時の足跡 ~second story~32章~33章

Ⅱ 三十二章~過去への償い~

凍て着かせてた風も穏やかな風に変わりだして空の青さが広がりだしたら、この葉の抜け落ちた樹木たちに、
暖かな日差しが降り注いで、小枝のあちこちに、いつの間にか小さな新芽が顔を出してた・・・。


あの日以来、顔を見せてくれることもなくなってしまったお父さん、それでも慌ただしく過ぎてく日々は、
早くも二か月が過ぎた・・・。


そんな今日も、忙しなかった一日の半分を何とかやり過ごして、客足も減り始めた夕暮時・・・、
不意にヒデさんが、
「亜紀?疲れたんじゃないのか?少し居間で休んでなよ、もうしばらくはお客も来ないだろうからさ?」

って言われて・・、
「ああ、ありがと、それじゃそうさせて貰おうかな、アンちゃん?ごめん少し休ませてもらうね?」

って言ったら、アンちゃんは、
「あいよ?こっちは気にしなくていいからさ?ゆっくり休みなよ!」って手を振ってた、気持ちいい声掛けに
「ありがとう」ってうちは居間でテーブルに腕枕して顔を埋めた、そしたらいつの間にか眠ってた。


気がつくと肩から毛布が掛けられてて、慌てて店を覗いて見るとお父さんがヒデさんと話してるのが見えた、
思わず飛び出して、「お父さん?いらっしゃい!」

って言うとお父さんは、
「おお、起きたのか?まだ寝てて好かったんだよ?久しぶりだねえカナ?どうかな、身体の方は?」

って聞いて笑顔を見せてた・・、
「ほんと久しぶり・・、あっあたしは大分調子いいのよ?それに無理はしてないから大丈夫よ・・」

って言うとお父さんが笑い出して、
「そうか、それは好かった、カナの元気な顔を見ると私も気が休まるよ・・」ってまた笑ってた、

でもそう言ってるお父さんの方が、しばらく会ってなかった所為なのかもしれないけど、何処か辛そうに見えた・・、
「ねえ、お父さん?何か有ったの?あたしには言えない事?・・ヒデさん?」

って言ったら、お父さんが、
「ああ、そう言う訳じゃないんだ、ただ此処に幸平君が顔を出してないかと思ってねえ・・、どうにも彼の行方が
分からないんだよ、その所為で早苗・・、ああいや、いかんなどうも、私も気弱になって困ったものだ・・」
そう言ってうつむいてた、

するとヒデさんが、
「お父さん?そんな事言わないでくださいよ?俺の方でも誰かしらにあたってみますから、そう考え込まないで
ください、大丈夫ですよ?」
って笑って見せると、お父さんは「ああ、すまないねヒデさん?ありがとう?・・」って返した、

それでもお父さんの表情は何処か無理に笑顔を作ってるような気がして・・・、
「お父さん?早苗さんの事で無理してるんじゃないの?あたしが立ちいる事じゃないのは分かってるけど、でも・・」

って言いかけたらお父さんは、
「カナ?そんなことはないよ?心配させて悪かったね?でも私は大丈夫だ?ありがとうカナ?あ、ヒデさん?
ごちそうさん?さあ、そろそろ私も帰るとしよう、まだ仕事が残ってるもんでね、カナ?ほんとに心配しなくても
大丈夫だからね?それじゃ、また・・」そう言って帰ってしまった。


それから二日経った夕暮・・、店に、男女が入って来た、うちは慌てて「いらっしゃいませ・・」って声をかけた、

でも男の人の方がアンちゃんを見て、
「あれ?靖か?ああやっぱり、久しぶりだな~?なに、お前、此処で働いてるのか?ああ、そだ、お袋さんは元気してる?」
って聞きながら、テーブルについた、

するとアンちゃんは、
「ああ、内田か~?ほんと久しぶり、お前も元気そうだな?ああ、処でお前、まだあそこにいるのか?」って聞いた、

すると彼は
「ああ、まだいるよ、ああ、そうだ、今さ~?俺んとこに、新人が入って来てるんだぜ?まっそれはいいんだけどな?靖、
聞いてくれよ?それがさ~、よりにもよってそいつ?俺と同じ内田って言うんだぜ?そこまではいいよ、けどさ?
そのお陰で俺、そいつと間違えられるんだよ、それも毎回な?まったく性質悪いったらないよ~、だいたい、お前が
辞めちまうからさ?だからあいつが、俺んとこに来ちゃったんだよ?・・けどまっ、こんなとこでお前に会うとはちょっと
驚きだけどな、ああそだ、紹介するよ、俺の彼女の朱美だ、宜しくな?」

って言うと彼女はアンちゃんの顔を覗き込んで、
「どうも?貴方が靖さん?へえ~いい男じゃん、宜しくね?」って言って笑ってた、

アンちゃんは、
「ああ、どうも?けど驚いたな~、内田に彼女だなんてさ?それじゃ俺も紹介するよ、この店のヒデさんと奥さんの
亜紀さんだ・・、ヒデさん?前居た職場の友達で内田直哉君、俺にとっては一番の友達、かな?」

って言うと、彼が、
「おい靖?かな?ってなんだよ?かなってさ~?お前、それって白状じゃねえ?あっどうも?俺は友達、かな?らしい
内田って言います、宜しく?」って頭を下げた・・、

うちは二人の会話に笑いが堪えきれなくて、返事を返す前に噴き出してしまった、
するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?何笑ってるんだよ?まっいいけどさ?内田はいつもこんな調子だからさ・・」

って言うと彼が、
「おっおい靖?奥さんにその呼び方は失礼だろう?まったくなあ?あっどうも内田です?ヒデさん、でしたっけ?
靖が何時もお世話になってます」って言い出して頭までさげてた、

するとアンちゃんが驚いた顔で、
「おっおい内田?なんだよお前、何時から俺の保護者になったんだ?まったく、ああ亜紀ちゃんは俺の幼馴染なんだよ」

って言うと今度は彼が驚いて、
「えっうそ、マジかよ?へええお前にこんな綺麗な友達が居たのかよ?広いようで狭いもんだな世の中ってえのはさ?」
そう言って感心してた・・、

そんなやり取りに、うちはもう堪えきれずに笑い出してたら、そんなうちにつられたのかヒデさんまで笑ってた、
でも、それでもヒデさんは、
「ああどうも?まあ、ゆっくりしてってくれよ?靖は俺の弟みたいなもんだからさ?たまには顔見に来てやってくれよ、
いつでも歓迎するからさ?宜しくな?」

って言うと彼は、
「あっはい!ありがとうございます、おい靖?お前いいとこに来たな~?ああっそだ、あいつ俺と同じ名前の内田?
あいつさ~?ひと月前に入って来たんだけどさ?俺より出来がいいんだぜ?まったくよ?そのお陰で俺、ここんとこ
遣る気、失せちゃってるんだよな~?同じ名前で、こうも差をつけられると、どうも遣りずらくてしょうがないよ、
まったく、ああ、けどそんでも俺、あいつとさ?お友達にでも、なって遣ろうかなってさ・・、なあ?俺ってけなげだろ?
あっまっいいや、そんでだ、俺、あいつに声かけてやったんだよ?そしたらあいつ?・・・、なんて言ったと思う?」
って聞いた・・、

するとアンちゃんは「嫌だ!ってか?」ってあっさり即答した・・・、

すると彼・・、
「ああ、あっまあそっそうだけどな?そうなんだけどさ~?けどお前よくも、そうあっさりと言ってくれるねえ?
ちょっとそれって酷くないか~?ああ、な~んか俺、凄い傷ついたよな~、もう話す気失せたわ・・・」
そう言ってそっぽ向いて椅子に頬杖ついてた、

するとアンちゃんは、
「ああ悪い?悪かったよ内田?謝るからさ?そう怒るなって?なっ?続き聞かせてくれよ、な内田君?」

って言うと彼は少し気を好くしたのか、アンちゃんに向き直ると、
「まあいいけどさ?そうそれでだ、お前が言った通り・・、だ、嫌だってはっきり言いやがったんだよ?まったくよ~、
気にくわねえ奴だよ?それからは俺、あいつと口もききたくないし顔も見るのも嫌になったらさ?もう駄目よ、俺一気に
遣る気失せちゃって・・・」
そう言って椅子にそっくりかえってた、

するとアンちゃんが、
「そんな奴、気にしなきゃいいだろう?別にそいつの為にいる訳じゃないんだからさ?そいつ名前なんて言うんだよ?
近くなのか?」

って聞くと、彼は、
「ああ、あいつか?確か名前が~こう・・ゆき?へい?ゆきへい?こうへい?あれどっちだったかな?住んでるのはほら?
お前が住んでたあのアパートだよ?あんな奴、もうどうでもいいよ、おお、そうだ靖?聞いて驚け?俺、結婚するんだぜ?
まあそん時は招待するからさ?来てくれるよな?な靖?」って嬉しそうに誘ってた・・、

そんな彼の言ってた、こうへいって、それに内田って言ったら、そう気づいてヒデさんと顔を見合せたら、
ヒデさんが、
「亜紀、やっぱりそうだよな?今聞いたよな?内田こうへいってさ?」って言った、

うちもその言葉に頷いて見せたら、ヒデさんが、
「なあ内田君?今言ってたあいつの事なんだけどさ?そいつ、もしかして内田幸平って言うのか?」

って聞くと、彼は
「ああ、そおそお、それそれ?そうだよ内田幸平、そうだよ、それだ~?間違いないよ、思い出した、あっでも、なに・・?
あいつの事、知ってるの?」
って言うとアンちゃんの顔を見てた、

するとアンちゃんは、
「ああ知ってる、居なくなちゃって探してたんだよ、でも好かったよ、お前んとこに居たの分かってさ?ありがとな」
って言うと彼は、何だか呆気にとられた顔で、「ああ、いや、どういたしまして・・・・」だって・・・。

そう言ったかと思うとアンちゃんに
「おい?お前、あいつと知り合いだったのか~?なんだよ、それ~!」って言うと、またそっくりかえってた、

するとアンちゃんは、
「とは言っても俺には直接の関係はないんだ?けど何でお前がそんな事で気落ちしてるんだ?可笑しな奴だな~」

って言うと彼は、
「だってさ~?お前があいつと友達なら、断られた俺、嫌でもあいつと、お・と・も・だ・ち・・・?ああ、嫌だよ俺?
ああ前途多難だ?やっとお前と逢えたのにさ?あっそうだ、俺の結婚式、出てくれるよな?けどあいつは別だからな」

って言うとアンちゃんは、ちょっと苦笑いしながら
「ああ?そりゃもちろんでるさ!けどあいつ、かなりの嫌われようだな~?まっしょうがないのかな・・・」
って黙り込んでた、

すると彼・・、
「なんだよ?お前がそんな落ち込むなよな?まあいっか、あっそうだ、靖?お袋さん元気してるのか?俺、何かと
気にかけて貰ってたからな~?宜しく言っといてくれよ、な?それじゃ俺、そろそろ帰るわ、ヒデさん、亜紀さん?
ごちそうさまでした・・」
って言うと彼女と店の入り口から「靖?じゃあな?また寄らせて貰うよ?行こか朱美ちゃん」

