若き日のステイトメント

様々な出来事というのは、雪崩のように立て続けに起こるものだ。

出張から緊急で帰って来た私は、心身ともに、今まで体験したことがない程に疲弊していた。

署内での不正疑惑、異常気象と先日の地震による交通問題、

仮想コインのバブル崩壊による世の動乱、

そして1週間前の、大事件…。

ここまで続くと神秘論者が頭をもたげてくるが、

もはや大半の人が信じざるを得ない状況に陥っている。

こういう時期には、人々の不安を利用した悪徳商法の被害にも気を払わなければならない。

デスクの上に、ここ数日で膨らんだ書類をざっと並べてみる。

あまりの情報量の多さに、めまいがした。

少し休もう。そう思って椅子に腰掛けた矢先、

「失礼します」

「はい」

上品なノックの後、I事務員が部屋に入って来た。

「F警部、J捜査官より機密文書が届いております。」

「あぁ、ありがとう」

「では失礼します」

「あぁ、ちょっと待って」

手早くお邪魔しようとするI事務員を引き止める。

「遅くなったけど、おめでとう」

「ありがとうございます」

「何ヶ月になる?」

「5ヶ月です」

膨らんだお腹を二人して見つめ、ほっこりとした雰囲気になる。

「あまり無理しないようにな。休む時は休んで。」

「はい、ありがとうございます」

良い笑顔で部屋を後にするI事務員。

このところ張り詰めていた心が、しばしの間和らいだ。

新しい命、か。なんと素晴らしい響きだろう。

ただ…このような時世ともなると、以前ほど単純ではなくなってきた。

このような世の土台で新しい命を迎えていいものか…。

胸を張って「ようこそ」と言える世の中を作る為に、我々の仕事があるわけだが…。

そのような思考が頭をよぎりながらも、早速、受け取った文書の封を切る。

中はずっしりとした重みのある手紙になっていた。

何にしろ、J捜査官からのだ。重要な情報であることには違いない。

私はそれを読み始めた。

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前略。

先日の地震では、ご無事で何よりでした。

久々に一緒に仕事ができ、若い頃の記憶が蘇ってまいりました。

F警部の適切な判断と察知能力、少しも衰えを見せていなかったのは驚きの一言。

こちらも邁進していきたい次第であります。



さて、早くも見当はつかれているかと思いますが、

先日の「S議員拘束事件」について、新たな情報を仕入れましたので、お伝え致します。

その前に、まず認識として、これ程世間を騒がしている当事件ですが、

半ばそのカリスマ性や格好良さだけから英雄として憧れる国民が出たり、

マスコミなどでの現在の取り上げられ方を見ると、

まだ「浅い」と実感しております。

つまりこれは、しらみ潰し的にこの事件だけを解決するのでは意味がなく、

その背景に何が動いているかを読み取るべきです。

私も現場に入りましたので、

かの「Mr.ソルトレイユ」と呼ばれる青年(以下、青年と呼ぶ。本名は未だに捜査中。)

が如何に激昂していたかを目の当たりにしております。

あのような国の象徴である場所で、機動隊に囲まれながらスピーチをする青年…。

戦慄の中、誰もが歴史に残る瞬間であると確信しました。



現状としましては、捜査本部総勢で迅速に捜査を進めている段階なのですが、

謎な部分がまだ多く噴出してきます。

捜査は困難を極めましたが、つい先日、ようやく一条の光が見えました。

青年の通いつめていたバーの地下室です。

その部屋から、この事件はおよそ三年間の月日をかけた計画的犯行であることがわかりました。

彼は同じ、反社会的な視点をもつメンバーを集め、その地下室で共に語らい、計画を練っていたのです。

そこにはデータハッキングの形跡、大量の国家機密資料、

プランのシュミレータ、ドローンや装備品が眠っていました。

その中で、私は大変興味深いものを2つ発見致しました。

一つは、青年の思想が読み取れる個人的なノート、

そしてもう一つは、青年が所有していたであろう”オルゴール”です。

オルゴールの曲は、J.S.バッハの「アヴェ・マリア」で、青年はこれをほぼ毎日聴いていたようです。

さらに、ノートの最後にはこの事件を実行するに至った

核心部分となるようなことが書かれてありましたので、参考資料として当文書に同封致します。

しかし……………………(字が乱れて小さくなっている。何かを書いた形跡があるが、読み取れない)

私はこれを読んで、少々不安になってきたのです。

もしかしたら、間違っているのは私達の方ではないかと…。そうも思い始めたのです。

無論、このようなことが二度と起こらないように、

警視庁はもとより、国全体が再発防止に努めなければなりません。

しかし、そのような決まりきった話がしたくて、この手紙を書いているわけではありません。

あなたなら私の言うことが理解できると、信頼しております。

まずは、一呼吸置いて、青年が最後に書き留めた文章を読んでみてください。

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このページまで読むと、別資料として、色の違う青年の資料のコピーとおぼしきものが出てきたので、

