オペラチケットと。
伊波は高校1年生。ベース少女。
青春の中で冷めた女の子のお話です。
※作者の学校生活の願望とかではありません
伊波が8:02発の電車の真ん中の車両に乗るのは理由があった。
(先輩…。)
目の光線が指す場所は間違いなく榎本遼、つまり榎本先輩の顔だった。
毎日榎本先輩の顔をこっそり拝みながら学校に行くのを楽しみにしていたりする。
それは恋とさほど違うものではないのだろうが、伊波は男性との付き合い方、話し方すらわからないのだ。
去年の冬にレイプされたからだ。
あの時に全てが壊れてしまった。
男性と話すと毎回そのことが脳裏をよぎる。
トラウマってやつなんだろうとあきらめていた。
だが、いつまでも過去を引きずらないと伊波は心に決めていた。
高校生になったら明るくて呑気で大人な女の子になると決めたのだ。
「榎本先輩!おはようございます」
「伊波さん、おはよう」
もちろんこの時もトラウマは伊波を襲った。しかし伊波はその襲撃を先輩と話せる喜び、つまり恋心で打ち消したのだ。
「もう明日が文化祭かー」
9月8日はリハーサルが終わってバンドメンバー全員で帰っていた。
いつも橋本と前川が自転車を引きずって前に並ぶ。
向かって左から雛森と佐藤と伊波が後ろで歩く。実はこの並びには佐藤がいつも一人になることへの配慮や、橋本と前川のアニメの話についていけないという理由などが入っていた。
伊波から言わせると本当は一番分裂しそうなバンドなのである。
冷淡な伊波、偽善者の雛森、優しいけどたまに残酷な橋本、本当は女子が嫌いな前川。
そしてその四人に共通して言えるのは、見た目だけほんわかしていること。実際問題この4人を繋ぎ止めているのは佐藤であった。
佐藤の純粋なオーラ、言葉に4人は知らぬ間に惹き付けられていた。もちろんこれも伊波の客観的な推察なのであるが。
しかもバンドの主要メンバーの伊波と雛森の間には大きな溝があった。
以前伊波の過去に関しての喧嘩をして仲直りできてないのだ。
雛森も伊波も、自分より不幸な過去を持ったやつはいないと思っていた故に起こった喧嘩だったのだろう。
「榎本先輩と、映画見れるなんて思ってませんでした」
「俺も、女の子と映画なんて久しぶりだな」
「…」
「え、どうしたの」
「ああ、私女の子でしたね!」
伊波と榎本は映画館に来ていた。
彼女は完全に地のキャラを隠していた。
「このあと、ご飯でもどうですか?」
伊波だけが進行をしていて、榎本はそれに引っ張られている。帰ろうという雰囲気にさせたくないので必死なのだ。
その日の夜にメールで告白した。
「ごめんなさい」
とのことだった。
しかし文化祭でたくさんの係を受け持つ彼女に落ち込んでいる時間はなかった。
朝ばったり会ってしまい、「あの、私今日mc頑張りますから!昨日のはお酒の勢いで言ってしまったんです」
と早口に言い残して駆け足で学校へ向かった。
「今日の演奏かっこよかったです!えっと、私のmcは…な結果だったんですけど、次こそは頑張りますから!」
今日の19時に送ったメールだ。
(先輩も気にしてなくて良かったな)
伊波はそう思い込むことにした。
「良かったらお友だちと来てね」
10月の始めにランメルモールのルチアのオペラのチケットを師匠から貰った。
この話の流れからしてわかるようにお友だち=榎本先輩だ。
メールで自腹切るから来いと言ったら来てくれることになった。自腹を切ってまでしてこさせる理由は、先輩との仲を切らせないためだった。
そして、過去を話すためだった。
一度過去のことで落ち込んで先輩にレイプのことだけ話してしまった。
伊波の過去はそれだけでは無かったのだ。
「年上の男性と不適切な恋愛をしていました」
すこし驚く榎本の前で笑った伊波が話した。
「その結果レイプされたんです。だから全て私が悪いわけでもないことはないです」
「あのな、向こうは中学生と性行為は双方合意でも駄目なの知ってると思う」
「私も知ってます。でも、向こうの子供がまだ小さくて気の毒で警察には…」
帰りの電車で榎本は伊波に言った。
「俺には伊波さんほどの辛い過去はない。そしてそれ以上に辛い過去を持ったやつみたことない」
「伊波さん、人が生きる理由ってなんだと思う?」
「そうですね…。人は誰しも希望を持っているから、じゃないですか」
じゃあ伊波さんの希望は?
そう聞かれて
「榎本先輩です」
と、伊波は答えた。
その笑いはとても黒かった。
後編に続く
オペラチケットと。
こんにちは。
初めましての人もいるかもしれませんね
sky Limitです
伊波ちゃんは今回もネガチブで冷え冷えでした笑
アングラバンドと。の続編となっています。
全ての人にはたくさんの過去があって、中には伊波みたいにドロドロしてるものもあります。
意外と佐藤夏海ちゃんが黒いとかはありません。伊波の客観的な目線はほぼ正確なんです。