My Girlish Sister

 2017年8月3日に公開した、デート・ア・ライブより五河琴里の誕生日を記念した小説です。彼女がもし高校生だったら……という設定でお話を進めていきます。
 本編中では無邪気な妹の一面などを見せる彼女が、高校生になったらどんな風に変貌を遂げるのか……その事を読者の皆様の頭の中で想像しながら、読んでいただけるとこの上ない幸せです。

 四月。私は高校二年生に進級した。
 高校生として二回目の春を迎える。今年は去年よりも、もっと充実した高校生活を謳歌しようと、期待に胸を膨らませている自分がいた。
 そして、もっと人間関係を上手く築けるようになろうと、改めて決心する。
 初めての高校生活。私は上手くいかない事ばかりで、時々学校へ行きたくない日もあった。
 私の性格ゆえに、女の子たちと揉める事もあって、高校一年生という期間は、人間関係で苦労した事の方が多かったような気がする。
 私が去年学んだ事は、他人に評価を期待してはいけないという事。
 たとえ自分が“これだけの事をした”という達成感を感じていても、それを評価するのは他人ではなくて“自分”なのだから。
 自分の中で“これが出来た自分はすごい。頑張った”と全力で褒めてあげて、満足するほか無いのだ。
 そんな大切な事を学んだ一年生よりも、どれだけ自分はステップアップ出来るだろうか。
 
 ――――この頃、朝の五河家は慌ただしくない。
 おとーさんとおかーさんは、日本で働くようになってからは、割と余裕のある時間帯に会社に勤めているらしい。
 そのため、こうして朝ご飯を一緒に食べる機会も目に見えて増えている。
「ごちそうさまでした!」
 朝ご飯を手早く食べ終えて、食器を軽く洗っておく。学校へ行く準備を整えてリビングに戻ると、新聞から目を離したおとーさんと視線が重なる。
 その場でくるりと回転して見せると、おとーさんはうんうんと頷いて、
「琴里のセーラー服、やっぱり似合うな。いやぁ、さすが私の娘だ」
「それ、去年も聞いたよ、おとーさん?」
「あれ、そうだっけ」
 おとーさんは納得がいかないのか、キッチンで洗い物をしているおかーさんの方を向く。
「はるちゃん、私、去年も言っていたかい?」
 おかーさんは洗い物の手を止め、おとーさんの顔をまじまじと見つめるとため息をつく。
「……ええ。たっくん、去年もことちゃんに同じ事言われてたわ」
「いやあ全然覚えていないなぁ。あははは」
「……ま、いいけどね。おとーさんが私を大好きなのは分かってるから」
「うっ。分かってるじゃないか……」
「まったく。たっくんたら、ことちゃんにべた惚れなんだから」
 目に見えて落ち込むおとーさんが何だかおかしくて、私は声を上げて笑う。
 おとーさんはばつが悪そうに頬をかき、おかーさんは私たちの光景を微笑ましく見ていた。
「それじゃあ行ってきまーす!」
 おかーさんとおとーさんにそう言って玄関へ向かうと、おにーちゃんもいた。
 ちょうど靴を履き終えて、かかとを確かめている。
「おにーちゃんはこれから大学?」
「ああ、そうだよ」
 おにーちゃんは朗らかに告げると、何故か私の姿をじっと見つめて、やがて、おにーちゃんらしい温かい笑顔を見せた。
「うん……琴里のセーラー服はやっぱり似合うな。中学といい高校といい」
「もー。おとーさんもさっき言ってたぞー? 本当おにーちゃんとおとーさんって似てるよね」
「からかうなって。そりゃあ、俺だって琴里を大好きな事には変わりないけど――って、どうしたんだ琴里。顔赤くして」
「いや、何でも無いぞー‼ 私は始業式あるから先に行くね!」
「お、おう。気を付けてな」
                              ☆
 教室に入り着席すると、私にいつも話しかけて来る男の子がやって来て、いつも通りの笑顔を浮かべる。
「おはよう五河さん」
「おはようだぞー。今日も朝練あったの?」
「そうなんだよ。ところでさ聞いてくれよ、部活の顧問がな——」
 それからおよそ十分、他愛もない雑談を交わし、友達のところに戻ると言って彼は去って行った。
 彼が仲間の輪に加わるのを見届け、深いため息が漏れる。その時、隣の席に座った親友の子が心配そうに顔を見つめてきた。
「琴里ちゃん? ため息なんかついて、何かあった? また男子に何かされたの?」
「ううん。ただ……いつも慣れないって、こういうの」
「そっか……でも、琴里ちゃんは自分のペースで接すれば良いと思うよ」
「うん。いつもありがとう」
「そんなにかしこまらなくても。中学校からの付き合いでしょ?」
 そう。この子の言う通り、彼女とは中学校から関係が続いている。
 きっかけは、男の子の事で悩んでいた時、同じクラスだったので相談に乗ってもらった事だ。
 それ以来私が何か困っている時に助けてくれて、非常に心強い親友の一人。
 そんな親友と談笑していると、始業のチャイムが鳴り、クラスメイトが慌ただしく席に着く。
 
 六時間に渡る授業が終わり、放課後。
「じゃあね琴里ちゃん、ばいばい!」
「うん、また明日だぞー!」
 友達と教室の入り口で別れ、特に用事もないため帰ろうとした矢先の事だ。
 私にいつも親しげに話しかけて来るあの男の子が、やけに緊張した面持ちで「五河さん!」と名前を呼んだ。
 振り返り、さりげなく手元を見ると、一通の便箋のようなものがあった。
 「んー? どーしたの?」
 彼は、私の満面の笑顔にドキッとし、頬を真っ赤にしながら、おずおずと口を開く。
「……これ、受け取ってください! それじゃ‼」
 そう言い残して、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
 どうしたものかと周りを見渡すと、いつも彼と交流のある男友達の子が、こちらの様子を好奇の目で見守っていた。
 特に気まずさは感じなかったけど、余計な干渉を受けたくなかったので、足早に教室を立ち去る事にした。

「どうすればいいのだー……私、本当こういうの苦手なんだよね」
 私の呟きは、部活動の掛け声にかき消されるのだった。
                              ☆
 帰宅して諸々の事を済ませてから、手紙を取り出し、文章に目を通した。
 内容は私と一緒のクラスになれてどう思ったか、これからどういう関係になりたいのかという事が書かれていて……。
 一通り読み終えると、この後の展開を考えて凄く気持ちが重たくなるような気がした。
 外を見ると、日は大分沈んで、じきに夜になる事を感じさせる。
 その時玄関の開く音がした。おとーさんとおかーさんはお出かけだから、おにーちゃんかもしくは他の精霊の誰かだろうか。
 リビングの扉を開けて入ってきたのは……。
「……あれ、琴里さん?」
「おー。四糸乃、よしのん。どうしたの?」
「今日は士道さんの家でお夕飯を食べさせて頂こうと思って。ね、よしのん?」
「そうだよー。久しぶりに士道くんの作る料理を食べられるって、四糸乃はしゃいでたよねー」
「よしのん……‼ それは言わない約束……」
「あはっ。よしのんとしたことが」
 四糸乃とよしのんの仲睦まじい様子を微笑ましく見守っていると、よしのんがぽんと手を叩いて、こちらを向いた。
「そういえば。琴里ちゃんは何かあったのー? とーっても難しそうな顔してたけどさー」
「実はね————」
 二人に、今日の出来事を詳しく話してあげた。私がこういうのが苦手な事も。
 すると四糸乃がおずおずと口を開いた。
「……琴里さんの一番好きな男の人を想像すれば、きっと、断る勇気も出てくると思います」
「私の大好きな人……」
 四糸乃がこくりと頷く。するとよしのんが悪戯っぽい表情を浮かべる。
「噂に聞いたよー? 琴里ちゃんがこっそりと『ゼクシィ』読んでるらしいって。
 いつ『たまごクラブ』になるのかって、一部の間ではその事で持ちきりなんだよ?」
「何その噂! 私、ゼクシィなんて読まないぞー⁈ そこまで恋愛に飢えてないし!」
 そんな他愛もないやり取りをしつつも、私の胸の中で、また一段とおにーちゃんへの想いが膨らんだ気がした。

