ひとりじゃないから寒くない

イラストは蓮魔@Remma_KThasuikeさんです!

「おんなのさんたさんっているんだね」
会計を済ませて店を出ようとしていた親子の息子のほうが振り返ってこちらを指差しながら、母親にちいさな世紀の大発見を報告していた。
「ほんとね。握手してもらったら?」
母親の提案にきらきらと目を輝かせた息子は、うん、と元気よく頷いて、危なげな足取りで駆け寄ってきた。鈴のようなかわいらしい声で「さんたさん!」と呼ばれ、キーリは男の子に目線を合わせてしゃがみこむ。
「あのね、いい子にしてるからね、くつ下もじゅんびしたからね、さんたさんはおしごとがんばってね。でも、がんばりすぎちゃだめだからね」
母親が提案してくれた「握手」には気が回らないくらいに一生懸命しゃべりかけてきてくれる様子がとても微笑ましい。キーリは自ら男の子の手を取り、ありがとう、とお礼を述べた。実際は本物のサンタさんじゃなくてただのバイトなので少しむず痒くはあるけど。男の子はキーリの手をぎゅっと握り返すと「さんたさん、かわいいね! ばいばい」愛らしく手を振るしぐさとキラースマイルでキーリの心臓を撃ちぬいた。キーリが呆けている間に男の子はくるりと踵を返して、あっという間に母親の隣に収まった。息子の手を握りながら母親が軽く会釈したので慌てて会釈を返す。
「かわいいね、だって」
嬉しくてつい声が漏れた。異性に(だいぶ歳の差はあるけど)そんなことを言われたのは初めてかもしれない。いまからあんなに女の子の扱いがうまいとお母さんは苦労しそうだ。
小さな男の子の柔らかな手の感触を思い出して手を握ったり開いたりしていたら、お客が入店したことを知らせるベルが聞こえた。緩む頬を利用してとびっきりの営業スマイルを作り、声をかける。「いらっしゃいませっ! ただいまクリスマスケーキのご予約を受付中です! いかがですかっ?」
ケーキの案内チラシを手渡そうとお客に近寄って顔を見上げ、なんだか慣れた角度だなあと思ったら、「あ」「え」『は』客と同時に間の抜けた声が漏れた。とびっきりの営業スマイルを貼り付けたまま表情が一瞬かたまる。
「ハ、ハーヴェイ。兵長。どうしてここに……?」
「いや、おまえこそ。ていうか……何、その格好」
キーリは自分の服装を見下ろした。さっき男の子に「かわいい」と言われたばかりの、赤と白を基調とした今の季節にはお馴染みのデザイン。キーリは顔を上げずにスカートの裾を引っ張りながら「クリスマス、もうすぐだから。制服。バイトの」ハーヴェイみたいなぶつぎれの、たどたどしい説明をした。
『バイト? 俺とハーヴィーに内緒でか』
「えっと……」
どう答えようかと迷っていると、店の奥から男が顔を出してきた。
「お客さん、お客さん。うちのサンタがなんかやらかしましたか。いやすみませんね、新人なもんで。許してやってくれませんか」
キーリの雇い主であり、このケーキショップの店長だ。白い口ひげと白眉を蓄えていて、色味のないパティシエ服を着ていても季節感がある気がする。タイミングよく会話を遮られたことに胸をなでおろしたキーリは、ぱっと顔をあげて店長を見た。
「いえ、違うんです。このひとは、わたしの」わたしの。そのあとになんて続けようか一瞬だけ考えて「わたしと、一緒に住んでいるひとで」と説明した。
店長は得心したようにふうんと呟いてからにやりと笑い、それから「そうか。たいへんだろうががんばれ」と言った。どういう意味だろう。
店長はもういちどふうんと呟いてハーヴェイを見あげ、「きみ、今日は時間あるか」と尋ねた。
ハーヴェイは質問の意図を理解できないようすで「はあ、まあ」とあいまいに肯定の返事をした。
「そうか、あるか! じゃあ君もうちで働いてくれないか、バイトがひとり風邪をひいちゃってなあ。時給制即日手渡し制服貸与まかない有だ。悪い条件じゃないぞ」
たたみかけるようにそう提案すると、ハーヴェイの返事も待たずに店の奥へ消えていった。かと思ったらすぐに戻ってきて「じゃあさっそくこれを着てくれ! こどもは好きか? きみ背が高くて怖がられそうだけど、まあ、これを着ていれば大丈夫だろう」言いながら緑色っぽい服を押しつけた。
「おれ働くなんて一言も」「この時期は忙しくて。いや助かる、ありがとう!」「……」
店長はハーヴェイの声なんて耳に入らないようすで、服を渡したらさっさと店の奥の厨房に引っ込んでしまった。キーリも戸惑いながら「えっと……着替えるなら、あっち」キーリとは違う色の制服を見ながら、更衣室の場所を案内した。


