、ということだ。
「うあああああん！」
　初めての手術が終わり、麻酔が切れ始め痛みの現れ始めた二人は大声で泣いている。シャトルの指示で二人は他の人間と一切接触できぬよう隔離されており、幼い二人は並んだベッドに縛り付けるよう固定した状態で放置された。ベッドに固定したは、痛みから傷口に手で触れてしまう恐れがあったからだ。
「なつみちゃあああん、痛いよぉぉぉぉ！」
　ザイーシャが大声で訴える。谷里も苦しそうだが、鳴き声を押さえてザイーシャを励ました。
「大丈夫だよザイーシャちゃん、すぐ痛くなくなるって言ってたでしょ。ほら、いたいのいたいのとんでけ～」
「とんでかないよぉぉぉぉ！　ああああん！」
　泣き止まないザイーシャを横目に見て悲しくなったのか、谷里も再び泣き叫び始めた。
「ザイーシャちゃんが泣いてる……うああああん！」
　ベッドへ固定する必然として、点滴の針が複数刺され、口元には吸い飲み。尿道と直腸にはカテーテルが繋げられ、二人が眠っている間に交換する。体の上には吸水性のよい薄いシーツが一枚乗っているだけで、相変わらず二人とも全裸。子供であっても異様と分かるはずの光景だが、半年間裸体を見せ合った仲であるためか、お互いが自分の姿を見られることに抵抗を感じている様子はない。
「様子はどうだ、ピーター」
　ドアを軽くノックし、シャトルが入ってきた。目に悪いものを見すぎたためか、シャトルの顔がゴッホのひまわりに見える。
「諜報部の拷問を受けてる気分だ」
　わたしはシャトルが差し入れた『とびきり上等なコーヒー』をやりながら答える。これくらいの役得がなければ、悪趣味な猟奇ポルノのような光景には耐えられない。
「同情はするが、必要なんでな。恨むなら、立会人の証言を要求する会社のドンに言うんだな」
「あ、夏美ちゃん、見ないで！」
　ザイーシャが目をつぶり叫んだと思ったら、カテーテルの中を排泄物が流れ始めた。医療用のそれは内容量や詰まり、状態を確認するため透明に作られており、シーツで隠してあるもどうしても視界に入ってしまう。見ないでと叫んだ少女が目をつぶり顔を赤くしているのに対し、言われた少女は目を見開き、荒げた息を押し殺してその様子をじっくりと眺めていた。よく見ると、股のあたりに染みが現れていることに気がつく。谷里にも当然カテーテルが挿入されており、失禁で染みが出来ることはありえない。つまり、あの八歳児はルームメイトの失禁を見て膣液を漏らしているということだ。
「シャトル、あれもドンに報告すればいいのか？」
　座ったまま睨むと、流石のシャトルも分が悪いと思ったのか申し訳なさそうな顔をした。
「必要だからやった、意図せずああなった。報告はお前の仕事だ、裁量はゆだねられているだろう。だが、ここにジャマイカ産の最高級品がある。シャトルの管理にもよらず、二人の子供は必要以上の相互依存を見せた。と、思ってくれるのなら……在庫どころか、今後仕入れる全てを自由にさせていいとオレは思ってる。どうだ？」
　優秀なエージェントも、時には賄賂を受け取るものだ。わたしは本部の指定した時間だけ子供の痴態を眺めた後、致し方なかったとだけシャトルに告げて引き上げた。

　◆◆◆

　しばらく経ち、シャトルから連絡を受けたわたしは再び屋敷へとやってきた。案内人は前回と違い、戸惑いを表に出さない仕事の顔をしている。わたしの来訪がきっかけになり、シャトルから説明を受けることが出来たのだろう。
「遅かったな」
　通されると、幼い女二人は既に眠らされ手術台に乗せられていた。わたしは時計を見たが、待ち合わせの時間までまだ三時間もある。
「日本人並の速さだと思うが」
　シャトルはスケジュール帳を確認し、小さく舌打ちした。