 夕食後。
 着替えなどを持って脱衣所へ向かった。
 身に纏っている衣服をすべてかごに入れて、体を洗うタオルを持ってお風呂場へ突入!
 まずは長い髪を丁寧に洗っていく。その長さゆえに、時間をかけて丹念にお手入れしないと傷んでしまうからだ。
 昔はおにーちゃんと一緒にお風呂に入っていたのを、髪を洗いながら思い出していた。
 小さい頃は、おにーちゃんに髪を洗われるのが心地よかった。お風呂を上がってドライヤーを掛けてくれたり、丁寧に櫛を入れてくれたり。
 おにーちゃんはもしかしたら、私の髪を触るのが好きだったのかもね。
 嫌がらなかったのは、私の事を大切に想ってくれているのを分かっていたからだろうか。
 体を洗い、湯船に浸かる。今日は、気持ちを落ち着かせるためにお気に入りの入浴剤を使った。
 しゅわしゅわとした感触が身体を包み込み、内側から疲れが弾け飛ぶようで、思わず体の力が抜けていく。
 おにーちゃんと一緒に湯船に浸かって、どちらが長く潜っていられるか競争した事もあったな……と、再び思い出が蘇る。
 お風呂一つ取っても、楽しい思い出はいっぱいある。そんな中、やはり気になりすぎる事があって……。
「これで、告白、もう何度目かな……」
 遠い記憶を手繰り寄せようと手を伸ばすけど、その手は空しく空振る。
「はあ……久しぶりにおにーちゃんに甘えたいぞー」
 鼓動が激しくなる。
 白リボンの純粋さでおにーちゃんに甘えたのは、記憶が間違っていない限り、中学生以来だ。
 そう考えると、中学生の私は、何のためらいも無く『愛してる』とか『大好き』を言っていたんだ……とても想像がつかない。
 今も昔もおにーちゃんを誰よりも愛してる事は変わりないけど、それを“どう扱うか”という意味合いは、様変わりしている。
 だから、“おにーちゃん大好き!”という感情表現をする事も無くなっていった。
 胸に手をあてる。私の心臓は、相変わらず速い鼓動を刻み続けている。

 お風呂から上がって、考え事をする私のところにおにーちゃんが来てくれた。どうやら、お風呂に入っている間に大学から帰って来たみたい。
「そんな物憂げな顔して、何かあったのか?」
「うん。ちょっとね……」
 私がそうとだけ返事をして、手元にあった手紙に目を落とすと、それを見たおにーちゃんが何かを察してくれたようだ。
 私の隣に腰掛けると、おにーちゃんは、まず私の頭を撫でた。
「おにーちゃん……?」
「――琴里が一緒にいたいと思わないなら断るべきだと思うぞ。それに、琴里がこの人が良いと思える相手がいればなおさらだ」
「うん――その通りだね。ありがとう、おにーちゃん」
「可愛い妹のためなら、役に立ってあげられなきゃ、琴里のおにーちゃん失格だろ?」
 そう言ってにかっと笑うおにーちゃんは、幼い頃から見て来たおにーちゃんそのものだ。
                              ☆

 三日後。
 朝早く登校した私は、先日手紙を渡してきた男の子の下駄箱を探して、その中に一枚のメモを入れた。その内容はこうだ。
『今日、お話したい事があるので、放課後、屋上に来てください』
 ――――放課後、屋上。
 ここからは、天宮市を一望することができ、その光景は夕日のグラデーションで彩られていて、どこか哀愁を漂わせる。
「私の家はどこかなー」
 何となく五河家を探す。家は小高いの丘の上にあるので、ある程度は見当をつけやすい。
万由里と初めて出会った丘の上の公園から順に見ていくと、私の家があった。
「あ、あった!」
 そうして時間を過ごしていると、扉の開く音が聞こえて、誰かがやってきた。
「あの、五河さん……」
「もー。あまり女の子を待たせたらダメだぞー?」
「う、ごめんなさい」
 男の子が申し訳なさそうに首を縮める様子がどこか可愛くて、思わず声を上げてい笑いが生まれる。
 彼が心配そうに様子をうかがっていて、慌てて笑いを引っ込める。
「とはいえ、私も今来たところだから、全く問題ないけどね」
 その男の子はあからさまに安堵した様子を見せ、胸をなでおろした。
 しばらくの沈黙。
 グラウンドでは野球部が威勢の良い掛け声を発しながら白球を追い、外周では、陸上部が「イチ、ニ! イチ、ニ!」と声を上げている。
「あの……!」
「んー?」
 まるで一世一代の告白をするかのように、男の子が切り出す。
 白いリボンお決まりの人懐っこい笑顔を浮かべて返事をした。
 私の返答にドキッと、見事に顔じゅうを真っ赤にする男の子だったが、遂に“その”言葉を口にした。
「――僕は……! 一年生の頃から、五河さんの事が大好きでした! 五河さんの明るい笑顔に惹かれました。
 誰にでも優しくて、いつもクラスの中心にいる。
 そんな五河さんと知り合って、何度も話していくうちに、もっと、この人の事を知りたいなと思いました。
 だから……僕と付き合ってください!」
 至って真剣に思いをぶつける男の子。
 おにーちゃんが言っていた。「この人が良いと思える相手がいれば、なおさらだ」と。
 だから、私は……。

 自分の気持ちを伝える直前、携帯の着信音が鳴った。
 この音はおそらくおにーちゃんからだろう。正直助かった。ちょっとだけ気分的に落ち着きが欲しかったから。
 男の子に断りを入れてから呼び出しに応える。
「もしもし。おにーちゃん?」
「ああ、琴里か? 今日は何時くらいに帰ってこられる?」
「うーん……五時過ぎくらいには家に着くと思うぞー」
「分かった。気をつけてな」
「うん。ありがとう、おにーちゃん。ばいばい」
 電話を切ると、それまでずっと待ってくれていた男の子が尋ねてきた。
「今電話していた相手っていうのは、お兄さん?」
「そう――義理だけどね」
「えっ! そうなの?」
「あれ。言ってなかったっけ。私たち、血の繋がりが無い兄妹なんだぞー。私の小さい頃に、おにーちゃんがうちに引き取られてきたんだよ」
「そうだったのか……お兄さんがいるって話は聞いてたけど」
「まあ、一部の人にしか言ってないからねー」
 他愛も無い雑談が続く中、そのおかげというべきか、告白に対して落ち着いて返事をするだけの余裕が生まれた。
「そういえば、さっき言ってくれた『私のことが好き』っていう話なんだけどさ」
「う、うん……!」
 男の子の表情に緊張が走った。
 彼にとっては、これから私が口にする返事によって、これからの学生生活を左右されると言っても過言では無いからだ。
 何度目か分からない告白への返事。
 おにーちゃんの事を想像すると、自然と肩の力が抜けていく様だ。
「————ごめんね」
「……そう」
 男の子は唇を嚙みしめて、俯く。顔を上げた彼の目元には薄く涙が溜まっていた。
「五河さん……最後に一つだけ聞いても良いですか?」
「私に答えられる範囲なら何でもオーケーだぞー」
「……その。好きな相手というのは、さっき五河さんが言っていた義理のお兄さんですか?」
「——そうだぞー」
 気づくと、グラウンドで活動していた野球部や陸上部や、盛んにハーモニーを奏でていた吹奏楽部の音なども止んでいた。
 空を見れば、天宮市を彩るオレンジのグラデーションは、次第にその濃さを増しているようで、夕日は今にも沈みそうだ。
「……そろそろ家に帰らないといけないから。ばいばい!」
「う、うん。今日はありがとうございました!」
 男の子がお辞儀をして来たので、それに笑顔で応えると、私は屋上を後にした。
                              ☆
 玄関を開けてただいまーと声を掛けてきたと思ったら、琴里はすぐに階段を駆け上がって行って、自分の部屋に入ってしまったみたいだ。
 用事があると言っていたから、疲れただけかも知れないのでそっとしておく事にした。
 しかし、夕食の時間になっても琴里はリビングに来ない。いつもなら真っ先に降りてくるはずなのだが……。
 周りにいた精霊の皆も心配そうにリビングの扉を見つめている。
「琴里はどうしたのだ、シドー?」
「分からないな……疲れてるだけかもしれないからさ」
「琴里さんにも、きっと悩み事があるんだと思います、士道さん」
「同意。普段司令官として気を張っている分、日常生活での疲れはあると思います」
 琴里は中学校の頃から、よく人間関係で悩み事を抱える事が多かったから、その類の問題かも知れない。
 だとすると、琴里の方から話してくれるのを待った方が良いのか……。
「ねえ、士道。あんたの方から琴里に話を聞きに行ってあげたほうがいいと思うのだけど」
 今まで皆の話を黙って聞いていた七罪が、そう提案した。その場にいた精霊の皆が同意しているようだった。
「そうだな。琴里のところに行ってくるから、先にご飯食べててくれ」