 *


「にんげんのツリーっているんだねえ」
会計を済ませた親子の娘のほうが、レジで受け取ったくつした型のオーナメントを大事そうに抱えながら言った。
「ほんとね。さっそく飾ってきたら?」
母親の提案に頷いてたどたどしい足取りで近寄ってきた女の子は「こんにちは!」とたいへん元気よく挨拶してきた。
「こんにちは…」
若干引き気味に挨拶を返して、「それになんか書いて。これ、ペン」店長に指示された内容をすこし(……かなり)端折りながら伝えてマジックペンを手渡す。商品を購入した子ども連れにフェルト製の店長手作りオーナメントをプレゼントし、それに願い事を書いてもらって、同じくフェルト製の店長手作りツリーに貼り付けてもらうというキャンペーン。別の季節行事とまぜこぜになっている気がするし、客側にメリットもないのでやる意味がわからない。子ども好きの店長が個人的に幸せになれるからやりたかったらしいがバイトが風邪を引いたせいでいままでできなかったそうだ。だからってなんで俺がツリー役なんだろう。なんだこのごわごわした緑色の服と星型の帽子は。
ハーヴェイがため息をついている間に嬉々としてオーナメントに「ぷいきゅあになりたい」と書いた女の子は、お母さんに「うえのほうに飾りたい」とねだって、抱っこでハーヴェイの肩あたりにオーナメントを貼り付けた。「ぷいきゅあ」とはおそらくキーリもときどき見ている、週末に放送している女児向け肉体派アニメだろう。目の前の女の子が現実離れしたキックやパンチを駆使して怪物を倒すところを想像して、どうしてそんなものに憧れるんだろうと考えた。
キーリはというと、店の外で道行く人に声掛けをしている。店の制服だからと言うのでこちらもなにも言えなかったが、膝上15センチくらいの短いスカートだし、いちおうケープを羽織ってはいるがその下の服は肩に布がないやつだ。店内で接客している間はケープは羽織っていなかったので、多少安心といえば安心だが。なにがだ。
店に用はなさそうなのにキーリに話しかける輩がときどき目に入るのでハーヴェイは気が気じゃない。人通りの多い場所なのでたいていは話しかけるだけでそれ以上はなにもしないのだが、ちょうどキーリのほうを見ると彼女の手を引っ張ってどこかに連れて行こうとする男の集団が目に入った。
「なにしてんだ……っ」星型の帽子を投げ捨ててあわてて外に出ようとしたら、飾り終えたオーナメントを満足げに見上げていた女の子が「う、うわぁぁん」大声で泣き出した。
『ツリーがいきなりのしのし歩き出したらびっくりするだろう!』
人の目がある店内なのでいままで完全に沈黙していたはずのラジオが小声でまくしたててきた。
「あー、ごめん」
母親と女の子どちらにも向けて謝罪して、そうは言ってもキーリがどっかに連れてかれたらどうするんだ。キーリと女の子に交互に視線を投げてどうしたものかと困惑していたところ、神官服をきっちり着込んだ青年がキーリと男の集団に話しかけていた。


