詩 3

終いは桜の木の下で


私が死ぬときには

私自らが墓穴を掘って

桜の木の真下に潜り込もうと思う

死に際に立たされた飼い猫が家の主に内緒でひっそりと行方を眩ますように

私も誰にも知られずに桜の木の下に潜り込むのだ

そこにはすでに誰彼によって殺された無念の先客がいるかもしれないが

構わず避けてそこに骨を埋めようと思う

そして春には満開の桜を咲かせて

私の真上で穏やかに酒盛りを始めた酔狂たちの零れた酒を失敬する

零れた酒を冥い土の中で一人堪能するのだ

人体模型「笹塚くん」の苦悩


僕って、一体何なんですか?

筋肉質剥き出しなうえに

五臓六腑丸見え

何の意図があって僕をこの学校に置いているんですか?

カーテンを閉め切ったこの薄暗い理科準備室から一歩も出ることなく

年々埃が積もってくすんでいく僕は

必要ですか?

身体はグロテスク

おまけに顔だって典型的な古臭い日本人の顔じゃないですか

時に「学校の七不思議だ」なんて言われて

夏になったら偏差値の低い生徒たちから怪談話のネタにされるんです

こんな僕でもいつか理科の授業で役に立つ日が来るんだろうと

辛抱強く待ってみるのですが

待てど暮らせど

僕を使う機会なんて全然ないじゃないですか!

ただ晒し者ですか?
ただ笑い者ですか?
何年契約ですか?
ひょっとしてもうお払い箱ですか?


しかし最近の生徒は成熟ですね

ちょうど一週間前ですかね?

僕は放課後こっそりと理科準備室に来た男子生徒と女子生徒が

僕の目の前でガッツリ性行為しているところを見ましたよぉ

イジメやカツアゲの現場なんかもしょっちゅう見ますよぉ

それと、あれは確か三十年前だったかなぁ?

体罰のつもりが

勢い余って生徒さんを殺しちゃった教員の方がいましたねぇ、えぇ

誰とは言いませんが

まずいですよねぇ、それって

だから僕を焼却炉にぶち込んで処分するなんてことは考えないでください

そんなことしたら全部洗いざらい吐露しちゃいますから

それなりの覚悟は出来ているつもりです

僕は無用の長物で終わりたくない

これでも一応はあなた方を模した

生身の人体ですから

女とケシ畑


その女からはいつもケシの匂いがした

週に一度

女は私に内緒で南のケシ畑に行く

女は帰って来るとヘロヘロで

「アタスはいすらってしらわせよ」と

呂律の回らない戯言を呟いていた

ベッドに身を投げ出した女の肢体が艶かしいので

私はいつも女の横に添い寝してまぐわってやる

恍惚とした女はさらにケシの匂いを強め

「この世にある全ての快楽を与えて欲しい」と

私に哀願する

だから私は女に苦痛を与えることにした

女が知らない間にケシ畑を焼き払って

この世にあるすべての快楽を無いものとした

指切りげんまん


廓から眺める外の景色があまりに遠くて

女は狂おしいほどの情念を燃やす

一生を誓い合う男との

身も凍るような指切りげんまん

桐の小箱に小指を詰めて


どうか私を自由にしてください


嘘をついたら拳骨で一万回殴った後に針を千本飲ますことを承知してください

死んだらごめんなさい

誓約書の有効期限は貴方が死ぬまでですから

恋しくて恋しくて

指切りげんまん


愛する男の背中に深く深く爪を立てて

死神


常に100メートルの射程距離圏内でこちらを窺っている

建物と建物の隙間を縫って移動し

片時もこちらから目を離さず

然るべき死のタイミングを図っている

手段は選ばない

場所も時間も選ばない

時として僕と同じ100メートルの射程距離圏内にいる全ての人間を巻き添えにする事もある

黒い装束に長い鎌を持った骸骨の姿で知られているが

死神の顔は誰も知らない

死の瞬間に見る死神は

死んでゆく者にしか

みえないのかもしれない

その姿を他人に語る前に

人はみな

死の世界へ旅立ってしまう


(「ザ・コクピット~死神の羽音」より一部引用)

カバラ


小指を切る因果
カレーをこぼす因果
痴漢と間違われる因果
靴底にガムが張り付く因果

財布を側溝に落とす因果
猫の死体と遭遇する因果
強面の男に絡まれる因果

中央線から飛び降りる因果
小惑星が爆発する因果
地球が消滅する因果
宇宙が散る因果

全ての因果は宇宙誕生以前の初期状態に起因する
それは結果だけの世界
果報と応報で成立している世界
然るべき方程式があれば容易に割り出せる世界
微塵のロマンもない世界