そう言って彼女の肩に腕を回すとニッコリ笑って手を振りながら帰って行った。

彼が帰ってしまうとアンちゃんは
ため息つきながらまた椅子に腰を下ろして・・「行ってみる?あいつのアパート、ヒデさん?」

って聞いたら、ヒデさんは、
「ああ、そうだな、俺も少し話がしたいとは思ってたんだ、亜紀、どうする?」って聞かれて、

「そうよね?あたしもちょっと会って話がしたいし、行ってみよう?」

って言うと、ヒデさんは、
「なら明日にでも行ってみるか?明日なら、丁度休みだろう、なあ靖?」

って聞くとアンちゃんは、「ああ、そうだね・・それじゃ行ってみるとしますかね」で、決った・・・。


そして翌朝・・、彼が出かけていない事を願いながら早い時間に店を出た・・、そんな中、向かう途中を
アンちゃんは夕べ店に来てくれた内田君の事を話しだした・・、

「あいつ変わってないよな~彼女まで作っちゃって驚いたよ、ああ、あいつさ?俺が入ってきた時も、真っ先に
俺に声掛けてきたんだよ、ほんと気さくな奴でさ?お陰で俺、退屈はしなくてすでたけどな?
初めて母さんに合わせた時も、あの陽気さだから母さんは一番に気に入ってくれてさ?結構面倒みてたんだ、
けど母さんが酒におぼれてからは俺が嫌でね?それ以来内田には、会わせること無くなったな・・・、
けど俺が辞めるって言った時、内田の奴、なんかムキになって怒りだしてさ?今考えたら笑えるけどな、けどさ?
俺にも一番の友達っていたんだなって、なんか今さらだけど気づいたよ・・」
って言いながらアンちゃん苦笑いしてた、

するとヒデさんが、
「そんなもんなんだろうな?でもほんと内田君は楽しいな?それに結構お前の事大事に思ってるようだしさ?
お前も大事にしてやんなよ、なあ靖?」って笑ってた・・、

するとアンちゃんは笑い反して「ああそうだな?・・」だって・・・。

そんな時、ヒデさんが、
「亜紀?そういや、さっちゃんもそろそろだろ?楽しみだな?今度会いにでも行って見るか、なあ亜紀?」

って言われて、ちょっと驚いちゃったけど、でも嬉しい・・、「あ、そうね?ほんと楽しみよね?」

って言ったらアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?今度は亜紀ちゃんも・・、もういいんじゃないの?ねえヒデさん?もういいと思うけどな俺は?」
ってさらりと言った・・、

「あっ、あのね?アンちゃん、そんなことこんな時に言う事じゃないでしょ?嫌だ、もう~・・」

って言ったらヒデさん・・、
「まっ俺は別に気にしないけどな?そうだよな?俺もいいと思うけど、けどまあなるようになるさ、なあ亜紀?」

って、うちには返せる言葉が見つからなくて言葉に詰まった、嫌な訳じゃないけど、それでも今はまだ、踏み切れない
自分が居るから・・・今はまだ・・。

そんな想いも、何時しか遠退いて辿りついた街・・、そして前までアンちゃんが住んでたアパートに着いた、
ヒデさんは、
「なんか懐かしいな?さて、彼は居るといいんだけどな・・」

そう言いながら部屋の扉の前に来た時、ノックする前にいきなり扉が開いて彼が出てきた、
すると彼は、
「あっあれ?どうして此処に?またよく此処が、何?・・」って、突然の顔合わせに、彼は戸惑ってた・・、

するとヒデさんが、
「やあ久しぶりだな?思ったより元気そうで好かったよ、ちょっと話がしたいんだけど、いいかな?」

って言うと、彼は、
「ああ、分かった、でも手短にお願いしますね?俺ちょっと用があるんで、あっまあどうぞ?」
そう言って部屋へ上がらせてくれた、

アンちゃんが住んでた時とは違って意外と物が揃っているのには少しうちには驚きだった、

みんなが部屋に腰を下ろすと、真っ先に彼が、
「ああ、驚いたでしょ?俺、此処にいる事、まだ母さんにも言って無いから・・、だからその事で来たんでしょ?
すみません・・」って頭を下げた、

うちにはまだ、彼の行動が未だに理解できない、その時ヒデさんが、
「君はわかってたのか?ならどうして話してくれないんだ?お母さん気に病んでろくに診察も受けてくれなくな
ってるそうだ・・、君がひと言、伝えてやれば済む事だろう?それとも言えなかった訳でもあるのか?
まあ俺が立ちいる事でもないけどさ、会いに行ってやんなよお母さんにさ?顔を見せてやるだけでも親は安心する
もんなんだからさ?」

って言うと彼は、
「はい!すみませんでした、そうします、ご迷惑掛けてすみませんでした・・」って言うとまた頭を下げてた・・

その後、彼は話しもそこそこに用があるからって言って部屋を出ると頭を下げて立ち去って行った、
なんだか落ち着く間もないまま、部屋を出されて、帰り道を歩いていたら、

アンちゃんが、
「あいつ、俺よりいい生活してるんだな?ちょっと驚いちゃったよ、まあ俺の稼ぎなんて俺のじゃないしな?まっ
当たり前か・・」
そう言ってアンちゃん苦笑いしてた、

分かるだけに何も言えなくてつい黙ってしまったら、アンちゃんが、
「ああ、悪い?変な話しちゃったな俺、けどどうするんだ~お父さんには、話しするのヒデさん?」

って聞くとヒデさんは、
「ああそうだな、まあ来た時にでも話しするさ、けどその前に彼が顔を出しててくれる事を俺は期待してるけどな・・」
そう言ってヒデさんは彼の去ってった先を見ながらため息を漏らしてた・・。


そしてやっと帰り着いた店の前、ふうと気づくと朋子さんと幸平君のお母さんが待ってた、
(ええ?でもどうして此処に・・)・・、

すると朋子さんが
「あの、内田さんに如何してもカナさんの処へ連れて行って欲しいって頼まれて来たんですけど・・」

って言いかけた時、いきなりお母さんがうちの前に来て、
「カナさん?息子は?幸平は何処に、ねえ貴方、何か知ってるんじゃないの?ねえ幸平は今何処にいるのか教えて?
今まであの子、何も言わず居なくなるなんてこと一度も無かったのよ?ねえカナさん?」

そう言ってうちの腕を掴んでしがみつくと、うちを睨みつけた・・、あまりにも突然で訳が分からず困惑してたら、
その時ヒデさんが、
「あの少し落ち着いてください?カナは何も隠してなどいませんから、とりあえず中へ入りましょう~ね?」
そう言ってなだめながら居間へと腰を下ろした、でもお母さんはうつむいたまま、坐り込んでた、

そんな時朋子さんが
「あ、あの、すみません、あたし未だ、仕事の途中なんで、すみません、これで帰らせて貰ってもいいですか?」
って聞いた、

「あっごめんね、わざわざありがと?仕事頑張ってね?ほんとありがとう?」

って言うと朋子さんは
「あっいえ、すみません、内田さん?あたしはこれで・・それじゃ、すみませんけど後、お願いします、すみません」
って言うと会釈をして帰って行った、

その後いきなりお母さんが、
「カナさん?幸平・・、幸平は何処?貴方しかいないのよ、ねえカナさん?・・」って言うとうちに飛びついて来た・・、

その時ヒデさんが、
「だから落ち着いてください、お願いしますよ!」って、うちからお母さんを引き離して坐らせて、
ヒデさんは、
「は~、さっきから言ってるようにカナは、隠したりしてませんよ!それどころか、彼の居所がわかったんで今日?今
さっき、会いに行って来たところなんですから、それで彼に会って話しをしてきました、
幸平君から、お母さんには会いに行くからと約束してくれたんで今帰って来たところなんですよ、彼、幸平君は今
住み込みの仕事についてますよ・・」

って言うとお母さんは、
「どうして、そんな?あの子は、幸平は今まであたしに黙って居なくなる事なんてしなかった、いつだってあたしに・・」
そう言って涙を零して虚ろにうちの顔を見てた、
何処かまだうちに言いたげな顔をして睨んでいる様にも見えてうちは怖くなった、

そんな時、店の入り口から声が聞こえてきてアンちゃんが立ち上がると、
「ああ、俺が出るからいいよ・・」そう言って出て行った、

しばらくしてお父さんと一緒に顔を見せて、お父さんは、
「早苗さん?どうしてこんなこと?カナは君が思っているような事は何も無いって私は言ったじゃないか?そんなに
私の言う事が信じられなかったのか?幸平君は必ず見つけるよ、だから、ねえ早苗?帰ろう?」
そう言ってお母さんに手を差し伸べてた、

でもお母さんは、
「そりゃカナさんは貴方の娘なんですから貴方が信じたい気持ちは分かりますよ、でもあたしだって幸平はあたしの
息子なんですよ?心配になって当然じゃないですか?それにカナさんに会ってからあの子変わったんですよ、だから、
疑っても仕方ないでしょ?何がいけないの?どうしてあたしが~・・」そう言って泣きだした・・、


この時うちは分かった気がした、お父さんがあの時何も言えなかった訳が、そして独り苦しんでた訳が・・・、
何もかもを独りで抱え込んで過去の償いに独りもがいていた事、あたしの為だけじゃ無い、あたしがいる為で苦しませ
てた事も、うちは今、思い知らされた気がした・・。

お母さんの泣いてる姿を前にお父さんは立ち尽くしたまま身動き一つせずに黙り込んでた、
そんな時ヒデさんが、
「ああお父さん?幸平君見つかりましたよ?それで今日、彼に会ってきました、彼にはちゃんと伝えてきましたから・・」

って言うとお父さんは、
「あっそうなのか?そうか、それは好かった、ほんと好かったよ、ありがとうヒデさん?すまなかったね?迷惑かけて・・・」

って言うと、いきなりお母さんが、
「そんなにあたしは迷惑でしたの?それはどうもすみませんでしたわね・・」
って言い出して、すると突然お母さんは立ち上がって店の外へと飛び出して行った、

うちは慌てて後を追いかけて行ったら、お母さんが車の前に飛び出して行くのが見えて、思わず「お母さん!」
って叫んで駆けだしてお母さんを庇って車を避けた・・、その筈だった、でも・・・、

引かれずにはすんだものの、うちは車に少し当っただけなのに、植えられてた樹に身体ごと打ちつけられた、でも
お母さんが気になって探してたらお母さんは驚いた顔でうちに掛け寄って来た、

するとお母さんは、
「カナ・・カナさん・・、どうして、どうして貴方・・、そんな、嫌だ・・嫌だあたし・・」そう言って涙を零した・・、

「お、おかあさん・・、あたし・・だい・じょうぶよ・・・・」って言ってたら自分でも分かんないうちに目を閉じてた・・、

その後、気がついたら、うちは病院にいた、隣でヒデさんがうちの顔を覗くと、
「亜紀?・・・ああ好かった・・ほんと好かった・・・」そう言ってベッドに顔を埋めた・・、

その時お父さんが、顔を見せて、
「カナ?すままかったね~?もう大丈夫だよ?こんな事にお前を、ほんとに私は・・、すまないヒデさん・・」
って言うとお父さんまでが涙を零してた、

またうちは二人を苦しめてしまった、こんな事望んでた訳じゃないのに、遣りきれなくて、苦しくて・・、
「ヒデさん、お父さん?ごめんなさい、またあたしは苦しませて、いつも辛い思いさせて、ほんとごめんなさい?・・」
って言ったら泣いてた、