 *


「こーんなに可愛いサンタさんっているんだなあ」「バイトなんかちょっとさぼったってバレないよ。俺たちと喋ろう」「きみ、歳いくつ?」
店内をハーヴェイと店長に任せて店の外で声掛けをしていたら、しつこい集団につかまってしまった。仕事ができないので構わないでほしいのたが、男たちはキーリの腕をぐいぐいと引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。キーリの力では抵抗しきれず、少しずつ店から離れてしまっていた。ちいさな男の子に「かわいいね」と言われたときはとても嬉しかったのに、なぜかいまはまったく嬉しくなかった。
「困ります、仕事中なので……あっ」
力いっぱい腕を引かれた拍子にケーキの案内チラシを落としてしまった。店長がクリスマスのために作った大切なチラシを、集団のひとりが踏みつける。
「ねえ、クリスマスも近いのに働いてるってのはそういう相手もいないんでしょ? いいじゃん、ちょっとさぼって遊んだってさ」
「クリスマスっていうのは家族で過ごすものだよ」
ふいに通りがかった青年が、踏みつけられなかったチラシを丁寧に拾ってキーリに手渡してくれた。すらりとした長身の、紳士的な笑顔を浮かべた神官らしきひとだ。
「だから、こんなところで不良やってないでパパママのところに帰りなよ」
青年はキーリの腕を掴む男の指を握って、柔和な笑顔のままそれを折った。……折った?
「ひっ……!」男が悲鳴にならない声を上げ、手を庇うようにしゃがみこむ。キーリもびっくりして青年の顔を凝視した。
「なんだこいつ」「やべえやつだ」男たちが指を折られた仲間を抱えて蜘蛛の子を散らすようにばらばらと去っていく。
「それで、きみはどうしてこんな時季にこんな仕事なんかしているのかな。さっきの男が言ったみたいに一緒に過ごす相手がいないとか。エイフラムが嫌になった?」
初めて会う人だと思ったけど、ブルーグレーの瞳とよく知っている背丈が答えを教えてくれた。
「ヨ、アヒム……?」
「よお。久しぶり」
急に背筋が冷たくなった。ヨアヒムが、どうしてここに?
「ふーん……」
紳士的な笑みはどこかに消えて、片頬を意地悪く持ち上げる不敵な表情を浮かべている。
「いい丈だね、まあもっと短いほうがいいんだけど。ガキにゃそれくらいがちょうどだろ。なあ、それ、そのケープの中ってどうなってんの? ノースリーブとか? エイフラムに飽きたんなら俺と来ない? 俺なら豪勢なクリスマスを過ごさせてやるよ」
足元からあたまのてっぺんまで舐めるように移動する視線が気持ち悪くてキーリは目をそらした。面倒な集団から助けてくれた親切なひとだと思ったのにとんだ勘違いだった。もっと迷惑なひとだった。
キーリはケープの合わせをぎゅっと握り、助けを求めるように店内に視線を巡らせた。すこし離れてしまったが、ハーヴェイが目を丸くしてこっちを見ているのがわかった。でも近くにいるちいさな女の子が泣きじゃくっているようで、助けを求めるのは難しそうだ。
「ん?」ヨアヒムがキーリの視線の先に気づいて店の中を見る。すると、「ぐひゃっ」とか「ほっふぉお」とか妙な声を漏らした。肩を震わせているところを見るにたぶん笑っているんだろう。
「な、な、なにやってんのあいつ? エイフラムだよな? ぶふっ……保育士にでもなったわけ? ぷっ……くくく……似合わね……ふっ」
似合わない、というのは不服ながらキーリも同意だった。緑色のギザギザした感じの服に、頭には星型の帽子。身長が高いという点では適任かもしれないが、顔が仏頂面で子どもには怖いだろうし。しかしながら不思議と親受けは良く、子どももよく懐いている。まあ、無理やり旅に同行してしてここまできてしまったキーリがいちばん懐いていると言えばそうなんだろうけど。
「あーあ。おもしれえもん見た。あいつの間抜けな姿見て満足したから今日はちょっかい出さないで帰るわ」
「あ、まって……っ」
無意識に言葉が出てキーリはびっくりした。向こうは帰ると言っているのに、なんで呼び止めてしまったんだろう。ヨアヒムも怪訝そうな顔でキーリを見下ろしている。
「えっと……あっ、ちょっと待ってて」
そう言いおいて、キーリは駆け足でお店に戻った。
「おいキーリ、あいつ」「おにいちゃんはぷいきゅあのともだちなの? ココなの?」「は? なんでそう思うんだよ、ココ誰だよ」「だって、おにいちゃんにお願いすればぷいきゅあになれるんでしょ?」女の子の相手をしているハーヴェイの脇を通り抜け、厨房にいる店長にケーキをいくつかみつくろってもらった。それを適当に包んでまた外に出る。帰ってしまったかもと考えたが意外にもヨアヒムは先ほどと同じ場所で待っていた。
「帰っても、どうせ独りなんでしょ。……これ、持っていきなよ」
ヨアヒムとは目を合わさずにそう言って、先ほど包んだケーキを突き出す。
「……あ? なんのつもり」「いいから」「俺、別に甘いもの好きじゃな」「いいからっ」
ケーキを無理やり押しつけると、ヨアヒムはしぶしぶといったようすで受け取った。
「こんなのもらっても食わねえぞ、たぶん」
そう言うと、キーリの脇をすり抜けて人ごみの中に紛れていった。ヨアヒムは一瞬だけこちらを振り返って「お返しー」何かを放ってよこした。まっすぐキーリの手の中に飛び込んできたのはチョコレートバーだった。甘いもの好きじゃないってたったいま言っていたのにどうして携帯しているんだろう。


