うみ

僕は友達と別れて1人になると、少しずつ海に浸っていくんだ。
それは深夜になるといっぱいになって、僕はほっと息をつく。けれどそれらは僕が寝ているうちにまた海に帰ってしまうのだ。僕はまたひとりになる。

慌ただしい朝が来た。そうしたら僕は彼らのことはもうおぼえていない。

もう少し朝がゆっくりしていたら、もしかしたら昨日の夜に見た夢の中、ぼんやりと彼らのようなものがそばにいたこと、
心の片隅に感じられるかもしれない。

けれど結局僕は彼らことを思い出さないまま、振り返りもせずに家を出るのだ。



海はとても気持ちいい。海に浸っているときは僕は誰よりも素直になる。
海、というのは僕が勝手に名前をつけただけで、あの、皆が思い浮かべているであろう広い海ではない。僕はむしろそっちの海は苦手だ。
海にとったら僕らなんて細胞みたいな小ささで、あいつらは途方もなくでかい。それがこの地球で、
今もゆらゆら伸びたり縮んだりを繰り返して僕たちを翻弄するんだ。それだけでも得体が知れないというのに、
海はまるで臓器に食糧を蓄えるかのようにその体に小さな生き物たちを飲み込んでいく。うみはどこまでも深く暗いんだ。
冷たい水は僕たちの体温なんてすぐに奪って体の芯まで染み込んで死に追いやってしまう。一番奥深くとなれば、それは誰も知らない。
呑み込まれてしまえば終わりさ。

僕にとって海は恐怖でしかない。僕は海が恐ろしくてたまらない。
なのに…。どうしてだろう、彼らのことを愛しているようにも、憎んでいるようにも……思える。彼らになぜか、裏切られたような、
そんな気さえしてくるんだ。


……だけど、僕の"海"はとても心地が良いんだ。怪物みたいなあいつとは違う。
僕のことを優しく、ゆっくりと満たす海。
僕はそれに浸ると、僕は海の臓器になり、周りの音が聞こえなくなって、うっとりとひとり、膝を抱えて赤子のように生まれたままの素朴な僕に戻るんた。
そこには僕しかいない、美しい世界。海は静かに水の音を立てながら僕を愛してくれるんだ。

僕が夜が好きなのは、海が側にいて、僕を守ってくれるから。僕をたったひとりで愛してくれるから。
夜の冷たさも、海とならいっそ嬉しいくらいだ。
暗闇のなかで海は魅力的に僕を満たしてまるで恋人のように僕を魅了する。

だけど僕はそれを次の日の朝には、光とともに忘れてしまうんだ。こんなに悲しいことはないでしょう、、、ロマンチックで切ない恋を僕はもて余している。その事さえも僕はもうすぐに、忘れてしまうのに……。



夢を見た。



破れたフェンスの向こうに広がるのは広い海だ。僕らはその前に立っている。
「ここに海なんてないよ」
君は僕の好きな、あの囁くような声で言った。
僕はどこか上の空で、自分に言い聞かせているみたいだ、と思った。
海は絶えずぶよぶよと収縮を繰り返している。足元にザバッと海が少し跳ねて、僕にかかった。僕がなにか言いたげなことが分かったのか、
君は続けた。
「これは君にとっての海だろうか」
僕は少し困ったが、この海は僕の愛する海じゃないってすぐに分かったから、首を横に振った。
ふと周りを見渡すと渡り鳥たちがフェンスの上でバタバタと羽を整えているみたいだった。
1番近くにいた渡り鳥は自分の故郷はずいぶん遠くに行ってしまったと話した。
「自分たちが離れていったんじゃないのか?」
僕と同じことを思ったのか、君が渡り鳥にたずねた。渡り鳥は遠くに行ってしまうから、離れたんだと、答えた。
そして、ここにはなにもないね、と呟いて、やがて仲間たちと、どこか遠くに行ってしまった。


「確かにここにはなにもない……」
君は僕の目をじっと見つめた。
「ごめんね……僕はまだあの渡り鳥たちみたいに、フェンスを越えていくことはできない……ごめん、」
君の影が少しずつ伸びて長くぐにゃりと曲がっていく。

そして瞬きもしない内に星たちが姿を表し、月が上ってきた。
月は、まだいるのか、と僕たちにたずねて、面白おかしく遠くの地で見てきた冒険談を話した。

君は無理やり笑顔をつくって笑っているのだろうと分かった。

朝になって僕はまた君と海を眺めた。破れたフェンスの向こうに見えるのは昨日と変わらぬ海だ。
朝日が水面に反射して宝石を散らしたみたいにキラキラ光っていた。
君のもうずいぶん痩せてしまった顔に朝日が優しく降り注いだ。ゆらゆらと揺れる光が君の瞳の中を泳いでいる。

前に住んでいた僕らの街でも、こんな朝を何度も迎えたね。
僕はじわじわと日々膨らむ不安と君は闘っているのだろうと思うと、君のことが苦しいほどいとおしくなったんだ。
早く行こう、悪い人が来てしまう前に。
君は僕が手を離したことに驚いて、目を見開いて僕を見た。
どぶん、


ああ、どんどん溺れていく僕の体はひどく無力で、、、手探りで僕は君の手を探す。
ふと強く体を掻き抱かれて僕はほう、息を吐く。
ブクブクと泡が上に昇っていく。水面がキラキラと光っていて綺麗。僕たちはまだまだ沈む。きっと骨になっても。
君の熱い体温を海は奪って何処へ行くのだろう。
ここを僕の愛する海にしたよ。

君が口を開いた。ゴボゴボと泡がでる。
今夜月は驚くかな?僕は少しだけ笑った。
君は納得していないかな?
渡り鳥たちは今どうしているかな?
僕たちは海を旅していくよ……
ごめんねこんな卑怯な僕を許して。
君と君の海はキラキラといつまでも光っていた。

うみ

うみ

海に恋する話です。深くは考えないで読んでください。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-28

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