 そういえば、琴里の部屋に行くのはどれくらいぶりだろう。
 妹が中学生の頃は、勉強を教えるために出入りした事もあったけど、高校に進学してからは全くと言っていいほど入った事は無かった。
 琴里の部屋の前まで来た。手書きで『KOTORI』と書かれた、可愛らしいデザインのプレートが掛けてある。
 プレートの輪郭から、琴里の大好きなうさぎがぴょこっと顔を出しているところが可愛い。
 扉をノックすると、「入って」と、久しぶりに聞く黒モードで返事があった。
 久しぶりに入る琴里の部屋。全体的に淡いピンクを基調とした部屋だ。壁にはお気に入りのアイドルグループのポスターなどが飾られている。
 そして琴里が向かっている机の上には、いつ撮影したものだろうか、幼い俺と琴里のツーショット写真が、写真立てに収めてある。
 父さんと母さんの寝室――ベッドでお昼寝をする俺と琴里が写っている。
 差し込む昼の日差しを受けて、琴里が俺に抱きつくような格好で寝ている。昔の琴里はとても甘えん坊でちょっと泣き虫で。
 そんな事を思い出しつつ、琴里に近づいた。
 その琴里は何か書類を眺めている。ラタトスクの業務に関わるものだろうか、細かい字がびっしりと書かれていて俺には到底読めなかったが。
「ん、何の用、士道?」
「ご飯出来たから呼ぼうと思ってさ。キリの良いところで来てな」
「ええ、分かったわ……んぅぅぅ」
 琴里が伸びをして、大きく息を吐いた。相当疲れが溜まっているみたいだけど、今はそっとして置くことにした。
 
 夕食を食べ終えて、精霊の皆がそれぞれの場所に帰って行った頃。
 リビングのソファで参考書を眺めていると、母さんがやって来た。
「あら、しーくんお勉強?」
「まあな。思ったより授業の内容が難しいからさ」
「そっか」
 母さんはそのままキッチンに向かい、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルタブを引き抜くと、それを一気に呷る。
 母さんは、基本缶ビールでは酔わない体質だが、大学生の頃にお酒でやらかした事があるらしく、それ以来飲む時には注意しているらしい。
 缶を片手に俺の隣に座ると、母さんは至って真剣な表情で尋ねた。
「最近、ことちゃんの様子はどう? 何か変わった事ない?」
「これと言って変わった事は無いけど……めっちゃ疲れてたみたいだった」
「……ことちゃんは今何してるの?」
「お風呂に入ってる」
「そっか――ねえ、しーくん。後でことちゃんに話を聞いてきてもいいかしら?」
「母さんが聞いてくれるなら、それに越した事はないけど……俺じゃ話してくれないかもしれないし」
「ええ、分かったわ。可愛い妹のためだもんね。お母さんがしっかり聞いてくるから安心して」
 ウィンクをばちっと決めた母さんの表情は、どこか俺の反応を見て楽しんでいるようだった。
                              ☆
 ご飯を食べ終えてお風呂に入り、私はラタトスクの通常の仕事をこなしていた。
 今日は何かと感情の浮き沈みが激しいため、気を紛らわす必要があった。
 そんな中、こんこんとノックをしておかーさんが入って来たので、慌てて白いリボンで髪を括り直す。その様子を眺めていたおかーさんは、
一瞬驚いた様子を見せたけど、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「あら、ことちゃん。何をしてたの?」
「うん。ちょっとラタトスクの事で色々考え事をね」
 私が机の上に広げた色々な書類やメモを見て、おかーさんは「勉強熱心ねぇ」と呟く。
 そういえば、おにーちゃんにも「琴里は司令官をするだけあって、頭良いよな」と言われた事があったっけ。
 確かに、同じ年代の普通の子は、日夜人間の常識を超える未知の生命体と戦ったりしない。
 ましてや、それを保護するために、謎の組織で司令官などするはずがないわけで。
 そういう特殊な状況に置かれると、否が応でも論理的な思考をせざるを得ないので、勉強面にも良い影響を与えているのは明らかだった。
 話を元に戻さないとね。
「それでね、ことちゃんに話を聞きたい事があるのよ」
「んー、なに?」
 私が首を傾げると、おかーさんはベッドの縁に腰掛けて隣に座るよう促してきた。
 その横に座ると、私の頭を優しく撫でてくれる。昔から変わらない、おかーさんの手つき。
 弱虫で周囲の子たちとなかなか馴染めなかった幼い日の私。そして、人間関係で悩み事が絶えなかった中学生時代。
 私がくじけそうになった時、おかーさんはいつでも優しく頭を撫でてくれた。その温かさに何度救われたかは分からない。
「――今日も何かあったんでしょ、ことちゃん?」
「え……どうして分かるのだー?」
「それは、ことちゃんのお母さんだし……それに、表情に出てるわよ」
「本当に?」
「ええ。昔から、ことちゃんは悩んでいることがあると、必ず顔に出てたわ」
「私、全然意識してなかった……」
 プチ衝撃の事実に驚いていると、おかーさんが、そっと話しかける。
「良かったら話してくれないかしら——しーくんも心配してたわよ?」
「おにーちゃんが⁉」
「ふふっ。本当にことちゃんって、しーくんの事が大好きなのねぇ。お母さん感動しちゃうわ」
「そ、それは……! あくまで“おにーちゃん”として好きなだけであって……」
「そういう事にしておいてあげる」
 どうやらおかーさんは私の反応をいたく気に入ったようで、声を上げて笑い、目元に涙を浮かべていた。
「もう知らない!」とそっぽを向くと、ようやく笑うのを止めてくれた。
————あれから三時間ほど、おかーさんと今の自分の気持ちについて話した。
 思い出しても、今の私ではおにーちゃんに面と向かって言えないような事ばかりだったけど。
                              ☆ 
 翌日。教室に到着して自分の席で荷物の整理をしていると、一人の男の子がやって来た。
 よく見ると、その子は昨日告白を決行した男の子の友達のようだった。
 彼の表情は人をからかうような色が滲み出ていて、あまり気分の良いものでは無かった。
「ねえねえ五河さん。そういえば俺の友達が、五河さんに告白したらしいんだけど、どうして断ったの? 何かあったの?」
「昨日の男の子の事? 私には好きな人がいたから、ごめんなさいって言ったんだー」
「へえ、そうなんだ」
 いちいち”男の子”と表現するのも煩わしいので、これから、仮に『友人A』としよう。
 さて、友人Aは私の返事を聞いて、表情に浮かぶからかいの色を先ほどよりも濃くした。
「もしかして、その好きな人って五河さんのお兄さんだったり?」
「……そうだけど。もしかしてあの子が話したのかな?」
「ああ。あいつ事細かに話してたからな」
 大切な思い出を踏みにじられそうな予感がして、声のトーンが必然的に低くなる。
それを知ってか知らずか、友人Aは至って軽く受け流す。
 ここまでは、まだ予想の範疇だった――しかし、次の一言は耳を疑うものだったのだ。
「そういえば、そのお兄さんって“義理”なんだろ? 
 兄妹の禁断の恋とか夢見てんじゃねえの? ああアホくさ。そんなライトノベルじゃああるまいし。
 そんな奴の考える事なんて理解できないわ~」
――――その後の記憶は無い。後から聞いた話だけど、その時、私は泣き叫んだあと、その友人Aに食いついて、一触即発の状態だったそうだ。
 周囲の女の子が私を引き離す一方、男子たちが友人Aを抑えていて。
 お互いに睨み合う事十分程。やがて先生が飛んできて、仲裁をして、何とかその場は収まったらしいけど……。
 私は気が動転していて、結局、早退する事になり……。

