メンティラ 1話
黒いキャスケットを被った男は屋根の上を走る。
「さあ、どうなることやら…」
ニヒルな笑いを浮かべ、脱兎の如く走る。―――ビュウ、と風が吹く。キャスケットが落ちていった。
* * *
「ち、こく、だーっ!」
リナはがぶりと食パンを食べながら走り出した。
学生鞄を肩にぶら下げていたが、走っていたので腕のほうまでずり落ちた。結局手で鞄を掴み走ることになり、一心不乱に学校へ向かう。近道に路地裏を通るが、お世辞にも細いとは言えないリナの身体は横向きにしなければ通れないのだ。パンくずがポロポロとこぼれる。そのうち壁にひっつきそうなパンを一気に口の中まで入れ、路地裏を抜けた。
抜けた途端、足に何かが当たった。踏みそうになる一歩手前だったからふー、と息をついた。
「……帽子?」
パンの油が少しついた手でそれを持つが、何の変哲もない黒いキャスケットだった。
「遅刻しそうなんだから、邪魔しないでよね」
独り言を呟き、キョロキョロと辺りを見渡す。ポストが近くにあったので、その上に被せた。
そしてまた走る。走る。
(ああもう、また反省文書かされる……!)
諦めてトボトボと歩こうかとも思ったが、ここまできたら最後まで走るしかないだろう。大きく足を上げた。
* * *
「……ここにあったのか」
そうぽつりと呟く男は、ポストの上にあったキャスケットを被った。
くるりと踵を返し、鼻歌交じりに歩き始めた。
* * *
教卓にバチンと鞭が叩かれる。
「リナ・バティーニョ!! 貴方はまた遅刻をして……これで何回目なんですかっ!?」
「すいません、まだ2回目です……」
「2回でも十分よ! 罰として、反省文5枚!!」
「せ、先生……でも私、この前の反省文3枚だった気がします……」
「回数を重ねるほど多くなっていくのよ!」
あー、全く。そう言ってまたくどくどと説教をする先生。この先生の名前は『エリーナ』と言うのだが、あんまりにもくどくどと説教する先生として有名で、生徒にも嫌われている。そして、今日は私がターゲットらしく、堰を切らしたかのように良い続ける先生に、いい加減飽き飽きしてきた。
「先生。分かりましたから、もう席に戻ってもよろしいでしょうか?」
「……ええ、いいわ」
そういって一つパシンと鞭で教卓を叩いた。リナは回れ右をし、背を真っ直ぐに伸ばし歩いていく。この学校は、ある意味校則が厳しいと思う。
その一『学校に不要物を持ち込まない』
その二『先生の前では必ず挨拶』
その三『女子生徒は肩に髪がついたら結ぶ』
今の所、これ以外は結構守れているだが、この3つが結構難しい。学校というものは、特に女子は着飾っていく人が多いので、よくこの校則を守れなくて先生によく注意される人がいる。
「大丈夫? リナ」
「ああ、大丈夫。前にも書いたことあるから、すぐに終わるよ」
グッと親指を立て、友達のエミリアに笑いかける。エミリアはとても可愛くて、かなりモテる。ブロンドの髪をサイドテールにしていつも学校に来ているのだが、時々先生に「何だその髪は!!」と怒られるらしい。
「はいはい皆さん。授業を再開しますよ。それでは教科書――――――」
エリーナ先生はかけていたメガネをくいっと上にあげ、チョークで文字を書き始めた。
私はいそいでノートと教科書を出す。…が、教科書が見当たらない。仕方ないので一気に鞄の中身を机の上にぶちまけたが、やっぱり無かった。エリーナ先生がこっちをずっと見ている気がするが、この際もう考えないでおこう。ただ今思うのは……。
(今日は不運だ!!)
ハァ、とため息を零した。
* * *
「お、終わったぞ…!」
トントンと紙をまとめる。びっしりと書かれた文字。反省文だ。
提出しようと反省文を持ち鞄をとる。
その瞬間、ザワリと背筋が凍った。ビクッと肩を震わせ、恐る恐る後ろを振り向く。――誰も居なかった。
(何だ、疲れてるのか)
帰ったらすぐ寝よう、なんて考えながら教室を後にした。
* * *
とある屋敷にて。
イライラとしながらワインを飲む男がいた。
「どういうことだ!? まだ届かないのか!」
「すみません・・・馬車が遅れているみたいで」
ドン、と机を叩く。ワイングラスはその弾みで倒れ、ワインがクロスを伝って染みがつく。そんなこともお構いなしに、『旦那様』と呼ばれる男は、従者をしかりつける。
「た、大変です!! 何者かが屋敷に火をつけ、この部屋以外全て燃えています!」
「な、何!?」
その瞬間、バキッと音がし、壁が倒れる。倒れた場所には、宝石がたくさん粉々に鳴っており、壁の下敷きになっている手が血に染まっていた。
驚いた従者が後ろによろめく。キョロキョロと辺りを見渡すが、アノ人がいなかった。火が服につきはじめる。
「…旦那様!?」
従者の服はにわかに燃え始めていた。
メンティラ 1話