不燃くん

 おんぼろのバスを降りると運転手は、私がまだ地面に着地していない事をあえて確認し、バスを出発させた。その所為で私は地面に転がった。土が服の袖と手の甲に付着した。バスは急発進してケツから臭いガスを撒き散らしドカドカと下って行った。私は勿論であるがこのバスに向かって「頭の悪い運転手さんですね。乗客が降りた事を確認してからドアは閉じるんですよ」との言葉を五十万デシベルで怒鳴りつけたかったが最近、風邪気味で喉が痛い。不織布マスクを口元に覆って五分に一回は咳をしている。全く持って近頃の若者は身体が弱いときたものだ。それでゴフゴフと鈍い咳を漏らしてこの場をやり過ごした。
「遅いじゃないか。君はアレかね。時間を守れない人種かい?」
 カエル先生は麦わら帽子を被り白衣を身に着けていた。ついでに虫かごを首にかけ、虫網を左手に持っていた。
「酷い事を言いますね。私は今朝、カエル先生に風邪をひいたので今日は休みますと言いました。それなのにですよ。その後、僅か七分後に『君。ゴミ山に集合だ。来なければ退学に処す。以上だ』ですよ。何が以上だ。ですか! こっちからするとカエル先生の方が異常ですよ」
「うるさいよ。君。風邪をひいている割には元気ではないか? なあに。身体を動かせば自然と治る。だが治らなければ自己責任だ」
 カエル先生はそう言うとスタスタと歩き始めた。その後を追って私も歩いた。
「それで私をこのゴミ山に呼びつけた理由は何ですか? ここ物凄く臭いんですけど?」
「君は少し自分で考える事をしたらどうかね?」と言った後に緑色の手をヒラヒラとさせて「収集だよ収集。主にゴミの収集さ」
「なるほど、では私を呼んだ理由は?」
「理由だって? 簡単な事だ。ゴミの収集にはゴミにやらせようと思ってだね」
「は?」
「は? ではないよ。理不尽な事に慣れておかないと、これからの社会、やっていけないのだよ」
「いやいや、今の発言は明らかにダメですよ。社会がどうとかの前に人としてどうですか? 可愛い教え子にそんな言葉を言ったらダメでしょう」
「私は良いんだ。許されるんだ。だってほら君。私はカエルで、人ではないし」
 私はカエル先生に意見を言う事を辞めた。

 ゴミ山には燃えカスが積まれていた。他にも掃除機とか、ランプとか赤ちゃんの人形とか、カラスの模型とか、ブラウン管のテレビとか、ガウディのノミとか、エジソンの歯ブラシとか、そんなどうでもいいものも積まれていた。
「君。斧を探したまえ」
「斧ですか? まさか私を叩き切るとか……」
「それはまた次回だ。御託は良いからサッサと探したまえ」
「オッケーです」
 取りあえず私はエジソンの歯ブラシの下にあるジャッカルのマネキンをどかした。するとエレベストの登山中に使用されたピッケルが出てきた。
「カエル先生。ピッケルはどうですか? ダメならエジソンの歯ブラシで良いですか?」と言うとカエル先生は少し嬉しそうに笑って「それは本当かい? エジソンの歯ブラシを見つけたって言うのは? これは私が貰い受けよう。ネットでオタク共に高く売れる。で、斧はないんだね? ならピッケルでいいとも」
 カエル先生は私から薄汚れた歯ブラシを掴み取って虫かごに入れた。
「それは別にいいんですが、そのピッケルでどうするんですか?」
「まぁ、こうするのだ」
 ピッケルを両手で持ち、カエル先生は高く振り上げた。次にゴミ山に向かって勢いよく振り下ろした。スイカわりの五倍は凄かった。するとゴミ山が渦を巻きながら崩れ始め、だいたい直径二十メートル程の穴が出来た。
 私は目をパチクリさせながら質問をした。
「へぇ。それでこの穴をどうするんですか? もしかしてその網を降ろすとか?」
「イエス。その通りだよ。君。さてさて掬ってみるかな」
 カエル先生は網を伸ばして黒くて深い穴に入れた。ポチャンと水に触れる音が聞こえた。まるで魚釣りの様だ。ゴミ山で魚釣りモドキなど、多分ではあるが二度としないであろう。
「しかし、カエル先生、目的があるんでしょう? このゴミ山にやってくるお目当てのモノが? 教えて下さいよ」
「良いとも」
 そう言うとカエル先生は私に双眼鏡を渡した。私は双眼鏡を受け取りその底を覗いて見た。何やら黒くてヒラヒラと動く物体が見えた。
「おお、オパビニアが居ますね。その隣にカメロケラスが泳いでます。何ですあれ? もしかしてダンクレオステスじゃないですか? 物凄く怖いですねぇ。エデスタスも居ますね。って口がダサい」それで私は双眼鏡を外してカエル先生に言った。
「つまりこの底には太古の海の生物がいるんですね。いやー。ゴミ山の事だから馬鹿にしてましたよ。まさか古い生物が葬られたゴミを収集できるなんて」
「確かにその通りだ。たまには自分で食材を調達してさばく事もよかろう。カエル先生は美食家でもあるからな」
 どうやらカエル先生はこの古代生物を食べるらしい……。
「へえ。私は鯖か秋刀魚が好きですね」
「君の好みなんかどうでも良いね」
「処で私をこのゴミ山に連れてきた理由は?」
「全く、少しは自分で考えろと言った筈だ」そう言ってカエル先生は長い脚で私を蹴り上げた。予想にしていなかった事と見事な蹴りで、私は一瞬のうちに穴へと落ちて行った。
「なるほど。私をエサにするわけですね。しかしカエル先生。どうも今回は何時もよりも扱いが酷くないですか?」
「安心してくれたまえ。ちゃんと君はリサイクルしてあげよう。不燃材として」
 今日は何てめんどくさい日だ。私はため息を吐いた。

不燃くん

不燃くん

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-14

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