古塔

 カエル先生と私は1889年1月に或る菓子を求めて阿多美にやって来ました。阿多美に来たのは初めてだったので、列車を降りた時から私たちは好奇心のままに周辺を探索しました。この国の服装や言語を調べ習得したいとも思いました。図書館で借りて読んだ内容と写真は勿論の事一致する部分はありました。しかし実際に彼らの服装と言うのは黒いキツネの毛皮で織った帽子を被り灰色の分厚いコートを身に着けていました。また人々たちは市場や都心でごった返しています。やはり己の目で見る事は大切だと改めて知りました。  
 カエル先生と私は大通りに出た後に黄色いボンネットが所々錆びたタクシーをとめて乗り込みました。まずはホテルに直行したいと思ったのです。運転手に聞くと、どうやらこのステーションからホテルまでは大体24キロあって運賃が7シーナルと言っていました。(7シーナルは日本円で約85円)車を走らせて私が窓の外を眺めているとカエル先生が私に紙幣を見せてくれました。それはシーナル紙幣で裏を返すとそこには、ねじれた塔が描かれていました。桃色のインクで塗布されたこのねじれた塔は何故か興味を抱きました。カエル先生も同じ気持ちだったのでしょう。ホテルに荷物を置いてすぐにこのねじれた塔がある場所に行く事になりました。
 ホテルに荷物を預けた後、私は従業員にこのねじれた塔は何処にあるのか訪ねました。すると福慈の丘に建っていると教えてくれました。カエル先生と私は早速、再びタクシーを呼びつけて最初に降り立ったステーションへと向かいました。私は切符を買う事が初めてであったので難しく思っていましたがカエル先生が上手くこの地域の言語で駅員に訪ねて無事に買う事ができました。午前10時に列車が到着して8号車に乗り込みカエル先生と私は個室に入りました。列車は五分後に出発しました。小舟に乗っているかの様にユラユラと部屋の中は動きます。窓の向こうを見ると灰色の鉄骨の建物が並んでいます。とても高層で、富んでいる人が多いのかなと思いましたが都市を抜けると水田で働く人たちと気球を飛ばして遊んでいる小さな子供たちしかいません。きっと貧富の差が大きいんでしょう。次にカエル先生を見ると、こげ茶のハットを深く被って寝息を立てていました。その姿を見ると私も何だか眠たくなってきて何時の間にか瞼が重くなっていました。列車は途中途中で線路を引きずる様にして走り、冷たく悲しい音を立てて走りました。私はその音を聞くたびに浅い眠りから覚めてはまた眠るのです。
 福慈に付く前の事です。カエル先生と私が居る個室の扉を誰かがノックしました。間隔を丁寧においた心地の良いノックでした。私が返事をするとドアが開いて姿を見せます。車両の乗務員でした。紺色のハットを被り袖がダランと垂れた背の低い辛子色の瞳を持った虎猫の乗務員でした。虎猫の乗務員は私にコーヒーか紅茶は飲まないかと質問をしました。ついでにハードビスケットも食べませんかと聞いてきました。私はお礼を言い、紅茶をお願いしました。虎猫の乗務員はポットから湯気が立つ熱そうな紅茶を緑色のカップに注いで私に渡しました。受け取った私に虎猫の乗務員は説明します。この辺りで採れるラーレは球根を乾燥させて紅茶としています。でもこの球根には毒があって一般的には飲めません。でもこの地域では不思議な事に毒が抜けた球根が採れるので、昔から愛されている紅茶なんだと教えてくれました。私は口をカップの縁に付けて飲んでみた。甘くて酸化した味は綿菓子みたいに唾液でゆっくりと消えていく。そんな味だったのを覚えています。
 私は再び虎猫の乗務員にお礼を言った後に福慈の丘に或るねじれた塔に聞いてみました。私の質問に虎猫の乗務員は手帳を胸ポケットから出して読み始めました。それで、このねじれた塔の事をコロコロドだよと教えてくれました。コロコロドの意味は不変だと言っていました。そうして最後に虎猫の乗務員は横で寝ているカエル先生も一杯、何か飲むかと聞いてきましたが私は断りました。カエル先生はこの時まだコーヒーが苦手でして、それとチューリップが嫌いな事を私は知っていたのです。
 列車が目的地の駅に到着して私はカエル先生をゆすり起こしました。列車から降りるとその一帯は芝生が綺麗に刈られ、木々も一本一本美しく形を整えられていました。そこから先は散歩道を進みましたが意外にも人々の姿が見られました。私としては過疎が進んでいるであろうと思っていましたが観光客も多くバスや自動車も道路を結構な速度で飛ばしています。カエル先生は朱色のコートを身に着けた散歩者に質問をしていました。地元の人らしく簡潔に答えてくれました。福慈に建っているねじれた塔は阿多美の中でも歴史のある塔だと言っていました。確かに福慈を歩いて回ると遺産らしき古ぼけた石造りの建造物が数多く目にとまりました。
 カエル先生は何処からか地図を探してきて丘を目指して進みました。私もそのヒョロヒョロと上下に動く背中を追って進みます。丘を行くには竹林の中を進まなければなりませんでした。といっても竹林にはアスファルトで整地された舗装された道があり比較的簡単に歩けました。ただ、竹林の奥から光る竹が何本か見えました。カエル先生に聞いてみると難しい事は考えるのはよしなさい。と言った表情を見せるので頷いて脚を動かしました。
 私はどうしてこのねじれた塔に興味をカエル先生が持ったのかが突然気になりました。それで訪ねてみようかなと思いカエル先生を見ると私はその意味が分かったので訪ねる事を辞めました。

古塔

古塔

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted