腥さにも似た

腥さにも似た

海で死んだら海になれるかも知れない

せっかくの日なのに曇っちゃったねと彼女は言った。
僕らは一秒か、それより少し長い間だけ空を見上げ、打ち合わせたように同時に視線を下ろし、控えめな波の音が近づくのを感じながら海のすぐそばまで歩いて行った。

空が白なら海は銀色だという事はここに来た時から分かっていたので、けして無彩色の空に失望して海に色を求めたわけでもない。未来の明るくない者は空を見上げても大して面白くはないということだ。たとえ空が青くても僕らはこうしただろう。
他にやる事もないし海へ行こう、と提案したのは暇を持て余した彼女だった。彼女は真夏でも眠たいというだけで羽毛布団から出ようとしなかったり、忙しくなるとどこかへ散歩に行って帰らなかったり、今日のようなまだ肌寒い日に進んで海に行きたがるような、そういう人なのだ。彼女はミルク色のスカートが汚れるのも構わず、鼠色の細かい砂の中に座り込み、爪先の向こうで生きもののように蠢く波を退屈そうに眺めていた。銀色だった波がこちらへ近づくと、森を溶かしたような碧に変わって見えた。僕は砂浜に打ち上げられた海草を食べるのに忙しかった。
海草は人差し指くらいの小さなもので、そのくせ大分塩辛く、半透明の濁った茶色をしていて、誰かの汗だとか何だとかが凝縮されたような味だった。砂がたくさん付いており、その細かい砂は見かけよりずっと硬いことを知った。意地になってヂャリヂャリと噛み砕くと何とも気色の悪い粉っぽいような香りがした。その香りが何に最も近いか、僕は知っていた。小さな頃に夕飯で手羽先が出た日に、骨も食べれたら良いと思い必死に噛み砕こうとした時の記憶がいま噛み砕いた砂の香りに重なった。
すぐ隣から馬鹿なのかと少し掠れた声で、控えめに野次が飛んできたところで我に帰る。僕に気づいた彼女の声だった。その拍子に思わず美味くもない海草を飲み込んでしまい、咳き込むみたいに、そう馬鹿なんだよ、と笑うのがやっとだった。
食い終わってからようやく、同じ海草でも、あれは味噌汁に入っているワカメなんかとは大分違ったなと騙された気になった。ワカメがどのようにして食卓に並ぶに至るのか、こんど調べてみよう。
毒草だったらどうするの、と帰り道で彼女に叱られた。食って大分経ってから、今更のように言うのだから彼女も相当の呑気者だと思う。
毒草だったら面白いよな、と僕にしては真面目に言った。そして死んだら僕の骨はあの海に撒いてくれと頼んでおいた。
すっかり小さくなった骨として箱の中に収まり、君の両腕に抱かれて大事そうに運ばれたい。海に辿り着くまでの束の間、君の腕の中で優しく揺られたい。挙句に力一杯砕かれて鳩の餌のように無造作に海に撒かれたい。生きていくための強さを、心の力のようなものをほとんど置き去りにして生まれた僕が、君の力を受けて粉々になり、君が目に映した海に撒かれるのだ。
海草といっしょに噛み砕いた砂の香りは骨の香りと同じだった。いつか波によってさらに細かく削られ、元からそこにある砂と混ぜられたら、あの海に寄り添い、あの海を支える砂浜の一部になれるかも知れない。
骨になり魂を失くした僕がそれを実感を伴って体験することは叶わないが、重要なのはそういう嬉しいことが、いまの僕に対して先に待ち受ける事実として存在してくれることだ。それがあって初めていまの僕が明日の日を思いやることが叶うのだ。
僕のしあわせは骨を抱くであろう彼女にかかっている。

腥さにも似た

腥さにも似た

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-20

CC BY-NC-ND
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