 *


クリスマス当日までの繁忙期を乗り越えたキーリとハーヴェイと兵長(兵長は仕事してないけど)は、きらびやかなイルミ ネーションの中帰路についていた。昨日のイヴまでは猫の手も借りたいほどの忙しさだったがクリスマス当日になると客足もまばらになっていた。売れ残りも出たので店長がいくつか分けてくれ、甘いものはあまり好きではないが街の浮かれ気分 に乗っかってケーキを楽しむのもありかもしれないと思いつく。店長はケーキとは別にキーリにプレゼントも渡していたが、「あとで開けてね」と片目を瞑って言っていたのでなにをもらったのかは知らない。中身が気になって仕方がないのか、キーリがずいぶんとそわそわしていた。
「そんなに気になるなら開ければ。荷物持っててやるから」
「いいの? ありがとう」
小さな箱なので歩きながらでも開けられそうだ。大事そうにゆっくりと包装を解いたキーリは、中身を確認してもそれがなにかわからないのか、箱をひっくり返したりしてしげしげと眺めている。
『なにもらった?』
「わかんない。お菓子……ではないね。煙草?」
キーリの手元を見ると、たしかに煙草に似たようなパッケージの、だがひとまわりかふたまわり大きな箱だった。逆さまにされたり裏返しにされたりしているそれに目を凝らすと【衝撃の薄さ!】とかいう文字が飛び込んできて、一瞬なんのことか理解できなかったが理解した瞬間にはキーリの手からそれを奪い取っていた。キーリがびっくりしてハーヴェイを見上げる。
「あ、悪い」
すこし乱暴になってしまったかもしれないと思ってとっさに謝る。さいきん目にしていなかったのですっかりそういうものの存在を忘れていたが、改めて箱を見ると思ったとおりの代物で、店長に対する怒りがわいてきた。つぎ会ったら殴ろう、うん。先人の意地で戦前の技術がほとんどそのまま残された案外すごいその箱を、ハーヴェイは片手でぐしゃっと握り潰してそのへんのごみだめにぽいっと投げ捨てた。
「あーっ!」
『貴様ひとからもらったモンを……!』
キーリと兵長が大声をだしたので通行人に変な視線を向けられてしまった。その視線の中キーリがごみだめに飛び込もうとするのであわてて首根っこをつかんで引き止める。
「うるさい。拾わなくていい。くそっ、あのやろー妙な気ぃ回しやがって」
最初に会ったときに「たいへんだろうががんばれ」と言われた意味を今更ながら理解する。
「あれってなんだったの」とキーリがしつこく訊いてくるので、適当にはぐらかして「もう話は終わり」とばかりに煙草を咥える。店では子どもの相手をしていて吸えなかったのでニコチンが足りていないのだ。 きらびやかなイルミネーションが煙で霞むが気にしないことにした。