その因果律に乗っかって人の営みや暮らしがある
その因果律に乗っかってつまらない不文律に抗ってみせたりする

秘匿の開示を要求する私の欲求には
分かりかけている歯痒さと何も分かっていない途方もなさが同居する
まるで手のひらで踊る天使の数を本気で計測していた時代の人のようだ
手に取るような実感と雲を掴むような錯覚も同居して

ある朝、私は世界と同化した

手をつないで山頂へ


手をつないで山頂へ


声をかけるのはわりと簡単だった

思ったほどの勇気はいらなくて


「涼しそうなところに行こう」


車の窓から少し照れた顔で手招きすれば、すぐに寄って来てくれた

車の中でお菓子を食べながらアニメの話かテレビゲームの話をすれば、すぐに懐いてくれた


手をつないで山頂へ


お願いを聞いてもらうのは難しかった

家から離れていることがわかると少し不安そうになったり、あたりが暗くなると泣き出したりした

車の中のお菓子がなくなると不機嫌になり、アニメの話にもテレビゲームの話にも興味を示さなくなった


手をつないで山頂へ


森の中を歩きながら仲のいい兄妹のように見えるといいなと思った

月と星がとてもキレイな夜だから

きっと今夜はネズミたちもやって来ないはず

安心してぐっすり眠れる



手をつないで山頂へ



遮断した四畳半に僕の好きなものだけを詰め込んで

ある日“セカイ”は部屋の中で事切れていた


かくれんぼう気分

遊び相手が欲しかった


だから


手をつないで山頂へ


手をつないで山頂へ

鎌鼬


右膝のへの字に縫った傷痕は

そうだ、鎌鼬がやった

それは幼い頃昼下がりの田圃で

友達と影踏みして遊んでいる時だった

小さいつむじ風

鬼と一緒に追いかけて来たつむじ風が

ザックリと走り抜けて

パックリと膝を割った

血は出なかった


ああ、鎌鼬がやった 鎌鼬がやった
鎌鼬にやられた!


泣きじゃくっていると友達が母親を連れてきて

その母親が僕をおんぶした

鎌を持った鼬の姿は見ていない

だけど鎌鼬にやられた

一生残っていく傷痕

たった一度きりだけど

確かに鎌鼬にやられた

天職


夢の島に近い、潮の香りがする倉庫
それは新しく得た「骨磨き」のバイト
朝九時に出勤して、夕方六時まで只管せっせと骨を磨く
動物の骨 鳥の骨 魚の骨
人間の骨もある
せっせと磨いたら、手や足、頭や胴体などのそれぞれのパーツを丁寧に組み立て直す
多くは東洋の骨だが、もちろん西洋の骨もあり、たまに北洋、南洋の骨も磨いて組み立てる
安い賃金だが、作業員は皆恍惚とした表情で仕事をしている
七月、八月は繁忙期で、たくさんの骨が運ばれてくる
あくまで噂だが、お盆の時期には仏舎利も運ばれてくるらしい
(お釈迦様の骨)
仏舎利磨きはベテランの仕事
仏舎利磨きを任せられればそれは一人前として認められた事になる
僕はまだ入ったばかりの新米だから仏舎利磨きは夢のまた夢だ
仏舎利磨きのベテラン作業員たちは皆悟りを拓いているという
仏舎利を真剣に磨けばそれが自ずと分かるのだ
骨磨きのバイト
やはり僕にとってそれは天職なのである

東京アングラ音頭


ピカドンのキノコ雲見上げりゃ、やれ、終戦だ

皇居のお堀にゃ、コンドームがいっぱい

尻を叩かれ寡婦(やもめ)の撫子

またGIが悪さした

白いお玉じゃくしがプカプカと

酸いも甘いも嗅ぎ分けた錦鯉のエサになる

光は新宿より

瓦礫踏み越し来てみれば

そこはドサクサの希望に満ちた青空マーケットだ

我利我利亡者の守銭奴根性

金さえありゃ、ここじゃ何でも手に入る

腐ったパンはいらねぇか? 握りつぶしたコーンミールはどうだ?

腹が膨れりゃバンバンザイ! ゲロでも下痢でもバンバンザイ!

黒く手を染め、腹決めて

笑う門には福来る

ヤクザ、マフィアも拝めば神様

派手にドンパチ、ジャンジャラ稼いで

空手チョップで大盛況

八百長、インキチ、知らぬが仏

お国のためには死ねません

縋れるものなら藁でも縋って

明日の日本を憂うのです

万歳三唱、憂うのです

詩 3

詩 3

粕谷栄市氏の詩と町田康氏の詩に憧れています。

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-19

Public Domain
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Public Domain
  1. 終いは桜の木の下で
  2. 人体模型「笹塚くん」の苦悩
  3. 女とケシ畑
  4. 指切りげんまん
  5. 死神
  6. カバラ
  7. 手をつないで山頂へ
  8. 鎌鼬
  9. 天職
  10. 東京アングラ音頭