その時、ずっと後ろに居たのかお母さんが顔を見せて、
「あっカナさん?ごめんなさい、ほんとにごめんなさい・・」そう言って何度も繰り返した、

するとヒデさんが、
「カナはこういう子なんですよ、誰かを騙すとか人を傷つけるようなことなんて出来ない子なんです、こいつは、自分の
事なんて顧みない子なんですよ、どうしてそれが分かんないんですか?俺にとってカナは、何よりかえがたい人なんだよ・・、
だから、だからさ~?もうカナをそっとしといてやってもらえませんか?俺の大事な人なんだからさー!」って叫んでた、
その時ヒデさんが、初めて人前で泣き顔を見せた・・・、

なにも言えなかった、嬉しいのに苦しかった、こんなにも、こんなに愛されてた事が、それなのにうちは・・・。

その時お母さんが、
「すみませんでした、カナさんありがとう、本当にすみませんでした・・」そう言って土下座をして謝った・・、
うちは見たくないって思った、そんなこと望んでた訳じゃない、何故かいたたまれない気持ちにさせて、うちは思わず
目を背けてた・・。

するとお父さんが、
「早苗さん?さあ行こう?もう身体に障るよ・・」そう言って抱きあげると、
「ヒデさん、すまない、ほんとにすまない・・」そう言って言葉を詰まらせるとお母さんを抱きかかえながら病室を
出て行った。

ヒデさんは自分の手で顔を覆って無言のまま坐り込んでた、そしてふいにため息を漏らすと、うちの顔を覗き込んで、
「亜紀?まだ痛むか?けど、もう無茶は駄目だぞ?まったく、心配させやがって・・、でも好かった、ほんと好かったよ・・・、
亜紀?もう俺、独りにしないでくれよな、頼むよ、な亜紀?」
そう言ってうちの手を握り締めるとうちの手に自分のおでこを当てて涙ぐんでた・・、

「ごめんね?またあたし苦しませて、あたしヒデさん独りになんてしないから、ほんとにごめんなさい・・」
って言ったら、うちは泣いてた、

そしたらヒデさんが、
「当たり前だ~?亜紀は~?俺が一番好きなんだから、それに俺は亜紀が一緒じゃなきゃ嫌だよ!」って笑って見せた、

その笑顔に
「ああ、それをヒデさんが言うの?あたしが言うこと無くなっちゃったじゃない、ずるいよそれ~?・・」

って言うと、ヒデさんは
「いいんだよ?早い者勝ちだからな?」だって・・、でもその言葉が嬉しくて、だから「ありがと・・」って返したら、

「バカだな~?なんでそれを言うかな~?それを言うなら~?愛してる、だろう?」

って言い出して「ええ?でもこんなとこでなんて、ちょっと?」
ってちょっと恥ずかしくなったけどでもなんだか可笑しくて笑みが零れたら二人笑いだしてた、

するとヒデさんが、
「亜紀?帰りたいか?」って聞いた「うん!帰りたいヒデさんとね?」って言ったら「よし!それじゃ帰ろうか?」
って笑顔を見せた。

そんな時、アンちゃんが顔を見せて、
「ああ、亜紀ちゃん?好かった~ほんと亜紀ちゃんには驚かされてばっかりだな?で、ヒデさん?」
って言うとヒデさんの顔を覗き込んだ、

するとヒデさんは、
「帰ろう靖?亜紀も帰りたいって言うしさ、な?」って言いながら笑ってた、

アンちゃんは「それじゃ帰りますか?」そう言うと慌ただしくうちは二人に支えられて病院を出た・・。

でもこの時ばかりはアンちゃんが車を頼んでくれて店に帰り着いた、
そしてこの日ばかりは、部屋で横になっているしかないのは、仕方ないと分かってはいても、でも辛い、そう思いながら、
窓からの陽ざしが眩しくて、目を背けてうちは目を閉じた・・。

いつの間にか眠ってしまって眼が覚めたら、傍にヒデさんとアンちゃんが坐ってた・・、
「なに、どうしたの?なにか有ったの?」って聞いたら、ヒデさんが「いや?何も無いよ、気にしなくていいから寝てな?」

って言うとアンちゃんが
「そうだよ?亜紀ちゃん、まだ寝てな?」そう言って二人が笑ってた・・、

そんなこと言われてもって思いながらも、うちはいつの間にか目を閉じてた、それからどれくらいの時間が過ぎたのか、
眼が覚めると、窓から射してた日差しはもう暗闇に変わって、誰もいない暗闇の部屋に、窓から漏れる月明かりだけが
零れてた、

物音ひとつない静けさに少し怖くなって起き上がろうとしたら、体中が悲鳴をあげて、辛さに耐えきれずにまた横になった、
そしたら、何故だかうちは泣いてた、もう眠るしかないって、そう自分に言い聞かせてまたうちは目を閉じた・・。



それから三日目の昼過ぎ・・、まだ起き上がれないまま横になってたうちの部屋に、ヒデさんが彼と一緒に顔を見せた、
するとヒデさんが、
「亜紀?幸平君がどうしても亜紀に謝りたいって言うから連れてきたんだ、いいか?」って聞かれて少し驚いたけど
やっと帰ってくれたんだって思えたらなんかほっとして「ああ、うん・・」って言うと、

彼が顔を見せて、
「こんにちわ亜紀さん?具合はどうですか?」って言いながらうちの隣に腰を下ろした、

その声に起き上がろうとして、それでも何処か辛くてもがいてたら、彼に
「ああ、無理しなくていいですよ?そのままで、ね?亜紀さん?母さんのこと助けてくれたって聞きました、こんな時、礼を
先に言うべきなのか、謝るのを先にするべきか正直言葉が見つからないんだけど、でもやっぱり、母さん助てくれてありがと?
それから俺の所為でほんとすみませんでした!ヒデさんが話してくれました・・、
亜紀さん?前に俺、亜紀さんに言いましたよね?人のことばっかりに身体張ってると命落とすって・・、
俺、亜紀さん見ててほんと、そんなこと簡単に遣ってしまいいそうな、なんかそんな気がしたんですよね?でもそれを
理由に自分の事、いい訳するつもりはありませんけど、でも亜紀さん?ほんと自分を大事にしてくださいよ?
お願いします?でも母さんの事は、ほんとにありがとうございました・・!」そう言ってうちに頭を下げてた・・、


「すみません?余計な心配までさせてしまって、あの?お母さんには会ったんですか?元気になってくれました?あれから
お父さんも顔を見せてくれなくて気になってたんですけど・・、あ、幸平さん、今もまだあの職場に?・・・、貴方が言うように
ほんとあたしは無鉄砲なのかもしれないですね?でもこればっかりは自分でもどうしようもなくて?その所為でいつも
周りには心配ばかりかけちゃって、言われると改めて余計自分が情けないです、もう苦しませたくないのに・・」
って言ってたら、つい涙が零れて、慌てて拭いたら何故か笑われた、

すると彼が、
「ほんと亜紀さんは根が正直というか、なんにでも一生懸命で、でもまっそこがまた亜紀さんのいいとこなんですけどね?
今の仕事は、まだこのまま続けるつもりでいますよ、母さんにもそれは話してきました、今は親父が傍で何かと面倒見てく
れてます、俺が見たとこじゃ笑顔で親父とも話してるの見ましたから、もう心配はないと思いますよ?だから亜紀さん?もう
何も心配すること無いですから、一日も早い元気な顔、見せてください?
ああ、それで親父、あっお父さんから伝言なんですけど、二三日内に会いに来るそうですよ?亜紀さん?ほんとにありがとう?
いつかこのお礼は必ずします、また顔を出しますね?長いしてすみません、そろそろ俺、帰りますよ、それじゃ!」
そう言って手を振ると帰っていった、



そして二日目の夕暮れにお父さんが顔を見せた・・、
「カナ、どうだ身体の方は、まだ痛むのか?幸平君、顔を見せてくれたよ、ほんとにすまなかったね・・」
そう言ってうちに頭を下げてた・・、

「嫌だ、お父さん、あたし、お父さんに謝って貰うような事してないから、だから謝らないで?そうじゃなきゃあたしは、
お父さんに、ずっと謝ってるようになっちゃうでしょ?あたしはその方が辛いです・・」
って言うと隣に坐ってたヒデさんがクスクス笑い出してそれにつられたのかお父さんまでが笑った、

するとお父さん・・、
「ありがと?そうだカナ?私は早苗さんと正式に結婚しようと彼女にもうし入れた、それに彼女も受け入れてくれたよ、
同居生活はやはりりお互いに好くないと思ってね?カナ?許してくれ、でも、もうあんな事は無いと誓うよ?彼女もそう
言ってくれた・・だから・・」

その言葉だけでうちには十分に思えた、
「お父さん?おめでとう!幸せになってね?よかった」

って言ったら、お父さんは、
「ありがとうカナ?それでヒデさんとも少し話したんだが、お前の身体の事なんだがどうだろ、大学の病院で治療受けて
みては・・?ヒデさんは何とも言えないそうだ・・、だがカナ、お前の気持ち次第なんだよ・・・」って言葉を詰まらせた・・、

「お父さん?もう少し考えさせて貰っていい?今はまだ、その応えはでそうにないのごめんなさい・・」

って言うとお父さん、
「ああ、そうだね、もちろん今すぐじゃなくて構わんよ、その気になってくれたらでいいんだ、ヒデさん?その時は宜しく
頼むよ・・」
そう言ってヒデさんに頭を下げてた・・、
ヒデさんは、ただひと言「はい・・」それだけを言うとまたうつむいてしまった・・。

その後お父さんは、うちに「また来るから、それじゃ~ね?・・」そう言って帰って行った。

帰って行くお父さんの後ろ姿に、想いを巡らせながら、何故か複雑な思いにかられてた、どうして今さら別の病院の話しを
持ちだしてきたの、分からない、あんなに親身になってくれてたお父さんが、でも苦しい選択だったのかもしれない、そう自分に
言い聞かせて考えるのを辞めた。


そんな思いを他所に過ぎてく日々は、早くも二週間が過ぎた・・、
時折店の入り口に顔を覗かせては、ため息をついてるヒデさんの事を、何処か気にしながらも呆れ顔で話してくれるアンちゃん、
いつも以上にうちの顔を覗きに来ては、気づかってくれるヒデさん、そんな二人の気遣いは、床から抜け出せないでいるうちに
退屈はさせなかった。

そんな夕暮れ、幸平君が店に顔を見せた・・、彼は部屋へ顔を覗かせると、

「亜紀さんどうですか調子の方は?ああ、もう聞いてると思うんだけど、母さん結婚するそうですよ?とりあえず今日はその
報告と様子をと思って来たんですけどね?あの?それでちょっと母さんから聞いたんですけど、亜紀さん、病院移るんですか?
なんか大学病院に移るって聞いたんだけどほんとなんですか?俺、正直驚いてます・・、またどうして?なんか気に入らない
事でもあるのかな?もしかして母さんが原因、とか?」って言い出した、

その時ヒデさんが、
「なあ幸平君?それってもう入る事になってるのかな?」

って聞くと彼は
「えっ違うんですか?だって来週には亜紀さんをって、それに紹介状も出したとか、母さんはそう言ってましたけど、えっどう
言う事?ヒデさん、違うんですか?教えてくださいよ・・」そう言って少し興奮してた・・、