「急かされたのか、このオレが……腹立たしい、さっさと済ませるぞ」
　機嫌を悪くしたシャトルは何の説明もせず手術着に着替え、さっさと部屋に入ってしまった。わたしは見届けろとしか言われていないので、説明を聞く必要はないと自分を納得させ、シャトルの手元が見えるよう手術室を隔てるガラスの前を右へ左へと移動しながら眺めた。
　精神を乱してこそいても、シャトルが雑に手術をすることはなかった。メスを入れる前に締め付けるべき血管は締め、消毒もしっかり行う。二人を平行して行うからなのか、助手を使わないからなのかは分からないが、覆い布を使わず、自分を含め部屋の全てを滅菌していたが、それについての善し悪しは問わずにおこう。
　普段と違い、覆い布がないため切った断面がよく見える。人の内臓なんて見慣れている、と思っていたが血を拭き取られた断面を見せつけられると意外と気持ち悪くなるもので、切っているのが子供の柔肌ということも手伝って気分が悪くなる。切っているのが見えづらい股であり、心臓の見える胸部でないだけマシだと思いたいが。
「バケツならガラスの左側だ、脇にある排水溝に吐いてもいいぞ」
　シャトルはこちらの様子を見ていたらしい。そういえば、今はこちらの部屋の電灯が付いているのだった。マジックミラーは機能しない。
　わたしはひとしきり胃の内容物を吐き出し、見学に戻った。まったくもって嫌な仕事だが、本社から直接派遣された人間が見ていたという事実が必要だ、目をそらすわけにはいかない。シャトルが休憩のためにこの部屋へ戻ってくる可能性を考えれば「カフェ」で一服という訳にもいかない、困ったものだ。
　シャトルは少女の一人……金髪であるから、ザイーシャか。ザイーシャから卵巣と卵管らしきものを抜き取り、なにやら仰々しい医療機器の上に金属の容器ごとポンと載せた。しばらく止血らしい作業をすると、傷口も塞がず今度は谷里のほうへと向かう。
　少女らは眠っており、ぴくりとも動かない。同じように卵巣と卵管のようなもの抜き取ったが、今度は機械にはかけずメスを当て始めた。切る、というより薄皮を剥いているように見える。透明な膜をはぎ取ると、ごく小さな注射器で何かを注入し、それを持ってザイーシャの元へ戻った。
　傷口をふさがれなかったために、ザイーシャはある程度出血していた。シャトルは血を拭い、塞がずにおいた切り口へさらにメスを入れ、空けた穴から先ほどの卵巣と卵管を入れ、釣り針のような細い針と、ハサミだかピンセットだかよく分からないものを使い、真剣な顔で一時間ほど格闘していた。
　以前聞いたとき、それぞれ縫合針（ほうごうばり）、鉗子（かんし）と言う名前だと説明を受けたのを思い出した。多くの種類があり、細かい名称や違いの話も聞いた気はするが……思い出せない。
　やっていること自体も言葉にすれば単純で、変化した卵巣と胎盤を直接繋いでいただけ、らしい。縛り付けるとき、相手方の卵管を使えばへその緒と一緒に出てくるから害が無くて安全ということだった。
「乳臭いガキにやっといて、安全とは笑わせる」
　仕事柄、こういう見世物を好む客を相手にすることはある。奴らの共通点は相手を性処理用の小道具としか思っておらず、加えて、そう思っている自分に酔っていることだ。わたしの考えを見抜いたのか、シャトルが反論する。
「ガキのケツに焼き印押して喜んでる連中に比べればよほど安全だ、オレは感染症の心配までしてるんだからな」
　彼も十分に悪趣味だが、実在しない空想に酔うのは好みではない。実在する人間、利益になる行為と聞けば喜んで心臓を握りつぶすため、酔った客より質が悪いとも言えるが。
「その歳で妊娠して、死なずに産めるのか？」
