同調率99%の少女(20) - 鎮守府Aの物語
=== 20 鎮守府の日々3 ===
緊急出撃後の鎮守府。急を要した戦いを経て、提督も那珂たち艦娘も、教育・訓練の大事さをひしひしと感じた。次なる戦いに備えるべく、教育体制強化を模索し始める。
出撃以後
緊急の出撃任務が終わり、那珂たちは早朝の5時ごろようやく布団に入り安眠を得ていた。前日布団に入って寝ようとしていた頃の眠気や感覚よりも、遥かに気持ちが良い眠りとなっていた。それは那珂だけでなく川内や五十鈴、五月雨ら7人も同じだ。誰もが一仕事終えた後の心身の疲れの癒やしを改めて実感できる一時である。
そんな中、提督や明石・妙高は少女たちの出撃任務の事後作業を行っていた。時間にして10時すぎ、少女たちはまだ深い眠りについていた頃、提督は隣の鎮守府の提督、つまり深海棲艦対策局および艤装装着者管理署の神奈川第一支局長から先の非常事態についてビデオ電話越しではあるが謝罪と説明を聞いていた。
非常にダンディな声と佇まいで何度も平謝りする隣の鎮守府の提督の言葉と姿に、西脇提督は逆に申し訳ないと萎縮していた。正直な所、日曜の朝から自分より年上のおっさんの姿なんか見たくねぇよと心の中では愚痴っていたが、これも艦娘制度内つまり国の仕事の一環なので我慢して聞く。今回は隣の鎮守府が全面的に悪いことがわかっていたので少しだけ妙な優越感に浸りながら西脇提督はその時間をやり過ごす。
2080年代ともなると、ビデオ電話はただ相手の映像を見合って会話するのではなく、実用化されて久しい3D空間カメラでスキャンした相手の映像を自分側の電話の先の任意の位置に投影して、あたかも対面している可能に会話ができる仕組みが完全に一般化されていた。ただそれでも本来いない相手とのホログラム越しの会話に嫌悪感を抱く人が少なくないため、旧式の電話もまだまだ根強く一般市民の生活に残っている。
相手の提督は四十代後半だが、技術には偏見がなく慣れも早い人物のためホログラム式のビデオ電話を同鎮守府で完全採用していた。一方の西脇提督は三十代前半とはいえまだまだ現代っ子気分、かつガジェットオタクでもあるのでこの手の製品は慣れたものである。
「……それでは、改めてそちらに伺って謝罪を述べさせていただきます。」
「いえいえ、ご足労いただくなんてなんか申し訳ありません。うちとしては艦娘たちの良い経験になったので結果的には良かったと思います。そうそう、うちの那珂が話していましたけど、そちらの天龍担当の娘とはかなり息が合うそうで、そちらと演習したいと申しておりました。」
「はは。それはいいですな。ま、諸々の話は直接会った時にでも致しましょう。」
「はい。その際はよろしくお願い致します。」
その後2~3世間話をした西脇提督はビデオ電話の通信を切断し、文字通り誰もいなくなった執務室でため息一つついて椅子の背もたれにおもいきり身体を預けた。
この日も朝から猛暑日。エアコンのドライでほんのりと冷やした執務室で提督は夜通し起きて艦娘たちの無事の帰還と報告をまとめていたため、うつらうつらとし始める。
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ようやく目が覚めた那珂は部屋の中を見渡すと、川内・五月雨・夕立そして明石がまだ眠っていた。寝た時には明石はいなかったことから、おそらく早朝かついさっき布団に入ってきたのだろうと想像し、皆を起こさぬようそうっと布団を抜け部屋を出た。
「うわっ……あっつ。」
和室はエアコンが弱めに効いており肌に当たる優しい冷房の風が心地よかったが、本館の廊下は出た途端ムワッとするような蒸し暑さでめまいがする。那珂はパジャマのままパタパタと階段を降り1階へ行き、洗面室で顔を水で洗って気分を一新させた。その足で1階の窓のいくつかを開けて網戸にして空気を換気させていく。無風の気候だったため体感する暑さはまったく変わらないことが容易に想像つくが、こもった空気を入れ替えて皆を起こしたいと思っていた。
1階のあとは2階、そして3階と開けていく。そうして那珂はある部屋の前で立ち止まる。
執務室である。入って挨拶をしようかどうか一瞬迷ったが、らしくないと感じて思い切って扉をノックする。
「はい。起きてま~す。」
やや間の抜けた声が部屋の中から聞こえてきた。声には眠気が混じっていたが、どうやら起きていることがわかったので那珂は扉を開けて執務室に入った。
「失礼します。」
提督は椅子の背もたれから頭だけを起き上がらせ、入って来た那珂を見た。那珂は若干照れながら部屋の中を数歩歩いていく。
「お、おはよ。提督。」
「あぁ、おはよう。よく眠れたかな?」
「うん。一仕事終えた後惰眠をむさぼるのはひっじょ~~~に気持ちよかったよ!あと冷房ありがとね。お布団入ったらすぐ寝ちゃったからお礼言えなかったよ。」
那珂は横髪を右手でくるくると弄りながら頷いて言う。
「いやいやどういたしまして。俺にできるのは戦いから帰ってきた君たちをどうやって癒やしてあげるかだからね。ところで他のみんなは?」
「まだ寝てるよ。さすがにみんな朝5時寝だから目開けらんないんじゃないかなぁ~?」
「ハハッ。無理ないな。」
提督の笑いにつられて那珂も顔をほころばせた。
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会話が途切れる。那珂は手持ち無沙汰に部屋の中をゆっくりと、しかし歩幅は大きめにして歩く。提督はそんな那珂の行先をジロジロとではなく、なんとなしに横目で送る。沈黙に耐えられず先に音を上げたのは提督のほうだった。
「そういえば、那珂は普段そういうパジャマ着てるんだなぁ。」
「へっ!? あ……う、うああぁぁ~~!! ちょっとやだ~!見ないでよぉ~!」
「え?あ~いや。ゴ、ゴメン!」
これまで全く意識せず、というよりも忘れていたため、話題に触れられて那珂は途端に焦って身悶えし始めた。一方で提督は女子高生への話題の出し方、失敗した!?という焦りを抱く。艦娘と上司という関係とはいえ一般的にはアラサー男性と女子高生という、普通に生活していれば滅多に発生せぬ組み合わせなのだ。お互い素に戻ってしまうと途端に話せなくなってしまう。
特に那珂は相手が酔っていたとはいえ、気持ちを知ってしまった翌日の朝。
一方で提督は酔っていた間に口にした言葉で何が目の前の少女を怒らせてしまったのか、正直わからずじまい聞けずじまいでこの時間まで迎えてしまっていた。
お互いあえて話題を掘り返して相手の気分を損ねてしまうのを恐れて言い出せないでいる。そんな二人の空気を助けたのは、妙高からの電話だった。
プルルルル!
二人揃ってビクッとして慌てふためく。
「うわっととと!電話電話。」
「て、提督、はい、取っていいよ~!」
「は、はい。こちら深海棲艦対策局○○支局執務室です。あ、妙高さん。え、皆?いえ、那珂以外はまだ起きてないです。」
提督が妙高と話している間、那珂は再び部屋の中をボーっとしてウロウロ歩きまわり始める。提督のいる席の後ろの窓際まで来て、そこから見える鎮守府Aの地元の海を見渡す。 午前10時を過ぎて日差しが照りつける、真夏の海がそこにあった。自分たちが守る海、終わりが本当にあるのかわからない戦いに身を投じた一般人たる自分たち。
深海棲艦が現れ始めてから、人々は漁業など海の仕事をする職業以外、あるいは限られた海域以外では海にほとんど立ち入らなくなった。海洋調査すら危ないため、深海棲艦出現以後の海洋生物の調査も滞っていた。
海水浴場など民間に目を向けると 安全を定期的に確認された一部以外は大半が閉鎖された。30年も経つと海水浴という行為は那珂はもちろんのこと提督や妙高の年代ですら、幼少~少年期に海水浴をしたかどうか怪しいものに成りかけていた。
実際海に入ることは問題ないのだが、各国や国連の関連機関が全面的に禁止・制限をしている以上、勝手に入って勝手に深海棲艦に襲われて被害を受けてしまうと保険や諸々の補償は一切効かない。保険会社も、深海棲艦出没初期に大量に発生した処理しきれぬ被害案件による、キャパシティを超えた保険の適用や駆け込み加入の事態を受けて、正当な理由があってやむを得ず海に立ち入り、結果として深海棲艦の襲撃にあって事故に巻き込まれる以外は保険を適用しない取り決めを国や国際機関と取り決めて現在に至っている。もちろん漁業関係者、艦娘・艤装装着者として従事する者にはまっとうな保険がついてその身が保障される。
那珂は以前ある任務で怪我をした際に、鎮守府Aのある町に設立されている海浜病院に連れて行かれた。その際の治療費の支払いをせずに帰ってきたことがある。那珂がしたことといえば、国から発行された艤装装着者の証明証と高校の学生証を提示したくらいである。全部保険から落ちたのだ。以前の合同任務で一番怪我をした時雨はもちろん、他の艦娘も同様である。
今回の一番の負傷者である川内はおそらく検査のため海浜病院へと連れて行かれるだろう。
もし五十鈴ではなく自分が一緒だったら、肩代わりをしてあげられたただろうか?
別に五十鈴の落ち度を指摘したいわけではない。帰ってきてともに報告をしたあの時、五十鈴は非常に悔しそうな表情を浮かべていた。それを目の当たりにしてしまうととても五十鈴のせいにできない。状況次第では自分が同じ艦隊にいても、同じことになったかもしれない。逆に神通の場合も、五十鈴が代わりにいても同じことになったかもしれない。
そう考えると、あの夜に天龍から言われた言葉がグサリと那珂の心に突き刺さってくる。
自分ができる・動けるから、初陣の二人のことを本当に考えていなかったかもしれない。あの夜、二人の意志をもっと確認して鎮守府に残していたらもっと違う良い結果が待っていたかもしれない。
悔しい。
だが今回のことは訓練に大きく反映させることができそうだと、教育の面が那珂の頭の中にあった。同じ失敗を二度とせぬよう、これから入ってくる新たな艦娘のためにも訓練体制を充実させなければならない。
だがそのためには、学生である自分たち、生徒会に属して生徒たちを導く生徒会長である自分ですら役不足かもしれない。ここは教育のプロフェッショナルたる人物が艦娘あるいは鎮守府に勤務してくれるのがが心強い。
そう考え始める那珂だった。
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結局那珂以外の少女たちが起きてきたのは11時すぎとなった。全員朝食と昼食が一緒になってしまうためどうしようかと話し合っていたところ、少女たちを労うために再びやってきた妙高と話を聞きつけた大鳥夫人が昼食としておにぎりとおかずの詰まった重箱を持ってきた。
1階の会議室を食堂代わりにしておしゃべりをしながら朝昼一緒の食事を楽しむ一同。そんな雰囲気の折、提督が今後のことについて全員に説明し始めた。
「みんな、食べながらでいいから聞いて欲しい。今後の予定について簡単に触れておきたいんだ。」
提督の言葉に那珂と五十鈴が率先して返事をして意識を向け、言葉の続きを促す。提督は二人のスムーズな仕切りに目配せをして感謝を示し、続けた。
「まず川内と神通の訓練だけど、昨日で完全に締めとしたい。緊急とはいえ実戦を経験してもらったので、俺としては全訓練課程修了ということで認定をするつもりだ。もちろんこれまでの手当や修了の証明は後で渡すよ。」
「えっ?デモ戦闘とかいうのはないの?」
川内が口をモゴモゴさせながら問いかける。
「あぁ。省略する。だけど二人がデモ戦闘をやりたい、こういう訓練をしたいというのであれば、今後は五月雨たちと一緒の立場で全員揃ってやってほしいんだ。」
「それって……つまり、どういうことなのでしょう?」
神通が恐る恐る尋ねると、提督は神通に視線を向けて頷いた後、全員を見渡して言った。
「つまり俺としては二人を一人前の艦娘として認めるので、気兼ねなく思う存分自分を鍛えていってほしいということさ。だから明日からは基本訓練とは関係なく、普段の訓練として取り組んでくれ。みんなでアイデア出し合って、効果的な訓練を編み出してほしい。」
提督の言葉に不満気に口を開いたのは川内だった。
「な~んか、一人前に認められるタイミングというかシチュが微妙な感じだなぁ。あたしとしては○○っていうゲームみたいに、師匠と戦って勝利して晴れ晴れとした気持ちで一人前の称号ゲット!ってしたかったんだよなぁ~。ねぇ提督ならこの気持ちわかるでしょ?」
「うん。ああいう展開をしたいっていう気持ちはわからないでもないけどさ。言葉悪くて申し訳ないけど、俺としてはさっさと基本訓練修了と認定して、1日でも早くいつでも通常の出撃や警備任務を任せられるようにしたいんだ。ゲームやアニメ的な展開は俺も嫌いじゃないけど時と場合を考えたい。だからこれは君たちの上司としての命令だ。」
命令という、普通に生活していたら聞き慣れぬ発言を聞いて川内は強張った表情を浮かべ、物言いの勢いを抑えた。それは了解の意味がこもっていた。
そんな川内とは違い、提督の言葉に最初から賛同の意を示していた那珂は先刻より頭の中にあった考えを良い機会として口にすることにした。
「あたしは提督に賛成。ねぇ提督。今回の緊急出撃を経験してさ、もっと実戦に役立つ訓練をみんなでしたいって思ってるの。ただそれには高校生のあたしたちや中学生の五月雨ちゃんたちだけじゃ知識も経験も足りないかもしれない。普段の訓練としてはあたしや五十鈴ちゃんで音頭を取って皆で提案しあってやってみるけど、一つお願いがあるの。」
「言ってごらん。」
「教育のプロの人をさ、艦娘でも何か事務職的な役職でもいいから鎮守府に置いてくれないかな?」
「教育のプロ?」
提督だけでなく、その場にいた全員が聞き返す。
「うん。いくら艦娘として働いていても、所詮あたしたちは学生という立場の存在でしかないよね。戦うための教育なんてもしかしたら自衛隊とか米軍の協力とか必要になっちゃうかも。そうなると権威的なものも多分予算も必要になっちゃうだろうし無理かもしれない。だからせめて教育のイロハをある程度わかってる人が、あたしたちの立てる訓練や作戦をレビューしてほしいなって。なんて言うんだろ、スケールに合わせた教育の仕方と人材を集めたいって思うんだ。」
「なるほど……なんとなくあなたの言いたいことわかるわ。つまり先生がいればいいのよね?」
五十鈴が具体例の職業を挙げて確認すると那珂は頷いた。
「うん、そんなところかな。あたしたちに身近な存在っていったらうちの四ツ原先生とか五月雨ちゃんの学校の……誰って言ったっけ?」
「黒崎先生です。」と五月雨。
「そうそう。その黒崎先せ……ん? あれ……妙高さんと同じ名字?」
発言しながら同じ名字の違和感に気づいて妙高に視線を向ける那珂。その問いかけに答えたのは同じ名字の人物だった。
「えぇ。私の従妹の黒崎理沙です。私も後から知ったのですけど、理沙が教鞭をとっているのは五月雨さんたちの中学校だそうです。それから私はこちらの鎮守府には旧姓で在籍してるのですけど、今の名字は藤沢妙子と言います。」
「ほえぇ~~~そういう繋がりだったんだ。あ、それはわかったとして、その黒崎先生とうちの四ツ原先生がうちに着任してくれるだけでもだいぶ違うと思うの。」
妙高からの告白を聞いて思わぬ関係性に驚くもすぐに冷静さを取り戻して話を続ける那珂。
そこまで黙って聞いていた提督が口を開く。
「なるほどね。君たちは忘れているかと思うけど、提携している学校の艦娘部の顧問の先生は、別に着任していなくても、うちに普通に入ってきていいんだよ。着任していないとはいえそれぞれの学校の大切な生徒さんをうちに預けてくれている重要な関係者だし。もちろん艦娘部の部員の生徒さんもね。」
「へぇ~そうだったんだ。それなら話は手っ取り早くていいかな。夏休みの間一度先生たちに来てもらおうよ。」
「じゃあ私、黒崎先生に連絡してみます!」
那珂の話に快く承諾した五月雨が元気よくビシっと手を伸ばして宣言する。
「うん、五月雨ちゃんお願いね。」
「来てもらうのはいいけど、まだ着任していない訓練もしていないお二人がいきなり私たちの訓練のレビューとかできるのかしら?現場経験をしている私たちとはどうしても差があるわ。」
五十鈴の心配はもっともだった。那珂はその心配をどう解消しようか考え言い淀む。途端に行き詰まりそうになる問題に妙高が解消の道筋を指し示した。
「あの、よろしいですか? それは追々でいいのではないでしょうか。理沙やそちらの四ツ原先生も仮にも教育学を学んできているでしょうし、訓練に参加できなくても、二人とも実際の授業やカリキュラムに置き換えて見るくらいの器量はあるかと思います。多分那珂さんが仰りたいのは、艦娘の訓練自体を見てもらうのではなくて教育・訓練の手順や方法を見て助けてもらいたいということですよね?」
「そうそう、そーなんです! あたしもいきなり先生方に見て色々指摘してもらえるとは思ってないです。だからこそまずは戦えるようになったあたしたちの普段の活動を生で見てもらってからでもいいかなって。」
共感を得られたため那珂は妙高の言葉に頷いた。
続いて賛同を示したのは神通だった。賛同の意を示すためにしゃべろうとするも、まだ食事のおかずを片手の箸で掴みもう片方で手皿を作り、頭は村雨に目をつけられたためにヘアセットアップをなすがままにされている少しシュールな状態で口を開いたため、一身に皆の注目を集める。照れを手で隠そうにも両手がふさがっているため、モロに赤らめた頬を晒しつつ開いた口をそのままで言葉を発する。
「私は……那珂さんの考えに賛成です。先生が側にいてくれると……安心できます。」
その言葉に冗談半分本気半分で反論したのは川内だ。
「え~~!?あがっちゃんが安心できるとホントに思ってる?あのあがっちゃんだよぉ!?」
顔を思いっきり神通に近づけて言い放つ川内。神通はあまりにも近くに寄られたのでのけぞるが、村雨に頭を押さえつけられていたためそのままの姿勢で上半身だけピクッとさせて反応を返す。
「私は……別になんとも。それに、私みたいな目立たない生徒の名前を……ちゃんと覚えていてくれたので、私はあの先生を信じられます。」
「え~~?うー……。神通がそう言うんだったらいいけど。でも先生が鎮守府にいるってなるとなぁ。なんか落ち着かなくなりそうで嫌な感じ。」
納得いかない様子でそう愚痴る川内。それに夕立が続く。
「あたしもあたしも!先生いないほうが楽しいっぽい!」
「「ね~~!」」
少し離れた場所にいながらも川内と夕立は顔を見合わせて仲良く頷き合った。
「私は黒崎先生いてくれるのに賛成。私達が一番知ってる大人が身近にいてくれる方が安心できますしぃ。」
「私もです。時雨ちゃんもいたら多分同じこと言うと思います。」
神通のヘアセットを続けながら村雨も自分の意見を発すると、五月雨も友人の意見に賛成した。
那珂は別に多数決を取りたいわけではないため、それぞれの意見に返事をして意見を取りなす。
具体的に二人の教師あるいはそれに準ずる立場の人物をどうするか具体的な内容は一切決まっていないが、声を掛けてみることにした。
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その後提督は次の連絡事項を口にした。
「それから今回の緊急出動について、神奈川第一鎮守府の提督が明日か明後日参られて報告がある。五月雨は連絡メール等確認しておいてくれ。」
「はい。わかりました。」と五月雨。
「あと今週末はいよいよ艦娘の採用試験が開かれます。試験会場の準備があるのでもし都合が合う人は協力してほしい。」
「私は良たちが来るので最初から全面的に協力するつもりよ。」
「ありがとう。会場の設営や案内は五十鈴に全権委任するつもりだ。一応バイトは何人か雇うつもりだけど他のみんなも都合がよかったら頼むよ。」
五十鈴が言葉を返すと、提督は頷いて他のメンツにもサッと視線を送って暗に願い入れた。
最後に提督は川内に検査と治療のため病院へと行くよう伝える。
「それから川内は今週中に病院に行って検査してもらうこと。市との提携で一番近くの海浜病院に話が通ってるから。」
「えぇ~!病院行かなきゃいけないの?あたしもう別になんともないんだけどなぁ。」
「君が今回一番被害を被ってるんだからちゃんと行きなさい。妙高さん、付き添いお願いできますか?」
「はい。かしこまりました。」
病院と聞いて妙にソワソワして渋る川内に、逃げ道を塞ぐべく提督は妙高に頼み込む。川内は後日病院へと行くことになった。
提督からの連絡事項が終わると一同は再び食事とおしゃべりを再開した。その日は日曜日ということで各々艦娘の仕事とは離れたかったのか、先に村雨・夕立・不知火が、次に那珂たち3人と五十鈴が帰った。明石は工廠の戸締まりをしてそのまま帰り、妙高と五月雨は秘書艦の仕事の整理のため二人で少し作業してから親子よろしく揃って本館を後にした。
最後に残った西脇提督は怒涛の土日の出来事にようやく心安らげる喜びを胸に秘めて本館の施錠をして帰路についたのだった。
とある日の出会い
各々自分のペースで休んだ日曜日が明け迎えた月曜日。8月も2週目に突入した相変わらずの夏日。川内と神通の基本訓練が終わり、鎮守府に出勤しなければならない義務的な役目もひとまずなくなって那珂は少し気が抜けていた。それは五十鈴も同じだ。軽巡艦娘たち4人はとりあえずとばかりに出勤してきたが、那珂と五十鈴は待機室でボーッとしているその様を川内にツッコまれた。
「二人共えらいボーッとしてますね?珍しいというからしくないっていうか。大丈夫?」
那珂は机に突っ伏し、五十鈴は頬杖をつきながら同時にハァ……と溜息一つついてから口を開く。
「な~~んかさ。目下最重要だった二人の訓練が終わってさ、安心したっていうか気が抜けたっていうか。」
「……あれね。私も那珂もきっと燃え尽き症候群かもね。それに緊急の出撃もあったし。」
「二人がなんで燃え尽きるんすかー!訓練で大変だったのはあたしたちの方なのにぃ。」
川内の文句に神通がコクコクと頷く。
「二人もこれから入ってくる艦娘を指導する立場になればわかるよ~きっと。」
那珂の気の抜けきったセリフに五十鈴は特段頷きも言葉も出さずに目を閉じることで同意を示した。
「あたしは深海棲艦と適度に戦えればそれでいいんでそういうのはパスです。ね、神通?」
「え……はい。私は、当分那珂さんと五十鈴さんに教わっていたい……です。」
一人前になりたての二人のそれぞれの意見を聞く那珂は再びため息を吐いてもう数分は机の上に突っ伏してだらける姿勢を保っていた。
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ふと思い出した那珂が口を開く。
「そういえばさ、川内ちゃんはいつ病院行くの?」
「え~~と。妙高さんが来次第です。あ~~、行きたくないなぁ。やだなぁ~。艦娘の診察と治療ってどんなことやるんですか?」