私は言われた通り、一呼吸置いてから、その文書を読み始めた。

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3/26

そろそろページ少ない、何書こうか。

宣言文で終わろう。

俺が今一番言いたいこと。

おっさんになって読み返して、思いっきり笑ってやる。

『若き日のステイトメント』

「違和感」

ただその言葉だけが、俺の胸で反芻していた。

おかしいのだ、今の世の中は。

別にネガティブなことを言っているのではない。

確かに、目の前の幸せなんて探せばいくらでもある。

その連続で生きることもできる。

それにしても、今の世の中はおかしすぎないか。

表面だけ綺麗で、中身がスッカスカではないか。

別にネガティブなことを言っているのではない。

まっとうな感性なら、そのおかしさは少しでもわかるはずなんだ。

「今はどういう時代?」と聞かれて、「こういう時代」と胸を張って誰かに説明できるだろうか?

それくらい、希薄で、妙で、気持ちの悪い時代に突入している。

その只中にいる俺らはその実感がもてない。

後から見返してみて、「よくわからない時代」となっていることの、なんと悲しいことか。

これからは若者が、新しい感性をもって新しい時代を作っていくべきだ。

既得権益にしがみついた高齢者には任せていてはいけない。

今はその状態だから、時代が停滞して気持ちの悪いことになっている。

新しい風を流さないと、時代だって病気になってしまうんだ。

「怒り」はマイナスの感情だという。

しかし、正当に怒らないと、今の世の中どうしようもなくなっている。

若者が怒るべき。美しく怒るべき。

本来世の中は、もっと清く明るく幸せであるべきなのに、

諸所の問題がそれを妨げている。

水は低きに流れるという。

人々の心もまた、安易な方向へ、低きに流れていくのだ。

人類は向上しなければならない。

どのような場合であれ、まっとうな方向へ向上しなければならない。

アーティストだって、自己満足の、枝葉のことを表現している場合じゃない。

もっと広く、大事なことについて、その媒体を通して訴えかけるべきだ。

もちろん日常の些細なことでも身の周りのことでもいいし、それは親近感が湧き鑑賞者は接しやすいのだが、

それではあまりにも小さすぎないか。

この状況を抜本的に改革するには、俺はもう「革命」しかないと思ってる。

ただ、現実にそれをやるには、とても難易度の高いことなんだ。

だからまずは、それぞれの分野で、新しい価値観をもって少しずつ覆していくしかない。

それはボディブローのように効いてきて、緩やかな革命となるだろう。

また、現実世界で革命を起こすのではなくて、精神世界で革命を起こすのがいい。

いずれ現実世界は精神世界に追従する。

俺はそれがわかってるから、現実世界には絶対手を出さないし、

悲しいかな結局、『葉隠』の著者みたいに、武士道を語りながらも本人は死に場所が病床、

みたいな矛盾した終わり方になると思う。

俺は歌劇が大好きで、演じる方もやってるけど、

政治のことを語るより、お金を貯めたりするよりも、

歌劇の世界にいる方が断然楽しいんだよね。

もうこの国と世の中はどうにもならないという”アキラメ”から出発してるから。

キツいことでもなんでもなくて、

愛情をもって、

思い切って一度潰れてしまったほうがいい、ってはっきり言おう!

で、引っくるめて、最後に俺はこれを提唱したいの。

ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」ならぬ

「世界彫刻」

こんな時代と環境であっても、それでも

人類は向上していかなければならない。

となれば、我々の活動は人類の向上に寄与するものでなければならない。

俺もそれを目指したい。

何をもって行うか?

正直、媒体なんて、なんだってかまわない。

日々の労働であれ、遊びであれ、

”愛をばらまくのだ。”

我々はひとりひとり、世界を彫刻している。

俺もその一人として、自分という絵筆で、世界というキャンバスに筆跡を残す。

さぁ、皆ともに歩いていこう!

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青年の文書はここまでで、ページをめくるとJ捜査官の手紙の続きとなっていた。

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(続き)