店長から貰った謎のプレゼントをごみだめに捨ててからハーヴェイはむすっとしていて、あの箱の正体はこれ以上探ってはいけない気がした。黙って長身の後ろを歩いていると、ハーヴェイは紫煙を一息吐き出してから「仕事楽しかった?」と訊いてきた。話題を完全にすり替えられた気がする。
「すごく笑ってたから」
笑ってた? なんのことだろうとキーリはしばし首をひねって、そして急速に思い出した。そうだ。あそこで働いていてい ちばんの営業スマイルをハーヴェイに見られたのだった。キーリはいまになって恥ずかしくなってきた。「あー、うん。楽 しかった」誤魔化すように早口で言う。
「ハーヴェイこそ、どうしてお店に来たの?」
誤魔化しついでにずっと気になっていたことを訊いてみる。ハーヴェイがケーキショップに用事があるとは思えなかった。
「いや、それは兵長が」
『クリスマスにケーキ準備するくらいの気遣いみせろって俺が言ったんだよ』
なるほど、それでお店に来たのか。兵長に促されたからとはいえ、クリスマスをやってくれるつもりがあったのだとわかってちょっと嬉しくなった。
『ところでちゃんと訊きそびれてたけどよ、なんでバイトしてたんだ?』
「あっそれはね、」
キーリは「ちょっと待って」と鞄の中をごそごそして、大きな箱をとりだしてハーヴェイに差し出す。お店に取り置いてもらっていたのを、 今日の休憩中に引き取ったものだ。
「これ、ハーヴェイに、あげようと思って」
「俺に?」
きょとんとしながらもハーヴェイはプレゼントを受け取ってくれた。貰ってくれなかったらどうしようかと思っていたので ひとまず安心する。
「そう。なにか渡したいなあって思って……あの、これ靴なんだけど、ハーヴェイ履いてるのってもうぼろぼろでしょ?  だから、あの」
ハーヴェイは自分の足元をみおろしてたったいま気が付いたような顔をした。元の色がわからないくらいに汚れてしまっているワークブーツ。もしかしてものすごく気に入っているからぼろぼろになるまで使っていたのであって新しい靴なんていらないんじゃないかと不安になってきた。どうしよう、やっぱり違うものがよかったんじゃ……。どきどきしながらハーヴェイの反応を待っていると、「あー、たしかに。さんきゅ」お礼の言葉と大きな手がキーリの頭に乗っかった。よかった。頭の上の心地よい重力にまかせて、緩む頬を隠すように足元に視線を流す。
『俺には? 俺にはなにも無しか?』
流した視線の先でラジオがぶうたれた。キーリは慌てて鞄からもうひとつ箱を取り出してラジオの前に掲げて見せた。
「兵長にはねえ、マフラーだよ」
包装紙をはがし、ミニサイズのマフラーをラジオのアンテナに結ぶ。
『おおっ暖かい! ありがとな!』
「暖かいかどうかなんてわかんないだろ、ラジオのくせに」
兵長にも喜んでもらえたのでほっと胸をなでおろす。正直ラジオにプレゼントなんてなにをあげたらいいのかさっぱり思いつかなくて定番のものになってしまったが、気に入ってもらえたのならよかった。首からさがっているラジオがマフラーのぶんだけ微妙に重くなったが、幸せな重さだった。さっきハーヴェイに頭を撫でられた時の重みも嬉しかったし、重さと幸せは同じようなものなんじゃないかと思った。


 *


店長が「スイーツおせち」なるものを編み出してこれが意外と好評だったために、クリスマス当日までの予定が年が明けてもキーリはまだバイトを続けていた。
「あけまして、おめでとう」「……おう」『おめでとう。新年にふさわしい朝だな』
元日の朝だというのにキーリは慌ただしくお店に行く準備をする。もうひとりのバイトの風邪が治ったのでハーヴェイはお店に行く必要がなく、余裕そうに窓の外なんか見ながら煙草を吸っている。ずるい。
朝ごはんはどうしようかとキッチンをみまわすと、大晦日に店長が「お前らの分とっておいたぞ」と言ってくれたお重が目に入る。
「……ハーヴェイ、おせち食べる?」
なかなか豪華なおせちなのでひとりで食べるのはさみしい気がしてハーヴェイを誘ったが、案の定気乗りしない返事が返ってきた。
「おせちって……あの店長が作ったお菓子なんだろ。いま食うの?」
「うーん……他に朝ごはんないし、ちょっとだけ」
そう言って伊達巻たまご風ロールケーキを一切れだけつまむ。見た目に反してたまごの味はせず、チョコクリームが巻き込まれていてとても甘い。朝ごはんにするにはやっぱり甘すぎたので、キーリは水で流し込んだ。
「……ハーヴェイ」
「ん」
「えっと、今年もよろしくね。兵長も」
どうか、この幸せな時間がいつまでも続きますように。そう願いを込めて、新年のあいさつ。改めて「よろしくね」なんて言うのは恥ずかしかったけれど、ハーヴェイも兵長も「よろしく」と返してくれたので、今年はきっといい年になるだろうとなんとなく信じられた。

「ところで」「なに?」「クリスマスに店で着てた服、どうした?」「使う予定ないからってくれたよ」「……もらったの?」「うん」「出して」「どうして?」「燃やす」『いい案だ』「だめーっ、店長の手作り!」「なおさら燃やす」
……こんな時間でもいいので、いつまでも、いつまでも続きますように。

ひとりじゃないから寒くない

100%消化はできませんでしたが、クリスマスリクエストをくださった方々ありがとうございました!あとクリスマス間に合わなくてごめんなさい!!!!

ひとりじゃないから寒くない

クリスマスとお正月を一緒に過ごすハーキリを書きました。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-01

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work