「別に普段と変わらないよ。ただ神経系の検査するために変なおっきなマシンに寝かされるけど、それも痛いわけじゃないしすぐ終わるよ。」
しれっと聞き慣れない表現で言ってきた那珂に川内は大げさに驚いて聞き返す。思わず机をグンと強く両手で押して乗り出すほどだ。
「神経系って!?なんですかそれ!!」
「耳元でおっきな声出さないでよ……。スキャンするだけよ。別に大したことじゃないでしょ。」
「いやいや!なんかサラリと言ってますけど、なんなんですかそれ!?」
「艦娘の艤装で使われてるコアユニットの技術というのはね、人間のあらゆる神経に直接働きかけて様々な労働作業を支援するものなんですって。それによっていわゆるパワーアップするそうよ。私たち艦娘が言うところの“同調”がそれ。神経に触れて人間に普段の限界以上の活動をさせる技術。それが実用化されて30年くらい経つ技術らしいけど、医学界では未だに安全性に疑問視してるらしいわ。」
と丁寧に説明する五十鈴。
「いやそれって……艦娘ってめちゃ危険な技術で成り立ってるんじゃ!?」
「実績も安全性も証明されてるみたいだし問題ないって国や艤装の開発企業は言ってるからいいんじゃない? 実際あたしたちも活動する時それ以外の時もまったく問題ないし。けど医学界のメンツを保つとかなんとかで、艦娘になった人の治療や検査のときは、神経の検査をするのが医療機関との提携の絶対条件なんだって。前に明石さんが教えてくれたよ。」
那珂は軽い雰囲気で五十鈴の説明を補完する。
先輩二人がものすごく平然と語るので川内は途端に不安をもたげる。普段に似合わぬ心配性な川内。ふと川内は以前那珂こと光主那美恵に起きた問題を思い出した。
「そういや那珂さん、以前結構ヤバイ事起きましたよね?あれは結局大丈夫だったんすか?」
「川内ちゃん!」
那珂は急に語尾を荒げて一言で川内の言い方を咎める。それに五十鈴と神通が呆けた表情で反応した。
「あんた何かあったの?」
「?」
那珂は珍しく慌てて頭をブンブンと振って否定した。
「ううん。なんでもないの! 艤装の調子がおかしかったことが前にあっただけ。明石さんにその後聞いたら問題ないって言ってたし。だ~か~ら!川内ちゃんたちは気にしなくてオールオッケー。アンダスタン?」
釈然としないも、あまり深く突っ込んで先輩を困らせるつもりはなかったため川内は声の明るさを下げた返事をした。その話題では完全な部外者の五十鈴と神通はただ呆気にとられていることしかできなかった。
その後1時間ほどした後、妙高が待機室に顔を出したので川内はしぶしぶといった乗り気でない様子で鎮守府近くの海浜病院へと向かっていった。
残された那珂たち3人は訓練をしてもいいと思っていたが、学生の本分を思い出し3人揃って学校の宿題・課題を進めることにした。普段勉強に励む場所とは異なる場所ですることは良い刺激となったのか、3人は黙々となおかつ時々互いに疑問を聞き合って進める。その後川内が昼過ぎに戻ってきたことで一段落ついて昼食を取りに行く。
なおこの日は鎮守府Aの他の艦娘は妙高と五月雨のみであった。
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午後になって鎮守府Aに、那珂たちは初めて会う別の鎮守府の提督が艦娘を連れて訪れた。那珂たちが昼食を取って本館に戻ってくると、ちょうど本館の玄関で五月雨が二人の人物に挨拶をしているところに出くわす。
「あ……こんにちは。」
那珂が代表して挨拶をすると、その振り向いた二人の人物の一人の顔に那珂は表情を思い切りほころばせる。
「あ!!天龍ちゃん!」
「お~!那珂さんに五十鈴さん!早速来たぜ!」
那珂が天龍がいる場所までの距離を一気に駆けていき、五十鈴は早歩きでそれを追いかける。三人は手を取り合ったり肩をはたきあったりして再会を喜び合う。
一方で妙なテンションの先輩2人にポカーンとしてゆっくり近寄っていく川内と神通。
「いや~会いたかったぜ二人とも~。」
「あたしもだよぉ~!」
「この前は私は会えなかったけど、元気だったかしら?」
「あぁ。今日はパパに頼み込んで強引に付いてきちゃったよ。」
「「パ、パパ?」」
いきなりとんでもないキーワードを耳にした那珂たちは目をパチクリさせて天龍を見る。天龍は一瞬自分の言葉の意味を忘れていたが、すぐに迂闊な口走りと気づいたのか慌てて取り繕う。
「あ~!いやあの~……パパだ。」
言い訳をできるほど器量がよくないのか、すぐに諦め否開き直って説明し始める。
「うちの提督はさ、あたしのパパなんだよ。」
そう言って天龍が背後にいる男性に視線を送る。すると言及された男性が会釈して自己紹介し始めた。
「初めまして。神奈川第一鎮守府の提督、つまり深海棲艦対策局神奈川第一支局の支局長を勤めている、村瀬貫三と申します。娘と仲良くしてくれたそうで。これからもよろしく頼むよ。」
「んで、あたしは軽巡洋艦天龍こと、村瀬立江。」
静かな佇まいと痩せ型のその身、そして太いが透き通るような澄んだ声で挨拶をするその中年男性のダンディさに那珂たちは一瞬見惚れて返事をするのを忘れる。那珂たち4人は慌てて挨拶をし返して続きを五月雨に戻した。
「あ、ええと五月雨ちゃん。案内の途中邪魔してゴメンね。お二人の案内お願いね?」
「はい。それではこちらへどうぞ!」
五月雨が案内を再開すると村瀬提督は天龍の肩を引いて本館へと入っていった。本館を歩いて行く立江は後ろを振り向いて那珂たちに言った。
「じゃあな!後で顔出すからどこにいるか教えてくれよ!」
「うん!3階の一番東の部屋の待機室にいるからね!」
そう言葉をかわして那珂は天龍たちの背中を見送った後、自身らも本館へと入った。
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那珂たちが待機室に入って数分経つと、約束通り天龍がやってきた。
「お~。ここが鎮守府Aの艦娘の部屋か?なーんか何にもなくてだたっぴろいなぁ。」
入室一番、部屋の感想を口にする天龍。那珂を始め五十鈴たちは苦笑いを浮かべるも平静を保ち、天龍を招き寄せて説明する。
「まぁ人少ないですしぃ。使い切れてないから今のうちならあたしたちが思いっきり使い放題!ってとこかなぁ。」
「アハハ。そりゃいいや。なぁなぁ。こっちの鎮守府を案内してくれよ。よその鎮守府って興味あるんだ。」
「うんうん!それじゃああたしたち4人で案内してあげる!行こ、みんな!」
「えぇ。」
「「はい。」」
五十鈴、そして川内と神通が返事をする。そして4人は天龍を連れて本館、そして鎮守府の敷地内の各設備を案内し始めた。
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本館内は特に興味を持てる部屋や施設がないためか、天龍は那珂と五十鈴の説明に話半分といった様子を見せる。そしてしまいには
「んー、建物の中はいいや。他案内してくれよ。」
と言い放つ。悪びれた様子もなく、その言い方は彼女本来のものであることは容易に想像つくため那珂と五十鈴は苦笑しながらその言葉に承諾する。
ただ突然の来訪者、先輩二人と仲良く話す人物をつまらなそうに眺めているのは川内と神通だ。
自身が学校では男勝りとか言われているのを知っていた川内は気にしてないと言いながらも実はその表現がある種のステータスと感じていて気に入っていた。決して男っぽくしたいというわけではないが、ゲームやアニメの人物よろしく良いキャラ付けで目立てる・人に覚えてもらえるというメリットを活用する考えがあったからだ。
だからこの天龍という少女は自分とキャラが被っていると最初は思っていた。諸々の受け答えや態度を見ていくうち、男勝りとかそんなレベルではなく、男っぽい・さらには何時の時代にも存在する荒ぶる若者、ヤンキーなんじゃ……と捉え方を変える。
結論として川内はこの天龍という少女が最初から気に食わない。ウマが合わないと感じていた。だからこの場は那珂と五十鈴の応対に完全に任せる・頼り切るつもりなのである。
一方で神通は、川内とは違う方面で直感的に関わらないことにした。彼女の頭の中には“見るからに怖い人、近寄らぬが仏、触らぬ神に祟りなし”と川内に負けず劣らず早い段階で印象を固めていた。それゆえ神通も、応対は先輩二人に頼り切るつもりだ。だが愛想笑いや相槌は適当に打っておこうと決める。
学年的には1つ上、那珂や五十鈴と同学年の高校二年生と耳にしていたので、普通にかかわらなくてもどうでもいいやという思考に至る二人であった。
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天龍の手を引っ張って那珂が先頭に立ち、本館裏のグラウンドや倉庫群、そして海岸沿いを案内する。那珂は説明の後必ず隣の鎮守府ではどうなのかと尋ねる。天龍はぶっきらぼうながらもそれに丁寧に答えるというやりとりが続いた。
「へぇ~。鎮守府からの景色はこっちのほうがいいな。この良い感じに何もない具合っつうのかね。東京湾なんてどこも汚ねぇだろーけど、それでもこっちのほうが景色は綺麗だわ。」
「天龍ちゃんのとこは?」
「うちは横浜港の一角のいろんな企業の建物と水路の隙間にあるんだよ。だから鎮守府から景色を見ても面白くなし。良いことっていったら近くにプールセンターがあったりコンビニとか駅が近いってところだな。うん。」
「そちらの敷地はどのくらい広いのかしら?」
五十鈴も質問すると同じ雰囲気で軽快に答える。
「こっちを全部見たわけじゃねーからわかんねぇけど、多分同じくらいだと思うぞ。あ~でも水路挟んで向こう側にもうちの敷地は続いてっからうちの方が広いぜ。」
「へぇ~。そっちの鎮守府にも行ってみたいなぁ~。ねね?今度遊びに行っていい?いい?」
「あとでパパに聞いておくよ。ま、問題ないんじゃね?艦娘同士の交流ってことで。」
その後那珂は工廠を案内し鎮守府Aの明石を紹介したり、自分らの艤装の保管庫を案内するなど、一通りの案内をして本館へと戻ってきた。せっかくなので演習をしたいと思っていた那珂。演習を願い出てきた那珂に天龍も十二分に乗り気だったが、五十鈴から艤装を持ってきていないことをツッコまれると焦りを隠さずに浮かべたまま笑う。
「アハハ、まぁあれだよ。本当にやるときにはあらかじめ持ってくるよ。というかこっちにも天龍の艤装が配備されたんならそれ借りられたんだろーけどさ。」
「仕方ないねぇ。別の機会にやろ?」
「あぁ!」
揃ってケラケラと笑う那珂と天龍を五十鈴は額を抑えて頭を悩ませるのだった。
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本館に入り那珂たちが執務室へと戻ろうとすると、西脇提督と村瀬提督は2階の中央広間にいた。提督同士で本館の設備を案内してるところに出くわした。
「パパ!」
「天龍。……仕事中はちゃんと役職名で呼び合おうっていつも言ってるじゃないか。」
「はいよ、提督。」
村瀬提督は天龍の言い方にまだ不満があるのか若干苦い表情を浮かべたが、すぐに表情を緩める。
「娘さんが艦娘っていうのはなんだか大変そうですね。」
西脇提督が尋ねると村瀬提督は肩をすくめ、脱力した口調で口にした。
「いやいや。もう慣れたものだよ。元々艦娘制度のために単身赴任的に今の場所に越して来たんですがね。良い機会だから教育のために娘も連れてけと女房から押し付けられたものでね。支局の仕事はもう5年、娘が早いもので3年も艦娘やってます。娘が私の鎮守府の採用試験に応募してきた時は驚いたが……。他の艦娘との交流は完全に娘に任せてるので詳しくは知らんのですが、龍田になった従妹の娘やその同級生とは仲良くしてるのを見て安心しています。」
そう語る村瀬提督の表情には、提督としての仕事上の顔ではなく父親として娘を気にかける慈愛の表情が浮かんでいた。西脇提督は、提督と艦娘の関係の様々な形の一つを垣間見たことに心の中で感慨深く感じる。
それには側で聞いていた那珂や五十鈴も同じ気持を抱いていた。
父娘で艦娘制度に関わることのメリット。
娘を危険に晒すことに抵抗がない親はいない。那珂は自分の時を思い出した。艦娘になることを伝えたその日、慌てふためく母とは違い父は特に何も言わなかった。それは傍から見れば放任主義で責任感のない父と捉えられるかもしれないが、実の娘である那珂は父のその態度の真意をわかっていた。
これまで両親に何度か自分がやりたいと思った時に相談をしたことがあるが、何度か父は普段の優しい様を一変させて反対してきた。その当時は反対されたことに憤りを感じたこともあったが、後に母から父の考えを聞かされた。
自分の本気が100%ではないこと・父がそれを娘である自分だけに任せるには危ないと思った事に対しては厳として反対していたのだということを。自分の身を案じての反対だったのだ。以後那珂は父の見方を180度変える。父の思いに気づいて以降は、自分がやりたいと思ったことにはその度合いを測り、きっちり分けて両親への打ち明けに臨んだ。
その結果、艦娘になりたいと告白した時に何も言われず笑顔で返してくれたのは、きっと自分の熱意が本物で、鎮守府Aの組織や西脇栄馬という管理者が信頼に足る、許せるだけの本気と判断してくれたからなのだと那珂は確証を得ていた。
だから那珂は安心してやってこられた。おそらく五十鈴や川内・神通そして五月雨ら他の娘も家庭内で同じやりとりを経た結果この場にいるのだろう。それが一般的。
そしてこの天龍こと村瀬立江と村瀬提督。
そもそも父親が仕事場にいるという前提条件が自分らとは異なるその状況だ。父の安心感もそうだが、娘の安心感は仕事の危険性という点に絞ってみれば心任せられる存在が側にいるだけで絶大なものになろう。
世の中の女子高生は大抵が父親を煙たがっているのが何時の世も常である。しかし那珂自身はそうでもないしこの父娘にもそんな雰囲気は全くの無関係に見えた。会話もそうだが、仕事上とはいえ父親にくっついて相手先まで来るという行為の時点でその度合がわかる。
なぜ優しい物腰の父に対してこのぶっきらぼうで粗雑な娘なのか知る由もないが、この父娘のその鎮守府には、ここに至るまでの彼らなりの人間関係とその物語があるのだなと、当たり前のことなのに那珂は愉快に感じるのだった。
燦々と太陽の光がど頂点近くから照りつける真夏の15時すぎ、隣の鎮守府の村瀬提督と娘の天龍は西脇提督の車の運転で駅まで送られて帰っていった。
久々の全員集合
艦娘の採用試験が翌日に迫った日、およそ2週間と数日振りに五月雨ら駆逐艦、中学生組の一人、時雨が鎮守府に顔を表した。
この日五月雨たちは時雨を地元で出迎えて一緒に鎮守府に行くために、午前中は鎮守府に姿を見せていなかった。提督には事前に連絡していたのか、那珂が
「試験は明日なのに秘書艦の五月雨ちゃんがいなくて大丈夫?」
と尋ねると、
「久々に顔を見せる友人と会うんだってさ。だから今日はプライベート優先させたんだよ。」
と言って五月雨を休ませ、代わりに妙高を秘書艦席に据えていた。
なおこの時はその友人が時雨だということは那珂たちはもちろん簡単にしか聞いていない提督すら知らないでいた。
那珂たちと不知火の4人が五十鈴の指示のもと、試験会場となる1階会議室で準備を行っていると、会議室に夕立が勢いよく飛び込んできた。
「やっほ!!川内さんこんにちは〜!那珂さんも神通さんも五十鈴さんもこんちは!」
「おー夕立ちゃん。どーした?」と川内。
「えへへ~、今日はね、久々に時雨が来たよ~!」
そう言い放つ夕立の後ろから時雨がしずしずと入ってきてその姿を見せる。全ての姿を見せても時雨は照れくさそうにモジモジとしながら那珂たちのもとへと歩み寄る。
「お、お久しぶりです、みなさん。約2週間ぶりです。」
「おおおぉ~~!時雨ちゃんめっちゃ久しぶり!1年ぶりくらい!?」
開口一番冗談を交えて那珂が声をかける。時雨は至って平静を装って挨拶を返す。
「アハハ。那珂さん相変わらずですね。僕がいない間に色々あったようで。なんかすみませんでした。」
「いいのいいの!これからは時雨ちゃんも一緒にがんばろーね?」
「はい!」
時雨が出勤してきたことで、ついに鎮守府Aの所属艦娘は着任式以来の全員集合を果たした。
試験会場の準備を終えた一同は待機室に駆け込んで行き、積もる話を皆で口にして情報共有しあうことにした。
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那珂は時雨にこれまでの出来事を改めて説明する。時雨は地元で五月雨らと会った時に簡単に聞いてはいたが、五月雨たちが直接関わってない出来事もあったので全てが全て知ることは出来なかったのだ。
そのため那珂からの説明にはウンウンと相槌を打ったり口に拳を添えて静かにたわやかな笑みを浮かべ、全ての出来事に関心を示す。
「そうですか。川内さんも神通さんもホント、お疲れ様です。僕はみんなからちょっと出遅れてしまいましたけど、これからは一緒に訓練とか参加します。どうかよろしくお願いしますね。」
「うん、よろしくね、時雨ちゃん。」
「……よろしく、お願いします。」
川内と神通は時雨の挨拶にそれぞれの口調で返す。川内は至って平然と時雨を受け入れ、神通は人見知りな質が発揮されかけたものの、あの五月雨や村雨の親友とのことなので心落ち着かせて時雨を受け入れる気持ちを抱くことができた。
その後今までの8人+時雨の合計9人でワイワイとおしゃべりを堪能する。
その中で神通は積極的に会話に参加することはできないのは今までどおりだが、時雨をよく観察しているとその受け答えや仕草・態度がなんとなく自分に似ている、フィーリングが合うかもというポイントを見出す。急かさない人・適度な距離感を保ちつつも構い構われで接してくれる人が好きな神通としては、五月雨らの中学校組の中でひときわ落ち着いた雰囲気を放ち、五月雨ら親友に対して的確なツッコミとフォローを与えている時雨がドンピシャリだった。下手をすれば自分より大人っぽいかもと、自分を卑下してしまうほどの評価をこの数十分で密かに彼女に与えていた。
こんな自分でも艦娘になって鎮守府に勤務することにより、年下とはいえ仲良くできる相手を増やせそう。そう自信がついてきたことに喜びを密かに感じ始める。
隣りで同じ方向を見ていた不知火が神通の服の裾をクイッと引っ張ったのに気づいた。
「え……何ですか?」
「時雨見過ぎです。」
不知火の、神通とは反対方向の頬がわずかに膨らんでいるのが見えた。神通はその意味を察するも良い反応を返せずに苦笑いを浮かべるのみだった。
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おしゃべりが続く午後のあるタイミングで那珂は、五十鈴と示し合わせてその場にいた全員に伝えるべきことを口にし始める。
「時雨ちゃんも来てみんな揃ったことだし、改めてあたしの考え聞いてくれるかなぁ?」
全員の視線が那珂に集まる。隣にいた五十鈴も最後にその視線を那珂に向け直した。
「時雨ちゃんは今初めて聞くと思うけど、他のみんなはおさらいね。先日の緊急出動を経験してあたしはみんなで訓練をきちんと考えてこなしていこうって考えています。」
時雨以外の全員が頷く。
「今回一番被害を受けたのは川内ちゃんと神通ちゃんだったけど、慣れてるあたしたちだってどんな目に会うかわからないよね? 今まであたしたちはそれぞれでてんでバラバラな訓練しかやってこなかったと思うの。そこで今後人が増える前にさ、あたしたちの手でうちなりの訓練方法を考えて確立させていきたいの。」
「それをするためには学生の私達だけでは不安、ということよね?」
五十鈴が那珂の気持ちを代弁するとそれに那珂はコクコクと頷く。
「うん、ズバリそーいうこと。あたしは学校で生徒会やってて色々経験はしてきたつもりだけど、訓練を考えてみんなに合うようなやり方を作るにはやっぱり経験不足。そこで!せっかくあたしたちはそれぞれの学校の艦娘部なんだし、顧問の先生をちゃんと呼んで色々相談に乗ってもらおうと思ってるの。ここまではダイジョーブ?」
再び那珂以外の全員がコクコクと頷く。
「この前改めて提督に確認したんだけど、艦娘の日常の訓練内容は完全にそれぞれの鎮守府に任されているんだって。あと、二人はまだやったことないけど、毎月あたしたちは艦娘としての活動の出来不出来の練度を報告することになってます。それを提督がチェックして、大本営もとい防衛省や厚生労働省に最終報告がなされます。」
二人、という言葉の時に那珂は川内と神通に目配せをする。それを受けて川内と神通はゴクリと唾を飲み込んで新たなその要素に緊張し出した。
「ほ、報告? それって夕立ちゃんたちもやってるの?」と川内。
「うん。毎月ね。」
軽快に答える夕立を見て神通は川内に続いて質問する。
「そ、その報告って具体的には?」
「報告はどんな形でもいいらしいですよ。僕は最初の頃はメールに書いて提督に送ってましたけど、最近はゆうたちと演習してそれを報告にしてます。」
その質問には時雨が丁寧に答えた説明を聞くも、その内容のフリー具合に神通は戸惑いを隠せないでいる。神通の思いを知ってか知らずか川内も口にする。
「なんでもいいのか~。なーんかそういうのが一番困るんだよねぇ。RPGや戦略シミュレーションだって○○をどれだけこなせとか敵を倒せとかそういうノルマがあってクリアなのにさぁ~。」
「フフ。川内さんまたゲームに例えてる~。提督みたいです~。」
川内の物言いがツボに来たのかクスクスと笑いをこぼす五月雨。何気なく五月雨が触れたその言い方に那珂は一瞬ドキリとしたが至って平静を保ちその言い方に乗って川内にツッコむ。
「アハハ!川内ちゃんはどうも提督と趣味というか感性が似てるみたいだから、報告は自分の好きなものに絡めてやれば、わかってもらえるんじゃないかな?」
「え、じゃあ適当な感じで仕上げても提督に見逃してもらえr
「せ~んだいちゃ~ん?適当なのはダーメ!」
川内が調子に乗って言うとすかさず那珂はそれを咎めた。この後輩なら本気でやりかねない。そう感じた那珂は素早くツッコんだ。一同はそのやり取りに失笑する。
とはいえ他の皆も川内が感じたことの一部は思っていた。それを村雨が口にする。
「報告って言っても自由なのがポイントよねぇ~。学校の宿題みたいに決まってないから考えるの確かに大変よ。提督もあんまり突っ込んでくれないからホントにいいのか時々不安になっちゃうもの。」
そんな村雨の言い分に那珂が食いついた。
「そう!そこなんだよ村雨ちゃん!そこにいるかわうちちゃんみたいに自由、じゃあ適当でいいやじゃなくて。自由、うーん弱ったなぁ~困るなぁ~何か課題があるといいなぁ~って感じてくれると提案のしがいがあるんだよぉ!」
「アハハ。那珂さんあたしの名前間違ってますよ~。」
「……今のは……皮肉だと、思います。」
那珂の言い方に表面的な捉え方しかせずケラケラと笑う川内に対し、彼女の裾をクイッと引っ張って密やかにかつ的確に神通が突っ込んだ。那珂はそんな川内の制御を神通に任せて続ける。
