Fate/defective -epilogue
花
「………いや、はい、知り合いというか、友人というか――――」
よく覚えていないが、最初はそんなぼやぼやした言葉の輪郭だけが耳に届いた気がする。
「……はい、でも心配で。いろいろあって、……いや、そういうわけでは……」
誰かと話しているのだろう。その話し声に吊り上げられるように、だんだん意識が戻ってくる。声も、かなり明確に聞こえるようになってきた。
「……そうですね。はい、ありがとうございます」
会話の片方がいなくなったのか、それきり声は止まった。一人は立ち去ったのか、気配は一人分だ。
目を閉じているのがまどろっこしくなって、思い切って瞼を持ち上げてみる。
ゆっくりと、真っ白な視界が開けていって――――
「アリアナ!?」
素っ頓狂な声が降ってきた。
物の輪郭がごちゃごちゃとしていて、焦点が合わない。声の方の人物を見るが、何だかはっきりしない像が映るだけだ。
「……だれ?」
「僕だよ、佑だよ!」
その声でようやく合点がいった。急に現実に向かって意識が引き戻されるような感覚と共に、夢から醒める。
はっとして目を見開くと、目の前に半泣きの青年――御代佑の顔があった。
「佑……違う、私、どうして……」
がばりと身を起こす。その時、初めて自分がベッドの上に寝かされていたことに気付いた。清潔な毛布とシーツは、見覚えが無い。それどころか、よく周りを見渡せば、そこは全く見ず知らずの空間だった。カーテンの仕切り、日差しの差し込む窓、白で統一されたその場所が、かろうじて病院のような場所だとは理解できる。
「今、看護婦さん呼んでくる、待ってて!」
駆け出していく佑を引き留めて、
「待って待って、何、ここはどこ?」
「あ、ごめん……何も覚えてない?」
私は頷いた。
だって私は死んだはずだ。全魔術回路と生命力を引き替えに、フレイの神格を解放したんだから。ビーストとアーノルドは死んで、新宿御苑の地下の聖堂は崩壊し、私は生贄として―――
はっとして、右腕を見た。だがそこには傷痕ひとつない。あの刻印はきれいさっぱり消えていた。
混乱する私を見て佑は少し面食らったようだったが、すぐにベッドの横に腰を下ろすと、穏やかな声色で話し始めてくれた。
「アリアナに何があったのか、僕は何も知らないんだけど……あの朝、僕と那次と七種さん、そしてアリアナは、気付いたら新宿御苑の庭園の一角に倒れていたんだ。聖堂やビーストの痕跡は一切残っていなかった。あれだけの魔力が流れて、聖杯が二つも存在したのに、魔術協会も聖堂教会も何の動きも無くて。ああ、聖堂教会の方は少し騒ぎがあったみたいだ―――二百人の教徒と一人の司祭が、意識不明で搬送されたって」
「………そうなの、でも……そうじゃないわ。どうして、私が」
「おい、アリアナは―――……」
私の声を遮って部屋に入ってきたのは、顔に火傷痕のある見覚えのある青年だった。彼は私の顔を見るなり豆鉄砲を食った鳩のような顔をした。
「……なんだ、目が覚めたのか」
「何よ、悪い? いや、違うの、確かにおかしいのだけど」
「何言ってんだ、おまえ」
狼狽える私を、変なものでも見るような目で見てくる。それでも那次は私が何か言いたげな様子を察すると、少し首をかしげた後に佑の隣に座った。
「私は、セイバーを再臨させた――――」
並んだ二人の顔を見て口を開く。佑と那次が意識を失ってから何があったのかを語り始める。
「そんなことが……」
あらかた話し終え、途中でやって来た看護婦が持ってきた水を飲んでいる間に、佑はそう言って難しげな顔をした。
「魔術的な見地から言えば、神霊の召喚なんて人間一人じゃ絶対に無理だ。だけどアリアナが嘘をついているとは思えない。それに、アリアナの話だと僕らは魔術回路も刻印も失っているはずだけど、ほら」
言いながら、佑は左腕の袖を捲りあげる。そこには浅葱色の刻印が確かに存在していた。
あの時、アーノルドは確かに言ったはずだ。『回路と刻印は奪った』と。
考え込む私と佑に、那次は面倒くさそうに肩をすくめる。
「神霊の考える事なんか分からない。考えたって無駄だ。それに、フレイが生贄を受け取ったっていうのは嘘じゃない」
「どういう事?」
尋ねた私に、那次は黙って顎で私の足を示した。佑が急に顔色を変える。
「立ってみろ」
「ちょっと、那次……」
その物言いに、何となく胸がざわついた。布団を剥いで、床に素足をつける。ひんやりとした冷たい床の感触が伝わってくる。
ベッドから腰を浮かせ――――私は派手に崩れ落ちた。
「立て……ない」
両脚は、ただの飾りのように何の役にも立たなくなっていた。動かすことは出来るのに、まるで生まれたての赤子のように自分の体重を支えることができない。
床に呆然と這いつくばる私に、那次の火傷痕が残る手が差し伸べられた。
「それが多分、フレイがお前から奪ったものだ。……ほら、考えたって分からないだろう?」
彼はそう言ったが、彼が差し伸べた手を見た時、私の脳裏に一つの言葉が鳥の影のようによぎった。
『これからは、誰かと共にその痛みを愛する未来だ』
誰かと、共に。
私は床にうつ伏せに倒れたまま、茫然と那次の手を見つめた。心臓が早鐘のように脈打つ。こんな感情は初めてだ。瞼がじんわりと熱を持つ。苦しいような、温かいような、それでいて大声で泣き出したいような、そういう気持ちになった。
「……アリアナ? 大丈夫?」
「何だよ、僕の手じゃ不満なのか」
二人が言う。私は首を振って那次の手を取った。身体を起こした私の顔を見て、二人がぎょっとした表情を浮かべる。
「な」
「ご、ごめんね!本当はもっとゆっくり伝えるはずだったんだけど……びっくりさせちゃったよね!?」
首を振る。あとからあとから、温かい涙がぼろぼろと落ちてきて、止めたいのに、止まらないのだ。
「あ、あわわ……!那次、だからもっと段階を踏んでって言ったのに……!」
「僕の所為か!? あああ、何だよ、わかった、僕が悪かったって!」
狼狽える二人に、思わずふっと笑みがこぼれた。泣きながら、笑いながら、私は目を上げた。
――――そうだ。
そういえば私は、全てを失ったあの日以来、こんな風に誰かの目の前で心から笑ったことも、泣いたことも無かったんだ。
でも、この二人の前なら。
誰かと共に痛みを愛する、そういう未来に、彼らがいてくれたら――――
「はいは~い、四季先生の回診ですよ~っと……あれ、何してんだ、男子」
「げっ、七種!」
「おうおう、女を泣かせたな? 手なんか握っちゃって。男前が上がったか?」
「別にそういう……おい、佑、なんとか言え」
「………」
「言い逃れは見苦しいぞ、男よ。ほら、アリアナ、ベッドに座りな。
何があったかは聞かないさ。……大丈夫。君はよくやったんだろう。失くしたものの代わりはすぐに見つかるさ。
それまで、私たちと甘いココアでも飲むのはどうだい?」
◇
髪をなびかせる風が暖かい事に気づいて、ああ、春が来たんだ、と思った。
ようやく自分一人でも上手く動かせるようになってきた車椅子の車輪を押して、私はその並木道を通る。頭上には、少し開花が遅れた桜が、遅れを取り戻すようにこれでもかと花を咲かせて風に揺られている。羽織ってきたカーディガンも少し暑いくらいだ。石畳の段差に気を付けながら、私は上を見上げる。
……綺麗だ。
せっかく日本に来たのに、桜を見ないで出て行くなんてもったいない、と訴え続けた七種の言う事を聞いてよかった。満開の桜がひしめき合い、さわさわと揺れるたびに、花々から零れ落ちた薄桃色の小さな花びらが吹雪のように降り注ぐ。少し並木の下にいる間に、私の服や、足に掛けたブランケットの上にも桜が降り積もっていた。私は車椅子を押していた手を止め、そのひとつを拾い上げる。
柔らかくて、薄い。少し引っ張れば千切れてしまいそうだ。ああ、でも、この淡く遠慮がちな桜色は、けっこう好きかもしれない。
最後に、見れてよかった。
「綺麗だよね、桜」
後ろから穏やかな声がした。私はその聞き慣れた声に振り向く。
「遅いわ、一分で支度は終わるって言ったじゃない」
「いやあ、それがなかなか……戦いの最中は、部屋を片付けるどころじゃなかったのを忘れてて」
「こいつの部屋の散らかりようったら全く……几帳面そうなのに、どうしてそんなに無頓着なんだ」
佑の後ろにいた那次が呆れたようにため息を吐いた。私はフンとそっぽを向いて、車椅子を押し始める。
「あれ、自分で押せるようになったの、いつの間に」