ヒデさんは、
「ああ、そうだな、あのその前にちょっと聞いていいかな?」って言ったら彼は「あ~いいですよ?なんです?」って言うと

ヒデさんが「それってお父さんは承知しての事なのかな?・・」

って聞くと彼は
「んん・・どうかな、そこまでは俺も知りません、けど母さんがそう言ってるんだから承知してるんじゃないですか?それで?」

って急かされて、ヒデさんは、今迄の経緯を話しはじめた、そして話しを終えた時彼は、
「えっありえないそんな事・・、それじゃ亜紀さん、病院の話しはまだ返事してなかったってことですか?じゃどうして母さんは
俺に・・、けど母さんがもしかして勘違いしてるだけかも、俺が直接確かめて見ますよ、すみません亜紀さん・・」
そう言うと帰ろうとしてた、

するとヒデさんが、
「ああ、幸平君?ちょっと待ってくれないか?まだ話しがあるんだ、悪いもうちょっといいかな?君がどうしてお父さんのこと
知ったのか教えてほしいんだ、それにカナの事も、好かったら話してくれないか?・・」

って言うと彼は、立ち上がりかけてた足を落としてまた坐り込んだ、そして重たげに顔をうつむかせて、
「母さんから聞いたんですよ、父さんはこの街で医者をやってたって、ずっと父さんの事忘れられなくてひと目逢えたらって
泣きながら話した事があったんです、たまたまその時、俺に親父がいない事で喧嘩になったからなんですけどね?
でも母さんは父さんには奥さんも娘もいるから逢いに行けないって言って諦めてました、だから俺が親父を探して歩いたんです
母さんには内緒でしたけど、それでその時丁度入ったお店で俺が店の人に聞いてる時、そこにいたお客の一人が聞いてて、その人が
「俺、知ってるよ」って言って、ヒデさんも亜紀さんも友達だとか言って色々教えてくれたんです、それで此処に来たんです、
後は知っての通りですよ、でも今さらそんなこと聞いて何かあるんですか?
あのアパート出たのは後から母さんが一人で住むなら此処から出た方がいいって言われたんですよ、その時に母さん、
何処に隠してたのかまとまった金出してくれて、でも俺は正直助かりましたけどね?ただ母さんに居場所教えるのが遅くなったんで
だから逢いに行った時は散々怒られましたけどね・・」そう言うと少し笑みを浮かべてた・・。

押し黙ったまま身動きもせずに聞き入ってたヒデさんは、彼の話しが終わると、
「そっか、よく分かったよ、ありがとな?別に特別な意味は無いんだ、ただ聞いておきたかっただけだから気にしないでくれ、
引き留めちゃって悪かったな?仕事頑張んなよ、応援してるからさ?ああそだ、亜紀の事お母さんに聞くこと無いよ、
その内お父さんの方から言って来るだろうからさ?ほんと今日はわざわざありがと・・」

って言ったら、彼は黙り込んでたけど、
「そうですか?分かりました、それじゃ俺はこれで、亜紀さん?お大事に?機会があったらまた寄らせて貰いますね、それじゃ!」
そう言って帰って行った、

彼が帰った後ヒデさんは、
「亜紀?悪い、靖に任せっぱなしだから俺、店に戻るけどさ?後でゆっくり話そう?な?それまで寝てな?それじゃ行ってくるよ」
って手を振って店へと駆け下りて行った・・。

それから数時間経った頃に、ヒデさんがまた顔を見せて、すると一緒にお父さんも顔を見せた、
驚きが先になってつい声をかけそびれてしまったら、お父さんに、
「どうしたカナ?そんなに驚かなくてもいいと思うが・・、ああ、身体の方はどうかな?中々来れなくてすまないね?何?
幸平君が来たそうだね?私も逢いたかったな、まあ彼も仕事があるから仕方のない事だがね・・そうだカナ?病院のこと・・」

って切り出した時、ヒデさんが、
「ああ、あの、お父さん?その事なんですけど・・・」そう言ってヒデさんは彼が話してた事を打ち明けて・・、
「それでお父さん、もう紹介状は出されたんですか?早苗さんはそう言ってたと聞きましたけど・・」

って言うとお父さんは驚いた顔して黙り込んだ、するとお父さんは、
「早苗が言ったと幸平君がそう言ったのか?それで彼にはなんて返事をしたんだい?」って聞いた、

ヒデさんは、
「確かに幸平君はそう言ってましたよ、その事に関して彼には、お父さんと話すと言っておきました、あのお父さん?
教えて貰えませんか?ほんとの事、知りたいんですお願いします」

って言うとお父さんは、
「・・病院の話しは早苗が、カナは自分の所為でこんな事になってしまったからとそう言ってね?自分の責任だって言って、
それで早苗は大学病院に友達がいるから話して見るから入れてちゃんと診て貰うよに進められたんだよ、
それを言われた時私は、自分の未熟さを感じてしまってねえ?だから、聞くだけでもと君にも話したんだが、
それがどうして・・、私にも分からないよ、だが早苗は私に、幸平君からカナが移ってもいいと返事を貰ったと言って来たんだよ、
だから私は・・、すまないカナ?これでは・・・、ヒデさん、カナ?すまないが私はこれで帰らせて貰うよ?
ちょっと用事を思い出してね、すまないが、また来るよ?その時にでも、また話すとしよう?ほんとすまないね・・」
そう言ってお父さんはなにか思い出したのか突然慌て出して帰ってしまった・・。


帰って行くお父さんを見送りながら、ヒデさんと呆気に取られたまま二人で顔を見合せてしまってたら、その時アンちゃんが
顔を出して、
「どうしたの?二人とも、鳩が豆鉄砲食らったような顔してさ?、なんかあった?」

って聞かれてヒデさんは、「あ、何が?まあいいから入んなよ?」

って手招きされてアンちゃんは、
「亜紀ちゃん?大丈夫なのかヒデさん、なんか可笑しいよ?ああ処で亜紀ちゃん?お父さんから話しは聞けたの?教えてよ?」

って聞かれて、
「あ、うん・・病院に行く話はお母さんから話しが来たらしいの、あたしのこと心配してくれたみたいで・・ただ・・、
紹介状は幸平さんがあたしの了解取ったってお母さんが嘘を言ったみたい、でもお父さんはそれを信じて出したって言ってた、
でもそれ聞いたら、お母さんはあたしを、お父さんの病院に行く事が嫌だったのかもしれないって思っちゃった、
きっとあたしはお母さんにとって恋敵の娘だからかな~なんてんてね?お父さんは事情を理解してくれたと思うんだけど、
なにか思いだしたのか慌てて帰っちゃったの・・、だからちょっと、呆気に取られてて・・」

って話すと、アンちゃんは、
「そっか・・・、でも、お父さんがした事じゃなかっただけでも俺は、ちょっとほっとしたかな?これがお父さんのほんとに独断で
した事だったらやっぱり嫌だからね?それで~ヒデさん?」ってヒデさんの顔を覗き込んだ、

するとヒデさんは、
「ああ、悪いな?まあこの先はお父さんが話してくれるのを待つしかないだろうな?俺もお父さんは理解してくれたと信じてる、
なあ亜紀?それでいいだろ、結果がどうあれ、お父さんの気持ちは少なくとも俺は理解出来た、だから信じて待つ事にするよ・・」

って独り頷いてるヒデさんは、なんだかそう自分に言い聞かせているようにも見えた・・、

それもいいのかなって思う、もしこれでお父さんと会えない結果になったとしても、この街でこの店でヒデさんと、それから
アンちゃんと人並みに暮らせて行けたら、うちはそれだけでいいって思えるから、いつかまた時がきたらきっと、お母さんとは
分かり合えるってそう信じたい、(お父さん・・待ってるからね・・)

Ⅱ 三十三章~時の悪戯~

あの日、慌てて帰ってしまったお父さん、あれから顔も見せ無くなって、今日で二周間が過ぎた・・。

少しだけ起きれるくらいにはなったけど、でも歩き出すにはまだおぼつかないうちは、窓から差し込む日差しに
つい外の景色を覗いて見たくなってしまうけど、でも僅かな距離しかないのに、そこにも行く事すら出来ない・・、
もうひと月近くもこうしてるのは、さすがに虚しくなるだけで、ため息しか出てこない・・・。

そんな今朝、唐突にもお父さんが顔を見せた・・、
「おはようカナ?朝早くにすまないね?私もこの時しか時間が取れなくてね・・、如何かな、調子の方は?」
って言いながら腰を降ろした、

「ああ、あたしは大丈夫よ?心配しないで?」って言うと

お父さんは笑みを零して
「そうか、それはよかった、ああ、今日来たのはこの間の病院の事なんだが・・、とりあえず私の方から先方の
ほうには紹介状の謝罪と断りの手紙を送っておいたよ、それが好かったのかは分からないが・・、すまなかったね?
あれから早苗とは色々話しをしたよ、私もついムキニなってしまったように思うが、早苗はお前を早く治して
あげたかったようだ、カナ?早苗を許してやってくれ?ほんとすまなかったね?」
そう言ってお父さんが頭を下げて謝った・・、

「許すも何もあたしの事心配してくれたのに、それに病院の事・・、せっかくの好意なのにごめんなさい・・、
でも・、ねえお父さん?あたし一つ聞いておきたい事があるの、いい?」

って聞くと、お父さんは
「ああいいとも、なんだい・・」そう言って笑みを見せた・・、

「ありがと、あ、あのねお父さん?早苗さんとの結婚はほんとにお父さんが望んだ事なの?ごめんなさい、
でもあたしはお父さんにはもう過去を引きずってほしくないって思てるの、お父さんにそんな選択肢は選んで
ほしくない、でももしあの時のあたしの事故が原因なら尚更辞めてほしい、お父さんが本当に望んで早苗さんと
結婚するのならあたしは祝福したいってそう思ってるの、だからお父さん?・・」

言うとお父さんは、
「・・そうかもしれないね、私は過去を未だに引きずっているのかもしれん、未だに私は静を忘れられないで
いるんだよ、私にとって妻は静だけだったからねえ、それは今も変わってはおらんよ・・、ただね、カナ?この事は
幸平君にもまだ話してない事なんだが、早苗はもう先が無いんだ・・、彼女はがんなんだよ・・、
だから私は彼女の想いを受け入れる事にしたんだよ、こんな事でしか私には償えないからね・・・とは言っても
それだけの為に結婚を決めた訳じゃないんだよ?これは私が本当にそうしたくてするんだ、だからカナ?
お前が気に病む事は何も無いんだよ、確かにあの時は・・、あの時、私がもう少し気にしてやっていればと、
それだけだ・・、すまなかったねカナ・・」そう言ってお父さんはまたうつむいてた・・、

「それはお父さんが悪い訳じゃないの、あの時はあたしがいけなかったの、でもお父さんの気持ち聞けて好かった、
ありがとう?それでお父さん、早苗さんには病気の事は・・?」

って聞いたらお父さんは、
「あっいや、その事はまだ本人には伝えてないよ、幸平君にもどう伝えていいものか、でもこれは私の務めだからね?
いずれは話さなきゃならんだろ・・、それでカナ?断りを入れてしまったが、お前さえよければその時は何時でも
言ってくれておくれ・・ねえカナ?」

って、不安げにうちの顔を覗き込んでた・・、
「ああ、あたしの事は心配しなくても大丈夫よ?でも病院の事はまだ・・」

って言ったら、ヒデさんが
「あのそれってもうお父さんには診て貰えないって事なんですか?あ、あつかましい事聞いてすみません・・」
って言葉を詰まらせた、

するとお父さんは、
「ああ、いやそんなことはないんだよ、ただ、私も何時でも診てやると言う訳にもいかなくてねえ?
ああ、だが誤解せんでくれよ?、けしてカナを診たくない訳じゃないんだ・・・、すまない不安がらせたようで・・・」

