夢の話

夢の話

 大学の正門から数メートル先。「タバコ屋」というタバコ屋がある。いつ見ても誰もおらず、ドアーの外には一つのたわしが置かれてある。利用客も店員も、さらには商品のタバコも見当たらないのに、どうやら10数年もここにあるらしい。大学の側なのだから、他に店でも経ちそうなものだが、何故か建たない。どうにもおかしい店だ。


 後期のテストが終わって正門を出ると、友人の「一緒に帰ろう」という声が聞こえた。坂道を下って数メートル、例の店を覗いてみると、扇風機が一台増えていた。冬のこの時期に……と思っていると、友人がこういった。
 「気になる?」
 気になるも何もない、と思ったが、正直なところ、とても気になった。どうでも良いことがどうしても気になるだなんて、やはりテスト後なだけあるなと思う。友人は私の顔を見て、何も特別なことはない、とでも言いたげにドアーを開けた。そういえば、ドアーを開けるという行動は思いいたらなかった。気になるのなら、開ければよかっただけなのに。
 友人がドアーを開けると、前に置かれてあったたわしがはじかれた。止めようとしたが、遅かった。たわしはコロコロと坂道を転がっていってしまったのだ。私が「アッ」と声をあげて追いかけると、友人が後ろから「これは夢だよ」と言った。そうか、これは夢か、と思いながらも、私はたわしを追いかけて坂を下った。坂道はこんなにも急で、長かったろうか。追いかけても追いかけてもたわしは転がり続け、伸ばした私の手からするりと抜けて行ってしまう。まるで意思でもあるかのように。
 10分ほど経ったころ、走っているのに疲れないのに気付いて、私は足を止めた。たわしはすぐ側の下水に吸い込まれるように、ぽちゃんと落ちてしまった。友人の「これは夢だ」という言葉を思い出して、私は例のタバコ屋へと戻った。下っても下ってもキリがなかったその坂道は、上るのにたったの3分とかからなかった。友人は、私が上がってくるのを見ると、ドアーを開け放したまま、店内へと入っていった。友人の後を追って私も中へ入ると、店内はひっそりとしていた。不思議なことが起こることはなかった。例えば、突然別世界へと迷い込んだり、いたはずの友人がいなくなったりすることはなかった。おかしなことと言えば、タバコ屋だと言うのに、タバコの一本もないところぐらいだった。しかしそれはいつものことである。
 友人はまたこう言った。「これは夢だよ」
 それは、「夢に何を期待しているんだ」という意味のように聞こえた。私は「分かっている」と言って店を出た。季節は夏になっていた。
 友人はにやにやと笑って、大袈裟に驚いた顔をして見せた。後ろではひとりでに扇風機が回っていた。
 「これは夢なのか?」
 私は友人を振り返ってそう聞いた。友人の顔は、かげろうのようにゆらめいていた。どこかでこの場面を見たような気がして、でも思い出せなくて、なんだかもやもやとした。「この夢をあなたは何回も見てる。もう13年も。見るたびに、私の顔を忘れていく。忘れたくてあなたはこの夢を見る。でもそれすらも忘れる。もう少しで全部忘れる。今だって、私がどこの誰だか、もう忘れてる。そういう夢。でも目が覚めたら、何の夢を見たかも忘れる。夢はそういうものだから。」
 友人が店から外に出て、私の隣に並んだ。「見て、燃えてる」友人が指さす方向を見ると、確かに煙が上がっていた。あの方角は確か、あ


 
 目覚ましの音で目が覚めた。なんだか夢を見た気がするのに、どんな夢だか、直ぐに忘れてしまった。起き上がってワイシャツを手に取ると、隣で寝ていた妻もむくりと起きてきた。
 「今夜は雪が降るって。早く帰って来てね」
 「そうする」
 「タバコ、吸いすぎないでね」
 「わかってる」
 急いでスーツに着替えて歯を磨く。あれ、と不思議に思って胸元のポケットを見やると、確かにタバコが入っていた。
 タバコなんて、数年前に吸ったきりだったのに……

夢の話

内容がないよう。夢です。

夢の話

これは夢だぞと思って見る夢があるって、夏目先生が言ってた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-05

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