電車のなかで

A:おまえ電車で通勤してるそうやけど。どうや。たいくつなことない
B:時間もてあましてるけど、おもろいことも時々あるで

A:たしかに。通勤では風景は変わらんけど、電車乗ってたらたまにおもろいことにでくわすな
B:たとえばどんなん?

A:中学のときクラスのみんなで先生の家へ遊びに行ったときのはなしや。家というても、その先生はお寺ですんではって、お坊さんなんやけどな
B:先生がお坊さん。そういえば昔はそんなん多かった

A:それで電車というか、ずいぶん昔のことやから汽車にみんなで乗ったんや
B:シュッポッポか。なつかしいな

A:それでしばらくしたら、オレ、小さいほうしたくなってな、トイレのある車両にいって、ドアを開けたんや。そしたらオバサマがモーしてはってん

B:用心わるいな。錠おろしてへんかったんやな。家の二階で寝てたら下に置いてたバッグから財布とられたゆうはなしテレビできいたことあるわ

A:ちゃうねん。大事なもんとられへんためとちごて、自分の見せられへんもんみられんための錠やで。それでえらい剣幕でおこらはって、手をドアのほうにのばしたはるけど、取っ手にはとどかへんねん
B:後ろ向きにバイバイしてるみたいなかんじやな。はよ、しめて~って。その取っ手、とって~、って!

A:向こうもびっくりやけど、こっちはもっとびっくりしたで
B:えらいとこみてしもたんや

A:デッキにいたクラスのみんなも大笑い。あわててオレ、ドアしめたけど、あの体験はいまだに忘れへんわ
B:それでおまえ、その人にあやまったんか

A:あやまってへん。だって、鍵かけへんのが悪いんやろ。見たくないもんみせられたし、こっちが迷惑や
B:シリみてシリません、っか?

A:それからオレはずっとトラウマや
B:モーでトラウマ!なんか動物園みたいやな

A:おまえはどうや、なんかいままでおもろいことあったか
B:オレか。う~ん、そうやな。あったで。ある日出張で新幹線にのった。そしたらその日は結構混んでて、オレは車両の一番前の左側の窓側の席に座った

A:E席か?前が壁のとこ
B:そや。東京行きやったから二人掛けの左側やな

A:それで
B:最初は隣の席空いてたけど、名古屋で女の人がのってきはった

A:おっ。きれいな人やったらええのにな
B:それがな、30代後半くらいで髪が長ごうてしゅっとしてはるんやけど、なんか雰囲気がスカンかんじやねん

A:おまえだらしない顔でみるから、キッとした目で、じゃましないでよってかんじだしてはったんとちがうか
B:それでしばらくして、オレおなかへってきたからサンドイッチとジュースを袋からとりだして、食べ始めたんや

A:うんうん。電車乗ってたら腹へるからなぁ
B:そしたら、隣の女の人、不気味な微笑みしながら、「犬だいじょうぶですか?」って聞かはんねん

A:見知らぬ人に、隣に座ったからといって、食べてるおまえに急に、あなたは犬がだいじょうぶって、聞かはったん?
B:そやねん。なんかへんやろ。オレ、犬こうてへんし、質問の意味がようわからんまま「はい」ってこたえてん

A:その流れからすると、そんなふうにしか返事できひんやろな。あなただいじょうぶ?といいかえすわけにもいかんし
B:そしたら、その人、足元においてあった手提げ籠から、小さい黒茶色のダックスフンド二匹とりだして、その人の膝や、前のテーブルのうえであそばし始めはってん

A:えー!そんなんあかんのとちがうんか。電車にペットのせるのええかもしれんけど、籠の中からだすのはあかんはずや
B:そうおもう。車掌さん回ってきはったとき、いちおう注意して、オレの了解を確認しはった

A:かなんな。そうなったら「はい」って返事した手前、いまさら犬苦手です、ともいえんしな。ほんでどうなったん
B:その二匹のワンちゃんがな、ハアハアいいながらソワソワしながらオレのほうばっかりみよるわけや

A:おまえ、たしか昼飯のとちゅうやったな
B:たぶんサンドイッチの匂いがたまらんかったんやろな。もう食べたくて食べたくて、ちょっとその端くれでもええから、くれよしっ、てなかんじの目しとった。我慢できひんのや

