Gray

ゲームしてぇ

「逢坂絢奈、逢坂・・・」
中学生になった初日、昇降口に張られたクラス割の表の前は人がごった返している。知っている人もいれば知らない人もいる。廃校になる小学校、葉水小と睦月小最後の卒業生になった絢奈の学年は中学校が合併されるのだ。だから半分は知っているし半分は知らない。小学校でも親友がいなかった絢奈は誰が同じだろうが変わらないと思うが。
「3組」
あいから始まる苗字は直ぐに見つかった。誰が同じかなと同クラスの名前を確認していく。予想通りだがへえとしか思えなかった。
人混みを抜けて真新しいローファーを脱ぎ、古い靴箱に仕舞おうとする。小さい身長を頑張って背伸びして入れようとするが開けたふたが閉まらない。生憎なことに蓋は縦開きだ。
「・・・後で誰かに言って下げてもらおうかな」
取り敢えず担任に言うことは確定したが今はどうしたものかと首を捻ると、靴が取り上げられた。見上げると同じ年の筈なのに首を90°近く傾けなければならない。その子は腕を伸ばしてローファーを仕舞ってくれた。
「あ、ありがとうございます・・・」
軽く頭を下げるとその子は微笑んで長い黒髪を揺らして歩いて行った。暫く茫然とした後、我に返って上履きを出し、3組に向かって歩き出した。

3組には先程の子がいた。その子は6列あるうち6列目の前から3番目に座っていた。後ろの髪が長い子と喋っている。クラス全体近くの知り合いと喋っているため適度に騒がしい。座席表を見るとその子は「松林光玖」となっている。下に平仮名で「まつばやしみく」と読み仮名が振られていた。そして自分の席は一番前の一番廊下側だった。一年生の初期の席も同じだった記憶がある。
5分ほどしてから大人が入って来た。30代前半の男の人だ。特徴は特徴が無いことだろう。
「こんにちは、全校集会がありますので前に張ってある出席番号順で並んで体育館に来てください。体育館に行けばどこに並ぶかわかると思います」
男の人はそれだけ言って教室から出ていった。徐にクラスが動き出す。
10分後、体育館には全校が集まっていた。校長が訓辞を垂れていたが絢奈に限らずぴしっと背筋を張って真面目に聞き、真面目に返事をするふりをしているようにしか見えない。絢奈は巧く授業を適当に済ませるプロだったが、中学になれば真面目に聞かないわけにはいかないだろう。もう大学生で家を出ていった姉、凛奈も
「いいーい、絢奈。小学校とは違って話聞いてるだけで満点とれる訳じゃないから。テスト対策、確り講じてね」
と昨日久しぶりにかかってきた電話で言っていた。
話を適当にやり過ごし、担任発表。2,3年は変わらないから1年だけだ。
「1組、中田伊代先生、2組、鈴木雄太先生、3組、高端輝先生です」
壁際に立っていた3人の先生が歩いてそれぞれクラスの前に立つ。タカハシ先生は先の先生とは違うが特徴はなかった。


「高端輝と言います。宜しくお願いします」
教室に戻ってから高端は黒板に名前を書きつけた。字は綺麗だ。
「私は普段、数学を教えています。中学校は難しくなりますが、一緒に頑張りましょう」
はい、とバラバラな返事が上がった。絢奈は口パクだ。
「今日は担任と各教科の先生発表と教科書配りで終わりです」
言いつつ教卓からとった紙をめくる。その動作を見ながら教科書配ったり担任発表するのは普通入学式じゃないのかと考えた。
「では先生です。国語、柳川先生・・・」
名前が羅列されていくが正直知らないのだから意味がない。
「・・・以上です。明日は今から配る時程を見て下さい」
配られた表は一週間のスケジュールだった。それを時程と言っていいのかは謎だ。凛奈にも言われたが絢奈は言葉に細かい。
「視た通りの教科書を持ってきて下さい」
教科書って確か教科用図書の略だった気がする。時間割を見ながらぼんやりと思った。
「それで、最後に、学級係、これだけ先に決めないとな。学級係ってあったか?」
小学校に、という意味だ。
「ありました」
「ありましたー」
どうやら葉水にもあったようだ。絢奈は睦月小で学級委員及び計画委員をやらされた覚えがある。人前に立つのが嫌いな絢奈にとって嫌な仕事だった。絢奈には裏方仕事が向くのだ。ただし細かい仕事は向かないという注釈をいれないといけないのが悲しい。
「そうか、じゃあ仕事はわかるな。それぞれの小学校から一人、選んでもらおう」
高端はちらりと時計を見た。時計は10時を指している。
「10時5分には決めておいてもらおう。決まったら座れ」
高端の口調が段々と砕けてきた。本来はこう喋るのかもしれない。
「絢奈ちゃん、どうしたの?」
後ろに座っていた天野みやびがいつの間にか前に回り込んでいた。
「あ、ああ、行くよ」
立ち上がって睦月小が集まっている後ろに歩き出した。