「そうなるように手術している、不妊の女なら嫉妬で気が狂うくらい上等なヤツだ。十年待つよりよほど安全だよ」
　終わったらしく、シャトルはザイーシャの傷を縫い始めた。傷の手当てはさすがに慣れたもので、あっという間に終わってしまう。フィルムらしきものやらガーゼやらを包帯で巻き付けると、今度は谷里のところへ向かった。
　彼女への手術は、ザイーシャと少し異なった。深く切らない代わりに、鉗子を大量に使い、よくは分からないが、やけに小さな縫合針とピンセットを持ち出して静かに、デリケートに手術を進めている。
　一段落したと思ったら拡大鏡とロボットアームを持ち出し、細かい作業をやり始めた。難しい作業らしく、シャトルは一言も喋らない。時折汗を拭くだけで、こちらを見ようともしなかった。わたしはと言えば、谷里の股ぐらが非常にゴチャゴチャしていることもあり、見ていてもよく分からない。何度か注射針を使っている様子も見えるが……わたしはこれを理解するより、見届けることが重要だ。細かい内容が必要になれば、要求などせずともシャトルが出すだろう。そもそも、この手術は既に確立された技術なのだ。
　先ほどより長かった、三時間ほどかかっただろうか。流石に堪えたのか、眠らされたままの谷里の顔に疲れの色が見える。
「二人分の手術を一人でってのは、手間がかかっていかんな」
「手伝いを呼べば良かったろうに」
　傷を塞ぎ終え、シャトルは二人の少女にシーツを掛ける。
「オレが何を企んでいるのか、感づかれる訳にはいかんのでな。信用できて腕が立つ。となると、オレの手駒に勘の悪いヤツはいない」
　シャトルは偶然に賭けるという言い方をした。そこまで価値があることが起きるというのだろうか。

「あかちゃん、あかちゃん」
　手術を終え、二人きりにされた二人は以前のようにベッドへ縛り付けられているが、痛がったり泣いたりする様子はなかった。お互いの子供を産めることを喜び、二人で未来のことを話している。
「男の子かな、女の子かな」
　ザイーシャが興奮した様子で話すのを聞き、谷里が嬉しそうに返す。
「どっちでもいいように、いっぱい名前を考えようね」
　薄暗い部屋から二人の様子を見ていると、シャトルが中へ入ってきてわたしの隣へ座った。疲れているらしく、座るなり深いため息を吐く。間を置かず入ってきた助手が置いたコーヒーを手に取り、冷まさず一口に煽った。
「熱い、落ち着く」
　少女達の体が全裸であり包帯が巻かれ、点滴の針が幾本も刺さっている。という点に目をつぶれば、マジックミラーの越しの光景はさほど悪趣味ではない。差し入れのカフェをやっていることもあり、わたしの機嫌は前回より格段によい。
「流石に疲れたようだな」
　わたしはシャトルを気遣う言葉を投げた。本当に疲れているらしく、彼にしては珍しく激励の言葉を素直に受け止めた。
「ああ。趣味でもないのに手間のかかる手術を一人で、なんてのはオレの流儀じゃない」
　九千部ハルのときを思い出した。あのときも長い手術だったが、彼は一人で、嬉々として手術を行っていた。疲れた様子もなかったのは、楽しんでいたからなのだろう。
「なるほど。しかしいい腕じゃないか、あいつらが痛がってる様子はないぞ」
　わたしはマジックミラー越しにはしゃぐ少女達に目を向けた。シャトルはそれを鼻で笑う。
「前回うるさかったんでな、鎮痛剤を許容範囲ギリギリまで仕込んだ。胎児のことを考えて使わなかったが、母胎がああも苦しんでたら使った方がいっそ負担が軽いんじゃないかと思い直した。脳内物質ってヤツは馬鹿にならん、予測出来ない危険より予測出来る悪影響だ」
