#リプでもらった台詞でお話を書く

「ねえ、どこに行くの?」

 うすくて、つめたい。灰色の空気。吸い込むと、少し排気ガスのような苦い味がして、飲み込むのを躊躇ってしまった。迷って、赤色の手袋に包んだ手のひらをくぼませて、その空間に、そっと吐き出す。隣のきみが、ふふ、と、わらった気配がして見やると、やっぱり片目を細めてわらっていた。ぎう、と耳朶をつねってやると、「痛いよ」と、目元の皺を深めた。嘘。耳朶には神経が通っていないから、どれだけつねっても痛くない、と、嘘を教えてくれたのはきみなのに。
 

 手袋に包まれていない、素肌のきみの手は、切符をつかんでいる。ICカードを持っているから、要らないよ、と、言ったのに、「雰囲気が大事なんだよ」と、きみは終点までの切符を買って、私に渡してくれた。雰囲気。見えもしないものなのに、と、思う。



「ねえ、どこに行くの?」
「んん……どこに行こうかな」



 あたたかいところは、ひとが集まるから、うん、と、さむいところに行こうか。


 たしかに、ひとが集まる場所はふさわしくないな、と、私も頷く。放課後の、この時間帯の駅のホームは、学生たちでがやがやとしていた。いろんなところからたくさんの声が混じって、空気がぬるくなっていく。強い風が、吹いた。女子が甲高い声で「さむい」と騒ぐ。私は、何のこれしき、と、踏ん張る。これから、もっとさむいところへ行くのだ。これくらい、なんてことないようにしなければならない。


 きみも、同じように思っているのか、「ああ、すずしい」と言った。



「すずしい?」
「うん。全然さむくない」
「無敵ね」
「無敵だよ。無敵って、敵が無いって書くんだから、ほんとう無敵だよな」



 風がごうごうと吹いて、そのたびにきみは「すずしいすずしい」とわらった。馬鹿じゃないの、と、私もわらう。隙間なんてないみたいにくっついて、電車を待った。掲示板を見上げる。電車が到着するまで、あと3分。耳もとでは、ずっと風が鳴り響いている。


 と。
 
 きみは「海に行こうか」と言った。



「海?」
「風にのって、ずっと、うみねこの声がしているから」
「ほんとう?」
「うん。海。海に、行こう。みずの中で、ずっと無敵になろう」

 

 行先は決まった、と、きみは背伸びをした。その奥で、電車がゆるい曲がり角から顔を出す。がたがた、と、大げさな音をたててやってくる電車に隠れて、たしかにうみねこが鳴いていた。



「私たち、同じ場所にいけるかなあ」
「なんか、悪いことでもした?」
「うーん、どうだろう」
「まあ、おれも自信はないけど」


 とりあえず、どっちかが地獄に行ったら、天国に行ったほうが下りてけばいいじゃん?



 電車の到着を促すアナウンスが鳴り響いて、私たちは手を握りあって、開いた扉の奥に足を踏み入れる。


 もしかすると、きみの手は生で溢れているのかもしれないけど、分厚い手袋をした私には届かなかった。私も握り返す。きみだけは私の熱で、あたたかい思いをしてほしい、と、思う。


 学生たちが、わあわあ、と電車に乗り込む中で、耳の奥ではずっと、うみねこが泣き続けていた。



あおいはるさんより

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-06

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