ぶどう農家民話・ナスが好き

 昔、ピオーネが大好物なカラスがおりました。
 ピオーネとは、限りなく黒に近い濃い紫色の大粒ぶどうです。
 そのカラスは、夏の終わりの時期になると、真っ黒に色着いたパンパンのぶどう粒に誘われて、きれいにトンネルで配置された露地畑に駆けつけてしまうのです。
 その年もいつものように、ぶどう農家が丹精に慈しみ育てたピオーネをこっそりついばんでおりましたところ、悪いことはできないもので、物陰で見張っていたぶどう農家さんに捕まってしまいました。
 怒り沸騰するぶどう農家の方々から吊し上げられていると、ぶどう部会長が通りかかり彼らをたしなめてくれました。そして、
「お前さんはどうしてピオーネを食べるんじゃ」
と訊くので、
「色ですよ、色。私と同じ真っ黒色なので、仲間と思って突いてしまうのです」
と心にもない出まかせを答えました。
「なんら、ナスでもいいんかな」
「ええ、もちろん。ナスでも構いません」
「そんならお前さんは、明日からナスを突くんじゃ」
 そして、カラスはナスを突かざるを得なくなったのですが、突けば突くほど、悲しいほどにナスは淡白な味しか返して来ず、カラスの気持ちを空回りさせるのです。
 それでも言った手前、カラスは泣きながらナスをめっぽう突きまくり、ついには唄を歌い始めました。

 はぁ~ナスが好き ナスが好き
 美作のカラスは ナスが好き

 仕舞に怒ったのは、ナス農家です。
 自棄を起こしたカラスをふん捕まえて、理由を訊くと、ぶどう部会長の元に押しかけました。
「ぶどう部会長さん、カラスをけしかけちゃ困るけん」
「あれ。黒いならいいんと違うんかな」
 カラスは観念して答えました。
「黒けりゃいいわけなかろうが。甘くて美味しいのがいいんじゃ。ナスなんて、美味しくもなんともない」
 また怒ったのがナス農家です。こいつ、焼き鳥にしてやると襲いかかるのをぶどう部会長が抑えて言いました。
「ナスが美味しくないわけなかろうが。焼いても良し、煮ても良し、揚げても良し、まさに夏野菜の王様じゃ」
 そうじゃそうじゃ、とナス農家。これを試しに食べてみろ、と差出したのが、ナスのからし漬けです。
 一口食べたが泥棒カラス、その美味しさに世界観を揺るがされました。
「なんじゃこれは! 甘いだけではない。強烈なカラシ味はするものの嫌気はせず、味噌の甘さとのハーモニーを醸し出しつつのっぺりとした食感を愉しませる・・・これがナスか! これが本当のナス力なのか!」

 すっかり改心したカラスは、今一度ナスのからし漬けを味わいたいがために、ナス農家でアルバイトに励み、報酬としてからし漬けをいただくようになりました。
 暑い夏の盛りに遮るもののない畑で一日中働くのはつらかろうと、ナス農家のおかみさんが白い割烹着と白い三角巾を差し入れてくれたので、カラスは更に仕事に精を出せるようになりました。
 そんな白装束のカラスを見た近くの湯郷温泉の関係者が、これは湯郷温泉を導いたシラサギの再来に違いないと勘違いし、この地域のナスのからし漬けが“シラサギのナスからし漬け”と呼ばれるようになったのはそれから間もなくのことです。

ぶどう農家民話・ナスが好き

ぶどう農家民話・ナスが好き

ぶどうをつまみ食いするカラスを襲った人生の転機です。 美作・湯郷温泉の発祥伝説にシラサギがあるのは本当ですが、ナスからし漬けはシラサギとは関係ありません。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-13

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