そう話すお父さんは何処か落ち着きを無くしてしまったようで・・、急にお父さんは、
「ああ、すっかり長いしたようだね、そろそろ私は帰るとしよう、カナ?私はいつでもお前の事は診てあげたいと思って
いるんだよ、それは信じてくれ、ねえカナ?・・・また顔を出させて貰うよ、すまない私もこれから診なきゃいけない
患者が待っているんでね、ヒデさんすまないがまた来るよ、それじゃ・・」
って言うとヒデさんに会釈をして帰ってしまった・・。


それから十日が過ぎて、店も終りに近づいた頃、アンちゃんがうちの部屋へ顔を見せて・・、
「亜紀ちゃん?珍しい人が亜紀ちゃんに会いたいって来てるんだ、通していかな?」って笑った、

「えっ誰?アンちゃん?」って言ってたら、ヒデさんと一緒に上がってきて・・、

「お久しぶりね、カナちゃん?ヒデさんから聞いて驚きましたわ?どうですの調子は・・」
って幸恵さんが顔を見せた、

「ああ、いらっしゃい幸恵姉さん、久しぶりです?あっでもお姉さんわざわざあたしの為に此処まで?」

って聞いたら、
「そうよって言いたのだけれどごめんなさい?別のようで来ましたの、でも此処まで来たらカナちゃんに会いたくて、
でもどうなさったの?ヒデさん?教えて下さらない?」

って急に振られたヒデさん、少し戸惑いながら、
「ああ、それを話すとなるとちょっと長くなっちゃうんで、後でゆっくりお話しといいたとこなんですが、今日は
ゆっくり出来ますか?もし好ければこんなとこですけど泊まっていきませんか?空いてる部屋もありますから・・・」

って言うと、幸恵さんは、
「ええ?宜しいんですの?あら素敵、私の要はもうすませてきましたの、ですから喜んでお言葉に甘えさせて貰いますわ」
そう言って独りはしゃいでる幸恵さんはまるで子供みたいに思えた・・。

その後、うちに気を使ってくれたのか、ヒデさんも幸恵さんも、うちの部屋で夕食を取る事になった・・、

アンちゃんも交えてテーブルを囲んでそれぞれが腰を下ろすと、ヒデさんが、
「大したことは出来ませんけど、どうぞ?」

って言うと、幸恵さんはニコニコしながら、
「とんでもないわ~凄いわよ?あの人にも一度は食べさせたかったわね?凄く楽しみにしてたもの、あっあら嫌だわ
私ったらごめんなさいね?ヒデさん?えっ靖さん?ありがとう?凄く嬉しいいわ?カナちゃんありがと?それじゃ
頂こうかしら・・」

そう言って食べ始めて、それに従うようにみんなが食べ出してた、食べ終わった頃に幸恵さんは、
「どうも御ちそうさまでした?さすがですわねヒデさん!ほんとおしいことしたわね慎さん、ああ、そうそう私ね?
近くこの街へ移り住む事にしましたの?実はね?慎さんの手紙にカナさんとずっといい姉妹になってほしいって
そうありましたの、それで実家へ帰ってから、カナちゃんとずっといられるにはどうしたらいいのか、ずっと悩んで
それで決めましたの?そうすれば慎さんも安心してくれると思うのよ?ねえそう思うでしょ、ねカナちゃん?」
って聞かれてしまった、

その時アンちゃんが、「好かったねカナちゃん?心強いだろう?ねえヒデさん?」って・・・、
(なんなのよ、その変な乗りは、それに変な声出して~まったく・・)って思いながら聞き流してたら、

ヒデさんが、
「ああ、そうだな?でも幸恵さん、また一人暮らし始めるんですか?いつ頃からこちらに?」って聞いた、

すると幸恵さんは、
「もう住む所は決めて来ましたわ?そうねえ、一か月くらいしてからになると思うわ?その時は是非、遊びにいらして
ね?私は今から楽しみにしているのよ?ああそうでした、それでまだ聞いてませんでしたわね、カナちゃんの事、
教えてもらえるかしら?」

またいきなりの話しの展開にうちは言葉を無くしてた、その時ヒデさんが「ああ、そうでしたね・・」って言うと、
経緯を話してた、(あ~どうしてそこまで・・)って思いながらも何も言えなかった、

すると幸恵さんが、
「そう?そんな事が・・、でその早苗さんってどんな方なのかしら?名字はご存知?あっごめんなさいね?いえね?
その名前、私何処かで聞いたような気がして・・、ああ、でも私の勘違いかもしれませんわね、でもご存知なら教えて
下さらない?」って言った・・、

幸恵さんのその言葉に思わずうちは、ヒデさんと顔を見合せた、するとヒデさんが「ああ、名字は吉田です、吉田早苗・・」

って言ったら、幸恵さんは驚いたように
「あら、そうなの?それは偶然ねえ?ねえ?その方、息子さんが居らっしゃる?確かこう、こうへいって言ってた
かしら、ねえ、そうじゃなくて?」

って、また驚いてしまった・・、
「あっあの、お姉さん?どうして知ってるんですか?あの、早苗さんとは何処で?」

って言ったら、幸恵さんは、難しい顔をして、
「やはりりそうでしたの?そう、あの方なの、カナちゃんごめんなさいね?私は正直、あの方は好きになれないわね、
んん、でもお話しした方がいいのかしら・・・、
私がまだ慎さんと結婚して間もない頃でしたわ、慎さん、体調崩してしまって、それで私が病院までをご一緒して・・、
その時に、その病院で早苗さんとは知り合いましたの、あの時は確か、彼女は病院の事務をしてらしたわね、
とても人当たりのいい方で、何処か気が合ってしまって・・、そう、それがきっかけでしたわ、それから何度か病院で
お会いするようになって、でも何度目でしたかしら、忘れてしまいましたけれど、いつお辞めなったのか病院にはもう
いらっしゃらなかったわ・・、
それからしばらく経った頃かしら、偶然、街でお会いしてその時に、早苗さんに是非ご自分の家へいらしてって誘われて、
私は断り切れずに彼女のお宅へお邪魔させてもらいましたの、でもその時早苗さんに、お金を貸してほしいって
泣かれてしまって、職もなくて生活もままならないからっておっしゃって、それで私、持ち合わせのお金、全部お貸して
差し上げましたの、気の毒に思えましたもの・・・、
その時は彼女、凄く感謝してらしたわ?必ずお返しすからっておっしゃって、でもそれから二日目でしたかしら、
男の方と腕を組んで歩いてらっしゃるのをお見かけしたのよ、その後からでしたわね?何処でお知りになったのか
彼女、私の家へ訪ねていらしていらしてね?それでその時もお金をって言われてしまって、でもさすがの私も
思うところがありましたもの、それでつい言ってしまいましたの、旦那さまに貰ったらいかがかしらって、すると彼女、
怖い顔なさって何も言わずに帰ってしまわれたのよ・・」
ってその後の言葉が途絶えてしまった・・、

その時うちは、気になった事を聞いてみた・・、「あのお姉さん?幸平さんのことは知ってるの?」

って聞いたら幸恵さん、
「ええ?それは、お話しする度に彼女は幸平はっておっしゃってたもの、さすがの私でも名前だけは覚えてしまったわ・・、
凄く息子さんの事愛してらっしゃるようでしたわね?でも私は幸平さんにはお会いした事はないのよ、最後まで
お会いする事も無かったわねえ、ですから私が知っているのはお名前だけなのよ?
それよりもその後、私が慎さんにお留守をお願いして出かけた日でしたわ?早苗さんが、私の家へいらして慎さんに
可笑しな事をおっしゃってらしたのよ?その事を慎さんから聞かされた時は心臓が止まりそうなくらい驚いたわ?
でもあの時、慎さんは、私の事信じてくれていましたの、嬉しかったわ・・・」
そう言ってまた、話しが途切れてしまった・・、

幸恵さんの話しには、うちじゃなくても、さすがにシビレを切らせたのか、ヒデさんが・・、
「あの、それで早苗さんは、なんてお兄さんに言ってたんですか?・・」って聞いた、

その問いにやっと幸恵さんは、
「そう、それよ?それなのよ・・、私がいないので言えたのかもしれませんわね?それに慎さんお優しいから誰にでも
お相手してくださるもの、そんな慎さんに私が浮気してるだなんて、あの時ほど自分の人の好さを怨んだ事は
ありませんでしたわ?それで私、彼女にひと言いたくて、彼女の家を訪ねましたの、でもいつ引っ越されたのか
そこにはもう誰も住んでいらっしゃらなかったわ・・・、
そんなところかしら、でも私にはあまり思い出したくない方なの、気にさせてしまったかしら、あまりいい話でも無い
ものね、ごめんなさいね?カナちゃん・・」って苦笑いしてた、

幸恵さんの話しの調子に、やっぱりうちは何処かついていけなくて、ついため息が出そうになるのを咄嗟に口元を
押さえてしまったら、その時ヒデさんは見てたのか、うちの顔を見て笑ってた・・。

「お姉さん?話してくれてありがとう、正直どう受け止めていいのか、あたしはまだ整理ができないけど、でも少しだけ
早苗さんの事、見えてきた気がするの、だから聞けて好かったって思う、ほんとありがとう」

って言ったら、幸恵さん、
「カナちゃんなら大丈夫かもしれないわね?慎さんが言ってらしたこと、もうお話ししたかしら?ほんと貴方は不思議な
力のようなもの持ってるわ?でもカナちゃん?貴方は優しすぎるわ?私はそれが一番心配かしら?そう考えると私、
此処へ来ることは好かったのかもしれませんわね?」

そう言って一人満足げに笑みを浮かべてた。(どうしてそうなっちゃうの?やっぱりこの先が心配かも・・)
そう思えてきたら、また、出そうになったため息の代わりにうちは窓の外に視線を変えた。


翌朝、幸恵さんは朝食をすませて帰り支度を終えると、部屋へ顔を覗かせて、
「カナちゃん?私はいつでも貴方の味方ですからね?だから何か有った時は教えてちょうだいね?
お身体お大事にね?あっそうでしたわ、病院の方、私の知り合いにいい先生がいらっしゃるの、
腕は確かですのよ?そうねえ、私から聞いてみてあげるわね?ヒデさん、靖さん?ほんとお世話になりました?
また近い内に寄らせて貰いますわね?カナちゃん、またね?それじゃ・・」

話し終えたら、うちの返す言葉も聞かないまま、幸恵さんは帰って行った・・。



それから一周間が過ぎた頃・・、
なんの前触れも無く突然幸恵さんは、お父さんとあまり歳の変わらない年配の人を連れて部屋に顔を見せた・・、

「カナちゃん?具合、どうかしら?突然お邪魔してごめんなさいね?ほらこの間お話した先生よ?この方、林さんって
おっしゃって名医でいらっしゃるの?カナちゃんの事お願いしてみたら、心良く引き受けてくださったのよ?
好かったわね?是非見てもらいましょ?ねえカナちゃん?」そう言ってニッコリ笑った、

あの時幸恵さんが言ってた、病院の先生って言う言葉の意味を、今になって気づいたら、幸恵さんの行為に言葉も
見つからなくて、思わずヒデさんの顔を覗いて見た、でもヒデさんは、ただ苦笑いしてるだけで・・・、

