あたたかな場所
散文、詰め合わせ。
お好きなものから召し上がれ。
窓辺に祈る
【朝】
昼寝のあとの寝ぐせとか、美味しく入ったコーヒーの一滴とか。チューニングを済ませて横たわる楽器の一挺とか、風に震える窓の硝子とか。
そんな囁き全てが、あなたに微笑みますように。
枕元に朝日がひとひら。この冬初めての白い吐息に、祈ってみたりした。
【僕には甘すぎる】
「甘いの駄目だったっけ?勿体ない」そうからかって、手の中のココアをふうふうさます横顔。昼休み、君の今日もちょっぴり跳ねている前髪を11月の日差しが透かす。ひとくち啜った喉の動き。甘いなー、ってわらって話しかけられるから、こっそりと目を逸らした。自分もココアがのめたらいいのに。
星をつなぐ
【星をつなぐ】
寒いね。
寒いな。
夜道に、ふたりぶんの肉まんの湯気を白く吐きだしてあるく。人通りは少ない。
クリスマスに塾って俺ら偉すぎるよな。
本当にね。
なぁ、
ん?
星が、綺麗。
ああきっとあれはオリオン座だよ。
どれ?
ほら、こうして繋いで。
紅くひえた指さきが描く、その線を息を止め目で追った。
寒いな。
寒いね。
【またね。】
「お月さまがまん丸だよー」
「わかったから真っ直ぐ歩け、そこ車道」
「うるさいなぁ」
「…急にくっつかれるとだな、」
「あした。お見送りなんて私絶対行かないからね」
「来ないのかよ。ってそんなに酔っ払ってちゃ朝、駄目か」
「酔っ払ってねぇし。一人寂しく出発しろ」
「…泣くな。」
醒めない
【睡魔】
真昼間の絶望は夜のそれよりたちが悪い。カーテンをぴたりと閉じても、隙間から光。机の上のカッターナイフが、タコ足配線に捻れたコードが、床に置いた冷めたカップの茶渋が、白く輪郭を持ってしまう。
電話越しの声なんてますます淋しいから止めてください。オルゴールの螺子を巻いて、目を閉じて。
【醒めない】
諦めついでに。褒められた髪を切って、背丈を気にしてしまいこんでいた高い踵の靴を履いて、まっかな口紅をつけたけれど、君の目にはうつるだろうか。
木枯らしの交差点、イヤホンが耳元で囁く。
この曲を教わったのも確か冬だったな、って。
向こうで立ってる姿。多分同じ曲を聴いている横顔が嫌い。
夜の淵をゆく
【プラチナ】
夜をうつした鏡台と、仕舞い忘れた口紅の一本。返しそびれたままの小説と、いつかこっそり褒められた アンクレットの纏う月光。体温の抜け殻ばかりが積もり積もって息も出来ない部屋の底で、褪せる日々を忘れる代わりに声を殺して、ひとり目を閉じた。
貴方も私もすこしずるをした、右手は空っぽ。
【忘れて】
「明けない夜は無いから」
いつかのヒーローの台詞は眩しくて、だけど今は頷けない。かたい髪留めを外して雨戸を閉めて、ようやく手足を投げ出した。
夜の隙間に薬缶の湯気を。乾いた指さきでつけたラジオ、溢れるいろに合わせてうたった。
夜明けは近い、なんて言わずに。
しばし優しい闇に包まれて。
灯をともすひと
【おかえりなさい、を待っている。】
ひとりの時はなんとなく使うのを躊躇う、こたつとストーブをつけて。鍋のなかみが柔らかに煮える音に耳を澄ませてひと匙 味見。火を止める。温まってきたこたつに足を、
入れるまえに玄関先へ。
靴をそろえて門灯をともした。
あなたが今日を、どんな思いで過ごしたとて、きっと気づいてくれるように。
【ただいま、のまえに。】
角を曲がればうちがみえる、街灯の下で深呼吸をする。仕事鞄を重くするあれこれを、持ち帰らぬように。弱みを見せぬよう固めた眉間が、あなたの心を締めぬように。
夕飯の匂いについ甘えそうになるけれど、どんな夜もこの門灯が、あかるく迎えてくれるから。
月がきれいなことだけ、伝えようとおもう。
あたたかな場所
twitter でつくっていた140字小説を、まとめてみました。
こんな風に、想っていたいです。