「自由っていうなら、あたしたちが訓練やその後の報告の仕方を型にはめてもいいわけだ、うん。そーすればちゃんと自分の練度を計って把握してやればあたしたちのペースで効率よく強くなれるだろーし、なにより提督にあたしたちをもっと正確に理解してもらえるようになると思うの。」
「ホントなら秘書艦の私が考えないといけなかったんでしょうけど、ゴメンなさい。」
「ううん。五月雨ちゃんのせいじゃないよ。あたしも今まで危機感がなさすぎたし。誰のせいにしたいわけじゃないの。あえていえば提督を含めてあたしたち自身のせい。」
悄気げる五月雨をフォローする那珂。その脇では時雨が五月雨の肩に手をおいて視線を向けて言葉なくフォローする。那珂の言葉に五月雨は顔を上げて眉を下げた笑いを浮かべる。
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「ともかく、この夏休みに一度先生方を鎮守府に呼ぼう。あたしたちはすでに艦娘だし、先生方だっていずれはうちの艦娘になるんだし、今のうちにガッツリ巻き込んでおいて損はないわけなのですよ。」
「那珂さん。僕もその考えに賛成です。どうやらさみやますみちゃん、ゆうも同じ気持みたいですし。」
「うんうん。時雨ちゃんも賛同してくれるって信じてたよあたし!これで全員の賛同を得られたわけだ。よっし!」
那珂が人目もはばからずにガッツポーズをしてはしゃいでいると、今まで(神通以外に対しては)沈黙を保っていた不知火が手を上げて発言の許可を求めてきた。
「うん?不知火ちゃん、なぁに?」首を傾げて尋ねる姿勢を取る那珂。
「うちの……桂子先生も、職業艦娘。」
急に意外な事実を発言してきた不知火に那珂はハッとして驚きを表す。しかし川内と神通はそうでもない。珍しいことに川内も落ち着き放った反応を示す。
「あ~そっか。そういや不知火ちゃんのとこもやっと艦娘部作れたんだっけ。」
「そういえば……その桂子先生が顧問なんですか?」
川内に続いて神通が尋ねる。それに不知火は頷いてやや眉間にしわを寄せて数秒の沈黙の後口を再び開いた。
「はい。この前、受けに行ったって。それで、隼鷹というのに。」
言葉足らずなのは相変わらずだったが、那珂も神通もなんとなく彼女が言いたいことが理解できた気がした。神通はそれをよく把握し、那珂は知らなかった不知火の事情に驚きつつの理解である。
「へぇ~。不知火ちゃんの学校も艦娘部あったんだ。あたし知らなかったよ。」
「え、この前の懇親会の時にあたしや神通は聞きましたよ?」
「(コクリ)」
川内のサラリとした言い方に那珂はあっけにとられる。まさか自分が知らずに後輩だけが知ってる事情があったとは。個人的には仲間はずれにされたようで面白くないが、今は個人的な感情をぶつけている時ではない。那珂はその川内の言い方に乗って言葉を返す。
「そっかぁ。あたしと五十鈴ちゃんはあの時離れてたからかぁ。」
「そ、そうねぇ。」と五十鈴も若干驚いていたようで慌てて相槌を打つ。
「で、えーと、その桂子先生がなんだっけ? そのじゅんよーってのは何?艦娘名?」
「はい。受かったそうです。」
「うーん、そのじゅんよーがなんなのかわかんない。川内ちゃん知ってる?」
「えーと、なんだっけなぁ……駆逐艦や巡洋艦や戦艦とかメジャーなやつなら分かるんだけどなぁ。多分それらじゃない違う艦種ですね。」
「まぁそのへんはあとで提督に聞いておこう。それじゃあその桂子先生にも来てもらったほうがいいかな。不知火ちゃん、その先生にも連絡してもらえる?」
「(コクリ)」
頭を小さく縦に振った不知火を見た那珂は改めて全員に提案した。
まずは各々の学校の顧問の先生に鎮守府に来てもらう。1日ないし数日に分けて自分たちの活動と訓練を見てもらい、艦娘の生の現場を知ってもらう。その上で今後の訓練や活動の仕方について自分たちの考えを説明し、教育のプロの立場からアドバイス・フォローアップをもらう。
そして全員の得手不得手を把握してもらい、最終的には顧問の先生が鎮守府Aに着任したときに、自分たちを裏でまとめてくれる、あるいは出撃時のリーダーとして牽引してもらえるようにする。
川内や神通、五月雨らは那珂の表向きの考えを最後まで聞いてそれぞれ感想を言い合い、己等に足りなかった要素を思い返し合う。誰もがこの先の訓練や活動で、自分たちを見てくれる大人が提督と明石、妙高だけなのが不安だったのだ。自分たちが普段の学校生活でもよく知っている人物が側にいてほしいと心の中で願っていた。
だがあくまで見てもらえる、までの考えである。最終段階まで考えているのは那珂だけだ。そして那珂も全てを全員に明かそうとは考えていない。下地がある程度出来上がってからでも、顧問たちのいずれかが実際に着任できてからでも遅くはない。
真意を明かすべきタイミングを頭の片隅で図る那珂だった。
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この日は川内たちは先に帰路についた。残ったのは那珂と秘書艦の五月雨の2人だけだ。皆が帰った後、那珂は五月雨とともに執務室に赴き提督に報告していた。
「なるほどね。那珂はそこまで考えていたんだ。正直オレはみんなの任務を国や企業等からもらうのに精一杯で君たち自身のことを見きれていなかったかもしれないな。申し訳ない、俺の力不足だ。」
「ううん。いいっていいって。提督だって普段のお仕事忙しいだろーし、気が回らないだろーなってあたし……たち心配だったの。だからこそ、提督が手が回り切らない部分はあたしたち自身で考えてやっていこうかなって。ね、五月雨ちゃん。」
「はい!私も秘書艦として、提督をもっと助けたいです!」
「……ありがとう二人とも。俺も仕事でこういう分業・チームで仕事することの大事さをわかってるつもりだったのにな。国の仕事では俺が頑張らないと、と思ってやってきたけど逆に視野が狭くなっていたよ。やはり那珂……いや、光主さんがうちに入ってくれて、色んな意味で助かったよ。」
「エヘヘ。なんか照れるなぁ~。」
「私もそう思います。那珂さんがいてくれなかったら今頃あたしパンクしてましたよぅ……。」
横髪をクルクル弄りながら半分本気の照れを見せる那珂。五月雨が愚痴っぽく自身を卑下して言うと那珂はもう片方の手を彼女の頭にそうっと伸ばして軽く撫でて慰める。
提督はそんな二人の雰囲気に胸の鼓動を早めて顔で感じる温度に熱いものを得るも、真面目に言葉を返す。
「俺だけだったらやりきれない。艦娘である君たちには戦い以外にも普段の運用をできれば助けてもらいたい。それは俺のためじゃなくて、ここでみんなが安心して助けあって世界を救う活動をしやすくする、みんなのためだ。俺も考えていることはあるにはあるが、順序立てて追々話すよ。とりあえず直近では明日の採用試験。それは俺や五月雨と五十鈴でやっておくから、那珂たちは顧問の先生方にアポイントを取っておいてくれ。うちにはいつ来てくれても構わない。」
「うんわかった。でも、提督の普段のお仕事は?本業も忙しいんでしょ?」
「来週からお盆休みだから上手いこと休めるし、その間はこっちに注力するつもりだよ。だから俺の都合は気にしないでいい。」
提督の都合を確認した那珂は五月雨に視線を戻して言葉を掛けあう。
「それじゃあ五月雨ちゃん、明日の試験準備も大変だろーけど、そっちの顧問の先生への話もお願いね?」
「はい。お任せください!」
返事を聞いた那珂は満足気にコクンと頷いた。
--
那珂と五月雨がそろそろ帰り支度をしようと動き始めた時、提督が思い出したように那珂に向かって言い出した。
「那珂。そういえば川内のことなんだけどさ。」
件の少女の名に触れられて両肩をビクッと跳ねさせて立ち止まる那珂。側にいる五月雨は那珂の表情が一瞬にして強張ったのに気づくがキョトンとした表情に留まる。
「な、なぁに、川内ちゃんが……どうかした?」
出だしの声が一瞬上ずるもなんとか普段の軽さを演出して那珂は聞き返した。
「あぁ。五十鈴が報告した川内のこと。夕立もそうだけどさ、あの二人のこと君は本当に知らなかったのかい?」
「へ? ……あぁ~!そのこと?あのこと!アハハハ~。」
声の調子を180度転換させて素っ頓狂なまでの明るさを取り戻してしどろもどろに返事をする那珂。そんな彼女の様子に提督も五月雨も頭に?を浮かべるのみだ。
「あの川内ちゃん……と夕立ちゃんの視力のことだよね?」
「あぁ、それそれ。」
「あ~!私もそれびっくりしました。ゆうちゃんまでまさかすっごく視力良くなるなんて……友人の私たちも気づかなかったですよぉ~!」
提督の相槌に続いて五月雨が素直な感想を口にする。
「五十鈴は、君が川内の視力のことも知っててそれで旗艦に据えようとしたのかって勘ぐってたぞ。俺も気になってたんだ。もしそうだったら那珂はどんだけ先見の明があるんだよってつっこみたかったわ。」
提督のわざとらしくも珍しいツッコミ風の愚痴に那珂は両手を目の前で振って否定する。
「いやいやさすがにあたしだって知らなかったよ。川内ちゃんを旗艦にしようとしたのは、教育のためでもあるし……提督のためでも……」
「え?」
「あ! ううん!なんでもない。とにかく、いや~でも川内ちゃんすごいよねぇ。夜でも深海棲艦がちゃんと見えるなんてさ。同じ川内型のあたしや神通ちゃんはそんな視力なかったのにさ。どーしてなのさ提督?」
慌てふためきながら両手を組んで頭を悩ませる仕草をする那珂。そして逆に聞き返した。
「いや……俺もハッキリとは言えないがね。同じ型っていっても、艤装には元になった軍艦やそれに関わった人々のありとあらゆる情報がインプットされている。それによって装着者に及ぶ影響も変わるんだ。だから軍艦に倣った同艦型と言っても、実際には元になった情報が全く異なるそれぞれが独立した機械なんだよ。だから川内や夕立は、元になった軽巡川内と駆逐艦夕立が夜間の戦闘でなんらかの戦歴があったことが、艦娘としては視力のアップとして影響が出たんだと思うぞ。」
「そっか。川内ちゃんはともかく、夕立ちゃんのその能力に気づかなかったのは……?」
「わかった!ゆうちゃんは夜の出撃をしたことがないから気づかなかっただけですよ!」
那珂が顎に手を当てて考えこむ仕草をし始めると、提督の代わりに五月雨が両手を目の前でパンと叩いて明るい声で自身の想定を言った。
「そ、そんな簡単なことぉ?」
「だって、今まで夜戦したことあったのって、私たちの間ではますみちゃんと私だけでしたし、きっとそうですよ! でもいいなぁ~ゆうちゃん。私もそういうパワーアップして皆の役に立ちたかったですよぅ……。」
友人の新たな面の発見が嬉しかったのか、口を大きく開いて半月形にして笑顔で言う五月雨。その後の口をやや尖らせての友人への羨ましがり方に那珂も提督も苦笑というよりも見ていて微笑ましくて自然と笑顔が漏れた。
那珂は五月雨に萌えてはいたが、さりげなく真意を突くそのセリフに同意を示す。提督にいたっては同意しつつ、早速ネーミングを考える。
「そーだね。あたしも川内ちゃんみたいな暗視能力があればよかったなぁ~って思うよ。でもこれでまた一つ、うちの鎮守府の艦娘の特徴が明らかになったわけだ、うん。」
「お、その言い振りだと那珂には何か考えがあるのかな?」
提督が含んだ笑みを浮かべて尋ねる。それに対して那珂もわざとらしく含み笑いで返した。
「まぁね。それは追々ってことで。」
「ほう、上司の俺にも内緒ってことはさぞかし大それた事を考えてるのかねぇこの子は?」
「アハハ!まーてきとーに期待しておいてよ。」
引き止められていたので那珂と五月雨は帰り支度を再開し、ともに揃ったところで提督に挨拶をして執務室を後にした。
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帰り道、那美恵と皐月に戻った二人はバスに揺られながら会話をしていた。
「ねぇさつきちゃん。」
「はい?」
「さつきちゃんにはさ、あたしの生徒会としての経験だけじゃなくて、これから加わるかもしれない先生方からもっといろんなことを学んでほしいんだ。それこそ普通に中学生してたら学べないようなことも。」
「うー、色々していただけるのは嬉しいんですけど、私そんなにキャパないですよぅ。」
「ううん。そんなことない。さつきちゃんは落ち着いて物事に取り組めばあたしなんかめじゃないくらい活躍できるって信じてるの。」
那美恵に全力の期待をかけられて皐月は苦笑を浮かべた。しかし那美恵はそんな皐月の様子を気にせず続ける。
「いきなり色々やってほしいとは思わないから、まずは川内ちゃんと夕立ちゃん、二人の特殊な能力を覚えてそれを今後の出撃任務に活かしてくれればいいなってだけ。」
「……え?そ、それってどんな意味が?」
「今回の二人の発見はあたし的にはすっごくタイミングいいなって思うの。あたしたち一人ひとりがなんらかの特徴をもって、それを活かして活躍できるようにする。誰が何を得意不得意とするか把握できれば、提督を助けてあげるっていうことに繋がるし、あたしたち自身がお互いを的確に補って強くなれるんだよ。さつきちゃんには、あたしたちのことをもっと覚えてもらってあたしたちを使いこなしてほしいの。秘書艦として、つまり提督の右腕としてね。」
「はぁ。なんとなくわかってきました。けど……責任じゅーだいでへこたれそうです。」
「ゴメンゴメン。そんなに考えこまなくていいの! とりあえず明日の採用試験が無事終わったら、先生方が来る日までにみんなでもう一回おもいっきり演習試合しよ?」
「あ、演習するんでしたら、はい。私も張り切って取り組みます!」
皐月の表情が曇ったのに気づく那美恵。暗い顔や難しい表情が似合わない皐月をそういう表情にさせてしまったことに那美恵は表面的な感覚でまずいと感じて軌道修正を試みる。
焦っていた那美恵は、
((眉間にしわ寄せた表情なんて君には似合わない、君の優しい笑顔をおくれよ))
とキザ男よろしく心の中で言葉を投げかけ、表向きは優しい年上のお姉さんを演じるのだった。
皐月と途中の駅で別れて残りの帰路、那美恵は自身の考えとともに、この土日の反省をした。
((はぁ。提督へといいさつきちゃんへといい、あたしはやっぱ相手の思いを捉えるの、苦手なのかなぁ……。みっちゃんのお叱りが欲しいなぁ~))
艦娘のことではすでに関わりが薄くなっていた親友のことをふと思い出し、心にポッカリと穴が空いた感じがして物寂しさを持ったまま帰宅することとなった。
新たな出会い
8月第2週の金曜日、鎮守府Aでは久しぶりとなる艦娘の採用試験が行われた。この日装着者を募集した艤装は、次のものである。
軽巡洋艦長良
軽巡洋艦名取
重巡洋艦高雄
これらと同じタイミングで配備された駆逐艦黒潮については提督に思うところあり、試験の募集枠には含まれなかった。
試験の結果は最終項目である実際の艤装との同調試験をもって、即日合否がわかるようになっている。この日、合格者は珍しいことに四名もいたが、うち二人は辞退、残る二人がその合格通知を得ることになった。
それは五十鈴こと五十嵐凛花のクラスメート、黒田良と副島宮子である。
--
試験前日、那美恵たちは提督から出勤してきても良いが試験が終わるまで本館内1階をうろつくなと釘を差されていた。そのため那美恵たちは朝早く出勤早々に着替えて艦娘に切り替わった後、工廠へと向かい艤装を出してもらって演習用プールへと駆け込んでいった。
試験が始まる10分前、演習用プールには那珂・川内・神通、そして村雨・時雨・夕立という顔ぶれが水上に浮かんでいた。なお、不知火は提督から別件で呼ばれていたためこの日は完全に別行動だった。
「さてと、提督から厄介払いされちゃったので、あたしたち暇人組は試験が終わるまではここでのんびり訓練してましょー!」
「厄介払いって……暇人って……。」と苦笑いを浮かべる時雨。
「でもまー暇してるのは当たりっぽい。あたし手伝おっかって言ったらてーとくさんってばいいから演習しておいでって。」
「なんだか……ある意味すごく綺麗な笑顔だったわねぇ、提督さん。」
夕立はふくれっ面で不満気に言葉を漏らす。誰もがこのふくれっ面な少女に手伝わせようものなら飽きて早々に遊びだすかあるいは何をしでかすか知れたものじゃないという思いで一致していた。が、努めて誰も口にしない。
「ま、各々思うところはありますがそれは置いといて。タイミング合えば多分受験者の方々が見物しにくるだろーし、良い見本になれるように思いっきりやりましょー!」
「「「「「はい。」」」」」
「それじゃあみんな、何かやりたい訓練とか、考えてきてくれたかな?」
那珂が尋ねると、我先にとばかりに川内と夕立が手を挙げた。遅れて残りの3人も手を挙げる。
「それじゃーねー……時雨ちゃん!」
ビシっと指さしを時雨に向ける那珂。それを見て川内と夕立が文句を垂れ始める。
「えー!? 先に手を挙げたのあたしじゃん!なんでですかー!?」
「あたしのほうが早かったっぽいのにぃ~!」
「え、えと……いいんでしょうか?」
二人から非難の目を向けられた気がした時雨は申し訳なさそうに確認する。那珂はそれを受けてニッコリと笑顔を時雨に向けて言った。
「特別特別。」
那珂の言い振りを聞いてさらに唸る川内を神通が、夕立には村雨がなだめる。時雨は友人の反応を気にしないことにし、小さく咳払いをした後口を開いた。
「ええと、僕はみんなから遅れてしまったので、この2週間ちょっとの間のみんなの訓練内容をやりたいです。」
「ん~~って言ってもねぇ。実際のところ川内ちゃんと神通ちゃんの訓練だったんだよね。夕立ちゃんたちには雷撃訓練と自由演習に参加してもらっただけなの。」
「そ、そうなんですか。」
声ボリュームを尻窄みにしてセリフを言い終わる時雨。積極的な性格ではない時雨はすぐに一歩下がって悄気げる。それを見て村雨が時雨の背中をポンと叩いて何かを耳打ちした。
那珂は時雨が何か言うのを待っていると、耳打ちが終わってつばを飲み込み僅かにうなずいた時雨が再び口を開いた。
「それでは、攻撃を受けた時の練習をしたいです。」
「攻撃を受けた時?」那珂は思わず聞き返す。
「はい。先日の緊急出撃のお話を聞いて、川内さんや神通さんの状態は他人事ではないって思ったんです。僕も、以前の合同任務でまっさきに被害を受けて中破判定出してしまいましたし。つまり、どこかしら不自由になった状態での動き方や、そうならないための回避の仕方をもっと訓練したいです。」
時雨は合同任務以前にも、いくつかの出撃や依頼任務において真っ先に被害を被る自分の申し訳無さを痛感していたがため、そう願い出たのだった。その思いは川内と神通に伝わるのは容易かった。
時雨の願いに真っ先に反応を示したのは神通だ。
「あ、あの!私も、その訓練に賛成です。私は先回、片足をやられてしまって不知火さんと五月雨さんに迷惑をかけてしまいました。ああなったときにでも一人でうまく対処できるようにしたい……です。」
語尾に行くに従って声量が小さくなっていく神通。言い終わるが早いか神通の肩に手を置いて川内が言い出す。
「神通が陥ったその状態、あたしも経験しておきたいな。だって同期だもん。同じ苦労を同じように感じたいよ。」
「せ、川内さん……。」
お互いコクリと頷き合い見つめ合う二人。その視線は時雨にも向けられる。時雨は軽い会釈で反応を返した。
「よっし。それじゃあ今日は艤装がやられたときの対処の仕方、それから敵の攻撃をかわす練習をしよ。」
「「「「「はい!」」」」」
音頭を取ったはいいものの、具体的にどうやるかを決めるまでには至っていない。那珂は5人に意見を求める。するとそれに神通が最初に提案をし始めた。
「あの……私の体験した片足の艤装がやられたのが記憶に新しいので、みんなで片足で動く練習とか、助け方とかやりませんか?」
「おぉ~、いいねそれ。採用採用!」
那珂はズビシッと神通に向かって握りこぶしを差し出した。そして那珂がその訓練方法の準備と深く掘り下げのためにプールサイドに移動しようと合図する。
その最中、村雨がポツリと
「なんだか今日は服や下着がたっくさん濡れそうですねぇ~。」
と、どうでもいいが大事な指摘でツッコんで、皆をギクリと肩をすくめ苦笑いさせるのだった。
--
その後那珂たちが負傷時の対処法をし始めると、意外と熱中できたのか1時間以上経過していた。各々の艤装の大きさや形状が異なるため同じ姿勢の対処法が通じることは少なかったが、それでも6人にとってこの1時間近くは単なる砲雷撃訓練よりも有益に感じた。
「まぁ、他の鎮守府や職業艦娘とかプロの世界では当たり前の対処なんだろーけど、あたしたちはあたしたちでマイペースに自分たちがやりやすい方法を確立していこ。そのうちあたしのほうで他の鎮守府のやり方を聞いておくよ。」
「うち独自のカリキュラムということですよね?」と時雨。
「うんうん。だからみんな遠慮しないで意見だしあっていこー。」
「えぇ、そうですね。」
「はぁい。」
「それじゃーガンガン出すっぽい!」
時雨・村雨・夕立は思い思いの返事を口にする。川内と神通は中学生組から一歩距離を置いた場所で言葉を発さずコクリと頷く。
そうしてもう1時間が経とうとしているさなか、プールサイドの先の壁の向こうから見知った声と不特定多数の声が聞こえてきた。
--
「……今こちらでは、わが局の艦娘たちが訓練をしている最中です。」
「おぉ~!」
「へぇ~!」
那珂たちがチラリと声の方向を振り向くと、プールに浮かぶ自分たちを格子状の壁越しに見た外野がワイワイガヤガヤと感想を述べ合っていた。
「もしあなた方がこれから行う同調の試験に合格なさって、艦娘として勤務する意志がある方は、このように日々訓練を受けていただくことになります。もちろんその間に本当の戦いが発生して出撃することもあります。私、軽巡洋艦艦娘五十鈴はもちろん、あそこにいる艦娘たちは覚悟と信念を持っていくつかの戦いを乗り越え、今この場で訓練に励んでいます。厳しいことを言うようですが、なんとなく艦娘になってかっこいい活躍をしたいとか、ちょっと怖いなと尻込みしてしまう方には絶対にお勧めいたしません。どうか真剣にお考えください。私達既存の艦娘や管理者の西脇はもちろんのこと、あなた方とご親族様にとっても不幸な結末しか待っていないと思います。とはいえ私たちは軍隊・軍人ではありません。実際の勤務に関しては私生活に支障が出ないようフレキシブルな勤務が行えますので、必要以上に身構えていただかなくても大丈夫です。それから……」
その後も続く、五十鈴からの厳しい注意事項。見学者たる受験者の全員が神妙な面持ちで目の前の艦娘の言葉を聞いている。
川内は、
(あたしはもともとゲームっぽいことが体験できるっていうことから始まったんだけどなぁ)
と心の中で苦笑する。
神通も
(私は単に自分を変えたい一心でここにいます。それ以上の大それた事考えてませんゴメンナサイ!)