————私の部屋で暖かい布団にくるまりながら、天宮市の街並みをぼーっと眺めていた。
 こうして頭の中を空っぽにしておかないと、たちまちさっきの事が頭の中に入り込んで来て、私の感情を蝕むからだ。
 今日も平和な天宮市をぼんやりと眺めながら、私はふと考えた。
「……義理の兄妹って、そんなに変なのかな…………」
その呟きは誰にも聞かれる事無く消えていく――と思われたが、
「そんな事無いわよ、ことちゃん」
「おかーさん……」
 いつも通り優しい笑みを浮かべているおかーさん。ベッドの縁に腰を下ろすと、小さい頃、私を慰めてくれた時みたいに、語り掛ける。
「ことちゃん、どうして私がしーくんを引き取ったか、分かる?」
「え、おにーちゃんを……? そういえば、一度も聞いてなかった気がするぞー」
「そう。今までことちゃんには話さないでいたのよね」
「それはおとーさんと話し合った上での事?」
「ええ。たっくんとも話し合って、ことちゃんが高校生になるまでは……ってね」
 おとーさんとおかーさんがおにーちゃんを引き取った理由――何だろう。
 そういえば、おにーちゃんからは両親に捨てられたからと聞かされているけど、それ以外にも何かあるのかな。
 おかーさんは私の方に近づくと、そっと頭を撫でてくれて、こう切り出した。
「私とたっくんがしーくんを引き取ったのはね、ことちゃんにぴったりの男の子だなって思ったからよ」
「私にぴったり……?」
「……昔ね。施設に用事があったの。そこで一人の男の子に目が行ったわけ」
「それがおにーちゃんだったってこと?」
「そうよ。職員さんに話を聞いてみると、その子はご両親に捨てられて施設に来たみたいで、相当心に傷を負っているって言ってたわ。
――しーくんにね、”お父さんやお母さんがいなくて寂しくない?”って聞いたの。そうしたらなんて答えたと思う?」
「えー、なんだろう。おにーちゃんの事だから、中二病的な事でも言ったんじゃないかなー?」
「いくらしーくんでもそんな事は言わないわよ」
 おかーさんがおかしいというようにお腹を抱えて笑い出す。そんなに中二病な事を言うイメージが無いのだろうか。
 そういえば、おにーちゃんが中二病にハマっていた事を知っているのは私だけなのを思い出して、黙っている事にした。
「それでね。しーくんは、“お父さんとお母さんがいなくても、俺は生きていける!”って言ったのよ? しっかりしていると思わない?」
「確かに。おにーちゃんらしいといえばおにーちゃんらしいぞー」
「ふふっ。本当におにーちゃんの事をよく見てるのね。伊達にしーくんの妹をやっていないと思うわ」
「むー! その事は良いから、早く続きを話して!」
 おかーさんは「はいはい」とひらひら手を振って見せて、真剣な表情に戻る。
「お母さんは決めたの。この子こそことちゃんのお兄ちゃんに相応しいって。泣いてばっかりの妹を変えてくれるって————」

“ねえ、しーくん”
“えっと……ちなみに、しーくんというのは俺の事?”
“そう。名前が士道だから『しーくん』。ダメかしら?”
“ううん……別にいい”
“そっか――ねえしーくん。私たち家族の一員になってくれないかしら?”
“えっ……⁉”
“実はね、私たちには小学生の娘がいて、名前は琴里って言うの。しーくんには、琴里のお兄ちゃんになってほしい”
“その琴里ちゃんのお兄さん……どうして俺が?”
“しーくんは同年代の男の子に比べて、とてもしっかりしてる。だから、泣き虫で純粋なことちゃんを導いて欲しいの”
“————分かった。俺、琴里のためにも、しっかりとしたお兄さんになる!”

「……そんな事があったんだ。おにーちゃん、そこまで私の事を考えてくれていたんだ」
 何だろう、この気持ちは……未だかつて感じた事の無い程のおにーちゃんへの想いの強さに、どう向き合えばいいのか分からない自分がいる。
「だから、ことちゃんとしーくんに不自然なところは何一つ無い——ましてや、義兄妹が変な訳が無いわ。
 しーくんを選んだのは私とたっくんの想いがあったから。昔からしーくんの事を”兄妹“以上に好きな事は、私とたっくんがよく分かってるわ。
 思春期の女の子なんだから、色々悩んで、その時その時、自分を変えていければいいのよ。
 一度に変われる人なんていないんだから」
「おかーさん、私は……」
 その瞬間、私の中で“何か”をせきとめていたものが壊れて、一気に感情が爆発した。
 おかーさんの胸元に顔をうずめて、泣きじゃくる私。昔から何一つ変わっていない私の短所。
 こんなだから私はダメなんだ——だけど、次のおかーさんの言葉が、私という存在を丸ごと包み込んでくれた。
「ことちゃんはダメな女の子なんかじゃないわ……。
 人を思い遣ることが出来て、どんな事にも真剣に取り組めて、おにーちゃんを誰よりも愛している、一途で素敵な、甘えん坊な女の子」
 一時は収まっていた涙が、おかーさんの言葉によってとめどなく流れる。声を上げて泣いた。
                              ☆

 大学から帰宅すると、リビングで雑誌を読む母さんがいた。ただ、その表情は夕暮れに彩られて、憂いの色が濃く出ていた。
 天真爛漫で自由奔放な母さんが、ここまで憂鬱そうにしているのは珍しい。
 とりあえず部屋に荷物を置き洗面所で手などを洗い、リビングに行くと、母さんはまだ雑誌を読んでいる。
 いや、正確には、視線は雑誌以外の何かに向けられているようにも思えた。
「……あら、しーくん、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。ついさっき帰ったんだけど、母さん気づいてないみたいだったからな」
「ごめんね。雑誌を読むのに夢中になってて……」
「いや。それは別に大丈夫だけどさ」
 そこで会話が途切れて、沈黙が生まれる。
モーター音を響かせて通りすぎるバイクや、車のエンジン音などが、静かなリビングに響く。
 母さんは雑誌を読むのに夢中と言ったけど、明らかに何かがあって、それに悩んでいるといった印象を受ける。
 色々考えられる中で、一番可能性のありそうな事は……。
「——もしかして、琴里の事で、また何かあったのか?」
 母さんは雑誌から顔を上げて、驚いたように目を見開く。

————それから、二時間ほどかけて、今日起こった事や琴里の様子など、詳しく話を聞いた。
 一番衝撃的だったのは、母さんが俺を引き取った時の話だった。
 どうやら母さんと父さんが、俺と琴里が大きくなるまで話さないと決めていた事らしく、今日初めて話したと言われてさすがに驚いた。
 母さんは、泣き虫だった琴里を変えてくれると信じて俺を引き取ったのだそうだ。
 そしてその時の自分は、“琴里のお兄さんになる!”と、どこかの海賊王よろしく、元気よく答えたという。その頃の記憶はほとんど無かったが。
 最後に母さんは、今まで琴里の“かけがえのないおにーちゃん”でいてくれてありがとうと言ってくれた。
 俺を五河家の子供として引き取ってくれた母さんや父さんの、その時の想いに応えられて嬉しく感じた。
 そして、父さんと母さんの一人娘であり、俺の大事な妹である琴里に慕われる兄でいられて、本当に良かった。
 改めて、家族というのは大切なのだと痛感した。
                              ☆
 翌日も、翌々日も――一週間後も。琴里は学校に通えない日々が続いていた。
 そんな琴里の励みになったのは、クラスメイトからの手紙。特に琴里が熱心に読んでいたのは、中学校からの親友だという洋子ちゃんの手紙だ。
「洋子ちゃんからだぞー、おにーちゃん!」
「中学校からの友達か?」
「そうだぞー。うわぁ、元気にしてるかなー」
 そう言って琴里は嬉しそうに封を開ける。十四歳の誕生日みたいに豪快なアメリカンスタイルではなく、丁寧に。
 中から便箋を取り出す。文面に視線を滑らせていき、喜んだり、泣いたり、笑ったり。
 喜怒哀楽を見せてくれる琴里の表情は、見ていてほっこりする。可愛い妹だからな。
 便箋をしまうと、琴里はふぅとため息を吐き……目元に涙を見せた。そして、窓の景色に目をやると、ぽつりと……。
「早く復帰したいなぁ……」

