夢の跡

まどろ

夢の跡

ゆっくり溶けていく

12月28日。その日は凍えるほど寒い夜だった。
数年ぶりに開くことになった小学校の同窓会。高卒就職組は仕事も落ち着いて、進学組も今年卒業していよいよ社会人と言うことで、ほぼクラスの全員が参加することになっている。

駅から歩いて20分。目的の居酒屋に到着した。
『烏合の衆』という地元で唯一20人以上の宴会予約ができる店で、それぐらいここは田舎なんだ。そんな街で、いや、そんな町で俺たちは育った。

「いらっしゃいませー!」
店に入ると元気な店員さんが数人体制で迎えてくれた。きっと学生のバイトさんだ。大きくなった今なら何となくわかる。どんなに顔が老けていても、どんなに体が大きくても、子供は子供だ。その年代にしか出せないあどけない雰囲気を纏っている。
「22人で予約している篠原(しのはら)です」
「お待ちしてました!お席にご案内いたします!」
ポニーテールの元気な女の子だ。ほとばしる笑顔が眩しい。店内の淡いオレンジ色の灯りがそれをさらに引き立てているように思えた。
「こちらになります!」
襖が開くと、すでに待機していた4人が一斉にこちらを見て笑った。
「おおー!篠原!久しぶり!」
「篠原くんだ!痩せたね!」
「おつかれー」
いろんな言葉が飛んできたが、これぐらいしか聞き取れなかった。
「それではごゆっくり」
そう言って、女の子は襖を閉めた。
しばらく入り口から動けず、みんなを見てると自然と泣きそうになった。バカだなと思った。もう歳なのか?とも思った。
「みんな早いね」
「当たり前じゃん!久しぶりなのに、しのっちぐらいの時間に来たら、ちょっと入る時にお?お?ってなるじゃん?それが嫌でさ。俺一番だった」
相変わらず元気な修平(しゅうへい)が笑いながら言った。酒でも飲んでいるかのように顔が赤い。そして煙草くさい。
「それにしても早いだろ。まだ20分前だぞ」
「まぁね。でもここにいるメンツはみんなそれぐらいには来たよ?宮下なんて俺が入って30秒ぐらいで入って来たし」
「それね。びっくりしたよー。私より早く来る馬鹿がいたとは…」
宮下さんの言葉に「間違いねぇ」と修平が笑った。

それから俺は、人数が揃うに連れて行われる会話を聞き入っていた。最近仕事はどう?どこに就職した?どんな女を抱いた?彼氏の性癖がやばい。もう別れそう。借金が200万あるんだよ。その会話にちょこちょこ入りながら、懐かしさを噛み締めてはなんとも言えない感情に浸っていた。
「篠原くんはどうなったんだっけ?高卒就職組だっけ?」
隣の田島さんが俺に話をふってきた。
「そうだよ。今も同じとこでやってる」
「すごいじゃん。もう5年目?」
「それぐらい。もうやめたいけどね」
「えー、なんで?」
「おんなじ作業ばっかで飽きてきたから」
「なるほど…やっぱ今の時代同じ職場で死ぬまで働くとか無理だよね」
「無理だよ。まじで。あ、田島さんは今年の4月から社会人?」
「うん。おかげさまでやっと就職できた…!」
「おー。どこになったん?」
「よくわかんない事務の仕事。医療専門出てるのに、事務やるの」
そう言って田島さんは笑った。
「いいんじゃない?医療出たから医療に進まないとみたいな縛りなんてないよ」
「だよね!だよね!私もそう思う!さすが篠崎くん。分かってるね」
そう言って俺の肩を叩いた。

