a-sphere,
きみのこといつまでも忘れないよ、なんてまるできみが好きだったロックバンドの曲にありそうだけれど、僕はじっさい、しょっちゅう忘れてしまっているみたいだ。一つのことを考え続けるには一日終わるのがとても速い、茶色く濁った雨上がりの川みたく流れてく。きみが風になって雲になって花になって、それともあるいは雪になって傍にいるのだとしても僕はそれらのほんの少しにも気付けないで、っていうのは金木犀は香っているから見つけられるのと同じことなんだと思う。いまだ触れることのできるきみは僕の周りの当たり前に溶け込んでいる、それらに僕がどれだけ救われているかをきみが知るすべはないのだけれど。
それでもきょう、たしかにまだきみがいると思ったんだ。僕のかけている眼鏡のつるはだいぶゆがんでしまっていて、よく顔からずり落ちるのは知っている? それで僕はきょう、何とはなしに眼鏡の位置を直したんだ。いくつか持っているうちのこれはみどりがかった黒をしていて、そうだ、これは君にも指摘されたなぁ、と思ったんだ。きみもたまに眼鏡をかけていた。お互いに珍しい柄のものをかけているとすぐに気付いてはにかんでいたきみの顔を思い出したんだ。気取って洒落っ気を出そうとしていて(何せ僕もきみも、野暮ったいって評判だったから)、少しおかしかったんだよな。
だから僕はこれからも眼鏡をさわるたび外すたび、レンズを通さない視界の先に置いたつるを見るたびに、君をおもいだすのかもしれない。きみと行った特別な場所やきみののこしたものではなくて、僕は眼鏡なんかにきみの名残りを感じる。一枚をへだてた向こう側がいやに潤んで見えるんだ。
自分で書いたはずのお別れの文字が、
見えない。
a-sphere,