と心の中で誰に対してかわからずに平謝りした。
他のメンツもほぼ同じように思い返し、聞こえてくる厳しい言葉に異なる思いを抱いていた。
ほどなくして受験者を率いて五十鈴が去っていった。同調の試験と言葉に触れていたように、向かったのは工廠であった。外野がいなくなったあと那珂たちはアハハと声に出して苦笑し、実際には工廠に聞こえることはないものの小さめの声量でもってお互いの心の中を明かしあった。
--
その後那珂たちは回避訓練をし、服もびしょ濡れ・疲れもMAXに溜まって誰からともなしに音を上げて訓練の終了を口にし始める。那珂自身も疲れをかなり感じていたため、号令をかけてその日の訓練を終了することにした。
「それじゃー今日はここまで。今日一日でとりあえずは先回の出撃までの反省点を復習できたと思うんだけど、みんな手応えはどーかな?」
「あたしは神通の苦労がわかったのでそれだけでも満足です。あと、回避訓練ではみんなにタックルするのが楽しかったのでさらに満足度アップです。」
「私は……この訓練をこなすためにはまだまだ体力が足りないことを実感しました。自主練したいです。」
川内と神通が感想を口にする。それに駆逐艦たちが続いた。
「やっとなんとかみんなと同じ経験に達することができたかなと思います。僕も自主練したいです。神通さん、お付き合いしてもよろしいですか?」
真面目で律儀な時雨の言葉と要望に神通はコクコクと勢い良く頷く。フィーリングが合うかもしれない子と一緒に訓練外のトレーニングが出来る、その事実に胸が熱くなった感じがした。
「結構充実したって感じですねぇ。またしたいですぅ。」
「あたしもあたしも!それに川内さんと一緒に他の人にタックルしたりわざと狙うの楽しかったっぽい!!」
「ゆうは……妨害するのが目的じゃないんだからさ……。」
夕立が若干本来の目的とそれた言い方をして感想にしたことに時雨がすかさずツッコミを入れ、ようやく普段の駆逐艦勢の雰囲気を復活させたのだった。
「うんうん。みんな満足できたようで何よりだよ。あとは五月雨ちゃん、不知火ちゃん、妙高さんにも同じ訓練を体験してもらって、今後の訓練のベースに取り入れていこ。」
「「「「「はい。」」」」」
元気よく返事をした5人を見て那珂はニコリと笑い返し、合図をしてプールを出発して工廠へと戻った。
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工廠の乾燥機で服を乾かしている間に那珂が明石に試験の経過を尋ねると、明石は満面の笑みで告げてきた。
「ウフフ~。今回はすっごいですよ。試験の最終的な判定はこの後ですけど、同調の試験にはなんと4人も合格者が出ましたよ!」
「えぇ~~!?すっごいすごい!今までで一番多いんじゃないですか!?」と乗り出す勢いの那珂。
「へぇ~!一気に4人も増えるの?」
「……川内さん、艤装は3人分しかないんですよ。ひとまずの結果だと思います。」
言葉通りに受け取って驚いてみせる川内に神通が静かに鋭いツッコミを入れる。
「けどまだ外では言わないでくださいね。秘匿事項ですよ。」
「はーい。」
明石から釘を差されたので那珂たちは抑えきれぬ喜びを強引に押し込めて工廠を後にした。
川内たちを先に入浴させ、那珂は気になる採用試験の詳細を確認しに執務室へと足を運んだ。コンコンとノックをして提督の声が聞こえてから戸を開けて足を踏み入れる。
そこには五十鈴と五月雨が提督の執務席の前で会話をしている最中だった。
「おぉ、那珂。どうしたんだい?」
「うん。採用試験の結果が気になってね。明石さんからちょっと聞いてきたんだけど、受かった人四人いるんだって?」
那珂の問いかけに答えたのは五十鈴だ。
「えぇ。その中には良と宮子もいるわ。」
「えーー!?やったじゃん五十鈴ちゃん!これで一緒に艦娘できるじゃん!!」
五十鈴から最も聞きたかった結果を聞いて軽くジャンプしつつ思い切り喜びを表す那珂。しかし五十鈴の表情は思ったよりも明るくない。
「ただ、長良と名取に合格できてしまった受験者がもう二人いるの。これから次の試験をどうするか今話しあっているところよ。」
そう言って五十鈴が提督に視線を戻すと、提督は五十鈴の視線を受け取ってコクンと頷く。
「あれ?重巡高雄には誰が合格したの?」
「残念ながら受験者の誰も高雄には合格できなかった。惜しい、という同調率の受験者すらいなかったよ。」
提督は頭を横に振って答える。そしてそれまで会話で進めようとしていた内容の詰めを再開すべく五月雨が催促し始めた。
「それで、どうします?試験の運用規則だと、この後は個人面接ですけど……?」
五月雨の催促を受けて提督も五十鈴も視線戻して打ち合わせを再開する。さすがにその輪の中に入るのはお門違いと感じた那珂がまごついていると、その様子に気づいた提督が一言で尋ねてきた。
「そういえば、那珂は何か用事あったんじゃないか?」
「あの……提督。今日の訓練は終わったので、その報告なんだけど?」
「あ~そうか。すまない。後でメールか何かでまとめておいてくれよ。ちゃんと読んでおくからさ。」
「うん。わかった。それじゃー三人とも頑張ってね、お先に~。」
軽い声質で挨拶をして那珂は執務室を出ることにした。
((今回の試験はあたしに直接関係ないし、あとは3人に任せておけばいっか。))
那珂は他の艦娘から遅れて浴室に向かい、その日の疲れを取り除いてから帰宅することにした。
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その日の採用試験では4人から2人に絞り込むための面接はすでに夕刻ということもあり行われなかった。受験者には翌日土曜日に面接を行うことを提督が決断し、それを五十鈴が合格者の4人に伝えることとなった。
翌日、再び試験会場たる鎮守府本館に集まった4人に対し、提督と五月雨、そして五十鈴の3人が面接官となり一人ひとりに対して問答をしてその人となりとその意思と決意の真剣味を確認していった。
その日は午前に1回面接をしたのち提督らが内容を精査し、そして午後にもう1回面接が行われた。そうして2回行われた面接で、四人のうち、五十鈴の友人ではない赤の他人二人は、勤務の待遇・勤務地たるこの鎮守府Aの立地、そして何度か見せられた艦娘の出撃の現場動画により意思が揺らいだのか、辞退を願い出てきた。提督はその二人に対してやや憂いを含んだ真面目な表情でもってこれまで試験を受けてくれたことに感謝の意を示す。しかし心の中では、先日から知っていた五十鈴の友人の二人に本当の合格を言い渡すことができる喜びでいっぱいだった。
管理者・責任者ともあろう人物が特定の人物を贔屓してしまうことになるが、関係者の五十鈴がそれを黙認したので那珂たち他の艦娘が知る由もない。
そして土曜日中に、五十鈴こと五十嵐凛花の友人、黒田良には軽巡洋艦長良の、副島宮子には軽巡洋艦名取の合格通知が通達されることとなった。今回那珂たちは完全に外野であったため、そのことが正式に伝えられたのは、受験者の二人より後、土曜日の夜のことだった。
私室でくつろいでいた那美恵はそのことを提督から聞き、すぐ凛花にメッセンジャーで連絡を取った。もちろん賞賛の言葉を贈るためだ。
「凛花ちゃん!おめでとーー!これでやっとお友達が艦娘になれるねぇ~。」
「ありがとう。艦娘部は作れなかったけど、それでも同じ学校から艦娘仲間が揃えられるのはとても嬉しいわ。きっとあなたも同じ気持を味わったんでしょうね。」
「うん!とっても嬉しかったよ。それにワクワクしたもん。」
「ワクワク……か。うん。いいわね、その気持ち。川内たちの訓練になんだかんだで全部付き合ったからわかるわ。良と宮子の訓練、今から楽しみで仕方ないもの。」
「アハハ。それじゃー凛花先生には二人の訓練にしゅーちゅーしてもらいますかね。その間残りのあたしたちで出撃とか依頼任務こなしておくよ。あたしたちの時のお・か・え・し!」
「ウフフ、言ってなさいな。早く二人を一人前にして、あんたら3人をあっという間に追い抜いてやるんだから。」
「エヘヘ~。こっちだって負けないよ。」
「同じ軽巡担当として。」
「うん。これからの鎮守府を支える背骨になろーね。」
完全に立場が逆転することになる那美恵と凛花のメッセンジャーでのやり取りは深夜近くまで続き、お互いを励まし合い、からかい合い、電子的な会話をさらにふける夜まで続けるのだった。
教師参観日
五十鈴の友人、黒田良が軽巡長良、副島宮子が軽巡名取に着任が決まった翌日以降。五十鈴は二人の着任の準備に追われることになり、日常の訓練や那珂たちの訓練構築の打ち合わせへの参加に割ける時間が思うようにとれなくなる。新たな二人の着任までには川内と神通の時と同じくらい準備と時間がかかるためだ。そんな新たな二人の着任式は一週間先に予定された。
その間、既存の艦娘の立場になっていた那珂は、新たな二人にも安心して取り組ませられるように鎮守府A独自の訓練方法を形にさせるべく、本格的に動き始める。
那珂が右腕として頼りたかった五十鈴が別件で忙しくなることを危惧し、不参加時の代行者として神通と時雨をその役割に抜擢した。提督からは訓練の構築のリーダーは那珂に一任されていたため、那珂は真面目で真摯に取り組むその二人を選んだ。
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週が開ける日曜日、那美恵は自身の高校の艦娘部顧問の四ツ原阿賀奈からメールの返信を受け取った。
「光主さんへ。先生も鎮守府に行っていいのね!?行っちゃうわよ!」
「はい。今すぐにでも来て欲しいところなんです。事情はこの前簡単にお話しましたけど、先生にはあたしたちの訓練の後ろ盾になって欲しいんです。ちなみに五月雨ちゃ……以前うちの高校に来てもらった中学生のあの子の学校からも艦娘部の先生が来ます。あと不知火という艦娘の子の中学校からも同じく艦娘部の顧問の先生がいらっしゃいます。どうか、うちの高校の教師代表として期待していますので、お願いしますね。」
「光主さんへ。任せなさーい!それで、先生はいつ行けばいいの?」
「よその先生方の都合もあるので、○日か○日、そして○日なんですけど、いかがですか?」
「うーん、先生、教育研修や職員会議でとかで夏休みでも忙しいのよね。でもなんとか都合つけてみるわ。他の学校の先生方の確認お願いね?ちゃんと伝えてくれなきゃ先生泣いちゃうわよ?」
「アハハ……はい、それはちゃんとやりますので。」
那美恵はメールの文章にもかかわらずヒシヒシと伝わってくる阿賀奈の間の抜けたしっかり者の先生アピールに、苦笑を浮かべつつメールでのやり取りを進める。その日曜日中に那美恵は五月雨こと早川皐月、不知火こと智田知子からそれぞれの学校の艦娘部顧問の教師の都合を確認する。早速それを阿賀奈に伝える。
そうして決まった翌週のとある日、鎮守府には那珂たち艦娘部の顧問の教師が3人、集結することになった。
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那美恵・流留・幸が駅で待っていると、改札を通って阿賀奈が姿を見せた。
「先生!」
那美恵が手招きをすると阿賀奈は那美恵たちの数歩前で一瞬突っコケるという天然っぷりを見せて小走りで駆け寄ってきた。
「アハハ、光主さん、内田さん、神先さん、お久しぶり。夏休みの間ちゃーんと宿題やってましたかぁ?」
一人を除いてすぐさま頷いて返事をする。その一人は話題そらしのため強引に声を上げる。
「先生先生!それよりもさ、あたしもさっちゃんもちゃーんと艦娘として訓練してこの前初めて戦いに出たんですよ。すっごいでしょ!?」
「あら!内田さん頑張ったのね~。神先さんも?」
ほんわかした口調でもって流留とその隣にいる幸に尋ねる阿賀奈。幸は言葉を発さずにコクコクと頷いた。
鎮守府までの道中、これまでの出来事を報告したりプライベートでの趣味の話題を投げかけ合う那美恵たち三人。自分たちに一番身近な大人が来たとあって三人は我先にと語りかけ、阿賀奈を嬉しい悲鳴で喜ばせるのだった。
鎮守府へ着き、那美恵たちは更衣室へ行って着替えた後、阿賀奈を改めて案内し始めた。真っ先に向かうのは執務室である。
那珂がノックをして返事を確認した後入ると、そこには妙高、五月雨と不知火の他、綺麗なストレートヘアで背筋をわずかに傾斜させた女性とウェーブがかったロングヘアに身なりも姿勢も非常に整った女性が執務席の前で話し合っていた。
「あ、五月雨ちゃんと不知火ちゃん。そちらはもしかして?」
「那珂さん!」「那珂さん。」
続いて提督も那珂と阿賀奈に挨拶をする。
「おぉ那珂。それに四ツ原先生、ご無沙汰しております。」
「提督さん!ご無沙汰しています!」
那珂たち&阿賀奈も来て対象の三人が揃ったことで、改めて執務室内で教師陣の自己紹介と生徒たちの紹介が始まった。
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打ち合わせの音頭は提督が取って進む。提督は三人の教師をソファーに促し着席してもらい、自身と妙高は向かいのソファーに座することにした。なお那珂たちは普段の調子を努めて抑え、教師たちの座るソファーの後ろで立って控える。
「えー、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。それではお互い自己紹介をしていただきたいと思います。それではさみだ……早川さん、お願いするよ。」
「はい!千葉県○○市立○○中学校、二年の早川皐月です。駆逐艦艦娘五月雨と秘書艦を担当しています。よろしくお願いします!」
五月雨に続いてストレートヘアの女性教師が自己紹介し始めた。
「あ、あの。私、早川さんと同じ千葉県○○市立○○中学校で教師として勤めております、黒崎理沙と申します。世界史を担当しております。こ、この度は早川さんから提案をいただきまして参りました。よろしくお願い致します。……あ、私、重巡洋艦羽黒の職業艦娘の資格を得ております。」
気弱さと頼りなさ気な雰囲気を醸し出しながら自己紹介をする。提督の隣にいた妙高が若干不安顔を見せる。対する理沙も妙高をチラチラと妙高を視界に収めつつ気まずそうな表情をうっすら浮かべる。
提督や妙高、他の艦娘や教師らが軽く会釈をしあい、タイミングを見て次に不知火が自己紹介を始めた。
「千葉県○○市立○○東中学校、二年生の智田知子と申します。駆逐艦不知火をしています。……よろしくお願いします。」
抑揚のない声で淡々と進める不知火。言い終わるが早いか不知火は隣にいた女性に目配せをして次を促す。
「わたくし、智田と同じ中学校で数学教師を勤めております、石井桂子と申します。生徒からは優しくて頼れる桂子先生って慕われおりますの。航空母艦の職業艦娘、隼鷹の資格を有しております。どうかよろしくお願い致しますわ。オホホ。」
わざとらしい丁寧語。誰が聞いても無理してるんじゃね?と思わずにいられない口ぶりにその場にいた一同はやや目をギョッとさせてチラリと桂子を見た。が、すぐに作り笑いと会釈で驚きの表情を隠す。唯一表情をこわばらせたままなのは不知火だ。彼女は小声で桂子に何かを言うが、もともと聞き取りづらいしゃべり方をしている不知火のために他の者はその内容までは聞き取れない。ともあれ気にしないでいいだろうと誰もが思っていたので、提督が代表して次を促した。次は那珂たちと阿賀奈の番となった。
那珂の後ろには川内と神通が控えていたが、二人とも那珂だけ自己紹介でいいだろうと任せるつもり満点でいたので、声の小さい神通が代表して那珂に耳打ちしてその意を伝える。那珂もそれに同意して早速自己紹介を始めた。
「あたしは千葉県○○市立○○高等学校、二年生の光主那美恵と申します。鎮守府Aでは軽巡洋艦の艦娘那珂を担当させていただいております。本日は私共の提案でお集まりいただき誠にありがとうございます。よろしくお願い致します。」
普段の真面目モードを個人比30%増しで丁寧に振る舞う那珂。それに阿賀奈が続く。
「光主さんと同じ○○高等学校で国語の副担当を勤めております、四ツ原阿賀奈と申します! 私、この度軽巡洋艦阿賀野の職業艦娘に合格しています!よろしくお願い致します!」
阿賀奈まで自己紹介が終わり、三人の教師は互いに挨拶を交わす。引き続き提督が口を開き、説明をし始める。
「先生方には生徒さんから簡単に説明が行っているでしょうが、改めて私のほうから説明させていただきます。」
提督は先日の緊急出撃を始めとして、艦娘たちの訓練や鎮守府での過ごし方に触れる。そうしてようやく今回の目的が語られた。
「それでですね、今回はそちらにいる那珂の提案で、訓練内容や手順、評価方法をうち独自に明文化・規律化し、艦娘たちの効率よい強化を図れるようにしたいと考えております。そのために、先生方には彼女らが話し合って決める訓練の指導といいますか、レビューをしていただきたいのです。まずは彼女らの普段の訓練の様子を見ていただいて感覚を得ていただければ幸いです。」
提督の説明を噛みしめるように聞く三人の教師。真っ先に口を開いたのは阿賀奈だった。
「えぇ。えぇ。わかりました!光主さんたちの訓練を見ればいいんですね!わかりました!」
軽快に答える阿賀奈に対して、理沙と桂子は阿賀奈とは全く異なる反応を見せる。
「あの……よろしいですか?」
「はい、黒崎先生。」と提督。
「私は、早川さんが艦娘になった当初に何度か見させてもらっています。あの頃とは艦娘の皆さんも増えて状況が変わっているのでしょうし一概に言えないのでしょうけれど、私達普通の教師が、生徒とはいえ艦娘になって戦う彼女たちの訓練を見ても、良いも悪いも言えないと……思うのですが。」
「あ、それあたしも……コホンコホン。それ、わたくしも同意ですの。私は数学の教師ですので、戦いについては何もアドバイスも教育的指導もできないことははっきり申し上げておきます。」ピシャリという桂子。
二人の反応は想定の範囲内だった提督たちはお互い目配せをし、代表して那珂が説明を引き継ぐことにした。
「西脇提督に代わってあたしが補足させていただきますね。今回のお話はあたしが最初に提案したことなんです。先ほど提督から話があったように、緊急出撃であたしたちは色々思うことがありました。特にあたしは、後ろにいる川内と神通の二名の訓練の指導をした直後の出撃だったので、それまでの訓練に足りない内容ですとか、本当に二人の能力を正しく見て進められたのかとか、いわゆる教育のイロハが不安になったんです。そこで、身近で教育や指導のプロである先生方に協力していただけたらなって思ったんです。」
「へぇ~なるほどねぇ。生徒に頼られたんなら期待に応えないわけにはいかないですよ。ね、黒崎先生、石井先生?」
阿賀奈が率先して声を出すも理沙と桂子の反応は芳しくない。そこに那珂が攻勢をかけた。
「先生方もお忙しいとは思うんですけど、先生方もいずれ艦娘として着任していただくことになりますし、それぞれの学校の顧問なのですから、実際の現場を見て将来的には普通の部活動みたいにあたしたちの指導をしていただきたいんです。どうか、ご協力お願い致します!」
那珂が深々と頭を下げる。それを見た五月雨らは同じく頭を下げてそれぞれの学校の顧問に懇願しだす。
少女の艦娘らが頭を下げてすぐ、妙高が口を開く。