　今、シャトルは産まれてくる子供の話をした。ということは、彼の言う偶然とは、彼女らでなく、産まれてくる子供のほうに起きうるものなのだろうか。
「なるほど。おかげでこっちもビービー泣くレズのガキを眺めさせられずに済む。お互いに利があったわけだ」
「ねえ、赤ちゃん産まれたら、どっちがどっちの子におっぱいあげようか」
　谷里が話を振り、ザイーシャは考え込んだ。
「あたし、夏美ちゃんのあかちゃんにちゅーちゅーされたい」
「じゃあ、わたしがザイーシャちゃんが産んだ赤ちゃんにおっぱいあげるんだね。うふふ、こうやって」
　夏美は吸い飲みに口を付け、音を立てて吸い始めた。ザイーシャも真似をしておちょぼ口を作り、音を立ててチューチューとやる。気に入ったのか、ずっとやっている。音は次第に大きくなり、二人は汗ばみ、シーツは濡れていった。
　わたしは時計を見た、本社指定の経過観察時間まであと四十五分もある。
「シャトル、電気ショックとかは繋いでないのか」
　渋い顔をして、シャトルは首を横に振る。
「気持ちは分かるが、不要なものは付けていない。奴らも子供とはいえ人間だ、本性は見ての通り、落ちるときは落ちる。どうにもならん、我慢しろ」
　シャトルは立ち上がり、次回の日程を記した書類を残して部屋を出てしまった。二人っきり、と思い込んでいる幼い女二人を眺めながら、わたしは深いため息をついた。

　◆◆◆

　久しぶりにシャトルから呼び出しがかかり、わたしは陰鬱な気分が再び蘇った。最初にあの二人を拉致して、既に一年以上が経過している。ザイーシャに至っては十歳になったはずだ。子供にとって一年は長い。妊娠期間を、他者の干渉も周囲の影響も受けずに過ごしたガキ共がどうなっているか。想像もしたくない。
「久しぶりだなピーター、少し痩せたか」
　一年前、シャトルにたねあかしされて以来、九千部ハルとの共同生活の苦痛はますます増していた。しかも、どういうからくりか、九千部ハルは体が成長する気配を一切感じさせなかった。それでいて、シャトルが話した機械の体を考える、という話を聞かせて以来、ことあるごとにその話題を持ち出してくる。わたしが話題を逸らしても、正論で話題を本線に引き戻した。その技術は日増しに卓越している。
「おかげさまでな。お前がよこしたルームメイトが、頼みもしないのにわたしの栄養管理をしてくれるのさ」
　シャトルは嬉しそうに笑った、機嫌が良さそうだ。
「そうかそうか、だが今日はその話は保留にしておこう。プレゼント箱は、少しずつ空けるのがオレの好みだ」
　言うが早いか、シャトルは部屋の明かりを落として投影機のスイッチを入れた。超音波で撮影したらしき胎児の写真が二枚映し出される。
「これが何かわかるか？」
　胎児の写真、ということは分かる。が、ほぼ白黒のしわばかりで、知識の無いわたしにはどう違いがあるのか分からない。首を横に振ると、納得した様子でシャトルは続けた。
「凄腕エージェントも専門外のことは分からんか。なら、実物を見るのが早い」
　シャトルの後へ付いていくと、いつもとは別の、マジックミラーで仕切られていない手術室へ連れて行かれた。中には数名の人間が手術着で待機しており、分娩台らしきものにザイーシャ、谷里の二人が固定されている。他の人間に会うのが久しぶりなためか、強く動揺している。
「やぁだ、何するの、いやぁー！」
　ザイーシャが泣き叫んでいる。谷里は叫んでこそいないが、痛みをこらえるように歯を食いしばり、全身を震わせている。
「おかしいだろう。いつも全裸でいるくせに、服を着て覆い布をかけてあるってぇのに、人前に出たらこの有様だ。だが、今回は自然分娩のほうが都合がいいんでな、麻酔は使わない。苦痛だろうが、悪い大人、悪いお医者さんと一緒に赤ん坊を産んでもらおうというわけだ」