 というのは数日前の出来事だ。琴里としても早くクラスメイトに再会して、また、元の学生生活を満喫したいのだろう。
 だけど、自分の心を十分に癒し切れていない。そのもどかしさが、琴里に涙を生ませるのかも知れない。
 そんな日々を過ごしているなか、令音さんに呼ばれて、俺はフラクシナスにやって来た。
 精霊絡みの任務がひと段落して以降、フラクシナスに顔を見せる事も激減していた。
 艦橋に入ると、いつも通り事務作業に勤しんでいるラタトスクのクルーと、司令席の隣に神無月さんが立っている。
「こんにちは神無月さん。お久しぶりです」
「やあ士道くん、お久しぶりだね。司令の調子はどうだい?」
「今は家で療養中です。あの時の体験がフラッシュバックしないように」
「そうですか……」
 いつも琴里にいたぶられている神無月さんだが、このような異常事態ではさすがに真剣そのものだ。副司令だから当たり前だとは思うが。
 と、その時、令音さんが艦橋に入って来た。
 クルー一同が「お疲れ様です!」と敬礼つきで声を掛けるのに対して、令音さんは「ん……」と短く返し、俺に近づいた。
「やあ、シン。いきなり呼び出してすまなかったね」
「いえ。第三者の意見を聞きたいと考えていたので、タイミングはばっちりでした」
「そうか……では、別室に移動しよう。込み入った話になるだろうからね」
「ええ、分かりました」
 令音さんの視線が、俺の肩越しに、事務作業に勤しんでいるクルーの面々に向けられる。
「私とシンは、別室に移動するよ。後はよろしく頼む」
「はい!」
 クルーの返事を聞き、令音さんは艦橋を出て行く。その後を慌ててついていく俺。
 案内された部屋は、いわゆる応接室というものだ。真ん中にソファが設えられていて、壁際の棚には、何かの書類が整然と収められている。
「先に座っていてくれ。今お茶を用意する」
 そう言って令音さんは、二つの湯飲みに茶葉を適量入れ、そこにポットでお湯を注ぎ、お菓子もお盆に載せて戻って来た。
 お茶を頂いて一息ついた頃、令音さんが口を開く。
「……それで。琴里に何があったのかね」
 俺は母さんから聞いた話や琴里の今の状況も併せて話した。終始無表情で俺の話に耳を傾けていた令音さんは、珍しく困惑の色見せる。
「……それは非常に難しい問題だね、シン」
「ええ、俺もそう思います。
 今回は、告白された事によるストレスと、”義兄妹である事はおかしい”と指摘されて、それに押しつぶされて、爆発したような感じです」
「……まず問題なのは、その男の子の、義理というものへの理解の無さではないかな……」
 令音さんは語気を強めつつも、お茶を飲むと元の眠たげな雰囲気に戻った。
「——ちなみに、その男の子について、何か知っている事はあるのかい?」
「母さんから聞いた話では、一定期間の謹慎処分を下す事も検討されているそうです」
「ふむ……それが妥当なところだろう」
 令音さんは湯飲みに口をつけ、その後、おかきを口に放り込む。
 おかきが飲み込まれたころ、令音さんが再び口を開いた。
「——そして、もう一つ問題がある……むしろ、こちらの方が先ほどよりも重大かも知れない」
 令音さんは厳しい視線を俺に向けた――つまり、二つ目の問題の原因は俺にあるという事だ。
「……シン。君も分かっていると思うが、もう一つは、シンが『琴里の気持ちに“こた”えてあげられていない』という事だ」
「……はい」
 琴里はかけがえのない妹だ。小さい頃から一緒に生活してきて、楽しい時も、嬉しい時も、辛い時も。どんな時もそばにいてくれた。
 いつしか、琴里との間に、“義兄妹”である以上の絆が結ばれていた。
 そして琴里が中学生の頃は、『愛してるぞ、おにーちゃん!』と言ってくれた。その時は半ば“兄妹だから”と考えていた。
 でも、その頃から、琴里は周囲の男の子に好意を持たれる事が多くなり、それに比例するように、悩み事も増えて行った。
 この時は、その都度悩みを解決していたから良かった……はずだった。
 だけど……ついに、琴里に限界が来てしまったのだ。
 だとしたら、今こそ、琴里に俺の気持ちをちゃんと言うべきでは無いだろうか。
「————どうやら、シンの中で答えが出たようだね」
「はい。今度こそ迷いません」
 そう誓うと、令音さんおもむろに立ち上がり、そばまで来ると俺を思いっきり抱き寄せた。
 令音さんの豊かな胸に顔をうずめる格好になり、一抹の恥ずかしさを感じていると、よしよしと、令音さんの手のひらが俺の頭を滑る。
 ひとしきり俺の頭を撫でると、体を離し、俺をじっと見つめる。心なしか令音さんは笑みを浮かべているようにも見える。
 それも、彼女にしてみればよっぽどのものだ。
「君なら、きっと琴里の気持ちに応えられるだろう。シンは琴里にとって愛すべき“おにーちゃん”なのだから」
                              ☆
 あれから二週間が経った五月のとある休日。琴里とリビングでテレビゲームを楽しんでいると、インターホンが鳴らされた。
「はーい」
 母さんが玄関まで駆け足で向かった。ガチャッと扉の開く音。なにやら女性の声がするようだが……。
「ことちゃん、落ち着いて聞いてほしいの」
「んー? 何なのだ—?」
 琴里が首を傾げると、母さんは意を決して口にした。
「――実はね。あの時の男の子とそのお母さんが来てるの。ことちゃんに謝りたいそうよ」
「……行かない。男の子とは話したくない」
 琴里は顔を俯かせる。長い髪のおかげで表情は見て取れなかったが、肩が震えていて、今の琴里の気持ちを如実に表していた。
 とりあえず背中をさすってやり、髪を撫でてやると、落ち着きを取り戻した。
「ん……ありがとう、おにーちゃん」
 弱々しいながらも、出来るだけの笑みを向ける琴里。その気の張り方が、今の俺には儚げにしか映らなかった。
 母さんは琴里の意思を尊重し、玄関まで戻って行った。玄関で来客の応対をしている間、俺は琴里の様子を見守っていた。
 今の“白いリボン”の琴里は、極端に精神状態が不安定で、とてもじゃないけど俺がそばにいてやらないと心配だった。
 数分して母さんが戻って来た。
「――男の子が言っていたわ。
“五河さんの気持ちを考えない事を言って、本当にごめんなさい。”」
「……」
 琴里は母さんの話を黙って聞いている。だけど、次の瞬間————
「……あんな男の子に、私とおにーちゃんの何が分かるの?」 
 次に発した言葉は、無邪気な琴里のものとは思えないほど声のトーンが恐ろしいほど低くて、少しばかり恐怖を覚えた。
「私たちは確かに血の繋がりは無い。だけど……小さい頃から一緒に暮らしてきて、ちゃんとした家族の一員なの! 
 私がどれだけおにーちゃんの事を考えて接してきたか、分からないでしょ⁈ だったら、簡単にごめんなさいとか言わないで‼
 君は強いコンプレックスを持った事ある? 
 白いリボンの時の私は弱くて、泣き虫で、甘えん坊で。だから、“黒いリボン”を身に着けて、『強い私』を保ってる。
 大好きな人と一緒になるためには、短所を克服しないといけない。でも、身近にいる人だからすぐに甘えてしまって、結局同じ事の繰り返し。
 そうやって、自己嫌悪に苛まれながら好きな人に必死に追いつこうとした事があるの⁈ 無いよね? 
 だから、そんなデリカシーの欠片すら感じられない事を、平気で言えるんだよね?
————もう、私に関わらないで……」
 琴里はそこまで言い切ると、その場にへたり込んでしまった。
「ことちゃん、大丈夫⁈」
「琴里!」
「……大丈夫だよ、おかーさん、おにーちゃん。気持ちが張り詰めすぎて、ちょっと腰が抜けちゃった」
 ひとまず琴里をソファに寝かせてタオルケットを掛けてやる。お腹を冷やして風邪でも惹かれたらたまらないからな。
 すると琴里が口を開いた。
「ねえ、おにーちゃん」
「ん、なんだ?」
「……今日、一緒にお風呂入らない?」
「え⁈ いやいやいや。さすがに高校生の妹と一緒にはマズイって……」
「えー。十四歳の誕生日の時、一緒にお風呂に入ってくれたぞー?」
「どういうことしーくん? 私とたっくんがいない間、ことちゃんと何していたの?」
「え、いや、あの。それは……」
「……詳しい事は、あとでじっくり聞かせてもらうわね、しーくん?」
 母さんは凄絶な笑みを浮かべて宣告した。
 俺は、さながら蛇に睨まれているネズミのような気分だ。
                    ☆

