ネガティブ男、ポジティブ女ゾンビ
初めて小説というものを書きます。拙い文章だとは思いますがよろしくお願いします。連載できたらしていきたいと思います。
ネガティブ男とゾンビとの出会い
タオルケットが体の左にずれている。掛かっているのは羽毛布団と毛布だけ。タオルケットのずれに苛立ちを覚えながら携帯を見る。
(六時二十八分。携帯のアラームが鳴る前に目覚めるのは何回目になるだろうか。数分だけでも寝かせてくれればいいのに。)
自分の体内時計の正確さで数分でも早起きし、寝る時間を削られたことにため息をつく。
「仕事に行きたくない。」
口に出すことで、億劫な感情がより明確になる。
社会人としての充実した日々と仕事に追われる不安を抱えていた春先の自分が憎たらしく思えてくる。
理想と現実は違うものだ。誰かが言っていた。
六時三十分。一度目のアラームが鳴る。日本人女性歌手が歌う英語の歌だ。
曲調がゆっくりで朝の目覚めにちょうどいいだろうという考えで設定した歌だ。
この時点ではまだベッドからは出ない。壁に体を向けながら携帯を横にして動画サイトを開く。
(体は横になっているから横にした携帯は縦を向いている。)
動画サイトを開いているのに視線は画面の枠外を向き、どうでもいいことに注目している。
動画サイトのおすすめ欄に出てくるお笑い芸人の漫才を見る。
六時四十五分。2回目のアラームが鳴る。お笑い芸人がツッコミを入れている途中で動画が一瞬とまり、画面に大きくアラームの文字が出てくる。
2つ目のアラームには、男性歌手が歌うこれもまたゆっくりした曲調の歌が流れる。
この歌のミュージックビデオでは、ゾンビが出ている。ゾンビの世界ではあるが、ゾンビでない一般人は平穏な暮らしをしている。
自分がもしゾンビの世界にいれば真っ先に感染し、だらだらと人を襲っているのだろう。そんなことを思いながらベッドからゆっくりと這い出る。
1月のフローリングはやけに冷たい。
足裏を丸くさせ、出来るだけ足裏とフローリングとの設置面を小さくして歩く。
(洗濯バサミがたくさんついているこれの正式名称はなんなのだろうか)
そんなことを思いながら、乾いた洗濯物の中からスーツ用の長い靴下を履く。
リビングに移動し、ファンヒーターを点ける。
数十秒後にファンヒーターが巻き舌と舌打ちと咳払いを順番に行い、小さなファンヒーターから暖かい風が出る。
リビングの大きな窓のレースカーテンの隙間から寒波の影響で昨晩に降った雪が黒の自家用車に重くのしかかっている。
(カーテンも早く買わなきゃな。)
大学の一人暮らしのワンルームのアパートのときに使っていたこげ茶色のカーテンと白のレースカーテンは、
サイズが足りずに、窓をぎりぎり隠せない大きさである。
現在では社会人になり、給料も安定した職に就き、いい部屋に住んでやろうという思いから、2DKの部屋に住んでいる。
しかし、一人暮らしには2DKの部屋は広すぎた。
もともと部屋にはあまり物を置かない性質だったこともあり、物が少なく閑散としたなんとも寂しいリビングとなってしまった。
広い部屋と物がないリビングが孤独感を演出してくれている。
(美容院でシャンプーをするときにかけられるガーゼみたいだな。)
窓をぎりぎり隠せないレースを見ながらそんなことを考えていた。
開いて束ねたこげ茶色のカーテンとガーゼの端がファンヒーターの暖かい風を避けながら揺れ動いている。
テレビをつける。朝のニュース番組では東京の強盗事件が報道されている。
(物騒だな)
視界の端にレース越しに人影が見える。
朝のニュース番組を見ていると、いつも決まった時間にレースに人影が通り過ぎる。
視界の端にでも写っていれば何をしているかはなんとなくわかる。
決まった時間の人影は、レースの端に消え、その十数秒後に車の扉を閉める音とエンジン音が聞こえてくる。
いつもは、その時間を目安に朝の支度を始める。
だが今日の人影は、いつもより少し時間が早い、しかもレースの端には消えずに残っている。
窓に視線をやると人が立っている。誰かは分からないが、明らかに中を覗こうと一生懸命である。
流れているニュース番組の内容もあいまって、小さな不安がすこしずつ大きくなる。
急いでテレビを消し、物音を立てないように人影の様子を見ていた。
(東京の強盗が東北の田舎まで来ないよな…。)
そう思いながらも不安感は収まらず、窓に視線と意識を集中させる。本当に驚いたときはリアクションなんてものは取れないものである。
さっきまでソファから伸ばしていた足は、ソファに乗り、体を守っている。
人影は辺りを見回し、決心したように右手を肩の位置まで持ち上げる。
(やばい…!)