「私からもぜひお願い致します。私は下手をすればこの子たちの母親に近い歳ですし、教育に関わる仕事などはしてません。この子たちと同じ立場でしかありません。理沙、教職者であるあなたには特に頼りたいの。そちらの石井先生と四ツ原先生にはどうかうちの理沙と一緒に協力してほしいと存じます。」
「お、お姉ちゃん……!」
妙高の物言いは艦娘たちの心配というよりも従妹である理沙への気にかけがメインになっていた。実の姉より慕う従姉の妙高こと妙子にいい年して心配されるという行為を衆目に晒され、顔を真赤にして抗議する理沙。その様子を左後ろで見ていた五月雨は慕っている先生の珍しい一面を見てポカーンとする。
理沙の右隣りに座っていた桂子はうつむいて考えこむ仕草をして数秒の後、顔を上げて周囲を見渡して言い出した。
「ここで何も知らないわたくしたちがこうして話していても机上の空論でしかありませんし、とりあえず生徒たちの活動の様子を見てみませんこと? 最近の若い教師によくありがちな、生徒たちの本当の様子を見ないで批判という仮初の教育はわたくしども教師のためにもならねぇ……なりませんことよ。」
よろしくない反応から一転、三人の中で一番まともな反応を見せる桂子。後ろにいる不知火はそれまで浮かべていた不安げな表情をようやく和らげてホッと胸をなでおろした。わずかな仕草のために同じ列にいた五月雨や那珂は気づくはずもなく見過ごす。
三教師がまちまちの反応を見せたことで内心戸惑ってどうしようか焦っていた提督は、実は一目置いている人物が仕切って声をまとめてくれたことでホッと安堵する。
「えぇと、黒崎先生も四ツ原先生も賛同ということでよろしいですか?」
提督が確認すると、理沙と阿賀奈は間にいる桂子越しにお互い顔を見合わせ、賛同した。
「はい。」「はぁい!」
三人の教師からひとまずの同意を得た提督は那珂たちに視線を向けて合図を出した。
「それじゃあ那珂たちは待機室へ行ってくれ。俺と妙高さんは先生方を後で待機室へお連れするから。」
「はい。」
提督から指示を受けた那珂たちはそれぞれの学校の顧問の教師を執務室に残して出て行った。
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待機室に行くと、そこには全員揃っていた。
「あれ?五十鈴ちゃんも?」
「えぇ。今日はこの二人の身体測定や書類の提出のためにね。時間が空いたら訓練には参加するわ。けど那珂の相談役は神通と時雨に任せるのは変わらないから。私は相談役の相談役ってところかしらね。」
そう言って五十鈴は側にいた友人二人、まだ着任していない将来の長良と名取の肩に手を置きつつ鼻を鳴らして上半身やや反り返らせる。
「あ、あたしたちほんとーにここにいていいの、りんちゃん?」
「そ、そうだよぉ……艦娘の皆さんのおじゃまになっちゃうよぉ?」
スポーティーなショートカットヘアにやや褐色に日焼けしたいかにも活発そうな少女、黒田良が見た目の雰囲気に反して弱々しく言うと、それに続いて副島宮子が申し訳なさそうに詫びを口にしてペコリと頭を下げる。良と同じくショートカットヘアだがややぼさっとして整えられておらず、代わりにヘアバンドを付けてまとめてある。お辞儀をした拍子に横髪と横髪の一部がサラッと垂れた。
「あんたらももうすぐ艦娘になるんだから、気にしないでいいのよ。今のうちに生の現場を見て肌で感じておきなさいな。」
緊張しまくりの友人二人を余裕綽々な五十鈴が戒める。
「五十鈴さん……厳しそう、ですね。」
「アハハ。五十鈴さんこれから大変でしょうし、那珂さんのサポートは神通さんと僕に任せてください。」
友人を連れた五十鈴ら三人のやり取りを見て二者二様の反応を見せる神通と時雨。那珂たちは賑やかに笑いつつこの日の訓練内容を詰め始めた。始める際、那珂は後から顧問の教師が入ってくるが一切反応しないようにと全員に釘を差しておくことを忘れない。
那珂たちが見た目何の気無しの雑談ガールズトークのように見える訓練内容の打ち合わせをしていると扉が開き、提督と妙高が三人の教師を連れて入ってきた。川内たちは那珂の注意通りなるべく意識しないように意識して自分たちの打ち合わせを続ける。その雰囲気はさながら父兄参観日の授業である。
よくいる生徒よろしく、やはり反応して視線や手を振ってしまう艦娘がいた。夕立である。顧問の教師たちが入ってくるまで20分少々時間があったが、単なる打ち合わせで意見を交わし合うのに早々に飽きてしまっていた彼女は後半数分で意見を出さなくなり、席を立ってフラフラしたり、弄りやすそうな雰囲気を出していた五月雨の髪を後ろから掴んでワシワシして半泣きにさせたりしていた。そうしているうちに入ってきた顧問の教師、自分たちの学校の先生である黒崎理沙を見つけた夕立はその照準を変える。
「あ~!黒崎せんせー!あたしの活躍見といてねー!バリバリ活躍できるっぽい!」
「フフ……はいはい。見てますからね。」
あっけらかんと振る舞って手を振る夕立に理沙は眉を下げた微笑を浮かべながら手を振り返した。
「光主さーん、内田さーん、神先さーん!先生見てますからねぇ!○○高代表として恥ずかしくない姿を見せてねー!」
そう叫んで手を振り出したのは生徒ではなく、教師である阿賀奈だ。
((あんたのほうが恥ずかしいんだよ))
那珂たち三人はそう心の中で思って頭を悩ますのだった。
--
生徒側、教師側で一部騒がしい存在がいるも、打ち合わせの議長として那珂が改めて音頭を取りはじめたため、打ち合わせの流れは滞りない流れを見せる。
「さて、ここまでで出た案を確認します。時雨ちゃん、読み上げてくれるかな?」
「はい。砲撃訓練、雷撃訓練、実弾とバリアを使った対人の砲撃訓練、砲雷撃の総合訓練、偵察機を使った対空訓練、偵察・索敵の訓練、負傷時の対処の訓練、航行訓練、回避訓練、夜間訓練。えーっと……ベニヤ板かビニールを被って深海棲艦の格好を真似たやつと戦う模擬戦闘。普通の模擬戦闘・演習試合、基礎体力づくり、と、ここまでです。」
「結構たくさん出ましたねぇ~。あたしは夜間訓練したいけど。」
「あたしもあたしもー!」
川内が言うと夕立も真似して乗り出すのはもはや那珂たちにとって当たり前の流れになっていたので誰も気にしない。
「えぇと。どれも大事な訓練内容だと思うね。どーしよーかなぁ。」
那珂は挙げられた訓練の中で何をしたいか一人ひとりに尋ね始める。最後の一人の手前で那珂は不知火に尋ねる。
「それじゃあ次に不知火ちゃん。」
数秒の間の後不知火が喋り始めた。
「はい。対空訓練と回避訓練が。けど、皆バラバラにやりたい訓練を言い出しても。意味ない。」
自分の要望を言いつつも踏みとどまる不知火。那珂は彼女の言葉を最後まで聞いてウンウンと頷く。
「お?そっかそっか。うん、鋭くて良い意見だね。じゃあ最後に秘書艦の五月雨ちゃん、どーしたいですか?」
「わ、私ですかぁ?」
一人だけ立っていた那珂は右掌を上に向けて五月雨を指し示す。示された五月雨は背筋をピンと伸ばした。
「えぇと、あの~。私個人としては負傷時の訓練とか回避訓練とかやりたいんですけどぉ~、私は不知火ちゃんと同じ気持ちがあるんです。じゃあだからどうするのって言われたら……うーん、えーと。うまく言えないです!ゴメンなさい!」
那珂は指し示す手のひらの先で見るからに慌てふためいてキョロキョロしている五月雨の意見に耳を済ませた。
不知火といい五月雨といい、その実やはり古参であるだけに秘めたる鋭い感覚があるのか、そのセリフの一部に垣間見せる。那珂は二人の的確な考えを逃さない。
「うんうん。そーだよねぇ。みんなやりたいことあるよねぇ。あたしはね、偵察と回避かな。でも、不知火ちゃんと五月雨ちゃんの考えが正解かなって思うの。確かにあたしたちが皆やりたいことてんでバラバラに言っていっても収拾つかなくなるかなぁって。だから、あたしの考えでは、まずは皆に今出た訓練の案を全員やってもらおっかなって思います。」
「えぇ~~!それじゃー皆に意見聞いた意味ないじゃないっすか!」
--
那珂の言い振りを素早く非難したのは川内だ。
「うんゴメンね。でも皆の声を聞きたいのは確かだったから。それでね……」
そう一言言って那珂は川内をなだめようとする。しかし川内は何かが引っかかったのか先輩である那珂のセリフの途中で食いついてきた。
「大体あたしたちがやりたい訓練って言ってるのに、なんで全員で全部の訓練やる必要あるんですか?非効率じゃないですか!あたしたちが要望出した訓練をやらせてくださいよ!」
「川内ちゃん落ち着いて。」
「いいや!あたしは納得出来ないね! あたしがやりたいのは砲雷撃の総合訓練と夜間訓練。あたしはこれだけでいい!」
顔をみるみる赤くして那珂に食らいつく川内。怒気を纏い始めた勢いの口ぶりに那珂は努めて冷静に見つめる。隣の席に座っていた神通は初めて見る同期の少女の激怒する姿になだめようと出しかけた手を引っ込めて泣きそうな顔をしている。川内と気の合う夕立もその様子に当てられて、普段の明るい無邪気な振る舞いを完全に潜めて不安げな顔で見つめるしかないほどだ。当然他のメンツも驚きのあまり目を白黒させている。
「川内ちゃん、それは我儘だよ。あなたと神通ちゃんは訓練を終えたばかりなんだっていうことを自覚してほしいな。だから……
「だから! あたしは自分がイケるって思えることを訓練したいんですよ!あたしは長所を伸ばしたいんです。RPGとかだって変に全パラメータにポイント割り振って万能キャラにしたって結局役に立たないで他のキャラに埋もれることがあるんですよ!?」
川内は自身の考えを身近なゲームでの例を交えて必死に訴える。
立ち上がって言い争う那珂と川内の様子を提督・妙高と三人の教師が見守る。しかしその険悪な雰囲気に耐えられない阿賀奈が不安で心臓をバクバクさせて提督にささやくように言った。
「あ、あの~提督さん?あの二人を止めないといけないんじゃないですかぁ?」
「いや。ここはもう少し見守りましょう。」
そう淡白に言い放つ提督に同意したのは理沙と桂子だった。二人は阿賀奈とは異なり極めて落ち着いた様子で目の前の少女たちの議論から視線を外さない。
「わ、私も、そう思います。」
「そうだn……ですわね。わたくし達大人が子供を叱るのは、彼ら彼女たちが道を誤ったり、危険な事をしでかすギリギリ2~3歩手前が最も効果的ですわ。」
「え、えぇ……?」
他校とはいえ同じ教師である二人の声に阿賀奈おろおろするしかなかったが、やがて気持ちを落ち着けたのか、三人と同じように生徒たちに視線を戻した。
那珂は目を瞑りながらため息をついて川内に向かって問うた。
「それじゃあ川内ちゃんはこの前やられた時のこと、どー思ってる?」
「え!?どうって……。」
先輩からの質問に怪訝な顔をして川内は俯く。視線は机の上の自分の手に向いていた。那珂が言っている意味がわからない。川内は数秒黙った。
那珂はもう一度問う。語気に苛立ちが混じっている。
「あなたはこの前2回も深海棲艦にしてやられて、何か思うことはなかったかって訊いてるの。答えて。」
「な、何って。次はそうならないように先に倒してやる。そー思います。だからその時と同じシチュで砲雷撃の訓練をするだけですよ。」
「そう。川内ちゃんに取ってそれ以外はどうでもいいんだ?」
「そうは言ってないじゃないですか!それにやられる前に倒せ的なこと言ったのは那珂さんや明石さんたちじゃないですか!?攻撃は最大の防御なりですよ。だからあたしは優先度をそう割り振っただけのことです。」
「他の子はともかく、あなたたちはそれじゃダメ。半人前だということを自覚して!」
「この前提督が認めてくれたじゃん!あたしと神通はもう一人前だっつうの!同じ立場になったならあたしたちの意見を尊重してよ!!」
バン!と川内が机を強く叩く。
「提督が認めても少なくともあたしや五十鈴ちゃんの中では認めたつもりは正直ないの! 二人の声はちゃんと聞くよ? でも……川内ちゃんの好きなゲーム的に言えば、まだ二人にはレベルが足りないの。だから全ての能力を等しく上げる必要があるんだよ。」
そのまま川内に合わせて怒りを纏ってはまずいと察し、那珂は途中で呼吸を整えて冷静に言葉を選びながら必死に怒気を抑えて口を動かす。
「じゃああたしはどーすればいいんですか!?せっかく基本訓練を終えて提督に一人前の艦娘に認めてもらったのに、かたや先輩には認めてもらえないなんて。あたしは自由にやりたいんですよ。その結果強くなってみんなの役に立てればそれでいい!!」
「それじゃあ集団行動の意味がないでしょ!! ここは学校と違うんだよ!?学生生活よりも一層集団行動の意義が問われるの。自由に振る舞いたいならあたし以上に強くなってからにしなさい!!」
那珂が、誰にも見せたことのない激しい怒りを伴い川内を叱りつける。那珂のその言い方に川内は頭の中で何かがブチリと切れる感覚を覚えた。
「……じゃあ、あたしが那珂さんをぶちのめしたら、自由にさせてくれるんだよね?」
ゆっくりとした口調でドスの利いた声で薄ら笑いを浮かべながら川内がそう口にする。
側で聞いていた神通はブルっと震えた。今まで見たことがない、川内こと内田流留のおそらく素の一部。なんとなく仲良くなって親友になれたかもと思っていた目の前の少女の現在の様子に神通は恐怖すら覚えている。
周りの様子を気にせず那珂と川内の口論は続く。冷静にと自分に言い聞かせておきながら、那珂はうっかり流れを川内に合わせてしまった。
「……いいよ。」
「じゃあ勝負です。あたしと神通が那珂さんに勝てたら、今後の訓練はあたし……たちが望んだことを好きなタイミングでやらせてよ。」
承諾の言葉を出す前に那珂は深呼吸をする。二人とも脇にいた神通の「え、私も?」という仰天の声に耳を傾ける余裕がない。
「……その勝負、受けて立つよ。あたしが勝ったら、川内ちゃんには今後あたしが認めるまでは絶対文句は言わせないからね。あたしや皆が決めたことに黙って取り組んでもらいます。いいね?」
「望むところだ。絶対勝って自由にさせてもらうわ。」
川内の口調には、普段なるべく意識していた敬語が消えてなくなっていた。
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打ち合わせは慮外な方向に進んだため、本来の流れは一旦中断された。怒りと興奮で顔を真赤にした川内は那珂からひとまずの約束を取り付けると、居ても立ってもいられなくなったのか待機室を飛び出して駆けていった。しかし那珂も神通も他の艦娘も誰も追いかけようとしない。
「皆様、お見苦しいところをお見せしてしまいすみませんでした。川内はあたしの後輩で、やる気も勢いも素質もあると思っているのですが、その勢いをあたしが制御しきれないのは事実です。本当でしたら、あの娘にはこう言ってなだめて議論を展開させる予定でした。」
そうして語りだした那珂の説明を押し黙って聞く二人の教師と提督ら。それは五月雨は以前、その言葉は異なるも聞いたことのある内容だった。
那珂が打ち明け終わると、すぐに反応を示したのは五月雨だった。
「そ、そうだったんですか。私たちの……。」
「確かに、僕達が何を得意として何を苦手とするのかは、全部を一通り行ってみないとわかりませんね。」
「学校の体力測定みたいなものよねぇ。」
続いて時雨が感想を言い、村雨が例えを交えて言う。その例に那珂たちは頷いて認識を深めあう。一方の夕立は身体をぶるっと震わせてから口を開いた。
「川内さん、怖いっぽい。あたしは川内さんみたいに焦らないようにしたいな。」
「ゆうも苦手なところわかって不安をなくしておきたいよね?」
時雨がそう尋ねるとさすがの夕立もコクコクと素早く連続して頷いて肯定する。
言い終わると、那珂は視線を阿賀奈に向けて懇願する。
「すみません、四ツ原先生。せんだ……流留ちゃんをお願いします。」
「わ、わかったわ。これも顧問の役目ですもんね?先生に任せなさい!」
ハァ……と深くため息をついて言う那珂の言葉に阿賀奈は気持ちを察したのか、戸惑いを僅かに見せながらもコクコクと頷き快い返事をして待機室を出て行った。
自身の学校の顧問がいなくなり自校の関係者が神通だけになったので那珂は再びため息をつく。気持ちを落ち着けると、タイミングを見計らったのか提督が尋ねてきた。
「それで那珂。君はこの後本当にどうするつもりだい?」
「うん。とりあえずホントーの流れを始める前に、叩きのめしてでも 川内ちゃん従わせるよ。出だしからバラバラにしたら意味ないし。」
「そうか。すまなかった。」
「え?なんで提督が謝るのさ!?」
突然頭を下げて謝罪してきた提督に驚く那珂。
「いやさ。俺が焦ってデモ戦闘なし判定省略で二人の訓練を強引に終わらせたからこうなってしまったんだし。あの時川内が言った文句は正しかったなって今反省してるよ。」
「ううん。気にしないで。想定とは違う流れになるけどこれで川内ちゃんの訓練を締めくくれる勝負になるのなら結果オーライだし。それに今回は先生方っていう別の目があるから、より効果的だと思うの。」
「ありがとう。那珂がいてくれて本当に助かったよ。」
何気ない感謝の言葉に、那珂は頬の緩みに耐えて感情を押しとどめ、提督に向かって無言の笑顔で反応を返した。
説教の先にあるもの
飛び出していった川内が向かったのは本館裏口からグラウンドをまっすぐ突っ切った先にある、地元の浜辺だった。深海棲艦出現関係なく、設置当初から県によって遊泳が禁止されているため泳ぐ者の姿はいない。マリンスポーツは深海棲艦出現以後に制限されているため当然ながらその手のプレイヤーもいない。
真夏の浜辺は照りつける太陽の光と熱で熱せられた砂が踏み込む者の侵入を拒むように反射熱を放出している。川内は履いているスニーカーの上からでも感じるその熱さを我慢して浜辺に立ち入り、入り口付近の石壁によりかかる。
「うわっちち!」
当然石壁も熱せられておりうかつに触れられぬ熱さのため瞬時に川内は身を離れさせる。
「あっつつ!ここあっついねぇ~」
2~3分ほどして川内は背後からすっとぼけた感じのふんわりした声を聞いた。しかし誰だと尋ねるつもりなく黙る。相手はそれを見越してか知らずかそのまま喋り続ける。
「内田さん速いね~。先生今日はパンプスじゃなくて運動靴履いてきてよかったかも。」
「……先生だって速いじゃん。結構運動得意なんだ?」
「エヘヘ。先生ね、運動は陸上だけは得意だったんだ。若い子には負っけないよ~?」
「おっぱいでかいのに?」
「うぇ!? そ、そんなこと言うなら内田さんだって大きいじゃないの。女同士とはいえセクハラ発言はメッ!ですよ~。」
本気ではない怒りを言葉と口の当たりまで振り上げた拳に含めて阿賀奈が言うと、川内はアハハと乾いた笑いを発した。
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数分いれば十分熱中症になりかねない砂浜とアスファルトの反射熱を避けて話を続けるため、二人はグラウンドの端にある木陰に移動して会話を再開する。その後口火を切ったのは阿賀奈だ。
「内田さんはどのくらい強い艦娘になれたのかな?先生見てみたいなぁ。」
その言葉の約1分後に川内は口を開いた。
「多分、那珂さんの足元に及ばないと思います。下手すりゃ夕立ちゃんにだって勝てるとは思えない。」
「それじゃあ、さっきのは?」
「……ついカッとなって、言っちゃいました。」
そうぼやいてしょげる。それを聞く阿賀奈は聞こえない程度のため息をついた。
「そっかそっか。光主さんの何かにイラっときちゃったんだね。でもなんだかアレだねぇ~。青春って感じで先生心踊っちゃったぁ。」
