新卒ドラフト

『第一回選択希望社員、水島自動車、山田太郎、明訓大学』
 会場が、「おおっ」とどよめいた。明訓の山田の指名は、これで十一社目になる。例年にない豊作と言われる今年の四大新卒の中でも、ダントツの指名数である。
 十一社の代表がくじ引きを行い、晴れて水島自動車が入社交渉権を獲得した。
「おめでとうございます、水島社長。さすがに強運ですな」
 くじを外した別の会社の代表が、悔しさをにじませながら水島を祝福した。
「いやいや、大変なのはこれからですよ、千葉社長。無事に入社してもらえるまで気が抜けません」
 言葉は謙虚だが、水島の態度には自信がみなぎっていた。
 すると、千葉は左右を見回し、声をひそめて水島に尋ねた。
「やはり、初任給は大台ですか?」
 水島は「シッ」と人差し指を口に当てたが、顔は笑っている。
 有望な新入社員には数百万円の初任給を出す企業もあるというが、山田ほどの大型新人ともなれば月給一千万円越え、すなわち、年収一億数千万円出しても惜しくないのであろう。
「それほどの価値があるでしょうか?」
 そう言って二人の会話に割り込んで来たのは、横で聞いていたらしい別会社の代表である。二人より随分若い。
 水島は、やや鼻白みながら「あなたは?」と聞き返した。
「ああ、すみません。申し遅れましたが、ジャイアントスターの梶原です。と、言ってもご存じないでしょうが、ゲームソフトの開発・販売を手掛けております」
「ほう」水島の顔に皮肉な笑みが浮かんだ。
 梶原も気圧されることなく微笑みを返した。
「ゲーム屋ごときが、天下の水島自動車の社長に物申すのは身の程知らずとお笑いでしょうが、まあ、しばらくお耳をお貸しください。初任給をなんとか抑えようと始まったこの新卒ドラフトですが、結局、少子化の波にのまれ、年々天井知らずに初任給は高騰しています。しかし、そうやって鳴り物入りで入社した彼らが、その後どうなったか。入社早々から期待したほどの働きができるはずもなく、年々給料を下げられます。今の監督署は不利益変更を認めていますからね。結局、悪くすれば、彼らが定年を迎える頃には最低賃金すれすれまで下がります。何のことはない、右肩上がりの年功序列賃金が逆になっただけじゃないですか」
 水島はムッとして「山田くんは優秀だし、我が社はそんなことはせん!」と言い捨てると、怒りに肩を震わせて立ち去った。
 尚も笑顔のまま見送っている梶原に、残された千葉が詰め寄った。
「きみ、失礼じゃないか。水島社長に謝ってきたまえ!」
「なぜでしょう? ぼくはありのままを申し上げただけですよ。少子化は止められません。優秀な人材を求めるなら、外に目を向けるべきです」
「ふん。外国人労働者の受入れは、水島社長のところもうちもやっておるさ」
 梶原は笑って首を振り、後ろに向かって「千葉社長にごあいさつしなさい」と誰かを呼んだ。
「ぼくの秘書のンガ・メメンです。地球人の何倍も働きますよ」
 現れた秘書には顔が八つ、手が六本あった。
(おわり)

新卒ドラフト

新卒ドラフト

『第一回選択希望社員、水島自動車、山田太郎、明訓大学』会場が、「おおっ」とどよめいた。明訓の山田の指名は、これで十一社目になる。例年にない豊作と言われる今年の四大新卒の中でも、ダントツの指名数である。十一社の代表がくじ引きを行い……

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-20

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