A:その女の人はどしたん?ワンちゃんにだめですよって注意せえへんの?
B:せえへん。なんとも薄気味悪い含み笑いしてはっただけ

A:それ、お前が困ってんのみて、「ザマーミロ」ってなかんじで笑ろてたんちがうん
B:きっとワンちゃん至上主義なんやろな。人の迷惑もかんがえんと。オレは新横で降りたけど、その状態がずっとつづいたんや。二匹のワンワンがハアハア、ソワソワで一時間半やで

A:そらたまらんな
B:ほんま落ち着かん、気味悪い日やったわ。「イー席」のはずが全然ダメ席やったわ。昼飯もまともに喉とおらへんかったし。動物のすぐそばで食べるいうのんも、慣れんとできんもんや。オマエはどうや。なんかほかにおもろい話あるか

A:おもろうはないけど、すごい、とおもう事はあったで
B:どんなん。

A:これも新幹線なんやけどな、指定席とってたから、オレの席へ座っとったんや。出張や
B:そんで

A:次の駅でこれまたオバサマが乗ってきはって、オレがすわってるとこワタシの席ですっていうねん
B:お前が座るとこ間違えたんか。ようあるでそれ。号車違いとか。たまに列車ちがいで大慌てしたはる人もいる

A:ちがうねん。お互いに指定券みておどろいたんや。こんなことあるんかって
B:どうしたん。どうしたん。日にち違いか?

A:あほ。そこまでぼけてへんでオレ
B:なんや

A:そのオバサマもオレと同じ指定席の番号の券もっとったんや!
B:同じ日の、同じ時間の、同じ列車の、同じ号車の、同じ番号の席か

A:そうや。一つの席に二つの指定券が発行されとるねん
B:へえ~~。そんなことあるんやな。コンピュータで管理してるんちゃうん。発券

A:車掌さんにも見せたら間違いないそうで、偽券でもないんや
B:びっくりやな。でも儲けたな、オマエ。そのオバサマの膝の上にオマエが座ったら、運賃半額にならんとおかしいやろ

A:??。それはちょっと窮屈やし、いらんわそんなん!で、オレが車掌さんに指定されたところに移った
B:車掌さんはどういうとった

A:特になんにもいわんかったな。すみませんとあやまってはいはったけど困惑してはった
B:そうかあ。オマエはどうやらオバサマとは相容れん運命やな。それに新幹線で発券ミスってあまりカンシンセンな!

A:カンシンせん新幹線の話やったらもうひとつあるで。これは有名人の話しや
B:だれや?

A:ちょっと実名では言われへん。訴えられるかもしれんから。D夫人ということにしとこか
B:なんかわかりそうやけど

A:新横でオレ列車に乗り込んだらそのご夫人いはるのすぐわかったんや。なんかオーラがでとってな。それでオレの席はその人のちょうど一つ前
B:東京から乗ったんやな、そのご夫人

A:それで40代くらいの男の人もオレと同じ車両にのってきはって、切符みながら、その夫人にたずねるねん。「すみませんがその席わたしの席なんですけど」って。そしたらその夫人「あら私、前の列車に乗り遅れたんだけれど、この切符の指定されたところにすわってるの」って
B:乗り遅れの同号同番に座っとったんやな

A:夫人は席を譲ろうとはせず、その男性は「私、別のところに移りますからだいじょうぶです」とかなんとかいわはって、その夫人はそこに居座らはったわけ。自分のまわりに電話やら書類やらだしてお仕事中みたいやったから、移動したくなかったんかもな

B:あつかましいな。普通やったらまちがったほうが退くけどな

A:それだけでも問題視されてもしかたないとおもうけど、夫人の口ぶりが「あんたが変わりなさいよ、あたりまえでしょ、わたしは有名人だから」みたいな上から目線の雰囲気まんまんなんよ
B:へー。それはいかんなぁ