私達が学生や新社会人だった頃、

今の時代の若者のように無気力でスケールが小さかったでしょうか。

実際悪いこともやりましたし、政治に対する批判精神も強く、様々な運動に参加しました。

そう思えば、不思議なことにまだ、当事件を起こしつつもこのような思想を持っていた

青年の方が健康的であるように思えてきたのです。

特筆すべきは、青年は「愛とは何であるか」を知っていたという事実です。

つまり、彼の行動は愛に根ざしたものであった可能性が高いのです。

故に、彼は理解されない「異端者」でもありました。

同志を集めはしたけど、結局真から打ち解けず、最後の最後は一人で決行した形になったのだと思います。

彼の心を癒していたのは、毎日聴いて錆びついた「アヴェ・マリア」のオルゴールだけだったのです。

私は彼を擁護するわけではありません。

彼のやり方は確実に過激であり、平和的ではなかったと言えます。

ただ…

これは私の推測ですが、彼は自分のことを、主観ではなく非常に客観的に、

歴史の大きな流れの視点から

自分の存在意義をこの事件に見出したのではないでしょうか。

自分を一つのパーツと捉えて、メタ的視点で最善に愛のある行動をとった。

彼はある意味、自分というものを捨て、守らず、愛の為に自らが犠牲になったとも言えます。

私は、そのような推測を立てながら、これを何度も読むうち、本当の正義、まっとうな心、誠実な行い、

それらは一体何を意味するのかを、改めて考えてみたいと思うようになりました。

だから私は、大変身勝手でありますが、この地を離れようと思います。

勤続32年目。安定した収入で、これまでコツコツと地道に、幸せな家庭を築いてきたつもりです。

が…

私が縛られていた場所、価値観、生活、そんなものは、広い世界を見渡して見れば、

とるに足らないもののように感じます。

このようなことを私が言うのも様になっていませんが、

最近たまたま書店で手にとった本に、「宇宙は絶えず変化している」と書かれてありました。

もう何もかも遅すぎますが、私の凝り固まった半生は、

この「変化する」という宇宙の法則に反していたのかもしれません。

でも、F警部。

最後に。

これだけは言えます。

あなたと過ごした時間は、

楽しかった。

                       敬具

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無意識に立っていた私は、もう一度椅子に深く腰掛け、静かに手紙を折りたたんだ。

そして、しばらく窓の外の木の葉を呆然と見つめていた。

ゆらゆらと風に揺れ、ただ落ちていった。

ゆらゆらと風に揺れ、ただ…落ちていく…だけ。

私は息が詰まりそうになり、外に出ようと階下へと向かった。

気持ちを落ち着かせようと、ライターで煙草に火をつけると、話し声が聞こえてきた。

「…えっ!それマジか!」

「しーっ、いや噂だよ、噂。」

「てことは、あのお腹の子は…」

「N長官との子ってことさ」

怖気が走った。

「どうりで、N長官とI事務員、近かったんだよなぁ、最近。」

「慰謝料を署内で賄って、下の方になすりつけてるのさ。」

「この前のイザコザは、そういうことか。」

「総監とグルで、不正疑惑で口実作って、余計な奴は実際何人か飛ばされてるらしいよ。」

「例えば?」

「J捜査官とか」

そこまで聞いて、私は一歩前の方へ踏み出した。

二人の巡査は青ざめて、脱兎のごとく逃げ去った。

私は絶望にも似た気力の抜けを感じ、その場に座り込んでしまった。

肩越しに落ち葉がどんどん落ちてきていて、目の前の地面に大量に溜まっていた。

私はその落ち葉に、ライターで火をつけてみた。

今日は空気が乾燥していたのか、炎は一気に燃え盛った。

すぐさま何人かが駆け寄ってきた。

「おい、何をしている!」

炎は徐々に強さを増し、木と私の周りを覆うほどにまで膨らんだ。

私は悠然と立ち上がり、人の群れに向き合って言った。

「何の役にも立たない落ち葉でも、こうやって火をつけると、こんなに燃え盛るんだよ。」

炎は美しく、燃え盛っていた。

「このことを…こんな基本的なことを…私は忘れていた…。」

胸の奥から感情の荒波が押し寄せ、私の視界は大きく揺らいだ。

「気がおかしくなったのか!」

N長官の声だった。群集の後ろの方から少しだけ顔を覗かせている。

「N長官、あなたは自分が正当であるかどうかを、どうやって証明してみせますか!?」

「なに…?」

「皆が病気になっていたら、全員がわからないんだぞ!」

「一体…何のことを言っている…!」

誰かが消火器で炎を鎮め、その隙に私を取り抑えようとする。

私は逃走し始めた。

正直なところ、私自身がどうにかなっていることはわかった。

しかし、正常なものがどこにもないということも、同時に悟っていた。

立ち入り禁止区域に入り、鉄塔をよじ登っていく。

ある程度のところまで来て見下ろすと、地上に人だかりができているのがわかった。

何かを口々に叫んでいるが、もはや私の耳には入らなくなっていた。

頂上まで登り、いよいよという瞬間、普段は吐かないような捨て台詞を言い放つ。


「皆さん、私は先にあちらで待ってますよ!


 世の中クソじゃっ!!!」


そして私は一歩、踏み出した。

・・・

・・・

そう思ったのだ。

そう思ったのだが、私は慟哭していた。

泣いているのか叫んでいるのかわからない状態で、うずくまっていた。

もう既に時間の感覚は無かったが、すぐ横で轟音を立てながら、

ヘリがつき、私は安全に救助されたらしい。

ブランケットを巻かれながら病院に搬送される車中、N長官とY警部が同席してくれた。

N長官の顔は険しく、もう私を人間だと思っていないかのような形相であった。

Y警部は、茫然自失状態の私に、しきりに語りかけてきてくれていたのを、僅かながら覚えている。

「F警部、言葉わかるか?」

「F警部、しっかりせえや」


「F警部、何があったか俺知らんけど、生きなあかんで」



「F警部、生きなあかんで」



「生きなぁ」



Fin

若き日のステイトメント

若き日のステイトメント

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-02-03

Copyrighted
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