パツンパツンに張った薄手のブラウスの前でやや苦しそうに腕を組みつつウンウンと阿賀奈は頷いて続ける。
「内田さんのあれがやりたい、これがやりたいっていう気持ち、先生わかるわ。でもね、希望とわがままは違うのよ。さっきの内田さんのアレは、単なるわがまま。」
「わがままって!あたしは思ったことを言っただけなんですよ!?」
「何でも素直なのは良い事だと思うけど、内田さんはもうちょっと人の話を我慢して聞いたほうがよかったかな。」
川内は視線を阿賀奈に向けないで言い返す。
「あたしはちゃんと那珂さんの話を最後まで聞きましたよ。そしたら那珂さんが変な事言い出したから気になって言っただけですもん。」
「そーお? 先生にはあの後光主さんが何か続きを言おうとしたように見えたんだけどなぁ。」
川内は阿賀奈のセリフに一切反応を示さずに聞く。
「内田さんさ、深呼吸して落ち着いてみましょ? 勢いあるのは大いに結構。先生そーいう元気な子好きよ。でもね、興奮してたら見えるものも見えないと思うわ。落ち着いてみて、まずったかなぁ~って思っちゃうなら、素直にゴメンなさいするのもアリだと先生は思うなぁ。」
「……でも、あたしは間違ったことは言ってないですよ? それなのにゴメンなさいって謝るのって。……言い出しづらい、じゃないですか。負けを認めたようで。」
「内田さん、あんまり聞き分け悪いと光主さんに見捨てられちゃうわよぉ?あの娘、意外とサッパリしたところあるから。」
見捨てられる、その言葉に川内は心臓を鷲掴みにされたようにドキリとする。ふと阿賀奈の顔を見ると、そこにはふわふわ頼りなさげではなく、教師らしい真面目さ凛々しさ20%増しの彼女がそこにあった。そのあまりの教師らしさと自身の生徒らしさの思い出しっぷりに思わず本音を口にしてしまった。
「いやだ。見捨てられたくない。」
「うんうん。基本的には優しくて面倒見のいい娘だものね、光主さん。」
「あたしは、自由にやりたいだけ。提督が艦娘として一人前って認めてくれたんだから、その一人前の権利を行使したいだけです。」
「でも自由にするっていうことは、誰かしらが責任を持たないといけないんだよ?」
「だからそれは提督や那珂さんが持ってくれt
「違うよ。自分がしたいようにするその責任を持つのは他の誰でもない、内田さん自身。自分で言い出したなら自分でそのお尻を拭いて完結させないといけない。それが自由であって、それが日々連続するのが大人。確かに今の内田さんたちは最終的には提督さんたち鎮守府の大人の人が責任を持って守ってくれるんだろうけど、あなた達が決めてやろうとする訓練のことなんだから、そこではあなた達みんなで責任を持たないといけないの。もし内田さんが自分で自由にしたいなら、内田さんだけで責任を持たないといけないんだよ。本当なら皆で持ち合えばいい責任を一人で持つその覚悟、それを内田さんは持ってる?」
再びドキリとする。自分でも明確に認識できていないが踏み込まれたくない領域に踏み込まれた気がして口を噤む。ギュッと噛んだ下唇が前歯の圧力で痛む。
「内田さんの言う自由は、学校でいえば授業の自習時間みたいなものかなぁ? 誰かが責任を持っててくれる中での自由が欲しいとか。どう?」
三度心臓がキュッとする。ドキリとする。もはや何も言えない。川内は初めてこの教師にらしさを感じた気がした。
「それを持っていてほしいのが光主さん。じゃあ後はよろしく~あたしは自分のやりたいことやってますので~って。もしそうだったのなら、やっぱり内田さんの意見は単なるわがまま。どーお? 落ち着いて思い返してみよっか?」
「……。」
阿賀奈に言われて胸に右掌を当てて深呼吸する。それが思い返すトリガーになるわけではないが、形から入る。
川内がした仕草を見た阿賀奈は続ける。
「一人前って同じ立場を認めて欲しいなら、同じ立場を主張するなら、同じ責任を持ち合って相手の意見も自由も尊重してあげるべき。それが気に入らないっていうなら、もうちょっと半人前でおんぶされるしかないよね。」
「そ、それは……恥ずかしい、です。」
「光主さんはそんなの気にしないと思うけどなぁ~。あの娘が考えてることとか今さっき話してたこと全部わかったわけじゃないから上手い事言えそうにないけど、あの娘は皆が考えてない先まで考えてるのかなぁって。」
「先?」
「うん。気が多いっていうのかなぁ。良く言えば面倒ごとぜーんぶ自分でやろうと背負ってるというか、悪く言えば余計なものまで見ようとしてるって言う感じ。」
「……先生、意外と人の事見てるんですね。びっくりですよ。」
「あ、これ先生が思ったことじゃなくてね、あの娘生徒会やってるでしょ?生徒会顧問の○○先生がおっしゃってたことそのままなんだけどね。でも先生の目から見ても、あの娘すっごい出来る娘なのはわかるよ。頑張りすぎてる感じあるけど絶対へこたれなそうな娘だから、もう色々任せちゃいえばいいかなって思うのね。何があっても策をちゃんと考えてるって頼れる感じね。だから先生は艦娘部設立の活動の時だって一切口を挟まずに安心して任せたのよ。」
「そ、そうなんですか。へぇ~。」
川内は自分が入部する以前の艦娘部を巡る状況を一切知らぬため、阿賀奈の説明をそのまま受け入れるしかない。
「そんな光主さんだからさ、内田さんだって光主さんを信じて全部任せちゃえばいいのよ。まだ始まったばかりじゃないの。一人前にならなきゃって思うのはわかるけど、焦ることないと思うよ。もーちょっとだけ辛抱してのんびり強くなっていきましょ。短気は損気よ。」
コクリと素直に川内は頷くもその表情は明るくない。
「わかります。なんとなくわかるんだけどやっぱり納得出来ない。あたしは……全員が全部の訓練をやるのが非効率だってのは曲げたくない。ゲームでは非効率な戦い方や育て方はミッションやクエストクリアに支障が出るんですよ。」
「先生ゲームとか詳しくないからわからないけど、光主さんが言いたいことはなんとなくわかったよ。」
「な、なんですか、それ?」
「ん~~~、それは内田さんが直接聞き出すことかなぁ。先生のが言ったら意味ない気がするの。」
わざとらしくもったいぶらせたその言い方に川内はイラッとした。が、相手が阿賀奈とはいえ曲がりなりにも先生なので強く言い出せない。
「そういう言い方嫌いです。ずるいですよ。あたし、頭悪いからはっきり言ってくれないとわかりません。」
「まぁなんとなく言っちゃうとね、内田さんのことぜーんぶ教えてあげたらってところかな。私や黒崎先生や石井先生も知りたいし。」
「教えるって。何を?」
「だからぁ、内田さんが艦娘川内になった後のこと、何が得意で何が不得意なのか全部。そうじゃないと、先生たちだってアドバイスのしようがないわ。もー全部言っちゃってるようなものだから、ついでに言っちゃおうかなぁ。」
川内は一瞬地面に向けた視線を再び隣りにいる阿賀奈に向ける。すると阿賀奈は普段のふんわりした柔らかい表情のまま、川内にピシャリと告げた。
「光主さんはね、みんなの得意不得意をみんなに知ってもらうために、テストをしたかったんだと思うわ。さすがの私でもそう気付いたよ。そう思うと、内田さんのあそこであのわがままな物言いは完全に的外れよ。やっぱり踏みとどまって続きを聞くべきだったと思うわ。五月雨ちゃんたち中学生の前であの振る舞いはちょーっとばっかし恥ずかしかったかもね、高校生として。」
隣のいる教師の説教を聞き続けて川内はようやく理解できた。と同時に自分の行いが急に恥ずかしくなってきた。顔が猛烈に熱いのは真夏の高い気温や照りつける太陽光のためだけだと思いたい。
「じゃあ、じゃああたしはどうすればいいんですか?」
涙声で問う川内に阿賀奈は顎に人差し指を当てて虚空を見ながら唸った後答える。
「んーー、そうだねぇ。まずは乱暴な物言いしちゃったことにゴメンなさいしよっか。お互いちょっと時間を置いて冷静になったんだから、ひとまずゴメンなさいして話し合いを再開すればいいの。」
「で、でもまた口喧嘩になっちゃうかも、しれません。」
「それはそれでお互いの形なんだからアリだと先生は思います。先生ホントーはさっき止めたかったんだけど、逆に私が提督さんたちに止められちゃった。だからまた喧嘩になったら、今度こそ先生が華麗に二人を仲裁してあげる。」
「ハ、ハハ。その前に多分気づいて自主的に止めますよ。」
川内は学校内での阿賀奈の評判を知っている学年だけに、苦笑するしかない。
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「それじゃあ行きましょっか。」
「へ?どこへ?」
「もちろん、光主さんたちのところ。思い切って謝っちゃえば笑って流してくれるって。」
川内は木陰から離れようとした阿賀奈に手を引っ張られて一瞬よろけつつも引っ張られるに任せてグラウンドを歩き始める。
「うー、あんだけ言った手前、謝りづらいー。」
「ウフフ。先生も妹達と喧嘩したとき、謝るの嫌だった時あるなぁ~。」
「先生って妹いるんですか?」
「うん。下に妹が三人いるんだけど、先生はしっかりやってるつもりなのに妹たちったらいっつもガミガミガミガミ口うるさく言うのよぉ。クスン。」
わざとらしく泣き真似をして下瞼をそっとこする阿賀奈。
「でも、言ってくれるうちはまだ幸せなのよね。言われなくなっちゃったら先生きっとダメになっちゃうもの。見捨てられたら終わり。だから妹たちから見捨てられないように我慢して言うこと聞くの。そういう経験があるから、あなた達生徒には同じような不安な気持ちを抱いてほしくないから、先生は皆のことしっかり見てあげようって思って実践してるの。だから先生は何があってもあなた達を見捨てないよ。味方ですからね~。」
苦笑いを浮かべっぱなしで黙って阿賀奈の言うことを聞いていた川内。(あ、この先生アレだ。ダメ姉ってやつだ)と気づくのはあまりにも簡単だ。と同時に確かな熱意も感じる。
神通の言うことは一理あったかもしれない。
なんだ。ちゃんと向き合って話してみれば、この先生いい人じゃん。ちょっと抜けてたりお節介なところあるけれど、生徒に親身になってくれる。大昔のドラマにあったような、熱血とまでは言えないも熱い心を持つ人なのは確かだ。全部頼るのはちょっと怖いから、学校生活含めて那珂さんの次に信じてちょっとだけ頼ってみてもいいかもしれない。
川内は手を引っ張られての本館までの道のり、性別は異なるながらも感じる相手の手の平のぬくもりと雰囲気に懐かしい感覚を覚えていた。これがもし提督くらいの年上の男性だったら、思い出すものは完璧だったかもと頭の中でなんとなく思い浮かべる。
ぼーっと考える川内は、暑さにやられたせいなのかもと握られてない方の手で やや熱を持った頬をパタパタと仰いで思った。
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川内と阿賀奈が本館に裏口から入る直前、ふと視線を上に向けると、待機室のある3階の窓に人影を見た。
((あれは……那珂さん?))
川内と視線が合う那珂。川内はジッと見ていたが那珂が先に顔を引っ込める。待機室の奥に戻ったのだろう。
なんて言って謝るか、それともあえてそのまま言い張るか。川内は悩む。気まずさが心の中で肥大化していく。それは阿賀奈に握られている手を振りほどくという行為で示された。
「内田さん?」
「あ、あの……もういいですから。手をつなぐの恥ずかしいです。」
「あ、そっかそっか。アハハ!ゴメンね~。先生うっかりしてたわ。」宙ぶらりんになった手をパタパタと振る阿賀奈。
「ちゃんと先生の側歩きますから。ただもうちょっとゆっくり行きませんか?」
川内がそう願うと、阿賀奈は言葉なくコクリと頷いて笑顔を見せた。
待機室の扉の前に立った川内はすでに心臓が爆発しそうなくらい胸が苦しく、呼吸が荒くなっていた。右後ろに立つ阿賀奈が肩に触れる。そうっと右に振り向いた川内の不安げな目線と阿賀奈のたわやかな視線が交差する。緊張が小石程度の大きさ分消え去った気がするが、まだドキドキする。さながら、遅刻してしまい教室に入った瞬間同級生全員の視線が痛く突き刺さるのを恐れ教室に入るかどうかまごついている時のようだ。
意を決して川内は扉を開けた。ガララと音を立てて川内の手によって引かれた戸の先には、彼女が恐れていた室内の人間全員の視線が集まるという事態が待ち構えていた。
「う……。」
小さくくぐもった声で唸り声を一瞬上げる川内。もちろん誰にも聞こえない。
明朗快活とした川内にしては珍しい俯いた姿勢。それを後ろから見ていた阿賀奈が再び肩に手を置いて鼓舞する。その励ましを受け取った川内は深呼吸一つして、顔を上げて歩み寄る。
その足が向かう先は那珂だ。向かう途中に川内が見たのは、五月雨や時雨ら4人の側に移動していた黒崎理沙と、不知火の後ろにいる石井桂子、そして那珂の側に移動していた提督と妙高という構図だった。若干離れて五十鈴ら3人もいる。誰も口を開かない。その視線に嘲笑の意味が篭っているかもと被害妄想をしてみるが正直なところわからない。裁判される気持ちがなんとなくわかった気がした。
那珂の3歩ほど手前に立った。まだ川内は目の前の先輩の顔を見られない。しかしいつまでも俯いていても仕方がないのでゆっくりと顔を上げると、そこには無表情にも見える微かに口端を上向きにした那珂がジッと川内を見ていた。
「あ、あの……。」
「ん?」
ゴクリと唾を飲み込んで言葉を紡ぎ出す。
「さっきは、その。ゴメンなさい!言い、言い過ぎたって思ってます。」
那珂は黙って川内の言葉を聞く。
「あたしのさっきのは、わがままだって反省しています。だから、許してください。あたしを……見捨てたりしないでください。」
「プッ! ……なんであたしが川内ちゃんを見捨てるの?」
「だ、だって!あたしだけ空気読まないで喧嘩腰に食いついちゃってさぁ。あ、呆れちゃってるんじゃないかって。」
身長差的には川内のほうが若干高い目線ながらも、那珂に見下され、自身が那珂を見上げている感覚に陥っている。ビクついているのも自覚しているし、自分に非があることを自覚するとこういう感覚に陥るのは誰しもなんだろうかと頭の片隅で浮かべながら思いを打ち明ける。
「呆れてなんかないよ。むしろ嬉しかったかなぁ。」
「う、嬉しい?なんで?」
「あたしに思いっきりぶつかってきてくれたんだもん。これで川内ちゃんは二回もあたしに素直に打ち明けてくれたことが、とっても嬉しいの。」
満面の笑みを浮かべて川内を見る那珂。川内もそれにつられて次第に緊張の顔をほぐし始める。
「許すも許さないも、呆れるもないよ。川内ちゃんはあたしの大事な後輩なんだから。もっとぶつかってきてもいいくらい。この鎮守府に必要な、良い意味で回りをかき乱す川の流れになってほしいな。そんでもって、そんな川内ちゃんの側には必ず神通ちゃんがいて、二人で協力して鎮守府に働きかけてくれるのが、あたしの考える○○高校艦娘部の形。あたしが仮にいなくなっても大丈夫なようにね。」
那珂は自分に期待をかけてくれていた。それがわかった川内はますます自分の先刻の行いを恥じた。
やはりこの人の言うことはちゃんと聞かないとダメだ。
そしてこの人をいつか超えるためには、この人のありとあらゆる技を盗まないといけない。それには今の自分では確かに色んな物が足りない。自分でも自覚していないかもしれない、まだ見つけていないかもしれない強み弱み。言われて理解するのと、自分で理論立てて自分で気づいて理解するのは全然違う。脳にかかっていた靄が晴れた気がする。気持ちがいい。
晴れ晴れとした表情を浮かべた川内は、那珂に返事をした。
「わかりました。あたし、那珂さんの期待に答えられるよう、頑張ります。言われたことはきちんとこなしますし守ります。馬鹿なあたしだからまた同じことをしでかしたら、きつく叱ってください。でもやっぱり見捨てないでください。」
「うんうん。見捨てたりしないよ。」
「はい!それじゃあ一つだけお願い、言っていいですか?」
那珂は目をやや見開いて「?」を見るからに浮かべた顔をして川内を見る。
「さっきの喧嘩、買ってください。あたしと勝負してください。」
川内のセリフに那珂以外の全員がハッとして驚いた。
「あたし……達が決めたことは守るんでしょ?だったらさっきの勝負はもー別にいい気がするけどなぁ。」
那珂は驚きではなく、後頭部をポリポリ掻いておどけながらも燃えるような目つきをしている。どうでもいいとほのめかしておきながら、その表情は明らかにやる気に満ちたものだ。
「いいや。あたしなりのけじめです。ここで、やっぱなしってしたら女が廃る。この勝負で基本訓練の最後、デモ戦闘ってことにしてください。今のあたしの全てを出すから、那珂さんも全力を見せてください。あたしは食らいついてみせる。」
目を鋭く細めてキリッと那珂を見つめる川内。その眼力に負けじと那珂も川内を見据える。
「おっけぃ。じゃあ改めて。その勝負、乗るよ。」
「あ、あの!その勝負、私も入れてください!」
「神通?」「神通ちゃん?」
那珂が返事をした数秒後、今まで黙っていた神通が口を挟んだ。二人とも仰天して神通を見る。
「いや、これはあたしのけじめだからさ。神通は気にすること、ないんだよ?」
「いいえ。川内さんと同じことを見聞きして感じたい。私だって……○○高校艦娘部の一員です!」
実のところ川内は自分で勢いで触れたことの仔細を一部忘れていた。そのため本気で神通を止めようとする。しかしその神通に普段ののそっとして気弱そうな気配はなく、その意志の強さが気迫に表れていたため、那珂も川内も彼女を認めることにした。
「いいよ。それじゃあ二人してあたしにかかってきなさい。叩きのめしてあげるよ。そんでもって、二人のすべてをここにいる皆の前にさらけ出してあげるよ。」
「「はい!!」」
艦娘+艦娘になる少女ら+教師たちの目の前、那珂対川内・神通の演習試合が確約された。
--
「よっし。早速やりに行きましょうよ。」
「まぁちょっと待って。川内ちゃんは今この場でやらなきゃいけないことがあるでしょ。」
善は急げとばかりに那珂を急き立てる川内は那珂に止められた。川内を止めた那珂は後ろにいる提督と妙高、そして周囲にいる艦娘や教師たちに視線と手のひらで指し示しながら言い放った。
「え?なんでs
「皆さんに一言謝ってね。それから話の流れを曲げてくれたこと、ぜ~~ったい許さないからね。」
ニコリと笑顔で締める那珂。その実めちゃくちゃ怒っていたことを川内は本能で理解した。思わずのけぞって鳥肌が立つほど震える。
その後待機室では背筋をピンと伸ばした川内が律儀に全員の目の前まで歩んで深々と頭を下げて謝る姿があった。
幕間:那珂の人脈作り
鎮守府にいる各校の集団は待機室で昼食を取り、各々会話を交えてお互いの交流を少しずつ深めていた。提督と妙高は退出際に2~3世間話をして一旦別れて執務室へ戻っていた。なお、この日は後に妙高も訓練に加わるため、それまでの時間という制限付きで妙高が秘書艦を担当することになっていた。
「あたし、先に演習用プール行ってます。神通も行く?」
「はい。」
そう言って川内と神通は一足先にプールヘ向かい、来るべき那珂との演習試合の時間に向けて肩慣らし・事前の訓練をし始める。そのため待機室にいる同高校のメンバーは、那珂と顧問の阿賀奈のみとなった。
--
那珂が五十鈴、良・宮子と話していると、阿賀奈が不安そうに話しかけてきた。
「ねぇねぇ光主さん。ホントーに内田さんたちと戦っちゃうの?」
「はい。」
「先生がちゃんと説得したのに、なんで戦うことになるのぉ~?」
