世界テクテク旅 ヨーロッパ芸術編 - 『ルーブル美術館』
1972年11月、俺は晩秋のパリを重いバックパックを背負いながら一人で歩いていた。 さすがにこの町はどこかしゃれている♪パリの空の下で♪を口ずさみながらルーブル美術館へ向った。
ルーブルはパリ中心部セーヌ川左岸に位置し、ルーブル宮殿の大部分を占め、その起源は12世紀末にパリの街を守護するための要塞で、時代の変遷とともにフランス王家の宮殿、そして美術館へと変貌を遂げた。 「ミロのヴィーナス」、「サモトラケのニケ」、「モナ・リザ」という、ルーブルの三大貴婦人等世界的に有名な絵画・彫刻等の傑作と呼ばれる作品がたくさんあったが、日本の正倉院には遠く及ばない。
ルーブルは1793年のフランス革命でルイ16世のブルボン王朝が倒れ、その美術品が国家のものとなり同美術館に展示されたもので、西洋でも中国の故宮博物館でも王家の財産は「革命」無くして移行されないのが普通だが、正倉院は756年聖武天皇の崩御を悲しんだ光明皇后が、帝の極楽往生を願い遺品を東大寺に献ずべく帝への愛を天下に示し、その愛を国家に献じたものであり、血の一滴も流されていない平和的所有権の移行で、貴重な文化遺産を国家が管理・保存し、必要があれば展示するという考え方が日本では早くも8世紀に存在したのであり、その意味では近代美術館の先駆と言え、平和的に内外の多くの品々を収集した現存する世界最古の愛の博物館であり、戦利品展示場となっている先進国の美術館、博物館とは全く違い、同美術館の古代エジプト美術や大英博物館の「ロゼッタの石」はその最たるものだ。
そんな事を思いながら閉館の為出口に急いだ。 その日は水曜日だったので外へ出たのは夜10時前だった。 晩秋のパリの夜空にはひときわ明るい星座が輝いていた。 シドニーなら南十字星だが・・・・、出口近くにいたパリジェンヌに尋ねてもただ微笑むだけで答えてくれなかった。 あれから40年も経ったなと思った瞬間はっとした。 分かったあの時の星座は多分モナリ座だったのでは。
世界テクテク旅 ヨーロッパ芸術編 - 『ルーブル美術館』