　周囲の様子と以前の資料から、おおよその状況を察することが出来た。シャトルは初めから若い母胎、それも自然分娩で繰り返し妊娠出産に耐えるものを望んでいたのだ。二度目の手術のとき、妊娠に耐えるよう細工をすると言っていたのはそのためだろう。先ほど胎児の写真をわたしに見せたことから、彼が期待した偶然が起こったことも予測出来る。とはいえ、こちらは門外漢。邪魔をせぬよう、離れてみているしかない。
　わたしはガラスのついたての影に置かれた椅子に座り、様子を見守った。
「痛ぁあああああ！」
　先に悲鳴を上げたのは谷里だった、陣痛が来たのだろう。だが、九歳のガキにラマーズ法を行え、などというのは無理がある。シャトルも承知していたらしく、酸素マスクで口を塞ぎ、頭と子宮口には電極を繋いだ。力を抜くタイミングを無理矢理合わせさせるつもりらしい。肺に圧力をかけ、脳を刺激して常に緊張状態を維持。力を抜くべきタイミングを電極で計り、圧力と刺激を解くことで擬似的に弛緩状態を作る。強引だが、無策に産ませるよりは安全なのだろう。
「はああ、おごっ！　ごほおおおお！」
　本人は苦しそうだが、母胎の体力が持ち、赤ん坊が出てくることこそ重要。本来、あの年齢の少女は出産に適さない。シャトルは短い時間で決着を付けるつもりなのだろう。
「やあ、あ、あ、いああああ！」
　産まれる前に、ザイーシャも叫び始めた。陣痛のタイミングが重なってしまったらしい。シャトルは面倒くさそうな顔こそしているが、細かい指示を飛ばしている様子も見て取れる。少女二人の声がうるさく、何を言っているかまでは聞こえない。
　ザイーシャにも同じ酸素吸入器と電極が付けられる。あんなものを口に入れられているというのに、二人とも大きな声で騒ぎ続けている。苦痛を思えば当然だが、同情の念が湧かないのは何故だろう。
「ごぼぉ！　おーおー、うぉうぉうぉうぉうぉ！」
「がああ、ごがあああ！」
　しばらく経ち、ザイーシャの方が先に暴れ始めた。シャトル達の動きが慌ただしくなる、産まれるらしい。
「おああ、ああああ、あああああ！」
　甲高い叫びに続いて、空気の漏れる音が響く。無理や力を抜かされているのだろう。わずかな静寂の後、赤ん坊の鳴き声が聞こえ始めた。シャトルが拳を握りしめている、成功らしい。
　産湯に浸からせた後、赤ん坊は別室へ。ザイーシャは手当を受けている。管や電極は外されたが胎盤がまだ残っているため陣痛があるのか、再びぎゃーぎゃーと騒いでいる。
　遅れて、谷里も赤ん坊を産んだ。彼女は出産直後に失神してしまったらしく、酸素吸入器は外さず、シャトルが直接手当てしている。聴診器や機器の数値を見て、シャトルは少し考えたように立ち止まってから、谷里の子宮から伸びるへその緒を掴み、胎盤を強引に引っこ抜いた。谷里の体は大きく跳ねたが、ヤツが大丈夫と踏んだ上での行動だ。死にはしないだろう。

　出産後、少女二人は再び隔離された。わたしはシャトルに案内され、二人の子供と対面した。赤ん坊は二人とも両性具有だった。わたしはシャトルに冷たい目線を送る。
「ふたなりか。まさか、こんなものが成果とでも？」
　視線など痛くも痒くもない、といった具合に、シャトルは自信ありげに答える。
「そう、成果だ。知っての通り、両性具有はどちらの生殖器も未熟で、使い物になるのは良くて片一方。しかも意図的に発生させることは出来ないとされていた、今日までは」
　わたしは、ある予感がした。
「まさかこいつら……産めるのか、一人で」
　シャトルは笑う。それは答えを言っているようなものだったが、彼は更に付け加えた。
「一人でも、二人でも。それどころか、どちらも十割の機能で使用できる。それだけじゃない」