不安半分不満半分込めた口調で阿賀奈が言う。それに那珂は一瞬視線を泳がせながら答えた。
「あたしはどっちでもよかったんですけど、彼女なりの気持ちの切り替えなんだと思いますよ。」
「それにしたって……。」
「こればかりは川内ちゃんの気持ち次第ですから、あたしとしてはああやって受け入れるのが精一杯でしたよ。でもどうせ演習試合するなら気持ちよくしたいですし、ああしてあたしも気持ちよく受け入れられたのは、先生が彼女を説得してくれたおかげだと思います。」
「え、そう?ウフフ~。これくらい顧問として当たり前よぉ~。」
「ホンット、先生がいてくれて助かりました。ありがとうございます!」
深くお辞儀をする那珂。阿賀奈は手を当てて胸を張ってふんぞり返りながら得意気に言った。
「ま、任せなさ~い!なんか先生、あなた達がちょっと見ないうちにたくましくなっちゃって驚いちゃった。だから、先生ももっともっと頼ってもらえるよう頑張るからね!」
「はい! 先生があたしたちの学生生活を守ってくれてるって実感できると安心できます。」
「ウフッフ~。も~光主さんったらぁ。先生に頼りすぎてだらしなくなっても知らないわよぉ~。」
「「アハハハハ!」」
阿賀奈の自尊心を満足させ、自身もひとまずの事態収束に本気で安堵の息を心の中で吐く。
その後とりとめのない会話を阿賀奈とする那珂の様子を側で見ていた五十鈴はなぜか呆れた顔をしていた。
阿賀奈がより一層ふわっとした雰囲気で那珂から離れて他の教師のもとへ行くと、そのタイミングを見計らって五十鈴は那珂にそうっとつぶやいた。
「なんだか……妙な先生ね、あの人。見てるこっちが気が抜けるというかちょっと不安になるような。あなた本当に頼ってるの?」
「え? ん~ウフフフ。」
那珂は笑うことで明確な答えをしない。五十鈴は怪訝な顔をして再び呟く。
「はぁ……まぁ他校の事情だからいいけどさ。あんたのことだから先生まで馬鹿にしてるんじゃないかって勘ぐっちゃったわよ。」
「なにおぅ!? あたし、先生をそんな風に思ったことは……ないよぉ!」
「変な間を作らないでちょうだい。変な間を。」
「アハハ!」
五十鈴の的確なツッコミに那珂はケラケラと笑うのみ。
「まぁまぁ、りんちゃん。うちにだってああいう頭お花畑そうな先生いるじゃん。」
と会話に割り込んできたのは黒田良だ。五十鈴の数倍、そして明らかに不安なんてありえないような明るい声でしゃべる。
「アハハ。黒田さん意外と辛口なんですかぁ?」と那珂。
それに答えたのは五十鈴だ。
「違うわ。こいつったら基本何も考えてないお馬鹿なのよ。人の評価なんて一切気にしないの。だからなんでもあけすけに言うところがあるから私も宮子も大変なのよ。ね、宮子?」
「う、うん。りょーちゃんはもうちょっと周りの空気を読んだほうがいいよ……。」
同意を求められた副島宮子も弱々しいながらツッコミを入れる。
「アハハハ。適当に気をつけまーす。あ、そーだ那珂さん。あたしのことは良でいいよ。あ、今度から長良って艦娘かぁ。じゃあ長良でもいいよ!」
「それじゃあさしずめ宮子は名取って呼べばいいところね。」
と相槌を交えて言う五十鈴。それに宮子は頷いた。
「あ……う、うん。那珂さん。私は宮子でも、今度から名取でもいい……ですよ。」
これから着任するニューフェイスの二人の言葉を受けて那珂は新たな出会い、そして人脈の拡大に顔を喜びで思い切りほころばせつつ返事をした。
「うん!同じ学年同士、同じ軽巡同士仲良くしよーね、りょーちゃん、みやちゃん!」
「「うん!」」
那珂と良・宮子がすでにいい雰囲気を醸し出しているのを、五十鈴は那珂より控えめながら喜びと気恥ずかしさの混ざった表情で眺めていた。
--
一旦五十鈴たちから離れた那珂は新たな交流として二人の他校の教師と話をすることにした。すでに阿賀奈が側にいるため安心して近づいて話しかける。
「あの~、黒崎先生、石井先生? あたし、光主那美恵と申します。よろしくお願い致します!」
「あ、はい。よろしく……お願い致しますね。ええと……あの。那珂さんとお呼びすればよろしいですか?」と理沙。
「え~っと。はい。那珂でも本名でもどちらでも。」
那珂がそう促すと早速とばかりに桂子が口火を切った。
「それでは那珂さん。先程の議論のリーダーシップっぷり拝見しましたわ。さすが高校生ともなると、雰囲気から立ち居振る舞いまで違いますね。」
「いや~それほどでもぉ~!」
まったく知らない大人から褒められて素直に照れを見せる那珂。珍しく普段の事で頬を赤らめるその様は実際の歳に見えぬ幼さが垣間見える。那珂の照れる仕草を見て五月雨たちはもちろん、二人の教師もほのかにクスリと笑みをこぼす。
ただ那珂は無邪気に笑うその裏で、この場の人間観察を始めていた。
まずは石井桂子なる教師だ。不自然ながらも相手はかなり丁寧で物腰穏やか、そして内に秘めるものが読めない。歳は見立てでは提督・妙高と同じ年代と見た。さすがに尋ねるのは失礼なので違う切り口から探りつつ交流を図ってみようと一瞬の思考を締めくくる。
「那珂さんは、結構理想。」
「あら?意外ね。あんt……あなたがそんなに人様に熱を上げるなんて。」
引き続きわざとらしい丁寧な口調で不知火にツッコむ桂子。すると不知火は小さくため息をついて桂子に向かって言い出す。
「先生、そろそろキモいです。普段の、方が絶対良い、です。」
「ん、なんのことかしら?智・田・さ・ん?」
那珂は初めて桂子先生という人物の振る舞いにほころびが見えたのに気づいた。しかしそれはすぐに見えなくなる。元の不自然な丁寧さを取り戻した桂子は不知火の頬を軽くつねる。すると不知火は小さなうめき声をあげて感情的に嫌がる様を周知に晒した。
--
次に口を開いたのは理沙だ。
「あの……那珂さん? うちの子たちったら、学校でよくあなたの事話してくるんですよ。」
「え?ホントーですか?どんなお話なんでしょうか?」
那珂は机に乗り出して大げさに驚いてみせる。その際、横目で五月雨たち4人に視線を送ることを忘れない。那珂から尋ねられた理沙はにこやかにしながらしゃべろうとする。がしかし教師たる彼女を邪魔する存在が二人。
「先生! そんなこと言うひつよーないっぽいぃぃ!」
「そ、そうですよぉ~恥ずかしいです!やめてくださ~い!」
真っ先に抗議してきたのは夕立と五月雨だ。一方で時雨と村雨は穏やかな笑顔を作っているがあきらかに引きつった笑いをしている。そんな生徒達の様子を見た理沙はクスクス笑いながらなだめる。
「別にいいじゃないですか。学外に頼れて親しくしてくれる先輩ができるのは大変良い事……だと思います。それが、あなた達が好きで始めたことならなおのこと。ね?」
理沙に評価されて夕立と五月雨だけでなく、時雨と村雨もまた照れつつも顔をほころばせて笑みを見せる。四人の様子を目の当たりにした那珂は茶化しの魂が疼いたので軽口を叩いた。
「あたしのどんな噂をしてるのか、あとでよーく聞かせてもらおっかな~。と・く・に、五月雨ちゃんには密着取材するよーに聞いちゃおっかなぁ~?」
「ふえぇ!?」
那珂の言葉を真に受けた五月雨はアタフタと必死に言い訳で取り繕っていた。
五月雨らが友人同士で仲睦まじくからかいあう中、那珂は理沙から密やかに告げられた。
「ぜひこの子たちのお手本になってください。演習試合、私も職業艦娘の目から見て参考にさせていただきますね。期待、してますから。」
「はい!」
その後那珂は目の前でやり取りされる中学生4人と教師の様子を眺めていた。
この五人には、自分の知らぬ別の物語がきっとあるのだなと感じた。彼女たちの物語に自分が果たしてどの程度影響を与えることができているのか量り知れない。公にあたる面ではみっともない様を絶対見せぬよう真面目に取り繕ってきたつもりである。
微笑ましい目の前の光景の陰で、那珂は密かに気を引き締めるのだった。
那珂 VS 川内・神通
先に演習用プールに来ていた川内と神通は準備運動をした後、訓練用の砲弾エネルギーすら込めない空砲状態で組手よろしく砲撃の訓練をしていた。
那珂との演習試合まではあと30分近くある。昼食を抜いて二人とも来ていたため腹がどちらからともなしに鳴る。が、そんなことは気にしていられない。自分らに対して牙を向いて襲いかかってくる那珂の戦闘スタイルが全くわからないため、二人はとにかく基本訓練通りに砲撃を繰り返す。
なお、今回は那珂たっての希望で、演習用プールのもう半分も開放し、約2倍の広さのプールを使えることになった。その半分とは、未だその艦種の艦娘がいないために遊ばせ放題であった空母艦娘用の訓練施設内にあたるプールの領域だ。
その広さの恩恵からか、訓練用の魚雷も使用可能になっていた。が、二人とも深海棲艦ではなく艦娘相手に果たして魚雷をどうして効果的に活用できようかと、悩んでいた。
「一応雷撃はしていいことになってるけど……那珂さんというか艦娘相手だと絶対命中しなさそうだよね。どうする?」
「……あまり慣れていないことはしたく……ありません。無難に砲撃だけでいきませんか?」
「うん、そうだね。まぁその状況に応じてなんとかしてみよ。」
不慣れなことをしてヘマをしでかしたくない二人は意見を一致させ頷き合う。
--
やがてプールサイドに人が集まってきた。メンツは各校の教師と艦娘たち、そして提督である。
那珂は見学者とは異なり、演習用水路を通ってプールへと入ってきた。
「やっほ、二人共。準備はおっけぃかなぁ?」
「はい。いつでも。」
「(コクリ)」
二人の同意を得た那珂は一旦プールサイドに近寄って声高らかに見学者に伝えた。
「それではおまたせしました。本来であれば全員で揃って各訓練を一通りこなしていき、先生方に艦娘の基本の能力を認知していただくつもりでしたが、予定を変更し、ここにおります新人二人の最終試験を行います。最後までお付き合いいただけますよう、よろしくお願い致します。さ、二人とも挨拶と意気込み。元気良くね?」
那珂に促された川内は那珂と同じ位置にまでプールサイドに近づいた。続いて神通がその後ろを位置取る。
「え~、軽巡洋艦川内やってます、○○高校一年、内田流留です。今回は頑張って那珂さんにアタックしてみせるので、見ててください。よろしく!」
川内が言い終わった後、続けて言おうとした神通だが、川内の一歩左後ろにいたことを気にかけた那珂に背中を押される。彼女は川内と同じ列に立った。
「あ、あの。軽巡洋艦神通担当、○○高校一年生、神先幸です。川内さんの同期として、那珂さんの後輩として恥ずかしくないよう私も……戦います。よろしくお願い致します。」
プールサイドの庇の下からパチパチと拍手の音が拡散する。その音を励ましではなく純粋なプレッシャーの元として捉えた神通は胸を抑えてやや乱れた深呼吸をする。一方の川内は至って平気な様子で両腕を掲げて庇の下にいる人々に手を振る。
二人のそれぞれの様子を見ていた那珂は手をパンパンと叩いて二人の視線を自分に向けさせた。
「さて二人とも。簡単に説明しておきます。」
「「はい。」」
「全体的な審判は明石さんに頼みました。それから戦闘の細かいところを判定したり解説する実質的な審判は五十鈴ちゃんに頼んだから。二人の判定をよく聞き入れて従ってね。」
那珂がそう言い始めると、明石と五十鈴の二人は庇から出てプールの縁のギリギリまで近寄ってきた。
「二人とも、よろしくね。私詳しい事情聞いてないんですけど、急にデモ戦闘したいって本当なの?」
本当に事情を知らない明石がふと尋ねると、一番気まずそうにする川内、その次に気まずい表情をほのかに浮かべる五十鈴と神通と、3人とも態度を暗くさせる。口を開こうとしない三人に代わって普通の笑顔を保っている那珂がフォローした。
「えぇ。やっぱりやることになったんです。あたしは二人のやる気をそんちょーして相手役を買ってでました!」
「そうですか~。それじゃあこの試合、とっても楽しみですね。念のためデジカメ用意してますので、永久保存しちゃいますよ。」
あえて触れない那珂の態度に川内は胸を撫で下ろし、心の中で那珂にひれ伏す勢いで頭を下げていた。
「私も携帯で録っておくわ。良たちの訓練の良い参考になりそうだし。」
明石がデジカメをプラプラと掲げると、それに合わせて五十鈴が制服のショートパンツのポケットから自身の携帯電話を取り出して同じく掲げて見せる。
「うわっ!二人とも準備いいなぁ。あたしはいいけど神通大丈夫?録られるけど変に意識しないでよね?」
「うぅ……また余計なプレッシャー……なんとか無視してみせます。」
「アハハ。五十鈴ちゃんも明石さんも思いっきりプレッシャー与えておいてね。外野の盛り上げは任せたよぉ~。」
「う、那珂さん鬼だ……鬼がここにいるわ!」
「(コクコク)」
那珂の発言に五十鈴と明石は含みのある満面の笑みで頷く。企みたっぷりな雰囲気に川内と神通はたじろぐ。しかし内なる思いはいよいよデモ戦闘が始まることに武者震いさえしている。それは川内だけでなく、勢い控えめな神通も同じ思いを有していた。
その後五十鈴が判定条件等説明をし始める。通常の演習ルールとなり、実戦に近い状態が適用される。艤装の訓練用モードにすることにより、訓練弾の命中状態によって耐久度が小破~大破まで変化する。各自のスマートウォッチのアプリ画面上や通知機能で確認できるのも実際の出撃を模したものである。
ただし耐久度が変化しても実際に破損するわけではないため、動作にその影響しない。通常の訓練の範疇ならばその状態を見て自己判断で負傷状態を身体の動きで再現して自ら制限かけることもあるが、こと今回に関してはそのたぐいの負傷再現もなし。審判が大破と判定したら、即時動きを止めるよう言い渡される。
那珂はハンデをつけようかと提案したが、川内ら二人ともそれを頑として拒否した。
提督や五月雨、阿賀奈ら見学者のいる庇に近いポイントに川内と神通が、仕切りが取っ払われて本来空母艦娘用の施設内に相当するプールのポイントには那珂が立った。両者の間は普段のプールの奥行きよりも1.5倍は離れている。
両者が位置についたことを確認した五十鈴は右腕をスッと上げて、2~3秒後に正面へと振り下ろした。
「始め!!」
掛け声を上げたのは総審判役の明石だ。明石の声が響き渡ると、那珂たちはもちろんのこと、見学者の提督たちも緊張の面持ちを創りだして真剣味のあるものにさせた。
--
「よっし、行くよ神通。先手必勝!」
「えっ!?ちょ……待ってくd……
神通が言いかける言葉をすでに気にしていない川内は訓練当初に見せた、水しぶきと波を巻き上げながらの粗雑で豪快なダッシュで那珂との距離を一気に縮めようとする。置いてけぼりになった神通は呆気にとられて動けないでいる。対する那珂はインパクト大の豪快な様で近づいてくる川内を落ち着き放った態度で視界に収めている。
「てー!」
ドゥ!
先に火を吹いたのは川内の右腕の単装砲だった。移動しながらの砲撃ができるようになっていた川内の初撃は、しかしあっさりとかわされた。
那珂は川内の砲撃を10時の方向へと前傾姿勢でかわす。ゆっくりとした姿勢の動かし方である。川内はそれを逃がさない。
「続いてそこだぁ!!」
ズドッ!
川内の右腕の二番目の端子に装着されていた単装砲が那珂を狙う。川内はあらかじめ単装砲の砲塔を回転させていた。指先から数度右に向いているそれは決して今この時とっさに回転させたわけではない。川内はある範囲の各方向へいつでもどんな状態でも撃てるようにという、いわゆる保険だ。
川内の二撃目を那珂はさらに前傾姿勢かつ片膝を曲げてしゃがみ込み、そのまま10時の方向へとやや内角に弧を描いて移動し続けてかわす。最初の姿勢時と異なるのはさらに前のめりに、さらに鋭角な低い姿勢という点。そして風の抵抗が減った那珂の移動スピードはグンと上がる。
一気にスピードをあげた那珂は弧を描くに任せて川内の背後に低い姿勢のまま回りこんだ。水しぶきが激しく立ち上がって湾曲した水壁を作り上げる。
「川内ちゃんいいねぇ~。あたしの動きをとっさに見られるのはいいことだよ。けど……甘い!」
ズドズドズドド!
アドバイスを口にした直後、那珂の両腕一基目の端子に取り付けたそれぞれの単装砲が交互に連続で火を噴く。
ベチャベチャチャ!
川内の制服の背面やコアユニット付近にペイント弾がビッシリと飛び散り、橙色の服を白濁に汚す。
「うわっ! くっ……このぉおお!!」
被弾の衝撃は大したことはないがそれでも十分驚ける強さだった。川内は前のめりになりつつも上半身を捻って右腕を背後に向けて単装砲で応戦する。
ドゥ!
ヒラリッ
川内の三度目の砲撃。
那珂はしゃがんだ姿勢から水面を思い切り蹴ってバク転して飛びのいて避けた。その際左腕1基目の単装砲で狙うことも忘れない。
ズドッ!
パァン!
「くっ!」
那珂のペイント弾の軌跡がまっすぐ自身の顔~首に向いていたので川内はとっさに左腕を目前に出してペイントの付着を防ぐ。防ぎ切れなかったペイントが飛び散って自身の前髪や制服の胸元に付くが気にしている余裕はない。
川内の視線の先、那珂の背後には未だ呆然と水面に棒立ちしている神通がいた。
「ちょっと神通!あんたも動いて攻撃してよ!」
「は……、うん!」
川内の怒号にも近い声が耳に飛び込んできた。神通は上半身をビクッと軽くのけぞらせて我に返る。気がついたら目の前、数十メートル先ではすでに川内と那珂が戦っていたのだ。遠目で見ても川内の被弾率しか高くない。
早く近づいて攻撃しなければ。しかし一度実戦を経験したとはいえまともな戦闘をできたとは言い難く。巨大で殆ど動いてない的状態だったあの深海棲艦ならまだしも、目の前で自分らと敵対しているのは化物ではなく、素早く動きまわる那珂。
いや、ある意味化物だが。
本気で確実に当てるには立ち止まるか落ち着いた動作でないとまだ撃てない神通は戸惑うが、那珂の恐れよりも仲間である川内からの怒号と役立たず認定されるほうが直接的に怖い。そう感じた神通は思考の寄り道をやめてゆっくりと前進し始めた。
神通の目の前では、右手にいる川内、左手にいる自分をキョロキョロを見ている那珂の姿があった。
--
川内は顔への直撃を防ぎ、続く勢いで神通へ檄を飛ばした後、1時の方向へ前進する。左腕二番目の端子に装着した連装砲、三番目に装着した機銃を前腕に対して真横に砲塔を向け、砲身が那珂を狙うよう前腕を胸先に添えて構える。
その時、スマートウォッチ越しに神通から通信が入った。
「川内さん、通信で伝えますね。那珂さんの注意を引きつけておいてください。」
「え?なになに?どういうことよ?」
「私の存在感なら、静かに近づけば那珂さんの背後を狙えるかもしれません。私は動きまわる那珂さんに当てるなんてとてもできないので、川内さんが那珂さんと戦っている隙を狙いたいんです。」
神通からの作戦提案。川内はそれを快く承諾する。
「オッケー。やってみるよ。」
通信を切った川内は那珂を10~9時の方向に視界に収めつつゆっくりと移動する。那珂に取ってみても、川内は視界に収まっている。
そのまま前進してしまうと神通と立ち位置を揃えてしまうため、川内は途中で停止した。那珂とほぼ直線上で対峙した後、チラリと神通を右目で見て視線をすぐに那珂へと戻す。なんとか自身だけを見るように那珂を誘導せねば。
戦いの流れを変えるにはどちらかが思い切り動くべきだ。被弾を恐れる思考がない川内は10時半の方向、つまり那珂の右側に向けてダッシュした。そのまま移動すると左腕では狙えないため左腕前腕を垂直に立てて軽くひねり、移動しながら連装砲で砲撃した。
ドゥドドゥ!