会話が進んで約30分。集合時間から5分ほどが過ぎてみんなが集まった。なかなかに早い。いろんな都合があるだろうから、30分か1時間くらいは遅れて来るやつがいるかなと思ってたのに、みんなしっかり来てくれた。
「はいはい!じゃあみんな集まったんで、一旦挨拶しまーす!」
クラス1のムードメーカーだった花山が立ち上がって笑っている。
「えぇー、皆さん。本日は寒い中よくぞ集まっていただきました。司会進行は、務める予定の全くない花山翔(はなやまかける)が行ってみたいと思います。拍手!」
パチパチと流れるようにみんな手を打った。やはりこの喋りは花山にしか出せない。俺がやったところでしーんと静まり返るだけだろう。
「ちなみに今日は行橋(ゆくはし)以外みんな来てくれたみたいで、本当に嬉しい。行橋は株で一儲けして2年前からニューヨークで暮らしてるって言っておりました。今度みんなの分の旅費を貰って、ニューヨークで二次会でもしましょう」
みんなが同じタイミングで笑った。
「さて、今年も残すところあと僅かですが、皆さんにとって今年はどんな1年になったんでしょう………じゃあ、松本くん、教えてください」
「えーと、彼女ができて、仕事も落ち着いて、お金も溜まって、めちゃくちゃ幸せです!」
「あぁ、いいね、それ最高だ。他にいますか?こんな1年だったよって人」
「はい!」
手を挙げたのは中山くん。
「はいじゃあ、(しゅう)
「貯金が500万超えました!」
おぉーっとみんなから歓声が上がった。
「すげぇ…じゃあ今日は中山の奢りということで決まったわけですが…」
おいおいと中山が笑いながらつっこむ。
「まぁ、とりあえず今日は楽しんで、懐かしんで、言えなかったこと、言いたかったことをぶちまけあおう!じゃあグラスを持って!もった?」
テーブルに置かれた生ビールのジョッキを手に取る。
「はい、じゃあ……かんぱあああい!」
乾杯!と、みんながジョッキを上にあげた。

飲み始めて数十分。壁際でみんなを傍観するように飲んでいた。やっぱり懐かしいメンツで集まっても、結局はあの頃と同じように仲良かった組でまとまって飲み始めてしまう。だけどまぁ、この流れはしばらくしたら終わるだろうと思った。今はきっと懐かしさの奥にある味を噛みしめるための時間。時間が経つにつれていろんな奴がいろんな奴と話し出すんだろうなとか考えてた。
「またなんか難しいこと考えてるでしょ」
3杯目のビールを飲んでいると懐かしい声がした。俺の好きだった声だ。
「久しぶりだね」
「そうだな」
目の前にはあの頃からは想像もつかない変貌を遂げた松宮(まつみや)がいた。
「ふふ。しのくんはあんまり変わってないね」
「お前が変わりすぎなんだよ」
ジョッキを差し出して、2人で小さく乾杯して一気に飲み干した。

「中3の冬以来だな。お前とこうして飲むのは」
「そうだね。あの時は本当にバカだったね」
「今もバカだろ」
あはは、かもねと松宮が笑う。
「でもさ、やっぱり私たちが描いていた未来通りになったね」
「そうだな。悔しいけどな」
そう言って6杯目のアルコールを摂取した。

中学3年の夏。俺と松宮は付き合ってはいなかったが、周りからは付き合ってるんじゃないかと噂されていた。理由はシンプルで、よく一緒にいたから。席も割と近かったし、昼休みも放課後もよく一緒にいた。
ただ本当に付き合っていたとか、そういうのではなく、空いた時間に音楽室でお互いの好きな楽器を弾き合う。ただそれだけの関係だった。
今思えば、なかなか素敵な関係だったんだけど、当時は全くそんなことは考えてなくて、噂されてるっていうのがどこか心地よくて、付き合ってるの?と聞かれても、お互いにあやふやなままにしたりした。

