孤高の黒山羊
ほら、眠りな
20時。
今日も俺の長い夜が始まる。
「ではすいません。あちらの枠からでよろしいでしょうか…」
「あぁ。構わねぇさ。どの枠でもいい。この時間なら外さないさ」
俺はいつも通りの仕事をするだけ。それ以上も以下もねぇ。俺は孤高の黒山羊。山羊を数える子供達を眠らせるプロだ。
「では“ブラゴさん”お願いします!!」
「任せろ!!」
夜1発目の客は今年で8歳の男の子だ。ママの子守唄を卒業して、やっと1人で眠れるようになったらしいが、不安だよな。いいぜ。目を閉じて俺を数えな。
眠らせてやるぜ。
俺は勢いよく駆け出し、目の前に現れた枠を超えた。
「いい夢みろよな」
「ブラゴさん、お疲れ様です」
俺らの飼育を担当する小人が控えめな笑顔で言った。昔現実の世で見たピーターパンの衣装によく似た緑の服を着ている。1つ違うとすれば、髪の色はブラウンで、二本の角が生えている。
「あぁ。いつものくれ」
俺がそう言うと、小人は干し草をブロック状に加工した餌を、俺の目の前に置いた。
「ありがとな」
「それよりもブラゴさん…その、小人にはならないんでしょうか?」
聞いてはいけないことを聞いているのじゃないかと、おどおどした様子で小人が言った。
「ならねぇな」
俺が言うと、小人はうーんと考え始めた。
「なぜこのような過酷な仕事をやり続けるのですか?」
「ふん」
鼻で笑ってやった。
「まず根本的に間違っているのさ」
「根本的、ですか」
「あぁ。そもそもなぜ俺に小人にならないかと聞いたんだ?」
「えっと…ブラゴさんのように100発100中で眠らせられるような技術があれば別ですが、新人の頃は何百、何千と飛び越えても眠らない子供だっていますよね?だから、とうの昔にノルマをクリアしているのであれば、早く小人になったらいいのにと思ったんです」
「お前、よく喋るな」
「すいませんっ!」
小人は目を瞑り、頭を下げた。
「いいんだ。いいか?」
話し始めようとすると、小人はしっかりとこちらを見た。
「俺はこの仕事が好きだからやってるんだよ。ある一定の水準をクリアすることで進化していくこの世界で、俺は最下層の山羊のままでいいと思ったんだ。小人は楽でいいだろうが、小人は小人なりに大変だろ?」
コクコクと頷く小人。
「俺はそもそも何かの世話をするのが苦手なんだ。だから今のままでいい」
「なるほど!生き方は生き物それぞれということですね」
「そういうことだ。俺はずっとここにいる」
そう言って、俺は駆け出した。
今日も俺は枠を超える。幾度も幾度も繰り返したサイクルを日々こなす。
繰り返せば繰り返すほど当たり前になっていく日常から何かを見つけるのは難しい。だから新しいことに挑戦していく。それが生き物だ。
ただ、そういう当たり前の中で起こるイレギュラーを楽しむ。そういう生き方もまた、1つの形なのさ。
孤高の黒山羊