「断る」
絢奈は推薦をきっぱり断った。
「え、でも絢奈しかいなくない」
「そうだそうだ」
咄嗟に頭を巡らせてできるだけなじみのない言葉を使って反論文を組み立てる。が、
「時間だぞー、戻れ」
という高端の言葉に因って意味がなくなってしまった。
「さて、葉水小陣は?」
「光玖ちゃんでーす」
間延びした声が呼んだ名前は靴を仕舞ってくれた子のものだった。光玖ははにかんでペコリと頭を下げる。
睦月は?
教室を見回して聞いた高端にみやびを筆頭とする女子は躊躇なく絢奈の名前をあげた。
.....許すマジ。
その呟きは隣の気弱そうな男子には聞こえたらしく驚いた顔で絢奈を見た。
学級係は司会、黒板書記、ノート書記からなる。この際絢奈の母親が裁判所の速記官をしていて絢奈も速記を少しならできることは黙るに限る。司会は絶対に嫌だ。黒板書記は身長が足りない。ノート書記なら100000(以下略)歩譲ってまだいい。
そう思ったのがいけなかった。
じゃあ、明日は他の係と委員会決めるから、二人で何するか決めて。どっちかが絶対に司会な。
高端はそう締めた。



「逢坂さん」
呼ばれて振り返ると光玖だった。
「ああ、松林さん。係決めないとね」
光玖は嬉しそうに頷いて、
「司会、やってもいい?」
と聞いたのだ。絢奈は呆気に取られた後、首がもげそうになるほど縦に振った。
「え、いいの?じゃあ逢坂さんは?」
「ノート」
即答した。光玖は苦笑して頷き、
じゃあまたよろしくね。
そう言って互いに手を振って校門前で別れた。
あれ......
歩いて行った光玖の首筋に風に舞った髪から見えがくれしたのは、不自然な紅い跡。

「松林さんが司会です。私はノート。あと私の靴箱の位置松林さんと交換してください」
朝すかさず伝えたら光玖は可笑しそうに笑った。光玖の靴箱は上から4番目で屈む位置だ。だが届かないより余程マシだ。
「おう、わかった」
頷いた高端も鷹揚に笑った。
帰り、きちんと交換されていたのは余談。

光玖はかなり巧かった。小学校の時は司会に主観が入りまくって自分が賛成すればクラスの意向ガン無視で話を進めてしまう体たらくで、絢奈が司会補佐という微妙な役職に就いていた。今思えば学級委員としての司会をサボったつけが回ったけだとわかるが。光玖は適度に書記を確認しては小さく合間を開け、当然ながら主観が入らない。小学校のホームルームは書記が可哀想だったのは覚えている。書記が終わったあと手首を押さえているのが当たり前なのはおかしい。光玖と小学校の司会を比べると光玖を唯おだてることになる。
気になるのは入学から3ヶ月たった今、7月に入り外は暑いはずなのに指定の半袖シャツの上に春の厚手のジャケットを重ねて着ていることと徐々に組上がったグループに光玖が入っていないこと。いや、この言い方は正確じゃない。
最近独りなのだ。


音楽発表会が夏休み明けにある。各クラスが練習した曲(合奏でも合唱でもよい)を発表するのだ。明日に音楽発表会の応募された合唱、合奏各5曲の中から選ぶので、光玖と絢奈、黒板書記のみやびで準備と進め方について話し合いをしなければならない。昼休みに3人は教室に集まっていた。
「まず合唱か合奏か決めないとね」
みやびの発言は当然だと思われた。が、ここで光玖は正論を返すのだ。
「いや、曲によるところもあると思う。だから全部きいて貰ってから決めよう。時間はかなり取って貰ってる」
光玖にみやびは目を瞬いていたが軈てゆっくり頷いた。みやびを推薦したのは絢奈だが、さっぱりしていて単純な性格を買ったのだ。
その日の帰り、文房具を買って帰るというみやびと珍しく一緒に帰った。
「光玖ちゃんってすごいね。頭もいいし、羨ましい―」
みやびが羨ましいという感情を表情で表現する。
「そうだね」
それはそうだと思う。絢奈は教科によってできる出来ないが激しい性質だがみやびは云うほど馬鹿ではないはずだ。
「ね、光玖ちゃんは暑くないのかな?」
やはりずっと長袖でいるというのは違和感がある。
「今日、光玖ちゃん汗かいてたよ。体育も絶対長袖じゃん。まぁそれはジャージだからかもだけどさぁ。暑いんだったら脱げばいいじゃん、なんでだろうなあ」
「・・・光玖ちゃん」
みやびに話すべきか。問いつつ切り出す。
「首筋、傷があるんだ」
「傷?そうなの?」
みやびが顔を上げる。
「そう。赤い傷が首をぐるっと」
話しながら一つの可能性に思い当たった。
「腕もかな?」
みやびも真面目な顔で首を捻る。
「いじめ・・・とか」
遠慮がちな声で呟くのが聞こえた。絢奈は最近一人でいることが多いと話した。
「あ、そうかも」
みやびは広く浅く友達といるので気づかなかったらしい。絢奈の場合は広くも狭くも深くも浅くもない。友達がいないともいう。
「でも葉水の子たちと一緒にいたよね、最初は」
「舞子たちねー」
咄嗟に顔が思い浮かばないあたり絢奈である。
「なんかな。明日から3人でチーム組むか?」
みやびが笑いかけてきた。が、
「私読書で忙しいから」
「つれないなぁ」
みやびは笑って、じゃあねと十字路でわかれた。


「松林光玖・・・・かぁ」

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-03

Copyrighted
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