　取り出したのは、小さなメモリーカード。中に何が入っていると言うのだろう。
「スーパーコンピューターのシミュレーションが正しければ、こいつらの子供も、必ず十割の機能を保持した両性具有になる。こいつはその計算結果だ……ふふふ、実証実験はこれからだが、最も確率が低いとはじき出した関門は突破した。仮に失敗しても、成功するまで増やすだけだ」
　わたしはつばを飲み込んだ。人間がクローン以外の方法で、単為生殖が可能になる。有性生殖の機能を残したまま……実現すれば宇宙開発、いや人類種の保存そのもの、進化の歴史にすら大きな影響をもたらしかねない大発見だ。小細工がされたとは言え、この赤ん坊たちは、女の腹から産まれてきた。この前例は、大きい。大きすぎる。
「歴史が変わるぞ、どうやったんだ」
「こうなる、という確信があったわけじゃない。だが、いくつかの工夫は思いついた」
　シャトルは真面目な顔で語り始めた。
「女同士での妊娠、などというくだらん研究に興味は無かったが、金を生む研究は全て目を通すことにしている。施術例のデータを集めて統計を取って分かったのは、両性具有の出生率が異様に高かったことだ。それ自体は驚くことじゃない。ホルモンバランスを強引にいじって産ませているからな、研究していた当事者達もそれが原因であると考えていたようだ」
　だんだん分からなくなってきたが、今は理解したフリをしておこう。同意するよう頷くと、シャトルは話を続けた。
「オレが注目したのは、臓器移植の技術が使われている点だ。拒絶反応とHLA型くらいは知ってるだろう」
　それは知っていた、非許可の臓器提供斡旋はありふれた日常の雑務だからだ。HLA型とは、平たく言えば、免疫細胞がこれは外から入ってきたものか、自分由来であるかを判断する通行許可証のようなものだ。同じなら攻撃せず、異なれば異物として攻撃する。それが体に有害なものでも、有益なものでも、HLA型が合うか合わないかだけで免疫細胞は判断する。
　実際はそこまで単純ではないが、これさえ合えば拒絶反応だけは無視できると考えて良い。移植するのが人工繊維だろうと豚の内臓であろうと、体に合うかはともかくとして、くっつけておくことは出来るということだ。
「それと今回の件、何の関係があるんだ」
「知っての通り、型さえ合えばこいつは豚の臓器でも移植できる。そっちの研究は表でも活発だ。今回の卵巣移植は、精巣化のときにHLA型を近くすることで拒絶反応を抑える技術が使われている。ここまではいいな？」
　肯定の合図を送り、わたしは続きを促した。
「知っての通り、これも完全ではない。が、精巣化した卵巣からでる疑似精子は、HLA型がさらに近くなることが後で分かった。HLA型を近くするために移植した遺伝子が消えない後遺症として、精子作成時にも、より移植した遺伝子に近づけようとする働きがあるからだと分かった」
　話の全容が掴めないが、わたしは肯定の合図を送る。
「一方で、体内の卵巣は女性型、男性型をひとつの子宮に同居させるために、かなり強引なホルモンバランスの調整がされている。さっき言った、両性具有が産まれる原因だな。胎児が成長するところでそんな状態無茶がされるんだ、それくらいの異常は起こる。そこで、だ。HLA型の一致する、双方で受精卵になれる、卵子由来の二つが組み合わさったらどうなると思う？」
　わたしは目の前の赤ん坊を見たが、これ以前にも多くの出産例があることを思い出した。
「それだけではどうにもならないんじゃないか？」
　シャトルは嬉しそうに口を歪めた。