「あ、どうもわざわざすみません?でもあの、此処で見るんですか?」って聞いて見た、

すると林さんは、
「ああ、構わんよ、すぐに済ませるからね、ちゃんとした診察は状態を診てからだからね?ああ、すまんが部外者は出て
て貰えるかな?一応女性なもんでね?あっそれですまないがお湯を入れてきてもらえるかな?けど飲み水じゃないよ?
手を洗うのに使いたいんだ、あ、それと綺麗なタオルもね?さてそれじゃ診ましょうか?とりあえず・・」
そう言われてうちは診てもらう事になった・・、

それからとりあえずの診察を終えると林さんは、顔色一つ変えずに手を洗い始めて、うちの顔を見ると、

「この傷は手術の跡だね?綺麗な物だ、これなら後はあまり残らなくてすむよ、いい医者を選んだね~君は・・でもそれで
どうして他の医者を頼むのかね?これなら他をあたらなくても好さそうなもんじゃないのかな?まあ込みいった事情が
ありそうだから、詮索はせんが、んん~一つ聞いても構わんかな?・・」って聞いた

唐突でちょっと驚いたけど、「あっはい・・、なんですか?」

って聞いたら、林さんは
「君のかかってた医者の名前を聞かせて貰えるかな?ああ、嫌なら別にいいんだよ・・」って、

どこか気後れするような物いいに少しムッとなったけど、
「あっ別に構いませんよ、あの、先生の名前は大島浩市って言います・・」って言ったら凄く驚いた顔をしてうちを見た・・、

すると林さんは、
「大島?それは本当かね?そうか、あいつまだ現役でいたんだな?懐かしいな、あ、それならあいつで問題ないだろ?
彼は私なんかとは比べ物にならんくらいの名医だよ、なんだそうか?それで?今彼は、何処の病院にいるのかな?
好かったら教えて貰えるかな?」

もううちの診療はどうでもいいかのようにお父さんの事で頭の中はいっぱいって顔してた、
だから仕方なく、お父さんの病院を教えてあげると、

「ありがとう、お嬢さん?ああ、そうだった君のことがまだだったね?でもこれは・・、そうだね、彼に診て貰う方が
得策だろう?まあ今日見た限りでは検査をしてみないと何とも言えないが、少し気になる処があると言うところだね・・」

そう言うとさっさと身支度を始めて、いきなり大きな声で、
「いるかな~?幸恵ちゃん~?もうすんだぞ~来てくれ~」そう言って幸恵さんをちゃんずけで呼んでた、

すると幸恵さんが、
「は~い、今行きま~す!」だって・・、うちが呆気に取られてたら、幸恵さんとヒデさんが顔を見せた・・

すると幸恵さんは、
「先生?どうですの?カナちゃん・・」

って聞くと林さんは、
「ああ、まあ気になる処はあるが、でもそれより幸恵ちゃん?彼女についてる医者を君は知っていたのか?私は驚いて
しまったんだが・・、彼は私なんかとは格が違うんだよ?彼に見て貰っているなら私でなくてもよかろう?旦那さん?
そうしなさい?彼、大島はねえ?私と同期なんだがね?私より名医だ、悪い事は言わんよ、彼に診て貰った方がいい、
ねえそうしなさい?さて私は帰るよ?幸恵ちゃん?君はどうするかね?まだ居るのかな?それは構わんよ、それじゃ
これで私は失礼させて貰うよ?お大事にね?」
そう言い終える前にはもう階段を降りはじめて、呆気なく帰ってしまった・・。


慌ただしいこの流れに、何処かついていけなくて言葉を失ってたら、そんな時アンちゃんが顔を見せて、
「あっヒデさん?幸平君が今店に来てるんだけど、通していいのかな?」って聞いてきた、

するとヒデさんは、
「ああ、亜紀?いいだろ?」って聞かれて、うちが頷いて見せたら、ヒデさんは、「ああいいよ、上がって貰ってくれ」

って言われてアンちゃんは彼と一緒に顔を見せた・・、すると彼は
「こんばんわ?カナさん、どうですか?あっお客さんですか、すみません、あっあのまた出直して来ます・・」

って帰ろうとしてたら、その時ヒデさんが、
「ああ、気にしなくてもいいんだよ、彼女は身内のものだからさ、紹介するよ幸恵さんだ?それで彼、幸平君です、まあ
せっかく来てくれたんだ、坐ってくれよ?いつも悪いねえ?わざわざ見舞いに来て貰ってさ・・」

って言うと、彼は、
「ああ、いえ、そんな事は・・、カナさん?どうです調子の方は?ああ、あの、あれから母さんに会って来たんですけど、でも
俺は何も言いませんでしたよ、けどあの、聞きました、病院の話し、また母さん余計なことしたようですみません?でも
悪気はなかったと思います、どうか許してやってください・・、それでカナさん?改めてお願いがあるんです、
こんな事になっていいずらいんですけど、やっぱり病院、移って貰えませんか?お願いします!母さんの為にすみません」
って頭を下げた、

どう応えていいのかうちには解らない、何をお母さんと話して来たんだろう、うちがそんなに嫌なの、考えても困惑する
だけで言葉にできずに居たら、ヒデさんが、

「それってどう言う事かな?君はそれを言う為に来たのか?お母さんの事を謝ってどうしてそんな言葉が出るんだよ?
教えてくれないかな、お母さんはなんて君に話したんだ?頼む、教えてくれよ・・」
って少し声を荒げてた、

すると彼は、
「母さんは・・・、それはカナさん、貴方が静さんの娘だからだって・・、すみません!」
そう言って畳に頭をつけて謝ってた・・、

「ねえ幸平さん?どうして静の娘じゃいけないの?あたし何かお母さんに悪い事した?あたしのお母さん何か悪い事
したのかな?もしそうなら教えて?あたしどんな罪滅ぼしでもする、別に病院を変わる事にこだわるつもりはないの、
でもね?このままじゃあたしはお父さんとも、会えない・・」
何を言いたいのかも定まらない自分の心の内が、訳も分からずにうちは泣いてた、

すると彼が、
「俺は、そこまで知ってる訳じゃないんです、ただ母さんはカナさんを見ると静さんを思い出してしまうとだけ・・、
俺が知ってるのはそれだけです・・」って言うと、うつむいてた、

「それはお父さんも納得しての事なの?その事お父さんは承諾したの?・・」って聞いたら、彼は黙ってしまった、

そんな時幸恵さんが・・、
「ねえ幸平さん?私ねえ?貴方のお母さんとは仲良くさせて貰ってましたのよ?でももう貴方もすっかり立派な
大人になられたわねえ?それを考えると私も嫌でも老けてしまったのが分かってしまうわ~、あっあら嫌だ、
ごめんなさいね?
そうそう貴方のお母さん、私の主人に可笑しな事おっしゃってらしたの、幸平さんはご存知かしら?
私、あの時は貴方のお母さん、少し怨みましたのよ?だって私、貴方のお母さんにお金をお貸ししてさしあげたのよ?
それなのに主人にあんな可笑しな事おっしゃられては、ねえ?でも貴方はご存じないようですわね?
でもねえ?カナちゃんを虐めないでほしいわ?幸平さん、貴方はいい子だって私は思っていますのよ?
でもお母さんは、少し度を超えてらっしゃると私は思うんですけど、幸平さん?そうはお思いになりません?・・、
無理な質問でしたかしらね?それでどうかしら一度貴方のお母さんに会わせて頂けないかしら?
別に喧嘩をしたい訳ではなくてよ?ただ、少しお話しがしたいだけなの、駄目かしら、ねえ幸平さん?」
って彼の顔を覗き込んでた・・、

凄く穏やかな話し方なのに、なんなの幸恵さんの威圧感に何処か、うちは鳥肌が立つような感覚を覚えた・・、

その時、押し黙ったままうつむいてた彼が急に顔を上げて・・、
「あの?幸恵さんでしたよね?俺の母さん、貴方にいくら借りたんですか?俺がそれお返ししますよ、それでいいでしょ、
昔の事なんて俺は聞いてません、それに俺は知りたくもないですから、母さんは今、入院中なんです、今さら逢って昔の
事、ぶり返されても母さんの身体に障るだけですから、お断りします・・」
そう言ってまたうつむいてしまった・・、

すると幸恵さんは、
「偉いわねえ貴方、さすがだわ、そうそれでいいのよ?お母さん大事にしておやりなさい、ね?お金の事は気になさら
なくていいのよ?ただ私は聞いて見たかっただけなの・・・、そこまで貴方がお母さんを思う気持ち、凄く立派だと思うわ?
でもね?それを言うのでしたらカナさんも同じじゃ無くて?昔の事にカナさんまで巻き込むのはどうかしら?
貴方と同じだとはお思いになりませんの?貴方は良くてカナさんが駄目なのはどうしてかしら・・、
幸平さん?貴方はもう身体も心も十分大人になったわ、でも少しお母さんから離れてご自分の考えで本当に正しいと
思う事をご自分の判断でおっしゃって貰えるかしら?貴方はもうお母さんの伝え役では無いのですもの、
貴方がご自分のお気持ちでおっしゃってくれるのでしたらその時はきっとお互いの理解も得られると私は思います
けれど、どうかしら?」って言った、

でも彼は幸恵さんの言葉に、黙り込んでしまった・・、うちが言う事なんて何も無いように思う、でも彼に伝わってくれる
のかな、そう思うだけで息が詰まりそう・・。

すると、彼が・・・、
「そうですね、貴方の言う通りかもしれません、でも今の俺にはまだ何が正しいとか、そんなの分かりません、だから
少し考えさせてください、それからまた改めて伺いますよ、それで勘弁してもらえませんか・・、お願いします」
そう言って頭を下げた、

幸恵さんは、
「ええ、もちろんよ?ごめんなさいね?貴方を責めたようで悪かったわ?でも私は貴方には分かって貰いたかった
だけなのよ、許してくださるかしら?でもほんと貴方、いい男前になったわ?ねえ彼女はいらっしゃるの?ああ、
こんな事聞くのは野暮かしら?こんなにいい男前ですもの、いても当然ですわね?お仕事大変なのでしょ?でも若い
んですもの平気かしら頑張って?私、陰ながらお応援するわ?いいお返事、待ってますわね幸平さん?」
って言いながらニコニコしてた。

なんだろこの乗りは、いつもの幸恵さんにまた戻ってしまったような、そんな気がしてきたら、ついため息ついてた・・、
すると、彼が、うちを見ながらクスクス笑いだした・・(えっなに~どうして笑ってるの~?)そう思いながら、

「あっえっなに、あたし何かしたの?あの、幸平さん?そんなに笑わなくてもよくないですか?あのあたし、そんなに
笑われる事したの?これでもあたし傷つくんですけど?」

って言うと、彼は
「ああ、すみません、いや、カナさんと幸恵さん、何だか似てるなって思ったらつい、あっすみませんでもほんと似てるよな、
何処か調子狂わせる処も、正直俺、気がぬけちゃいましたからね・・」そう言ってまたクスクス笑ってた、

