サンタ

 俺はクリスマスが嫌いだ。
 クリスマスはカップルにとって特別な日だという。だが、商売に携わる人間にとっても特別な日だ。大人なら誰だってクリスマス商戦という言葉を聞いたことがあるだろう。
 商戦。戦だ。突然の残業だってもちろんある。
 お詫びの印に、途中で見かけたサンタのキーホルダーも買ってきた。
 大人の女性ならそれくらい分かるだろう。
 そう言ったら、えらく不機嫌になって、今日を楽しみにしていたのだと言う。
 そんな事はわかっている。だからこそ周りに無理を言って1時間程で切り上げてきたのだ。
 少しむっとして、俺だって楽しみにしていたと言ったら嘘つき呼ばわりされた上、キーホルダーも気味が悪いと投げ返された。
 その後の事は思い出したくもない。

 なんのために、昨日まで残業して早めに仕事をあげてきたのか、なんのために、一緒にがんばっている同僚に無理を言ったのか。
 情けない思いで帰宅する途中、それが目に入った。
 昨日までただの空き地だったところに見慣れない建物があった。いや、普段意識している訳でもないから、ひょっとするともっと前からあったのかもしれない。
 小さなケーキ屋程度の大きさのその建物は、空き地の少し奥まったところにあり、入り口の上にはバルーン製と思われるの大きなサンタクロースがライトアップされ、空気を入れたり抜いたりしてゆらゆらしているのが目をひいた。
 既に辺りは暗くなっており、建物の窓からは明かりが漏れていた。

 なにかの店だろうか?

 特に看板もなかったが、住居のようにも見えない。
 なんとなく興味を引かれて敷地に入ってみる。
 建物に近づくと窓の中が見えた。中央の大きなテーブルや、壁際に配置された大きな棚に物が並べられていて、なかにはサンタの顔があしらわれている物も見えた。人の姿は見えないが、クリスマス限定の雑貨屋か何かだろうか。
 ドアの前まで来ると、窓、ドアの飾り、ドアノブなど、あらゆる意匠がサンタの顔をしているのが分かった。
 やはりお店なのか、それとも何かのプロモーションなのか、まさか誰かの趣味という事はないと思うが。看板も人の気配もない事に少し気味悪さも感じたが、何かに引き寄せられるようにドアノブに手をかけた。なに、もし怒られたら謝ればいい。

 ドアを開けた瞬間、熱風を受けたような、それでいて背筋が寒くなるようなゾワッとする気配を感じた。
 辺りを見回すが人がいる様子はない。
「こんばんは。ごめんください。」
何度か呼びかけてみたが返事はなかった。

 少し落ち着いてあたりを観察すると、さっき窓から見えた商品かと思った雑貨類は、全てサンタの顔があしらわている事がわかった。
 いや、棚や机の上にある雑貨は言うにおよばず、部屋のスイッチ類や照明、机の上のキャンドルやライター、テーブルクロス、その他あらゆるものに大小さまざまなサンタの顔がついていた。
 それぞれのサンタの顔はどれも違っていて、それぞれ赤い帽子と白い髭は同じだが、若かったり、年寄りだったり、人種も様々、中には女性のものもあり、この部屋だけで何百というサンタの顔があった。
 なんだか薄気味悪い感じがして部屋を出ようとドアへ向かった瞬間、奥から呼ばれた気がした。
 はっきりとした声ではない。というより声を聞いたかどうかもさだかではないが、何かに呼ばれたような気がしたのだ。
 なんだか、お化け屋敷に迷い込んだような気持ちで怖さも感じたが、この時は好奇心が勝った。
 辺りに注意を払い、奥をのぞき込むようにしながら、ドアとは反対側にある細い通路へと進んでいった。通路の左右には棚があったり、絵や置物が飾ってあった。もちろん全てにサンタの顔がついている。
 俺は歩きながら誰かに見られているような、妙な感じがしていた。心臓の鼓動が早い。喉が乾く。誰かにヒソヒソと悪口を言われているような感覚。
 どれだけ通路を進んだのだろうか。おかしい、あの空き地はこんなに広くないはずだ。
 なんだか意識にもやがかかっていくような感じ。悪寒。
 怖くなってついに俺は走り出した。

 その瞬間、視界が開け新しい部屋へたどり着いた。
 明るく広いその部屋は、床やテーブル、棚や天井に大小様々な物が夥しい数置かれていて、やはり全てにサンタの顔が付いていた。
 そして部屋に足を踏み入れた瞬間、何千何万についた全ての目がこちらを向いた。にこやかな笑顔のまま、ドス暗い憎悪を込めた目で。

 一瞬で体中から汗が吹き出し、そこで記憶がとぎれた。

 俺はクリスマスが嫌いだ。
 クリスマスはカップルにとって特別な日だという。だが、商売に携わる人間にとっても特別な日だ。大人なら誰だってクリスマス商戦という言葉を聞いたことがあるだろう。
 商戦。戦だ。突然の残業だってもちろんある。
 大人の女性ならそれくらい分かるだろう。
 そう言ったら、えらく不機嫌になって、今日を楽しみにしていたのだと言う。
 そんな事はわかっている。だからこそ周りに無理を言って1時間程で切り上げてきたのだ。
 少しむっとして、俺だって楽しみにしていたと言ったら嘘つき呼ばわりされた。その後の事は思い出したくもない。
 だから、クリスマスで浮かれているやつを見ると腹が立つ。
 なに?そうか、お前これから彼女と合うのか。ふん。だったら俺も連れて行けよ。

 サンタの姿をしたキーホルダーが、どこか楽しげに揺れていた。

サンタ

サンタ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-07

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