「音楽室で話してた通り、お前は夜の街に羽ばたいて、俺は相変わらずふらふらしてて。こんな適当な未来がしっかり当たってるってことは、あの頃から中身は変わらないのかもしれないな」
そう言って、何杯目かわからない謎の酒を理由もなく口に運ぶ。もはや作業に近い。
「確かにね。なんかここまでぴったりだと、運命って本当にあるのかもって思っちゃうよね」
松宮の顔もかなり赤いが、それが化粧でなのか酔ったからかは分からない。近くに来た時ぐらいから香ってくる甘い匂いがより一層強まった気がする。
「おおおおお!やっぱりお前らあの頃から付き合ってたのか!!」
どこから持って来たのかは分からないが、頭にネクタイを3本巻いた大木がふらふらと近づいて来た。
「ひのちゃん、ひさしぶりぃ」
「久しぶりー。かなり酔ってるね?大丈夫?」
倒れるように座り込んだ大木の背中を松宮が撫でる。
「いやぁさすがにやべぇよ。あのまま花山たちと飲んでたら、アル中で死んじゃう」
大木の来た方に目を向けると、机を動かして7、8人ほどで盛り上がりながら飲み散らしている花山たちがいた。大学生のようなテンションで飲んでいるところを見ると、呆れるを通り越してむしろ尊敬する。そういえばまだ社会人にはなってないんだよな。花山は進学組だった。
「社会人4年目の俺にはついていけねぇノリだわ。ただやっぱ女の子の扱いとか、飲ませ方に関してはプロだわ。花山はやっぱすげぇ」
感心するように大木が言った。
「たけるくんって就職組だったんだ」
松宮が言った。
「そうだよ。1年目で1回やめて、今のとこで3年て感じだね。てか今更だけどひのちゃんかわりすぎじゃね?めっちゃ可愛いんだけど」
「こう言う髪型とお化粧したら、女の子は大抵こうなるよ。あとは大木くんが酔ってるせいもあるかな…?」
「いやいや、にしても、大抵の男なら落ちちまうと思うぜ。彼女がいる俺も落ちたからな…」
そう言って2人は笑った。

「そんで?どうなんだよ実際。付き合ってたのかなかったのか教えろよー。8年前だぞ?困ることはねぇだろ」
「だって、しのくん」
2人が俺の方を見る。さぁ、どうしたもんか。
「…昔から言ってんだろ?秘密だって」
俺の角度からしか見えない位置でうんうんと頷く松宮。
「おいおい…いいじゃねぇかよー。教えてくれよー」
「松宮、言ってやってくれ」
次は俺と大木で松宮を見る。
「だーめっ。次の次ぐらいの同窓会でね」
クスッと俺は笑った。

「はい!じゃあ皆さん注目!」
飲み始めてから3時間半、半裸の花山が号令をかけた。
「できあがってる人も、シラフの人も、お疲れさん!壁際で加藤が倒れてるけど、しっかりいびきかいてるから大丈夫です。安心してください」
笑い声が響く。加藤の近くにいた宇都宮(うつのみや)が加藤のけつを叩いた。
「じゃあ一旦この会場は閉めます!もちろん二次会もあるんで、あとで案内して回るから、ぜひ参加してくれ!」
その声が終わるとともに、部屋から熱が引いたような気がした。

「さて、しの!まずは久しぶり」
手を差し出す花山。
「久しぶり。相変わらず元気そうだな」
手を握った瞬間に体を引き寄せられ、抱きしめられた。懐かしい。外国かぶれの俺たちがガキの頃からやってたことだ。
「変わるわけねぇだろ?俺は花山翔だぜ?一生遊んで暮らすさ」
「間違いねぇな」
そう言ってお互いに笑った。

当時も今も知っている人は少ないんだけど、俺と花山は小さい頃から仲のいい幼馴染なんだ。親が同級生だったって言うのが理由で、田舎ならではだ。
花山は幼い頃から俺の憧れだった。何をするにしても自分から。挑戦を恐れずにひたすら前に進むやつ。運動神経もいい。なんなら顔もかっこいい。こういうやつが成功するんだろうなっていういい例だった。