 週が明けて月曜日。私は懐かしい通学路を歩いている。親友の洋子ちゃんと一緒に。
 久しぶりに再会した私を涙ぐみながらも迎えてくれたのは、ついさっきの話だ。
「それで。あのバカにしてきた男の子はどうするつもりなの?」
「んー。今日、直接話をするつもりだぞー。あ、もちろん皆がいる前でね」
「大丈夫? また前みたいにならない?」
「考えがあるぞー」
 
 朝の喧騒に包まれている教室。私が一歩足を踏み入れると、途端に静けさが教室じゅうに広がっていく。
 まあ二週間以上も休んでいたのだから、ちょっとでも好奇の目で見られるのはしょうがない。
 自分の席に座って荷物の整理をしていると、予測通り、例の友人Aがやって来た。
 そして、私のそばまで来ると深々と頭を下げた。
「この間は五河さんの立場を考えずに、とても失礼な事を言って……ごめん!」
 それっきり頭を上げない友人A。私たちの様子を、固唾を呑んで見守るクラスメイト。
 私はおもむろにバッグの中から黒いリボンを取り出して、髪を括り直す。
 ただ一人洋子ちゃんを除いて、ほぼ全員が私の行動が理解出来ていないらしい。
 だけど、これから起こる事は、恐らく高校生らしからぬ事だろうと思うので、内心では友人Aが気の毒だったが。
 友人Aには、黒いリボンを身に着けた時の私の怖さを存分に知ってもらう必要がある。
「あら。それだけで謝った気になっているのかしら? ミトコンドリアでももうちょっとマシな方法を思いつくと思うけれどね」
「……え?」
 友人Aはおろか、クラスメイト達まで目を点にしている。それはそうだろう。普段人前には晒さない人格だから。私はさらに言葉を続ける。
「せいぜい『足の裏を舐めさせてくださいご主人様!』と言いながら這いつくばったらどう? 
 ……もしかして、それくらいの事も出来ないのかしら?」
 友人Aは、白いリボンの時とのギャップに驚いているのか、言葉さえ発せない様子だ。
 それはそうだろう。士道でさえ、初めて私の黒いリボンを見た時は驚いていたのだから。
「私を馬鹿にするのは一向に構わないけど、私の兄や家族を馬鹿にしたら承知しないわ。その時は、徹底的にこらしめるから、覚悟しなさい」
「は、はいぃぃ!」
「だったら、さっさと自分の席に戻りなさい」
 友人Aは尻尾を巻いて自分の席に戻り、周囲をはばかる事無く大声を上げて泣き始めた。
 ここまででいいだろうと、黒いリボンから白いリボンに付け替える。
「んー? みんなどうしたのだー、そんなに驚いた顔して?」
 その後、五河琴里という女の子を怒らせてはいけないという噂がこの高校の伝説になったのは、また別の話である。
                              ☆
 季節は夏に移り変わる七月。
 今日は七夕。天馬川の花火大会で、おにーちゃんとデートだ。
 着ていく浴衣は、あらかじめおにーちゃんと選んでおいたものだ。
 おにーちゃんが似合ってると言ってくれたデザインで、私としても、今日着るのをとても楽しみにしている。
 自室で、そんな風に期待に胸を膨らませている昼下がり、おかーさんがやって来た。
「ことちゃん、浴衣の準備はどうかしら?」
「うん。大体大丈夫そうだぞー」
「うん。ならよろしい」
 おかーさんは満面の笑みで頷くと、ベッドに腰掛ける。
「で、ことちゃん。今日はどっちで行くの?」
「ふえ? どっちって?」
 私が分からないという仕草を見せると、おかーさんはからかうような笑みで、
「もちろん、白リボンで行くのか黒リボンで行くのかという事よ?」
「それは……もちろん、白リボンで行くぞー。おにーちゃんとのデートで黒いリボン付けたくないもん」
「ふふっ。ことちゃん、変わったわよね」
「え?」
 私が、変わった? 一体どういう事だろう。
 確かに、この間の一件は乗り切って、自分の中でも、義理という関係に対して気持ちの整理はついたけど、何か変化があったのかな?
 おかーさんは、さっきと打って変わって、優しい笑みを浮かべる。
「何言ってるの。ことちゃんは、もう、白いリボンでも“強い子”よ。
 ことちゃん、白いリボンの時の自分を“弱い私”って表現していたけど、今となっては、男の子に対しても立ち向かえるようになったじゃない」
「でも。あの時は、黒リボンの力を借りた訳だし……」
「ことちゃんはもしかしたら覚えていないかもしれないけど――ほら、一回男の子とそのお母さんが家に来たじゃない? 
 あの時にことちゃんが叫んでいた言葉、自分の事を弱虫だと表現する女の子が言えるとは思えないくらいとても力強かったわ。
 あれをはっきり言えるのなら、ことちゃんはもう大丈夫。おかーさんが保証するわ」
「おかーさん……」
「今は新しい価値観を手に入れたばかりで、戸惑う事も多いと思うけど、そのうち、それが役に立つ日が来るわ。
 “あの時、体験していて良かったな”ってね。だから自信持って」
 本当に、おかーさんには小さい頃から励ましてもらってばかりだ。その優しさに何度救われたのかは、分からない。
 でも、おかーさんがそう言ってくれるのだから、私は、もう迷わない。
                              ☆