それを那珂はその場でしゃがんでかわす。
ドドゥ!ドドゥ!
川内は再び砲撃する。二度、三度続ける。しばらく移動していたが川内は立ち止まり、今まで横目で視界に納めていた那珂を真正面に捉える向きに変えた。
さてどうするか。正直狙うための行動パターンなぞまったく考えていなかった川内は眉間にしわを寄せて那珂を睨みつつ悩む。目の前の那珂はなぜか川内から見て1~2時の方向にスケートを滑るようになめらかに移動し始めた。と思ったら突然方向を変えて10時の方向へと移動する。真横に移動しているようで、川内自身には近づいていない。ある程度移動してプールの対岸へ近づいたと思ったら今度は思い切りジャンプし始めた。
川内自身は遠いため目を上に動かすだけでその動きを捉える。
バッシャーン!
高く、というよりも中空を距離長く跳んだ那珂は五十鈴たちがいる対岸近くに着水した。水しぶきがプールサイドへと飛び散る。
「わぷっ!ちょっと! 何するのよ!?水かかったじゃないのよ!」
「アハハ。ゴメンゴメン。真夏のあっつーい日中に見てくださってる皆様へと涼水のサービスサービスぅ!」
「んなことどうでもいいから、さっさと戻りなさい!」
「は~い。」
怒ってまくし立てる五十鈴に那珂はまったく反省の色を感じさせない謝罪をしておどけながらプールサイドから離れる。それを見ていた五十鈴と明石はハァ……と溜息を漏らした。
そして那珂の言葉はプール内にいた二人に矛先を変える。
「うーん、あたしの想定では二人はもっとガンガンに向かってくると思ったんだけどなぁ~。まさかここまであたしを警戒して冒険してこないなんて思わなかったよぉ。あたしの見込み違いかなぁ~?期待はずれ?」
後頭部をポリポリと掻きながら言う。その物言いに川内はカチンと来た。
「それじゃあ、お望み通りガンガン行ってやりますよ!」
自身のその言葉どおり、右腕の2基の単装砲も前腕に対して外側に砲塔を回して砲身を向け、そしてボクサーよろしく両腕を胸元で脇を締めて構えた。川内の右腕の単装砲2基、左腕の連装砲と機銃は自然と正面を向く。
「てやあああああ!!!!」
川内は川内はもはや細かく考えるのをやめにし、那珂に突進することにした。とにかく自身が那珂の注意を引き付ける。それだけでいい。あとはあの頭の回転が早く色々気がつく神通に任せればなんとかしてくれるだろう。突進しながら合計3基の主砲から砲撃をした。
ドドゥ!
ドゥ!ドゥ!
ドドゥ!ドゥ!
那珂は川内の砲撃に避ける様子を見せず、その場で自身も右腕で砲撃し始めた。
((え、避けないで相殺するの!?))
川内が想像したとおり、那珂は川内からのペイント弾を自身のそれで全弾相殺しつくした。エネルギー弾ではなくペイント弾のため相殺の効果は単に勢いを殺すものでしかない。那珂の的確な相殺で川内のペイント弾と那珂のペイント弾は一つの塊になってプールの水面に落ち、そして漂って次第に溶けていく。
なんでかわさないのか。川内が疑問に感じて立ち止まって首を傾げたその時、右目の視界の片隅に、緑色に光る何かが水中から自分に“近づいて”きたのに気がついた。
それは、超鈍足の訓練用の魚雷だった。まるで川内がそこにそのタイミングで到達することをわかっていたかのように、青緑の光る物体が水中を泳いできていたのだ。
川内は立ち止まってしまったがゆえに驚きで気づいた時にはすでに遅く、まるで彼女が気づいて驚き慌てるのもわかっていたかのように、超鈍足の魚雷は瞬時に速度を上げて川内を餌食にした。
ズドドドーーン!!!
「うわああああああ!!」
魚雷が主機が搭載されたブーツ型の艤装へ命中した瞬間、衝撃と激しく立ち上がった水柱、そして爆風により川内はプールの端近くまで思い切り吹き飛ばされ、背中から着水して水面を跳ねる小石のように転げまわった。
川内の耐久度の情報は審判をしていた五十鈴が持つタブレット端末のアプリにすぐに通知された。訓練用のため実際に艤装に当たっても破壊されないが、実際に近い衝撃を巻き起こす。そして命中箇所、状態を考慮してシミュレートされた結果、川内は一撃で大破となっていた。
「せ、川内大破!」
五十鈴の宣言が響き渡る。
「へっへ~ん!めいちゅー!艦娘の魚雷はこうやって地雷みたいに使うこともできるんだよぉ~。川内ちゃんはもっと回りを見ましょ~ね?」
ドドゥドドゥ!
ベチャベチャベチャ!
そう得意気に川内に向かって説教を垂れていた那珂を背後から砲撃が襲った。
「うあっ!」
と響く那珂の悲鳴と同時に別の場所でもう一つの悲鳴プラス、水しぶきが立ち上がった。
バシャーーン!
「きゃあ!」
神通が目の前で発生した水柱に驚いて悲鳴をあげたのだ。水柱を避けて落ち着ける位置まで前進して那珂を見ると確かに背中い白いペイント弾が付着している。
「な、なんで……?私、絶対気づかれてないと思ったのに?」
神通は珍しく声に出して自身の失敗の謎を思い返す。実際は那珂に命中しているため失敗ではない。隙を突くのに成功したのは間違いない。しかしなぜ時間差なしで反撃された?
「神通ちゃんいいね~。あたしかんっぺきにあなたのこと忘れてたよ。おかげで背中にこーんな白くてドロっとしてる液体がついちゃった!」
わざとらしい口調で状況説明をする那珂。そんな那珂を神通は猜疑の目で見つめる。
「そんなおっかない顔しないでよぉ~。神通ちゃんの狙いやタイミングはバッチリだよ。そういう戦術の立て方は間違ってない。それをもっと発展していけばあなたは絶対良い頭脳になれると思う。あたしは二人の意図を最初からわかっていた、それだけのことだよ。」
そう言って那珂は神通を真正面に見ながら自身の左腕を頭上めがけて伸ばし、その場で方向転換しつつ、振り上げた左腕をゆっくりと背後に回して背中にピタリと付けた。
神通はそれを見てすぐに気づいた。那珂の左腕の主砲の砲身が、自身を狙い定めていたのだ。
「まぁタイミングとしては偶然かなぁ。色々聞き耳立てていたからなんとか上手くいったって感じ?」
そう弾むような声で言う那珂のその言葉すら疑わしい。本気でかかってくるようなことを言っておきながら、結局は新人ということで全て舐められていたのか。
僅かに苛立ちを覚えた神通は両腕を前方に構え、突進し始めた。
「や、やあああぁぁーー!!」
大声を上げて似合わぬ突進をする神通にハッとさせられた那珂。しかしその戸惑いを保つ気はさらさらなく、迫ってくる神通とそのペイント弾を回避する。
神通は初めて高速移動しながらの砲撃をした。自身が不安に感じていたとおり当たらずじまいだが気にしない。那珂が回避して向かった、自身から見て2時の方向めがけて腕を伸ばして再び砲撃する。
ドゥドゥ!
那珂はそれを低空のジャンプでかわす。そして反撃されぬよう自身の単装砲で神通を狙うことも忘れずに行った。
ドゥ!
ペチャ!
「くっ!?」
とっさに両手で防ごうとしたが顔面にペイント弾がヒットした。勢いは両手で殺すことはできたが、神通の顔と綺麗にセットされた髪に白濁したペイントが少量ながらも広範囲に飛び散って付着する。
「神通ちゃんには大事なことを教えてあげる。」
「な、何……を?」
聞こえるはずもない弱々しい声量で言った問いかけに、那珂がそれを待っていたかのようにタイミングよくその内容を口にし始めた。
「今の突撃みたいな、思い切りがあなたには必要なんだよってこと。」
サァーーーー
低空ジャンプから着水していた那珂は姿勢を低くしていわゆる溜めの構えを取り、言い終わるが早いか、まさに水面を舞う花びらか何かのようなしとやかな水上航行をし始めた。その様は先ほどの川内の水しぶきを巻き上げながらのダッシュとは真逆だ。
一定距離蛇行しながら進んだ後跳躍する。また蛇行して再びジャンプして着水、その勢いを殺すことなく横幅広くジャンプ、着水して再びジャンプする仕草を見せるかと思ったら水面をスィーっと滑るように一切の水しぶきを立てずに移動。それを繰り返して徐々に神通に近づいていく。
「う、ああああ!」
その美麗さと表現できない底知れぬ不明瞭な不気味さで心を支配された神通は後ずさる。艤装の主機の推進力を使った移動ではないため、那珂の舞うようなゆっくりとした接近からすら逃れられずに徐々に距離を縮められる。せめてもの対抗で神通は遮二無二に砲撃・機銃掃射し始めた。当然那珂を確実に狙ったような精密射撃ではなく、混乱が見える撃ち方だ。
ドドゥドドゥ!
ガガガガガガガ!
「ダメダメ!そんなてきとーな狙い方じゃ~、ホントーの深海棲艦にまぐれ当たりできるかもしれないけど、決定的なダメージなんて耐えられないよぉ!」
那珂は神通のむちゃくちゃな砲射撃を華麗な水面移動・ジャンプでかわす。そして那珂は神通の背後を取る。その刹那、神通は背後に寒気を感じた。
「あたしはね、他の鎮守府で聞くようなふつーの軍艦さながらの砲雷撃をして型に囚われた行動はしたくない。それをうちの鎮守府の皆、これから入る皆にもして欲しくないの。」
ドドゥ!
「きゃ!」
神通の背中めがけてほぼ至近距離から砲撃する。ペイントが跳ねて飛び散る前に那珂は向きはそのままで背後へ1~2mほどジャンプして後退し、神通が振り向く前に素早く移動して抜き去る。
神通を抜き去る途中でも一発砲撃。
「想像を超える化物と戦うんだから、よその艦娘がやらないような戦い方ができる艦娘になってほしいの。」
ドドゥ!
再び神通の悲鳴が響き渡る。プールサイドの庇の下で見ている提督や艦娘たち、そして教師たちはその圧倒的な実力差に目を見開いて呆然と見ていることしかできない。
艦娘たちは、那珂が訓練を終えたばかりの新人の最終試験でわざわざあそこまでする必要があるのかという疑念を抱き、教師たちはまた別の捉え方で那珂が神通をひたすら追い詰める光景を見続ける。
そして提督は、那珂の一挙一動を見守る。一方で本当に怪我をすることはないものの神通の身の心配も忘れない。どちらかというと神通の心配のほうが今の提督の心内を占めていた。
那珂は舞うような移動と跳躍に砲撃をプラスして神通の全身をペイントでベタベタに塗りつぶしていく。神通はもはや素肌に身に着けている下着以外はほぼまだらに真っ白という状態になっていた。そして痛くはないが強い衝撃でフラフラと足元がおぼつかない。そんな状態であってもなお那珂は砲撃を止めない。
その状態は五十鈴の持っていたタブレット端末の画面にもすぐさま伝えられる。五十鈴が見ていた画面で神通の耐久度は小破、すぐに中破と変化していく。
完全に混乱の渦にハマってしまった神通は、那珂がどこにいてどうやって攻撃しているのかもはや気がつけない状態だった。そんな神通に那珂は再び背後を取り、優しく語りかけた。しかしその体勢は普通の砲撃の構えではない。
「あとこれはおまけ。ちょっと痛いかもだけどゴメンね。必要とあらば体術で敵を攻撃するのもありね。いざというときのために覚えておこーね。」
そう一言謝った那珂は片足でバランスを取りながら神通の脇腹めがけて回し蹴りを放つ。
ドゴッ
「ただね、あたしたちのパンチや蹴りはすんごい格闘家の人並以上にパワーアップしてるから、人相手には手加減してあげてね~。」
鈍い音と共に神通は砲雷撃の際に巻き起こる衝撃よりも遥かに弱いが強烈な衝撃を脇腹に受けて3~4歩後ずさる。
「かはっ……ぃたぃ……!」
脇腹を抱えて水面でうずくまる神通。言葉どおり那珂は相当な手加減をしてくれたのだろうが、それでも今まで脇腹に強い衝撃を食らう生活なぞしたことがなかった神通にとって、目玉やら大切な何かが飛び出てくるような驚くほどの痛みである。お昼を抜いておいてよかった。そう余計な心配を頭の片隅に持った。
「神通ちゃんなら、もっと思い切ってもらえれば……。だから神通ちゃんには積極的に身を持って学んでほしいの。さて、チェックメイトだよ。」
ドドゥ!ドドゥ!ドドゥ!
トドメとばかりに、うずくまったまま動けない神通に那珂は連続で砲撃した。瞬時にその被弾状況・耐久度は審判役の二人に伝わる。
「神通も大破! 那珂は小破まであと十数%でした。」
五十鈴の状況報告の後、明石が高らかに宣言した。
「こ、この演習試合、那珂ちゃんの勝利です!!」
神通も大破判定となり、これで川内と神通の二人とも演習続行を不可と言い渡される状態となった。言い渡されるまでもなく、二人は戦意を喪失していた。
--
那珂から雷撃を食らって吹き飛ばされていた川内は離れたところから、那珂が神通に襲いかかる光景を目の当たりにしていた。綺麗。美麗。可憐。しかしそんな上っ面を見るのも馬鹿らしいくらいの確実に追い詰めて倒さんとする攻撃。なんかのオンラインゲームであんなプレイして敵を倒してるプレイヤーがいたっけなぁ、と場違いな感想を抱く。
なんだよ。あたしの時よりもめっちゃ激しいじゃん。やめて。やめてよ!
そう叫びたかったが、そんな懇願でやめてくれるような先輩と状況ではない。仮に中止してくれてたとしたら、あの先輩の牙は自分に向かってくるかもしれない。そう考えた川内は心に影を落とす。艦娘になって本気で感じた恐怖がこれで二度目。一度目は謎の深海棲艦と戦った時。今神通に襲いかかっているのは、本気と言っておきながら舐めた態度を自分に対して取ってたように見える先輩ではない。華麗な立ち回りと確実な撃破を同時にこなす確かな本気の那珂だ。知り合いな分、一層怖い。
怖がる川内は同僚である神通がやられる様を遠目ながらもまぶたに焼き付けるように見続けた。
と同時に自己嫌悪に陥る。
なんだ怖いって?冗談じゃない!
仲間が、親友がやられる様をおとなしく見てるなんて。こんな思いはしたくない。もっと強くなりたい。自分の弱いところなんて誰にも見せたくない。見せずに済むようになってやる。
下唇を噛みしめながら決意を新たにする川内だった。
本当の訓練終了
明石から判定の声を聞いた那珂は遠く離れた水面でしゃがんでいた川内を呼び戻した。彼女が戻ってくる間に那珂は神通を背中から抱えて優しくゆっくりと立ち上がらせた。
「ゴメンね、痛かったでしょ?」
「う……うぅ。」
言葉をまだ出せない神通はコクリと頷いて仕草で肯定する。
やがて川内が那珂と神通の側まで戻ってきた。それをチラリと見て那珂は二人に声をかけた。
「二人とも、ご苦労様。正直言って、あたしが本気の本気を出すには二人はまだまだ実力が足りなすぎた感じかな。あたし自身まだ手探り状態だけど、もっともっと、もーっと、動けたよ。あと制服が濡れるのを気にしなければ、やりたい動きもあったし。」
「……那珂さん。それじゃあ手を抜いてたってことですか?本気出すって言っておきながら!!」
川内は水面を思いっきり蹴りながら叫ぶ。水しぶきが周囲に撒き散らされて那珂や神通の足を濡らす。川内は俯いていたのでその表情を那珂らが確認することはできない。しかし声に憤りを感じていたのでその表情も想像に難くない。
那珂は落ち着いて語りかける。
「言ったでしょ?あたしも手探り状態だって。だからあたし自身本気って言えるのかわからない局面もあったってこと。あたしだってまだ訓練して、自分を理解しなくちゃいけないところもあるんだよ。あなたたちとの違いは、自分をわかっている練度が違うってことだけ。」
その言葉に那珂の秘めたる思いを想像した川内と神通は口をつぐむ。自分たちはこの先輩をまだわかっていないのだ。それと同じかそれ以上に自分たちも艦娘としての自らの実力をわかっていない。
今の演習試合で理解できたことはなんだったのだろうか。試合の結果として負けはしたが、それよりも大事にしたい経験を思い返す。
「あたしたちは……負けました。ねぇ那珂さん。あたしたちの何がダメだったんですか?教えて下さい。」
川内がそう問いかけると那珂は頭を振って答えた。
「教えない。」
「そんなぁ!?」「そ、そんな……!」
「そもそも臨時でこういうことになったんだから、教えるためじゃないんだからね。川内ちゃんはちゃんと反省してね?」
「う……はい。」
自分の巻いた種なので強く言えなくなってしまう川内。反省という名の沈黙を守ることにした。
「何が悪くて何が良かったかは、これから始める普通の訓練の中で順序立てて教えてあげる。」
やや戸惑いを保ったままの二人を那珂はなだめつつプールサイドへと促して移動し始める。そこには五十鈴・明石はもちろんだが、試合が終わって庇の下から出てきた提督らが近寄ってきていた。
そして那珂はチラリと提督に目配せをしたのち、振り返って川内と神通に伝えた。
「とりあえず今のあたしが言いたいこと。二人とも、ごくろーさま。あたしにあれだけ食ってかかれたなら、大丈夫と思います。今この時をもって、基本訓練に合格したことを認めます。ね、いいでしょ、提督?」
川内たちの方を見てるがために那珂の顔が見えない。提督は那珂の背中を見、そしてその先にいる川内と神通に視線を向け、口を開いてやや脱力気味に言った。
「あぁいいよ。すでに修了証は渡してしまったから変な流れになってしまったけど、那珂の判定を承認します。川内、神通、改めて二人がここに基本訓練全課程を修了したことを、深海棲艦対策局○○支局長、西脇栄馬として確認しました。軽巡洋艦川内、軽巡洋艦神通、訓練ご苦労様。明日から我が鎮守府の本当の力となってくれ。」
「「は、はい!」」
「俺が急いて最後の試験を省いてしまって、二人には本当申し訳ないと思っている。でもこうして二人が立派に立ちまわって艦娘として動けるようになったことを直接見ることができて、俺は非常に嬉しいよ。数日前まで普通の女子高生だった娘たちとは思えないほどだよ。あと先生方にもお預かりしている生徒さんの姿を見せられてよかったとも思ってる。」
そう言うと提督は側にいた阿賀奈、理沙そして桂子に視線を向けて促した。三人の教師はそれぞれ感想を言い合って提督の意見に概ね同意を示しあう。
自校の生徒であるため代表して阿賀奈が二人に優しい声色で言葉をかけた。
「内田さん、神先さん、先生もちゃーんと見させてもらいましたよぉ。二人ともすっごいすごい!先生驚いちゃった。このことはちゃんと校長先生や教頭先生に伝えておきますからね。光主さんも合わせて、三人ともうちの学校の自慢の生徒よ~! 先生鼻が高いわ!」
言い終わると阿賀奈はパチパチと拍手をし始めた。それにつられるように提督、二人の教師、そして艦娘たちが拍手をする。
「あ、アハハ。なんか試合に負けたのに変な感じ。恥ずかしいや。ね、神通?」
「う、うん。でも……気持ち良いです。」
「二人とも、これからも時々厳しくあたるかもしれないけれど、負けないでね。一緒に頑張っていこーね?」
そう那珂が鼓舞すると、二人は顔を見合わせそして那珂にまっすぐ視線を向けて口を開いた。
「「はい!」」
この時二人はこれから始まる本当の艦娘生活をようやく心から楽しんで期待できる心持ちになっていた。
同調率99%の少女(20) - 鎮守府Aの物語
なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing
人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66786886
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/11tj_G-qe420NP5AYQD_vv92wO4npNtlbSiiTq680jKo/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)