「それよりよ」
少し真面目な顔になった花山が言った。
「幼馴染のよしみで聞くんだけどさ、実際あの時付き合ってたのか?妃乃梨(ひのり)と」
少し離れた先にいる松宮に顎をしゃくりながら花山が言った。
「……どうなんだろうな」
実際のところ俺にも分からない。ただ、少なくとも俺は───。
「お前にも分からずか…。おっけい。なんとなく把握した。ただ俺は、ずっと付き合ってると思ってたぜ。お前ら、お似合いだった」
そう言って笑った花山は、俺のグラスに残っていた綺麗な色のアルコールを飲み干した。
「あ、そうだ。2次会どうする??俺的には来て欲しいところだけど…」
「いや、すまん。予定があるんだ。ここまでにしとくよ」
「そうか…」
花山は本当に残念そうな顔をした。
「ありがとうな。すげぇ楽しかったよ」
俺が手を差し出すと、花山はしっかりと握り返した。次は俺の方からハグしてやった。
「また飲もうな。次は少数でゆっくりな」
「おう。また誘ってくれ」
そういうと、花山はさっきの元気な花山に戻った。

「ありがとうございました」
夜もしっかりと更けて、学生のバイトの子はいなくなっていた。代わりに20代後半の落ち着いた黒髪の女性が見送ってくれた。
「あんな感じの人がタイプだったっけ?」
扉から出てしばらく歩いた頃、松宮が聞いてきた。
「そう……だな。割と落ち着いた人が好きだ」
「そっかー。私とは正反対だね」
そう言って笑った。
「間違いねぇ」
俺も笑った。
「てか大人になった今でも、私たちの関係が気になるって面白いね」
「たしかに。でもどっちかっていうと、あの頃どうだったか今なら聞けるかもしれないっていう答え合わせがしたかったのかもな」
「なるほどー。てか普通に言えばよかったのに。何もなかったよって」
よく言うぜと俺は隠れて笑う。
「それでもよかったんだけどさ、大木や花山があの頃の話をしたように、俺もあの頃の感覚を思い出したんだよ」
「どういうこと?」
「お前と付き合ってると思われてんのかと思ったら嬉しくてさ」
ふふっと松宮は笑った。
「お前だって言わなかっただろ?」
「あはは、そうだね」
「なんで言わなかったんだ?」
そう言うと、松宮は小さく笑った。俺がさっき隠れて笑ったように。
「…同じ理由かな」
立ち止まって、俺をみながら言った。
「あの頃と一緒」
そう言って笑った。
「そうだろうと思ったよ」
俺も笑った。

それから数時間、生まれ育った街をぶらぶら歩いた。街灯が少なく、普段なら真っ暗で何も見えない道だが、今日は月明かりが照らしてくれている。田舎の特権とも言える綺麗な星空も、薄い雲を纏ったような月も、全てが等しく『おかえり』と囁いてくれてるかのように感じた。

「なぁ、スタジオ行こうぜ」
不意に思いついた唐突な提案だった。
「え?今から?」
「そう。今から。嫌?」
「いや…別にいいけど。楽器は??」
「Bスタジオに、俺の使ってたエレキと、お前の兄貴のベースがある」
「え??まだあるかな??」
「きっとある。おじさんと約束したんだ。俺と松宮がまたここに帰ってきた時、弾けないと困るから取っておいてって。信じようぜ」
「すごいね…。じゃあ、行こっか」
そう言って、松宮は手を差し出した。
思い出す。中学3年のあの日、握れなかったお前の手。夕暮れの校舎。遠くに霞む生徒の声。目を閉じればあの時の後悔が瞼の裏に浮かびそうだ。

「行こう」
あの日と重なった風景の先に──。

笑顔で待つ松宮の白い寒そうな手を、俺はしっかりと握った。

夢の跡

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「もっとゆっくり歩こう」

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
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