「その通り。免疫細胞から攻撃されなくなるだけでは、妊娠しやすくなるだけで終わる。だがもし、もしだ。卵巣の精巣化という激しい変化を起こさせている最中に、生殖可能な男がこの世に存在しないと本能が認識し、体そのものが変化を促したとしたらどうだ？」
　めまいがした。確かに、そういう理由で性転換を起こす動物はいる。だが、ヒト科に近い種でそれを行うものは確認されていない。仮に可能だとしても、考慮にも値しない確率……この男、そんなものに賭けたというのか。そのために、あの二人を隔離したのか。
「バカな、あり得ん」
「目の前を見ろ、これが現実だ。オレが何故、若い子供を指定したか分かるか？　子供の代謝速度はすさまじい。胎児の代謝速度はそれを遙かに上回る。突然変異が起こる条件としては、整いすぎていると思わないか？」
　わたしはシャトルが、子供の持つポテンシャルに目を付けたと言った言葉を思い出した。こいつは、代謝を利用する出産方法を逆手に取り、必要以上に代謝させることで、突然変異のチャンスを待ったのだ。
「さらに、人工的に無理な改変を加えてHLA型も合わせるんだ。万が一、くらいの可能性は出てくる」
　シャトルの言うとおりだった、目の前にいる赤ん坊こそ万に一つ。そして、その数字は比喩でなく、おそらく実測値だ。ヤツはスーパーコンピューターを使ったと言っていた。つまり、今存在するデータをかき集めた上で計算して、極めて低い確率だが起こりうると知った上で試したんだ。おそらく、成人女性で同じ事をやったら、万分の一では済まない、更に低い確率だったのだろう。
「そいつらを、どうするつもりだ」
　シャトルは上機嫌に唇に指を当てている。
「秘匿したまま増やす、こいつらは金になるが危険だ。十分に検証しないとな。だが、お前達には見せておく。知らせておく。軍事大国の後ろ盾でもなければ、オレと言えど握りつぶされかねんのでな」
　施した工夫は教えられないが、レズのカップルはくれてやる。と付け加えて、シャトルは二人の赤ん坊を連れて引き上げた。入れ替わるように、書類を持った助手が入ってくる。文面には、研究内容と母体の譲渡、シャトルの研究の独占。引き替えとして、彼の保護を確約するよう要求する誓約書が添えられていた。

　◆◆◆

「あはあっ、夏美ちゃあん！」
「ザイーシャちゃん、がんばって！」
　今、ザイーシャが三度目の出産を行っている。彼女は一度きりのために卵巣を使っていたが、谷里の残ったもう一方を移植することで再び妊娠可能な体になっていた。代わりに、谷里は子宮そのものを失っている。
「はっはっ、あああああ！」
　産まれたのは両性具有の子供だったが、研究員達はあまり嬉しそうではない。あの後、単体生殖が可能な赤ん坊の出産には一度も成功していないからだ。今回も、事前の超音波検査で睾丸がないことが分かっている。
　何が違うのか、どう違うのか。シャトルから示された条件は全て整え、わたしを立ち会わせた上でも、不明なままだった。一方で、シャトルからは経過が順調である旨の報告が上がっている。
　滅入っているわたしに、上司はシャトルの元へ行くよう指示する。行ったところで、ヤツの言う工夫とやらを言うとは思えないし、それ以外の情報は既にこちらへ渡しているが……行かないわけにもいかんだろう。
「あっ、へその緒……胎盤、出るぅ！」
「ザイーシャちゃん、あとちょっとだよ！」
　二人はもう、九千部ハルと同い年くらいになっている。だが、あの顔を見るくらいなら九千部のほうがマシだ。彼女らは男……いや、自分たち二人の顔以外を見ても何の感情も沸かないらしく、二人の世界から出ようとしない。死に別れでもしない限り、あのままだろう。
　シャトルの言うとおり、機械的でこそあるが、日々変化する九千部ハルのほうが人間らしいと言えるのかも知れない。