窓ガラスが割れるのを覚悟し、腕で顔と頭を守りながら、体を丸くさせる。
「コン、コン、コン」
ノックだ。間隔を空けた落ち着いたノックだ。
窓ガラスを割られなかったことに安心はしたが、体は固まったままである。隠した顔を腕から少し出し、腕から外を覗く。
「すいませ~ん。」
柔らかい口調で外の人影が喋りだす。女性の声だった。柔らかい口調ではあったが少しだけ焦ったようにも感じられた。
報道された強盗は男性であったが、不安感は消えず、もう一度様子を見ようと、人影の問いかけには応じなかった。
「ちょっといいですか。ほんと、怪しいものではないの。」
(怪しい人はみんあそうやって言うよな)
そう思いながらも、何か外でトラブルでもあったのでは不味いと思い、恐る恐るレースに手をかける。
レースを少し開き、窓の外の女性を見て、またしても体が固まる。
女性の顔面は蒼白しており、両目はどちらも白目。左目は少し潰れ、左間からあごまでの顔の左半分がただれている。
いわゆる、ゾンビのようであった。急いでレースを閉じる。
「いや、何で閉めるの。ちょっと!」
(いや、思っていたものとは違うものが現れたら、そりゃ閉めるでしょう)
もう一度心を落ち着かせ、もう一度レースを開き、女性の姿を見る。
ゾンビだ。服は上下グレーのスウェットを着ている。
(化粧にしては、リアルだな。特殊メイクかなんかだろう。)
自分に言い聞かせながら、窓を開く。
「あの、どうされたんですか。」
「いろいろ説明しなきゃいけないから、ほんとごめんなんだけど、とりあえずあがらせてもらってもいいかな。お願い!」
女性ゾンビは、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせ、こちらの顔色を伺っている。
「緊急ですか。」
「まあ、そんな感じ…」
「話だけならお聞きできます」
「ほんと!?ありがと、ありがと!」
女性ゾンビは嬉しそうな様子だ。少しつぶれた左目からは眼球が落ちそうになっている。
「じゃあすいません、お邪魔しま~す。」
「あの、玄関から入ってもらってもいいですか。」
女性ゾンビは、確かにという顔をしながら玄関に向かった。
窓を閉め、話が長くなりそうな予感がし午前中だけでも休みを取ろうと思い、携帯の電話帳から職場の電話番号を調べた。
様々な疑問を浮かばせながら、さっきとは違う不安感が徐々に押し寄せてくる。
まさかとは思い、願うように携帯のカレンダーを開くが、4月1日も10月31日もどちらも今日を示していない。
画面が一瞬止まり、アラームの文字と現在日時が画面に表示される。
“1月18日 7時00分” 携帯のアラームを急いで止め、深くため息をついた。
カーテンの隙間から外に目をやると、車に積もった雪がさっきよりも重くのしかかっていた。
ネガティブ男、ポジティブ女ゾンビ