 そして夕方。花火大会の会場に向かうべく、そろそろ家を出る時間だ。浴衣の着付けをおかーさんに手伝ってもらい、リビングに向かう。
 リビングに入ると、おにーちゃんがソファに座り、今日行われる天馬川花火大会の特集を見ていた。
「おにーちゃん、お待たせだぞー!」
「おう」
 そう言っておにーちゃんが私を振り返った。
「――めっちゃ似合ってるじゃないか。やっぱり琴里に似合うと思ってたんだよ」
「ん……ありがとおにーちゃん」
「それと、なんというか……」
「んー?」
 おにーちゃんは恥ずかしそうに頬をかきながら、
「……琴里が髪を下ろした姿もかわいいなって」
「そうかな……? 私としては、普段あまりやらない髪型だから、おにーちゃんがどう思うか心配だったけど。似合ってる?」
「ああ、とてもいいと思うぞ。それに、その髪飾りも琴里らしい」
「あ、気づいてくれた? うさぎさんだぞー」
 ただ髪を下ろしただけじゃ味気ないので、私の大好きなうさぎのアクセサリーをアクセントに付けてみた。
 そのおかげでおにーちゃんに褒めてもらえて、嬉しさが胸いっぱいに広がる。
 おにーちゃんに見てもらうために色々頑張った甲斐があったな。
 そんな事を考えていると、おかーさんとおとーさんもやって来て、私の浴衣姿を見て頷いている。
「うん――琴里のその浴衣、似合ってるな。さすが士道が選んだだけある」
「たっくんの言う通りだわ。しーくん、やっぱり服のセンスあるわ――士織ちゃんだけに」
「ちょっと母さん⁉ それは違うからな!」
 母さんが冗談めかして言うと、おにーちゃんは深刻そうに否定する。
 おにーちゃんは、美九や七罪の保護をする際に、何度か士織ちゃんに変身した事があるのだ。
 その影響なのか、メイクや服選びなど、女子力が異様に高い。
 手元の時計を確認すると、ちょっとばかり予定の時間を過ぎていた。
「おにーちゃん、早くしないと花火大会始まっちゃう!」
「――うわ、本当だ。それじゃあ、父さん母さん、行ってくる」
「気を付けてね。ちゃんとことちゃんをエスコートしてあげてね」
「帰ったら、どんな様子か聞かせてな」
「母さんのは分かったけど、父さんの方は考えとく!」
 おにーちゃんはさりげなく私の手を握り玄関に向かう。
 リビングを出る際、おかーさんとおとーさんの方を振り向くと、まるで頑張ってねというかのようにサムズアップしていた。
                              ☆
 私とたっくんは、日曜恒例の大喜利を見ている。
 しばらくは普通に見ていたのだけれど、たっくんがふと口を開いた、
「ねえ、はるちゃん」
「ん……何、たっくん?」
「――はるちゃんと初めて出会ったときは、自分たちが結婚するとはまだ思っていなかった。
 結婚して、やがて娘が生まれて、そして男の子を引き取ることになって……。
 嬉しい事に、兄妹が仲良くなって、お互いを家族以上に想い合うようになる――こんな幸せ誰が想像できるだろう。考えただけで感慨深いよ」
「たっくん……」
 たっくんは眼鏡を外し、目元に溜まる涙を拭うと、きちんと眼鏡を掛けなおした。
「……でもさ。我が子が巣立っていくのを考えると、親としてとても寂しい気持ちになるのは、仕方が無いのかな? ――とても寂しい」
 拭えど拭えど、たっくんの目元から零れる涙は止まらない。
 たっくんにそっと寄り添って、優しく語り掛ける。
「それは私も同じ―――子供の成長が嬉しくない親なんていないわ。
 私だって、あれだけしーくんにくっついてばかりのことちゃんが、今ではしーくんの隣で、大人の女性として立っている事がとても嬉しいの。
 しーくんを引き取った時は、上手くことちゃんとやってくれるか心配だった。
だけど、人を気遣うことのできる良い男の子に成長してくれて、ことちゃんの良きお兄さんでいてくれた。
 私としては、あなたのお子さんはこんなに素敵で立派な人に育ちましたって、ご両親に報告したいわ」
「そうだね――色々あったけど、はるちゃんといたから、毎日が楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ。今まで私についてきてくれてありがとう。愛してるわ、たっくん」
 後日、『私が愛してる』と言った時の表情について、たっくんはこう言った。
「さすが琴里のお母さんだ。笑顔が素敵だった」
 恥ずかしさのあまり、ことちゃんに黒いリボンを借りたのはまた別の話。
                              ☆
 多くの人で賑わう河川敷。
 花火の打ち上げ開始まで一時間以上はあるのだけど、どの人も思い思いに屋台を巡り、一様に楽しそうな表情を浮かべている。
 そんな人々のなか、色々食べ歩いたり、射的やヨーヨー釣り、金魚すくいなどで競争して、お祭りを存分に満喫している。
「迷子になるといけないから、ちゃんと手は繋いでおけよ?」
「もー。おにーちゃん、私だってもう子供じゃないんだぞー?」
「あはは。悪い。冗談のつもりで言ったんだけどな」
「……本当は、“好きだから手を繋いでる”とかが良かったぞー」
「ん、何か言ったか?」
「んーん。何でもないー。あっおにーちゃん! 次は綿あめ食べたい!」
「走ると危ないぞ!」
 私が綿あめの屋台に駆け出すと、慌てて私の追うおにーちゃん。この感じが昔の私たちを思い出させてくれて、どこか感傷的な気分になる。
 あっという間に時間は過ぎていき、遂に花火打ち上げの開始時間だ。
 土手にはすでに多くの見物客が集まっており、夜空を見上げながら、何が打ちあがるかという予想に花を咲かせているようだ。
 そして、見物客の多くが若いカップルで、互いに寄り添い、何とも甘い雰囲気を醸し出しているのを見て、私の心臓がその鼓動を強める。
「おにーちゃんとあんなこと出来たらな」
 いくら白いリボンの弱点を克服したとはいえ、やっぱり、こういう大事な時の思い切りの良さは、中学生の頃に比べると無いと思う。
「ほら琴里。ここら辺なんか、花火がよく見えると思うぞ」
「おっ。じゃあここに決定!」
 おにーちゃんと隣り合って腰を下ろす。
 ここ天馬川には、大手私鉄が通る橋が架かっており、この瞬間も、クリーム色に青色のラインの電車が音を立てながら通過している。
 その乗客からは、この風景はどういうふうに見えているのだろう。帰宅ラッシュでもしかしたらそれどころでは無いかもしれないけど。
 そんな事を考えたら、何だかおかしく思えてつい笑いが漏れてしまった。
 その様子を見てか、おにーちゃんが「どうした?」と顔を覗き込んできたので、「何でもない」と慌てて返事をした。
「そういえば、さっきから何を調べてるのだー?」
「ああ。今年はどんな花火が打ち上がるのか気になってさ。毎年違うみたいだぞ」
「そうらしいねー。私としては、ピンクとか赤の花火とかあったら嬉しいな」
「琴里らしいな」
「でしょー? 私は炎の精霊・イフリートだからね!」
 満面の笑みで答えると、おにーちゃんは若干恥ずかしかったのか、視線を夜空に向けて、
「花火もうすぐだな」と呟いた。
 
 程なくして、天馬川花火大会開始の旨がアナウンスで流れ、会場の人々からは大きな拍手が生まれた。
                              ☆
 およそ一時間掛けて、色鮮やかな花火が打ち上げられていく。
 今年の目玉は、何と言ってもアニメのキャラを題材とした花火だ。
 その中に、デフォルメされた精霊の皆やよしのんなどもあり、おにーちゃんと顔を合わせて、頬に汗を垂らさずにはいられなかった。
 いよいよ、今夜最後の花火を迎える。
「さて。最後はどんな花火が来るのかなー」
 すると、射出音とともに、夜空に一筋の光が伸びていく。
それはぐんぐんと夜空を駆け上がっていき、唐突に炸裂したかと思えば、夜空に綺麗な赤い華を咲かせた。
「おにーちゃん見て! 赤色の花火!」
「こりゃ一回り大きいな……めっちゃ綺麗」
「本当にね……おにーちゃんと見られて良かった」
 おにーちゃんと繋いだ手をもう一回繋ぎなおして、そう呟いた。
「琴里……」
 ラブコメでは、ヒロインのつぶやきが花火の音にかき消されてしまうというシチュエーションはテンプレかもしれない。
 だけど、私とおにーちゃんに限ってそんな事は無かった。
 おにーちゃんに寄り添い、視線は夜空に咲く花火に向けたまま呟いた。
「小さい頃とかは“兄妹”として来たことはよくあるけど……“恋人”としてここに来たのは今日が初めてだから。
――その特別な人がおにーちゃんで、私はとても幸せ」
 私の唐突な告白に、おにーちゃんは戸惑っているようだ。
 その隙を逃さぬように、私は体勢を変えて、おにーちゃんにさらに近づく。
 
――ちょうどその時、ラストの花火が夜空に満開の華を開き、辺りを幸せのグラデーションで彩った。
                              ☆

 季節は本格的に夏へと変わり、セミの合唱が一段と大きくなる八月。
 八月三日は私の十七歳の誕生日だ。
 朝食を食べ終えて食休みをしていると、隣の精霊マンションから七罪と四糸乃がやってきた。
「こんにちは、琴里さん」
「やっほー琴里ちゃん!」
「琴里いる?」
「四糸乃、よしのん、七罪。いらっしゃいだぞー!」
「今日は琴里さんのお誕生日をお祝いしようと思って来ました」
「後から皆も来ると思うよー」
 同意するように七罪もうんうんと頷いている。
「そうなの⁉ 何だか嬉しいな」
 玄関先にいてもらうのもアレなので、リビングに案内する。
 
 ジュースを飲んでお菓子を食べながら、他愛もない話に花を咲かせる。
 話題は今日の事になり、
「どうせなら、みんなも今日のパーティーに来ればいいのに。他の皆も呼んでさ」
「でも、それは琴里さんと、お父さんとお母さんに悪いので」
 四糸乃がそう言うと、よしのんも同意というように、
「そうだよー。それに、士道くんと琴里ちゃんの水入らずを邪魔したらいけないからねー」
「水入らずって……私とおにーちゃんは、まだそんな関係じゃ……」
「え、という事はこれからそうなる予定なの⁉」
 七罪の的確なツッコミを受け、盛大に墓穴を掘ってしまった事を自覚した。後の祭りとはまさにこの事だ。
 たじろう私の様子を見て、三人は、はあとため息をついた。
 そして、七罪がやれやれといった感じで首を振る。
「士道の事を兄妹以上に好きなのは分かりきっていることだし。今更って感じだけど」
「だねー。――そういえば、琴里ちゃんが『ゼクシィ』読んでいるって聞いたけど、いつ『たまごクラブ』になるのー?」
「よしのんの例え、それ何⁉」
「琴里ちゃんが、士道くんとけっ――――」
「それ以上は言わないでええええええええええええええええ‼」
 五河家のリビングに、私の絶叫がこだました。
                              ☆
 四糸乃たちと楽しくお喋りしていると、精霊の皆がやって来た。手元に何かしらプレゼントのようなものを持っている。
 すると、まず初めに十香が前に出て、
「琴里、十七の誕生日おめでとうだ!」
「ありがとう十香! 開けてもいい?」
「遠慮なくいってくれ!」
 期待に胸を膨らませて封を開けると、中身は人生ゲームだ。
「お、これは後で、皆でやろう!」