そしたらヒデさんまでが、ニコニコし出して、なんだか面白くなくて、
「ねえヒデさん?どうしてヒデさんまで笑ってるの?それ笑う事じゃないでしょう?ねえお姉さん?」

って言ったら何故?幸恵さんまで笑いだして
「どうしてお姉さんまで笑ってるんですか?酷いよ、みんな意地悪なんじゃないですか?・・・、もういいです!」

って拗ねたら、ヒデさんが「ああ、悪いそう怒るなって、な亜紀?」

って言うと、彼は、
「すみません、でも俺は、正直な気持ち言ったつもりですけど・・・」

って言うと幸恵さんは、
「カナちゃんそう怒らないで?カナちゃんに似てるだなんて嬉しいじゃない?」って、笑顔を見せた、

「お姉さん、そんな真面目な顔をして言わないでください?なんだかあたしの方が調子狂っちゃうじゃないですか」
って言ったら、結局、笑われてしまった・・。

すると彼が突然、
「すみません?そろそろ俺はこれで・・、カナさん?身体お大事に、また来ます、どうもお邪魔しました」
そう言って帰って行った。

その後、幸恵さんが、
「私もそろそろ失礼するわね?長いしてしまいまってごめんなさいね?カナちゃん?お大事にね?またお邪魔させて
貰うわ?ヒデさん、出しゃばってしまいましたけれど、でも彼、分かってくれるのじゃないかしら?私はそう
信じてますの?理解してもらえたら嬉しいですわね?あらごめんなさい、それじゃ私はこれで・・」
そう言って会釈をすると帰ってしまった。


それから三日が過ぎた夕暮に、お父さんが顔を見せた、
しばらくぶりに顔を見せてくれたお父さん、でもあの時とは何処か違って顔がほころんでいるように思えた・・、

そんなお父さんは、
「カナ?どうだい調子は?ああ、大分顔色も好さそうだ、この分なら回復も早いかもしれね?ああ、今日ねえ?
林が・・、あ、私の同期なんだがね?何年ぶりかに私の処へ訪ねて来たんだ?
ああ、何でも、幸恵さんが連れて来たそうだなんだがね・・、驚いたよ、まあ彼とは静が居た頃からの知り合いでねえ、
あ、それで聞いたんだがカナ?病院、移るのか?林には私は散々説教されてしまったが、カナ、どうなんだい?」
って聞いた・・、

そんなお父さんは、林さんとの再会に、何処か心奪われているように思えた、
「お父さん?幸平さんからあたしに病院を移ってほしいって言われたの、早苗さんはあたしが居るとお母さんを思い
出してしまうから病院を移ってほしいって、そう言われた・・、ねえ、お父さん?早苗さんとお母さん、昔何かあったの?
教えて?お母さんは、何か早苗さんに酷い事したの?ねえお父さん・・」
って聞くと、お父さんは、黙ってしまった・・。

その時ヒデさんが、
「俺からもお願いします、教えてもえませんか?お願いしますお父さん・・」ってヒデさんは頭を下げた・・、

すると、お父さん、
「・・まだ静が、看護婦をしていた頃だ、その時はまだ静と私は結婚はしてなかったが、その頃の早苗と静は凄く仲が
好くていつも二人一緒だったよ、でも静が私と一緒になった頃から、早苗と静の関係がぎくしゃくしだして、その内
二人が一緒に居る処を見なくなってたよ、そんな中で静はカナを身ごもった、だがそんな時、静の浮気の話しが
病院の看護婦の間で噂になった、それでも静は仕事は続けてた・・、その先はあの時、話した通りだ、静は早苗の事で
私には何一つ話してはくれなかったよ、まあその時の私もあえて聞く事はしなかった・・、だから私はそれ以上の事は
何も知らないんだよ、なにもね・・、これで納得してもらえるかな?すまない、まさかそんな事を言っていたとは・・」
そう言ってお父さんは、「どうして早苗は・・」って首をかしげた、

その時ヒデさんが・・、
「ありがとうございます、それでお父さん?俺も話しておきたい事があるんですけど、聞いて貰えますか?・・」

って言うとお父さんは少し驚いた表情で、
「ああ構わんよ話してくれ?それでなんだい、話しと言うのは・・」って言うとヒデさんに向き直った・・、

ヒデさんは、
「実は、幸恵さんが来てくれた時に話してくれた事なんです・・」言って話しはじめた・・、

そしてヒデさんが話し終えるとお父さんは、「まさかそんな事・・、早苗が如何して・・」
そう言言いかけて考え込んでしまった、
するとお父さん、
「カナ?私はお前を見捨てたつもりはない、早苗がどう言ったとしてもだ・・、
今日、林が私を訪ねてきてくれてねえ?何年ぶりかの再会で驚きだったんだが、彼に色々聞かれてお前の事も
話しをしたんだよ、林は静の事もよく知っていてねえ・・、だからお前を見た時は驚いたそうだ、静によく似て
いると言って・・、だから私が話す前に、林は言い当ててたよ、静の娘かとね、その時に林にお前の事で、私は怒られて
しまったんだ、なんでほっとくんだと・・・・、すまない、今日はそれを話したくて来たつもりだった・・・、なんとも
情けないねえ私は・・、すまない、ヒデさん・・」
って言うと言葉を詰まらせてた・・。

するとヒデさんは、
「なにもお父さんの所為じゃありません、俺の方こそ世話のかけっぱなしで申し訳ないです・・」

って言うとお父さんは、
「いや、君はよくやってくれているよ、いつも面倒をかけるね?ほんとにすまない、だが話して貰えて好かったよ・・、
すまなかったね、カナ?昔の事にお前を巻き込んでしまったようで、だが心配はしなくていい、
早苗には私からちゃんと話す、だからカナ?気にせずにいつでも顔を出しておくれ、ね?長いしたようだ、すまない
これで私は帰らせて貰うよ、またねカナ、それじゃ・・・」
そう言うと振り向きもしないままお父さんは帰ってしまった・・。


それ以来、誰も顔を見せなくなって、いつの間にかひと月が過ぎた・・、
此処最近は、移動も苦にならなくなって調子も少しずつ落ち着いてきたように思う、そんな自分に嬉しさを隠し
きれなくて、居間へと降りて行く事が増えた、ヒデさんは「あまり無理はするなよ・・」って言ってくれるけど、
でもうちにとっては、僅かな喜び、本当はお店に早く出て一緒に居たいって焦ったりもするけど、でも今は
努めて考えないようにしてる・・・。

そんな今日もうちは居間でくつろいで、テーブルに頬杖ついてた、でもそんな時、唐突に店から聞こえてきた声に
思わず店へとかけだしたら、そこに早苗さんが立ってた・・・、

「えっどうして此処に・・・、あ、あの、お身体の方は大丈夫なんですか?」
って聞くと早苗さんは、身動きもせずに睨むかのようにうちの顔をじっと見てた・・、

その時ヒデさんが「此処ではなんですから、中へ入りましょう?・・どうぞ?」って居間の方へと招き入れた、

早苗さんは、ヒデさんの言葉に視線を変えて「どうも・・」そう言うと居間へと腰を下ろした、

するとうちの顔を見るなり早苗さんは、
「カナさん、貴方幸平といい仲になってるようね?それでいて浩市さんまであたしから取るつもりなの?
貴方がいるだけで浩市さんは・・・、ヒデさんでしたね?カナさんはねえ、あたしからみんな奪おうとしてるのよ?
貴方知ってるの?この子の母親がそうだったわ、血は争えないわね、静ちゃんもあたしが好きなの分かってて
平気な顔して結婚なんかして、幸せそうな顔して、どうしてあたしがこんな・・・」
そう言って泣きだした・・、

その時うちは少しだけ、お母さんの過去に触れたような気がした、そして見えてきたように思う、早苗さんの想いの
先が、彼が何度も繰り返すように言ってた、早苗さんが思い続けてたお父さんへの想い、お母さんに取られた事が、
うちへの憎しみに変わってた事、今うちは、改めて感じ取れた・・、そんな早苗さんに、うちは言葉が見つからない・・、

そんな時、アンちゃんが顔を覗かせて「あの?幸平君が来てますけど・・」ってそう言った時、

アンちゃんの背中越しから顔を覗かせた、彼は、
「・・母さん?どうして此処に居るんだよ?病院、脱け出して来たのか?お父さんは知ってるの?母さん?」
って少し声を荒げてた、

すると早苗さんは、顔を上げて彼を見ると、
「・・幸平、お前、どうして此処に?ああ、今帰る処よ、ごめんね、母さんと帰ってくれるわよね?もうお前は此処に
来ちゃ駄目よ?さあ帰ろう、ねえ幸平・・」そう言うと、立ち上がって帰ろうとしてた・・、でも

「あの?待ってください?まだ少しお話させて貰えませんか?お願いします・・」
うちはまだ、何も自分の気持ちも話せてない、そう気づいたからこのまま帰してしまったらもう後がない気がした、

すると早苗さんの態度が変わった・・、
「すみませんね、急にお邪魔して、別に聞かなくても、もう浩市さんから貴方の事は聞いてるわ、幸平帰ろう?」
そう言って彼の手を引いた、

でもうちは・・・、
「待ってください、あのお父さんとどんなお話しされたんですか?あたしは何も聞いてませんよ?それにまだ
あたしは自分のお母さんの過去も何も知らないんです、だから、あたしは知りたい、ずっとそう思ってました・・、
お兄ちゃんだってそれは・・、お願いします、それにそこまでお母さんを嫌う理由を教えてほしいんです、
どうかお願いします・・」ってうちは頭を下げた・・、

でも早苗さんは、そっぽ向いたまま振り向きもしなかった、駄目なの、そう諦めかけた時、彼が、
「母さん?話してやれよ?その方がお互いの理解も得られるだろ?なあそうしたら、母さん?」
って言ってくれた・・、

すると早苗さんは、少し驚いた表情で彼を見て・・、
「・・幸平・・お前?ああ、分かったわ、お前がそう言うなら・・」そう言ってやっと居間へと腰を下ろしてくれた、

そして彼も、早苗さんの横に腰を下ろして早苗さんの背中を支えてた、さりげない彼のお母さんへの想いが、言葉に
しなくても、こんなにも暖かくて、これ程にお母さんを思いやる気持ちが伝わってくるのをうちは羨ましくなるほど
微笑ましく思えた・・、

その時、しばらくうつむいたまま黙りこんでた早苗さんの目から涙が零れおちて・・・、
「あたしと静はねえ、浩市さんの病院に、看護婦で勤めてたのよ、数少ない看護婦の中で彼女とは気が合ってたわ、
お互いの相談事も言えるほどの仲だった、周りが羨むくらいに、だから、お互いの好きな相手の事も打ち明け合ってた、
静は物静かで、それでいて頑固だった、それでもあまり表に出すような人でもかったけど、思い遣りは誰よりあったわ、
いつだって一緒だった・・、でも、変わったのよ彼女は、あたしが想いを打ち明けたあの時から・・・、
静はあたしに自分の思いなんて何一つ話してくれなくなった、それどころか静は何食わぬ顔して結婚したのよ・・・、」

そこで早苗さんの話しは途絶えてしまった、
でもその先をまた話してくれる、そう思ったから、うちはじっと待ってた・・、どれだけの時間をこうして居るのかな・・、

そう思ってた時、アンちゃんがまた顔を見せて、「ああ、悪い、今お父さんが来られたよ・・」って言うと、
そのすぐ後にお父さんが顔を見せて「早苗・・、幸平君?君が連れてきたのか?」って聞いた、

