大晦日の勝負

12月31日、神奈川県のとある峠。星降る寒い夜である。
道の駅のパーキングに無数の自動車が止まっている。いずれもスポーツタイプで、外観は勿論内部も改造されていると見える。ドライバーであろう男たちは、各々飲み物を片手に他のドライバーと談笑している。誰も楽しそうに笑って、戦いの前にリラックスした表情を見せている。
お気づきの方もいるだろうが、彼らは所謂公道でドリフトをするドリフト族。それも関東ではある程度名の知れた団体で、公式の大会でもベスト16入りするのは当たり前という素晴らしい腕も持ち合わせている。
時刻は22時5分前、そろそろ戦いの火ぶたが切って落とされようとしている。今まで楽しく談笑していたドライバーたちも次第に険しい表情になり、各々の愛車へと戻って最終確認へと入る。
おっと、俺の紹介をしていなかったな。俺はこの団体の若頭をしている者だ。自分でいうのもなんだが、頭までのテクニックは持たないもののある程度の腕を持っていて、師匠と慕ってくれる人も数人いる。愛車は16の時に親父から譲ってもらった真っ赤なFC3S。205馬力という低馬力と設計の古さが否めない車だったが、親父と俺が手を加えたことでこれが300をオーバーするくらいにまで進化を遂げた。しかし相変わらずのマツダロータリーエンジンは健在だし、シンプルな足回りだから操作もドライバーの動きに率直に反応してくれる。車体も軽く、これほど扱いやすい車を俺は知らない。
さて、そろそろ第一回戦が始まるらしい。俺も愛車のキーを回した。



このレースは、事前に投票で対戦相手が決められる方式だった。今宵俺はなんと、頭と走ることになったのである。団体の長であるからレースは一番最後。全員が注目するレースとなった。
頭の車について少しだけ紹介しておくと、真っ黄色なFD3S。言わずと知れたマツダが誇る名車である。デフォルトの状態で280馬力という化け物じみた馬力に加えて、当然頭も手を入れているから300を裕に超すことは間違いないだろう。しかし、ロータリーエンジン特有のトルクの細さ故に加速時にもたつく。そこがチャンス……だと言いたいが、きっとその辺りも総じて計算し改造していることだろう。予断を許さない戦いになりそうだ。
前の組のAE86とS14が勢いよく飛び出していった。二台のテールランプが闇に煌々と輝いて遠のいていく。
「なぁ……」
車外で前者のテールランプを眺めながら煙草を吸っていた頭が、ふっと煙を吐いてそれとなく声をかけてきた。
「お前とも随分と長い付き合いだよな」
「えぇ。俺が16の時、横浜で走り屋をしている時からですからもう十年近いんじゃないかと」
そう。頭と出会ったのは、俺が横浜の一地区で駆け出しの走り屋をしていた時だった。その時は確かに楽しんではいたが、どこか物足りず鬱々としていたのである。
「なぁ俺のところへ来ないか。後悔させないし、やりたいことをさせてやる」
その時、敵だった俺に声をかけてくれたのが彼だった。俺はすぐにグループを脱退して、頭の元へ入ったのだった。
「あれからもう十年になるのか。道理で俺もジジイになったわけだ……」
「ジジイじゃないですよ。かっこいいおじ様です」
ふっと苦笑する頭。それにつられて俺もつい笑みが零れる。こういう何気ない日常が、来年と言わずずっと続くことを祈って……。
「そろそろ決着、つけるか。ギャラリーが寒い中待ってる」
「はい。この勝負、負けませんからね?」
「おうよ。俺とお前、男同士の真剣勝負だ」
二人はそれぞれ乗り込むと、アクセルを踏み込んだ。

大晦日の勝負

12/31/2017

大晦日の勝負

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-31

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