「馬鹿にしないで! これくらい出来るわよ」
「はぁ、初めて座った時は段差に引っかかるだの足を轢くだの、一通りやらかしてくれたがな」
「うるさいわね。あんたの運転、本当酷いんだから自分でやるしかないでしょ。急に止まるし急に動くし、ジェットコースターじゃないのよ」
「はいはい」
「ちょっと!」
「まあまあ二人とも……」
がみがみと言い合う私と那次を見て、佑は困ったように眉を下げる。その顔を見た那次は肩をすくめた。
「全く、こんな調子で大丈夫か? ロンドンで佑が心労で倒れたら冗談じゃない。やっぱり弟子は僕一人でいいんじゃないか」
「馬鹿言わないで! あんたみたいなのが弟子だったら、それこそ佑の寿命が毎日縮むわ。意地でもついていくから!」
「毎日騒がしくなるな」
「……うん、そうだね」
佑がぽつりと言う。私と那次はぎょっとして彼の顔を見る。怒ったのかと思ったが、彼は桜の木々に負けないくらい満面の笑みを浮かべて言った。
「毎日、騒がしくて、本当に楽しくなりそうだ」
桜並木が春風に揺れる。祝福のように花が舞う道の先まで、私たちは歩いて行った。
Fate/defective -epilogue
the end.
thank you for reading.
- あとがき
まさか1年続くとは思いませんでした。ここまで読んでくれた親愛なる貴方達、本当にありがとうございます。
Fate/stay night UBWを観れないヤケクソで「観る手段がないなら俺が書く」と無鉄砲に始めた身内企画がそもそもの始まりで、最初は三か月で終わると思っていました。でもみんなから送られてくる キャラクターたちが本当に魅力的で、あれも入れようこれも入れようと練りに練っていたら1年たってました(その途中でUBWの一挙再放送があり、無事に全話見ることができて良かった。もちろんラストで号泣した)。
FGOでFateに触れたバリバリ新参者の私がここまで書き上げられたのはwikiとアニメ再放送のおかげです。書きたいと言いつつ全くの無知だったので、まずは聖杯戦争のルールから調べたのが懐かしい。執筆途中で「あ、これルール違反だ」「二次創作とはいえここまでやっていいものか」と躊躇したりもしましたがそれはそれ、二次創作なので。聖杯が二つあろうが神霊がうっかり召喚されようが、身内なら許される。なので好き放題しました。
大変だったけど、楽しかったです。感想をくれたみんなありがとうございます。
Fate/defevtive の defective は「欠陥」という意味です。
まあ最初は「ニワカが書いた欠陥小説です」というメタ自虐的な意味を多分に含めて、まあ尻切れトンボで終わっても許してちょんまげという逃げの意味を込めて選んだ単語だったんですけど、最終的に「人間の欠陥について」という意味になりました。
アーノルドが途中で「全ての悪は欲望から生まれる」と言いましたが、私はけっこう本気でそう思っています。
だから、それを覆してほしくて、こうなりました。
「絶対に完璧な人」を望んでいたのはアリアナもアーノルドも全く同じ、だけど「完璧な人間」なんていない。それを受け入れられないのがアーノルドで、受け入れた上で誰かを好きになろうとしたのがアリアナなんだと思います。
最後まで書きたいテーマを書ききって終われたので、ハッピーエンドということにしよう。
それでは。
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《キャラクター考案》敬称略
セイバー・フレイ
アリアナ・アッカーソン …たちばな
アーチャー・那須与一
カガリ・ロイスナー…あら
ランサー・ケルトハル・マク・ウテヒル
御代佑…ささだんご。
ライダー・ジェーン・グレイ
天陵那次…ナク
四季七種…埴輪
太田伸一…のむ
キャスター、アサシン…Fate/GOより抜粋
バーサーカー…Fate/prototypeより抜粋
監督役 エマ・ノッド
シオン・コトミネ
アーノルド・スウェイン……yona
原作:TYPE-MOON Fateシリーズ
企画・執筆……yona
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