すると彼は、
「いや、俺がきた時には、もう来てたよ、だから俺も驚いたんだけどさ・・」って言葉を詰まらせてた、

するとお父さんは、「早苗?帰ろう、幸平君?そうしよう・・」って言い出した、

「あっお父さん?ちょっと待って貰えませんか?まだ話しの途中なんです、だから、お願い待って、あの早苗さん?
お願いしますその先を聞かせてください・・」って言うと、お父さんは、黙って頷くと居間へと腰を下ろした、

でも早苗さんは応えてくれずに黙り込んだままで、うちは息がつまりそうになった、
そんな時ヒデさんが、
「あの?経ち入った事聞きますけど、病院の看護婦の間で静さんの浮気の噂を流したのは誰かご存知ですか?」
って聞くと、早苗さんが驚いた顔でお父さんの顔を見て、またうつむいてしまうと涙を零した、

するとお父さんが、
「ああ、それは、もうその事はもういいだろ、過ぎた事だ、すまない・・」そう言って黙ってしまった、

でもうちは・・・、
「早苗さん?それで静さんは早苗さんにどんな酷い事したんですか?それだけでも教えて貰えませんか?あたしは
お父さんが好きです、それから幸平さんも素敵な方だと思ってます、でも早苗さんが抱くような感情は、今まで抱いた
事は在りません、でももしお母さんの事であたしの事、受け入れて貰えないと言うなら、その所為だとしたら教えて
ください、あたしに出来る事は償います、それでもやっぱりあたしは静の娘だから、駄目ですか?あたし・・」
胸の奥に何かが突き刺さったようで、抜けきらない胸の痛みにうちは泣いてた、

その時早苗さんが、
「そうなのかもしれないわ、貴方、良く似てるのよ静に、初めて会った時は、良く似た人もいるものだって思ってたわ、
でも貴方の事、知るたびに静をお思い出させるのよ、静は今の貴方のように何時だって人のことばっかりだった、そんな
彼女だから、何でも話せると思っていたのよ、でも静は、あたしに何も言わず結婚したの、そして当てつけるかのように
お腹大きくしても仕事も、辞めようともしなかったわ、だから聞いたのよ静に、当てつけのつもりなのって・・・、
でもその時、静は謝るだけで何も言わなかったわ?あたしは謝られるより本心が知りたかったのに・・、その内静は
お産が近くなって仕事を辞めたわ、静が言いふらしたのよあたしの事、だから・・」

って言いかけた時、急にお父さんが、
「それは違うんだ、違うんだよ早苗?静じゃないんだ、噂になる前に静はもう家を出て行っていなかったんだ、だから
静の知らない事なんだよ、君も覚えていると思うが、私は今日、林に会ってきたんだ・・、その時に彼が話してくれたよ、
あの噂の事も・・、あれは、静と君の話しをたまたま聞いてた看護婦が他の看護婦に話した事から広がってしまった事だ
そうだ、後は言わなくとも分かって貰えるだろ?私が話した事がこんな事に・・・、これも私のふがいなさから起きて
しまった事だ・・、すまなかった・・、なあ早苗?これは私の言えた事ではないのかもしれんのだが、
もう過去に縛られるのは辞めにしないか?私達はもう歳を取りすぎたよ、もういいだろう、私はそう思うんだがねえ?
静はもうこの世にはいないんだ・・・、
カナはねえ?親の愛情も知らずに来たんだ、それでもこうして自分の足で歩いてる・・・、それなのに・・・、
私達の過去に巻き込むと言うのは、親と名乗るには、どんな理由があろうと親としては情けないと思わないかね?
私はもう老い先短い命をせめて、見守って遣りたいと思って居るんだよ・・・・、
どうだろ早苗?私と一緒に子供たちを見守って行く気はないだろか?君の事は私の命の限り傍に居たいと思っているよ、
それでゆっくり老後を二人で過ごしてほしいんだがねえ・・・」

その言葉に早苗さんは涙を零した、すると彼が、
「母さん?もういいんじゃないか、お父さんなら大丈夫だ、俺はそう思うよ?もうカナさんの事はいいだろ?ね母さん?」
って言うとお母さんの手を握り締めた。

すると早苗さんは、
「・・ありがと・・、カナさんごめんなさいね?言いすぎたわ、ヒデさんお騒がせしてすみませんでしたね、また迷惑かけて
ほんとにごめんなさい、これで帰ります・・」
って言うと顔もあげずにそっぽ向いたまま、店の入り口へと歩き出した、

何処かまだ、納得して居ないようにも見えた早苗さんの態度に、まだ終わってないのかもしれない、そう思えた・・、でも、
それはうちの気の所為なのかもしれない、そう思い直してお父さんを見ると、

お父さんは、
「それじゃ一緒に帰ろう、ねえ早苗?・・カナ、ヒデさん、すまないね?これで失礼させて貰うよ?邪魔したね・・・」
って言って早苗さんの肩を抱いてた、
そんなお父さんの言葉に早苗さんは笑みを浮かべて頷き返して見せると、ふたり寄り添いながら帰って行った・・。

でもそんな二人の帰って行った後も彼は、なぜかまだそこに居た・・、すると彼が、
「すみませんでした、母さんを許してください、このとうりです」そう言って頭を下げて謝った、

その姿にうちが声をかけるより先にヒデさんが、
「もういいんだよ、それに君が謝る事はないんだ、だから頭を上げてくれよ?もう終りにしよう、な?これからは
そう言うのは抜きの付き合いをしないか?君も疲れるだろ?さて・・、ああそういや、幸平君、お腹空かないか?
どう一緒に飯でも・・」

って言うと彼は、
「あっいいんですか?はい!ありがとうございます・・」って笑顔を見せた、

するとその時アンちゃんが店から顔を見せて、
「あの~ヒデさん?なんか俺の事忘れてないですか~?俺ずっと店番なんですけど?ちょっと酷くないですか?
亜紀ちゃん?なんか言ってやってよ?ああ~俺もお腹空いたよな~?」って声を張り上げた、

するとヒデさんは慌てだして、
「あっ忘れてた、悪い靖?悪気はないんだよ、ちゃんとお前の分も作ってやるからさ、な?許して?な、アンちゃん?」
だって・・・。

なんだか、久しぶりに聞いたような二人の会話に、ついうちは堪えきれず笑いだしてしまったら、アンちゃんが、
「亜紀ちゃん?なにが可笑しいんだよ?ヒデさん~?お腹空いた~!」ってヒデさんを急かしてた、

ヒデさんは、
「ああ、分かった!今行くよ?悪い、ちょっと待っててくれな?すぐ出来るからさ・・」
そう言って彼に手を振って店に入って行った、

すると彼はクスクス笑いだして、うちの顔を見ると、
「此処はほんと楽しいですね?あ、それよりカナさん、もう大丈夫なんですか?とは言ってもしばらくぶりだけどね?」
って言って苦笑いしてた、

「そうだね、ほんと久しぶり?お陰さまであたしの方は大分動けるようにもなれたのありがと?あたしなんかの為に
何かと心配してくれて・・ほんとすみませんでした、でももうあたしは大丈夫です、今までありがと・・」

って言うと彼は、
「どうしたんですか?何だかカナさん、いつものカナさんらしくないですよ?まだ母さんのこと気にしてるのかな・・・、
ほんとの事言うと俺、母さんのこと嫌いだったんですよ?
親父の事で喧嘩になった時に初めて母さんの泣き顔見て、それからなんだ、親父探そうって思い始めたのはさ、その時は
嫌いって言うより何とかしてやりたいのが先で、忘れてたな?母さん嫌いだった自分を・・・、
けど探し当てた時は、もう母さんの泣き顔は見なくてすむって思っちゃったんだ・・、でも違ってましたけどね・・、
それでも俺が本当に母さんの事好きになれたのって、カナさん?貴方のお陰なんですよ?
ほんと貴方って変わってるよね?俺初めてなんですよ貴方みたいな人、あっでも誤解しないでくださいよ?俺は褒めた
つもりで言ってるんですからね?それにしても、こんなに俺の調子狂わせた人はいなかったな~、でも最高ですよ、
色々ありがとうございました・・」そう言って頭を下げた・・、

そう言われてもうちはなんだか嬉しくなかった・・、
「あの?何度も言うようだけど、あたしは普通なんですよ?どうしてみんなそんな事言うのかな・・、そんな事でお礼い
言われてもちっとも嬉しくないですよ、だから言わないでください!何時だって笑われて、もういいですよ・・」
って言いながら情けなさで胸が詰まった、

すると彼は、
「カナさん?気にさわったなら謝りますよ、すみません?でも俺はそういうカナさん褒めてるつもりなんですよ?まあ俺の
言い方が悪かったのなら言い方変えます、カナさんは素敵な人ですよ!・・可笑しいですか?んん、なんて言えばいいかな・・・」
って真面目に考えだしてた、
そんな彼が、何処か可笑しくて胸のつかえも吹き飛んだら、いつの間にか彼の表情に笑いだしてた・・、

すると彼が、
「そう、それだよカナさん?カナさんは笑った方がいいですよ、根が素直なんですよねカナさんて、でもそれがいいとこ
なんですから、変わってるって言ったのは、つまりそう言う事ですよ、みんなが笑うのはそんなカナさんから、その優しさを
貰えるからじゃないんですか?上手く言えませんけど、俺はそう思いますよ?
別にカナさんが変だからじゃなくて、なんて言うか暖かいんですよ貴方って、いてくれるだけで、なんかほっとさせて
くれるような・・、多分旦那さんも感じてると思いますけどね?変わってるって思えるのは、人とは違うカナさんだから、
だと思いますよ?って俺がそう思ってるだけかも知れませんけど・・」
って苦笑いしながら頭をかいてた・・、

初めて言われた気がした、此処まで真っ直ぐに自分の事、言われたこと無かったように思う、嬉しいんだけど、自分の事
そんな風に気にしたこと無かっただけに、笑顔が作れなかった・・、

その時アンちゃんが顔を出してきて、
「さすがだね?よく見てるよ、俺でもそこまでは言えなかったかな、亜紀ちゃん?自信持ちなよ、彼の言う通りだよ・・」
そう言いながら食事をテーブルに並べはじめた、

その後ヒデさんとアンちゃんが居間へと腰を下ろしたら、ヒデさんは
「大したもん出来ないいけどさ、食べてくれよ、な?どうぞ?・・」って声をかけた、

その声を待ってたかのようにもうアンちゃんは食べ始めて、そんなアンちゃんを少し呆れ顔で見てたヒデさんは、
苦笑いしながら食べ始めた、彼はアンちゃんの食べっぷりに、ちょっと感心したのか、つられるように、にこにこしながら
食べ始めて何処か競ってるようにも見えた、

それからやっとみんなが食べ終えた後、不意に彼が、
「こんな旨い食事は今まで無かったよ、ほんと美味しかったです、ありがとうございました、」

って言うと、ヒデさん、
「それはよかった、けど、もうその型っ苦しい言い方するのは辞めよう、な?疲れるだろ?普段の話し方で行こうよ、
そうしてくれないとさ?俺が困るんだよな~、俺はあまり敬語は得意じゃないからさ・・」って苦笑いしてた、

その言葉に彼は笑みを返して頷くだけだったけど、いつの間にか、ずっと前から居たようなそんな会話で盛り上がってた。

時の足跡 ~second story~32章~33章

時の足跡 ~second story~32章~33章

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. Ⅱ 三十二章~過去への償い~
  2. Ⅱ 三十三章~時の悪戯~