 お次は――そう思ったところで、床に濃い影のようなものが生まれて、そこから狂三が出てきた。
 その場にいた皆に優雅に一礼すると、彼女は私に箱を差し出す。
「琴里さん、お誕生日おめでとうございます。私からのプレゼントですわ」
「……念のために確認しておくけど、毒とか入ってないよね?」
「あら、いやですわ。私がそんな事をするとでも――」
「「「思う」」」
 その場にいた精霊全員が同意し、狂三が珍しく頬に汗を垂らした。
「……とにかく開けてくださいまし」
 いくら、昔は『人殺しの精霊』とか『最悪の精霊』などと呼ばれていようと、私のために選んでくれたプレゼントを無駄にしたくはない。
 慎重に開けると、入っていたのは高さが三十センチくらいの置き時計だ。デザインに猫をあしらってあるところが、いかにも狂三らしい。
「ありがとうだぞーくるくるみん。私の机に飾っておくぞー」
「くるくるみんはやめてくださいまし!」

 その後も精霊の皆から、それぞれの個性あふれた誕生日プレゼントを受け取った。
 その中で、最もインパクトが強かったのは、折紙から貰ったもので……。
「琴里、誕生日おめでとう。私からもプレゼントを」
 そう言って、折紙は一旦玄関を出ていく。何事かと、精霊皆がそちらに注目していると、折紙は何かの段ボールを三箱抱えて戻ってきた。
 とても軽そうに運んでいるようだが、恐らく顕現装置のおかげだろう。
 私はその量を目の当たりにして、思わず尋ねずにはいられなかった。
「……あのさ、折紙。この段ボールの中に入ってるものって、なに?」
「これは、全部エナジードリンク。一年分」
「い、一年分……?」
「そう」
 よくCMとかで流れている“ナントカブル、翼を授ける”というアレだろうか。
 流石に一年分ともなると、どうなのかなぁ……。
「琴里には、これを飲んで士道とさらにらぶらぶになってほしい」
「真顔で、なにとんでもない事をさらっと言ってるの、折紙さん⁉」

――――というような事もありつつ、楽しい時間もあっという間に過ぎていき、いよいよ家族でのパーティーの時間だ。
 おにーちゃんとおかーさんが作ってくれた料理を満喫した後は、お誕生日プレゼントをもらう時間だ。
 おにーちゃんからは、ちょっと大きめの箱を手渡された。
「琴里、お誕生日おめでとう」
「お、ありがとうだぞー! 開けていい?」
「おう」
 丁寧にリボンを解き包装を剥がす。蓋を開けて出てきたのは、真新しい白いリボンだ。
 照れくさいのか、おにーちゃんは頬をかきながら言った。
「琴里のその白いリボン、さい頃から使ってるだろ? そろそろ新しいものをあげたいなって」
「そうだね。幼稚園くらいから大切に使ってるけど、そろそろかなって思ってた。
 ありがとう、おにーちゃん」
「どういたしまして」
 今結んでいるリボンを解いて、新しい白リボンに付け替え、リボンの位置を確かめる。
「お、似合ってるぞ」
「ありがとうだぞー!」
 そして、手のなかにある今まで付けていたリボンをそっと撫でて、「お疲れさま」と呟く。
――このリボンには、沢山の想い出がある。幼稚園から、ほつれたところは丁寧に縫い直して、大切にしていたリボンだ。
 だから、このリボンは私の成長を見守ってくれたリボンでもある。
 想い出が詰まったものだから、しばらくは通学カバンのアクセサリーとして持っておこう。
 そしておとーさんとおかーさんからは、一目見て高級そうな箱。
 どこかで見た事のあるブランドのロゴが入っていて、何が入っているのかドキドキする。
「私とたっくんで相談して買ったの。ことちゃんにきっと似合うと思って」
「琴里がそれ身に着けてるところ見たら、士道は喜ぶと思うぞ!」
「ちょっとおとーさん……!」
「何言ってんだよ父さん!」
 私もおにーちゃんも、おとーさんの予想外の発言に、それは無いとばかりに反論した。
「まあまあ、ことちゃんもしーくんも――ことちゃん、開けてみて?」
「分かったー!」
 おかーさんに促され、箱を開けてみた。
「これってネックレス……」
 そのネックレスは、私の大好きなうさぎがぶら下がっていて、にんじんを食べているうさぎをかわいらしくあしらっている。
 見ていて、何だかほのぼのとさせてくれるデザインだ。
「ことちゃんはうさぎが好きだったから、注文して作ってもらったの――喜んでくれたみたいで良かったわ。大切にするのよ?」
「うんっ!」
私の元気いい返事に、皆が笑顔になる。
「ねえおにーちゃん、ネックレス付けて!」
「ああ、いいよ」
おにーちゃんにネックレスを渡して、後ろを向く。ちょっとドキドキしながらおにーちゃんがつけてくれるのを待つ。
「じゃあ、付けるからな」
「うん。どーぞー」
 おにーちゃんは私の髪を綺麗によけてから、私の首元に手をまわし、器用にネックレスをつけていく。
 どうして手慣れているかははっきりしないけど、きっと『士織ちゃん効果』なんだろうと思う。
 付けてもらったネックレスを見つめる。銀色に輝くうさぎがどことなく可愛く思えて、指でそっと撫でた。
「本当にありがとう――大切にするぞー」
  
 
                    ☆

Final

 三年後の八月三日――二十歳の誕生日。私とおにーちゃんは籍を入れた。
 そして、私の左手薬指には銀色の指輪があり、真夏の日差しを受けて燦然と輝いている。
 
 おにーちゃんと二人で、天宮市の名所である展望公園にやって来た。ここは、おにーちゃんと万由里が初めて出会った場所だ。
 ここから眺める景色はいつでも変わらない。
――――小学生の頃、おにーちゃんと二人で来た時も。
――――中学校入学の時に、セーラー服記念に写真を撮ってもらった時も。
――――中学二年生の夏。万由里と出会った時も。
 そして、大切な思い出のなかに、今日という一ページが加わる事となった。

 しばらく街の景色を眺めていた私たち。おにーちゃんが切り出した。
「最初は自分の妹と結婚するとは考えてなかった。琴里とは兄妹として接してきたから、お前に好きだと言われた時はどうしたら
いいか分からなかった」
「……中学生の私は、あまり意識せずに『愛してる』とか『大好き』って言ってた。
 だけど、高校に入って周りの子たちが男の子とお付き合いを始めた時、そういう事に疑問を感じるようになって。
 それからだよね。おにーちゃんへの想いと真剣に向き合おうって決めたのは……」
 その時、風が吹き抜けて私の長い髪がなびき、シャンプーの良い匂い。
 今までの色々な事が頭の中で瞬く間に過って行き、懐かしささえ覚えた。
「でも、こうして愛おしい女性と一緒にいられて、この上なく幸せだ。ありがとう」
 おにーちゃんが真っすぐ私の瞳を見つめて、そう告げた。
「……ねえおにーちゃん。結婚する人がやる事って何だか分かる?」
「なんだろう。同居とか?」
「あながち間違ってないけど。答えは――――」

 ふと、空を見上げると、ひらひらと、ひとひらの白い羽根がゆっくり落ちてくる。
 それは私の薬指に柔らかに触れて、光となって消えた。

 
 きらりと、一際強く、指輪が光った。


                                      ~END~

My Girlish Sister

2018/2/4 : 『The cute sister who wears the white ribbon』から独立して掲載しました。

My Girlish Sister

2017年8月3日に、デート・ア・ライブの五河琴里の誕生日を記念して掲載したお話です。

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. Final