A:それからがまだあるねん。座席で電話をかけまくってはった
B:電話は連結のデッキでするもんやろ

A:まるきこえやった
B:夫人はお仕事やから、特別やからゆるされる、とおもってるのかなあ

A:わからんけど、とにかく道中ずっと電話。なんか部下かだれかに指示してるかんじやったわ
B:他人の席居座って、座席で電話

A:オレ、会話が気になって、落ち着かんかったわ
B:そんでその夫人なに話してはったん

A:ようおぼえてへん。電話やからな
B:そやな。片方だけの会話ではな

A:有名な人ほど、上品な人ほどマナーあるんかなとおもとったけど、そのときおもたわ
B:逆やと

A:そう。というか、関係ないんやな、そ~ゆ~社会的ステータスと
B:今回の場合やったら、育ちとも関係なさそうやな

A:そうかもしれん
B:D夫人はDenshaのDeckでDenwaせずか。残念やけどほんま、カンシンセンはなしやな

A:オバサマでなく女子高校生の話もあるで
B:ほんまか

A:オレ通勤してたとき、毎日同じ時刻の同じ車両に乗っとった
B:おれもそうや。なんでか知らんけどおんなじ車両に乗るな。変な人おったり、ゴホンゴホン風邪ひいとる人おったら隣の車両へにげるけど

A:たぶん安心するんとちゃうか、同じひとが乗っとるわけやし
B:見慣れん顔は怖いんやな、人間

A:それでいつもみるのがその女子高生。友達と通学せんと、いつも一人やった
B:その子がどないしたん。どうせ笑われたとか、バカにされたとかやろ

A:ちがうねん。おもいっきり首傾げられただけや
B:ということは~。わかった。オマエ通勤やのに服装はスーツで足元ゾウリとかやったんちゃう。それでその子にみられて、首傾げられて、足元見たらゾウリはいてた、とか。オレそんなんあったで。ちょっとあわててた時な、車に荷物積み込むときはゾウリでやっとんや。上は黒のスーツとネクタイで決めとった。それで準備できたんでさあ出発や。車出してしばらくしたら、なんか足がすずしい。靴に履き替えるのわすれとって、あわてて家へ引き返した。そんなんやろ?

A:ブー。そうやのうて、いつも隣の人の肩に首もたげて寝よんねん
B:ようあるよな、電車の中やのに船こいでる人。停車すると目覚めて姿勢なおしよるけど、動き出すと10秒せんうちにまた居眠り

A:そうや。そんなかんじやった、その子も。でも特別やった
B:思いっきり美人とか、その反対とかか

A:いや、容姿やなくて、その首のもたげ方がはんぱやない。ほとんど90度の角度で横の人の肩にもたげとった
B:どっちがわに

A:左やった。かならず
B:その子の癖なんやろな、いつもおんなじ方向というのは

A:それである日、その子がオレの右側へ座りよってん
B:ということは、電車走り出すと、お前の肩に...

A:そう、電車走り出してまもなくそうなった。最初はちょっとずつ、トントンと。しまいには完全に頭の重みを感じた
B:どれくらい続いたん

A:ようおぼえてへんかったけど結構な時間やった。これやられると気つかうんや
B:なんでおまえが気いつかうねん

A:起こしたらかわいそうとおもうわけや。それでオレは身動きできんようになる。ガチガチや。なんでかしらんけど、周りの人の目も気になりだす
B:おまえ別に悪いことしてへんのになあ。たしかにそんな状況になってるとこみると、お気の毒様です!ってかんじになるもんなあ

A:そやろ。オレは被害者や。身動きできひんから肩もこる
B:自由を奪われとるわけや、一時。でも、ま~、しかたないな

A:睡眠を必要としている人への愛やな、これは。通勤、通学ごくろうさん。みなさん、睡眠は十分にとりましょうね!という
B:確かに。いやがって、肩ふるわしてよけてる人とか、小突いたり、ましてややめてくださいっ、なんて文句いう人みたことないもんな。日本は平和や

A:まあ日本の電車の中はいろいろおもろいわ。高度に発達しとるし、愛も感じられるということや。なんでもこないだJRの常磐線で電車の中で出産しはったんやて
B:え~~、ほんまか。それはすごい。おれらがそこに乗ってたとしてもなんにもできひんかったやろけど、感動的やったやろな。それはおもろいとおりこして、神がかっとるわ

電車のなかで

電車のなかで

電車にのってると、おもしろいことにでくわすことがありますが。あなたはどんな人、どんなことに出会いましたか。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted