Fate/defective c.28
「……ふっ!」
鋭く、短く息を吐いた後に、ランサーが跳躍する。狙いは真っ直ぐ、ビーストの頭蓋に向けて。
「機構だが理想だが知らねえが―――お前には壊れてもらう!」
グシャッ、と肉塊の中に、まずは魔槍が一突きする。泥が飛び散り、ビーストの傷跡が赤く輝いた。
「浅いですよ、ランサー」
その言葉と共に、鈍い斧の刃がずしりと肉に食い込む。全体重をかけたライダーの一撃に、ビーストの頭がぐっともたげた。
「キィィィィィィァァァァァァァァァ――――――!!!」
ビーストが放つ金切声に、ランサーは思わず飛び退く。
「うるっせえな! 何だこの叫び声は!」
「耳が……」
だが二人とも、手にした武器を手放すことは無い。聖堂の天井を支える太い柱に着地し、勢いよく蹴って再び飛び出す。
「second, ――――physical and strengs ! Fifth,――――bullet and rupture ! 」
「『Flamme』!」
佑と那次も、負けじとアーノルドに向かって魔術を仕掛ける。銃弾が弾け、炎が聖堂の床の上を滑る。
だがアーノルドは、それまでと同じように、フラフラと再生と破壊を繰り返し続けるだけだった。
その様子を座り込んだまま見ていたアリアナは口を結ぶ。
「何よ、あたしだって――――! セイバーを再臨させて、宝具で一発殴ればあんなビースト……!」
勢いよく右手を突きだす。アリアナが召喚の詠唱を始めようと口を開いた瞬間、目の前に影が立った。
「いいの?」
一瞬でアリアナの眼前に移動してきたアーノルドは、にっこりと笑った。
「アリアナ……!」
佑と那次が目を見開いて手を伸ばす。その攻撃が届くより先に、アーノルドは言った。
「ねえ、いいの?」
「セイバーは、きみの両親を殺した、張本人なんだよ?」
「え……」
アリアナが愕然と右手を下ろす。次の瞬間には、アーノルドの顔面は砕け散り、その次にはもう再生している。その新しい唇が、呪いを紡ぐ。
「へえ。聞いていないの? かわいそう。セイバーは先の聖杯戦争でキミの両親を殺した。本当さ。だって私は全部見ていたから」
「……うそよ。うそ……だって、裏切らないって、セイバーは……」
アーノルドの冷たい指がアリアナの顎に触れた。彼の目は憐れむように細められる。ランサーとライダーがビーストを破壊しようとする音が、どこか遠くで聞こえる。
「大した奴だ。殺した人間の娘に、自分の宝具が埋め込まれた鞘を送りつけ、英霊に格落ちしてまで召喚されたがるとは。しかも真実を一言も口にせず、消える間際まできみを欺き続けた。
なぁ、どう思う? それがあの、セイバーの本性だよ。それでもお前は、彼をまたここに呼ぶのかい?」
彼の冷たい指が、アリアナの右手の令呪をなぞる。アリアナは手を振りはらいながらも、その目は逡巡で満ちていた。
「それでも彼を信じるって? どうやって? ねえ教えて。どうやったらそこまで無垢になれるのさ。君の両親が死んでいなかったら、君はこんな地獄にいない。今頃、海の向こうの自分の家で、両親と穏やかに眠っていられたはずだ。セイバーは、君のセイバーは、十年前、それを壊した。
君に残ったものは何だ? 灰と、仇の残した、しがない遺物だけ。それが君の人生を疑心と報復だけで埋め尽くし、こんなところまで来させた!」
「ち……」
違う、と言いかけて止まる。だって、何も違くない。何も否定できない。もしセイバーが、本当に両親を殺していたのなら。
裏切られた。
アリアナの頭の中は、一瞬でその言葉でいっぱいになった。
一度目は、両親の帰還の約束。
二度目は、叔父たちの愛情。
三度目は、サーヴァントに。
裏切られた。裏切られた。また裏切られた。
『よろしく、マスター。僕はセイバー』
あの亜麻色の瞳が脳裏をよぎる。月光の差し込む、使い古された工房の中で。
『僕は基本的に人間が好きなんだ。だからもちろん君に協力する』
涼やかな笑みでそう言った。あの時にはもう、彼は自分が何を犯したか知っていた。
『アリアナ。無事だったんだね、良かったよ』
―――――嘘だ。
『裏切らないよ、僕は』
――――――嘘だ。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!
「ようやく分かったみたいだね、アリアナ」
アーノルドが顎から手を離す。俯き、右手を力なく投げ出した彼女に、アーノルドの冷笑がふりかかる。
「可哀そうに。もう何も信じられないだろう? 信じた分だけ裏切られる。世界は、いつも君の期待を外れて、勝手に進んでいく」
―――――そうだ。
帰りを待ち続けた父さんと母さんは、帰ってこなかった。
叔父さんと叔母さんは、お金だけが目的だった。
自分が召喚したサーヴァントは、自分が一番望んでいた物を、とうに壊して、平気な顔であたしの前に現れた。
信じれば、信じた分だけ裏切られる。だからもう何も信じないように、必死にセイバーを拒んできたのに。
いつの間にか、彼はあたしの心の多くを占めていた。そうせずにいられなかった。
「セイバーは裏切らないって言ったのに」
僕を信じて。そう言う顔の裏で、一体何を考えていたのだろう。考えると、まるで底のない穴を見たような気持になる。
あたしは、一体いつまで裏切られるんだろう。
―――――そうだ。
あたしが、いつまでも何かに期待し続けるから悪いんだ。
もう自分じゃどうにもできない。今度こそ信じないと決めても、いつのまにかそれを破ってしまう。
次の言葉を喉から引きずり出すのに、そう時間はかからなかった。
「アーノルド……」
涙は出なかった。もうとっくに枯れていたからだ。
「あたしをビーストの中に入れて」
「なっ……」
「何言ってんだ犬女ァ!」
佑より早く、那次が叫んだ。目を吊り上げた彼は、アリアナに向かってずんずんと近づく。
「寝ぼけたこと言うな、この……!」
言いかけて、那次は口を閉ざした。アーノルドから伸びた泥の腕が、那次の口と喉を塞ぎ、皮膚の上から呪いをすべり込ませていく。
「ッ、ぐ、う……!」
「―――『exesa』」
「……あっぁぁぁぁぁぁぁ!」
「マスター!」
ライダーが異変に気づいて、すぐさま跳躍してくる。那次を蝕む泥を叩き落として、彼の前に立ちはだかった。
「何をしたのですか!」
「彼がいけないんだよ。せっかくの決意を寝言だって言うんだから」
那次は泥に侵された口元を押さえて、アーノルドを睨み付けた。ライダーが心配そうに彼の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、マスター。痛みますか」
「……痛いが、大丈夫だ。慣れている。……それより、どういうつもりだ、アリアナ。僕たちはあれを止めに来たんだ。エマの命を無駄にする気か」
アーノルドは片眉を吊り上げた。
「一言毎に喀血するほどの呪いをかけたのに、まるで効かないなんて、君は化物か何かかね? ……しかし、せっかくワタシの意見に賛同してくれる魔術師がいるのに、周囲に羽虫がいては邪魔だ。消えたまえ。――――『dominationis』」
アーノルドがそう零すように詠唱した瞬間、彼の右腕の刺青が一度だけ瞬いた。
だが、それ以外には何も起こらない。
「何を……」
佑が不審に思って背後を振り返った時、その視線の先にいるビーストの方を見て、目を見開いた。
大鯨を模した形態のビーストの胸に空いた大きな穴から、どろりと何かが落下した。それも一つではない。二つ。三つ。四つ――――全部で、七つ。
その黒い塊は、割れたり隆起したりを繰り返しながら、はっきりとした形をとっていく。そしてその塊たちの中心に立っていたのは、一番最初に『理想の人』となった、よく知っている魔術師だった。彼女の両腕にはアーノルドと同じ形状の、鮮血のように赤い刺青が刻まれていく。
「ビーストには、攻撃する手段は無いんじゃなかったのか」
佑はアーノルドを睨んだ。睨まれた青年は、飄々とした仕草で右手を振る。
「ないよ。戦う手段は、ね。十年前に溜め込んだものを吐き出すくらいならできるさ」
「十年前に、溜め込んだ……先の聖杯戦争で召喚された、サーヴァントか。ならあれは聖杯の泥に汚染された……」
那次はそこまで言って、一度大きくせき込んだ。黒い血が数滴、聖堂の大理石の床に垂れる。
「マスター!」
ライダーが慌てて那次の肩を支えた。佑は苦虫を噛んだような顔で、生れ落ちたサーヴァントの影を見つめた。
『ランサー。何とかなる?』
声には出さず、ランサーに呼びかけた。ビーストの頭蓋の上で首をかしげる、彼が見える。
『さあね。でも何とかしなきゃいけないんだろ。お前はその気の違った魔術師の泥人形を壊し続けろ。俺はこのうちの三騎くらいならどうにかできるだろうよ。あとは―――』
『うん。アリアナがセイバーを再臨させれば、絶対この状況は打破できるよ』
『…………そうだなァ』
何か言いたげな言葉を最後に、ランサーは槍を構え直した。もうシャドウサーヴァントは完成しつつある。……剣、弓、見たことも無い形状の槍、鎖、剣、杖、それから十字架。そのうちの剣二本と、よく分からないが十字架あたりなら相手に出来そうだ。とはいっても、正直あのライダーに攻撃力は期待できないから、最後には全部自分が請け負うことになるだろう、とランサーは踏んでいたし、彼にはひとつ気がかりなことがあった。
――――あのお嬢ちゃんは、本当にセイバーを再臨できるのか。
できないだろう、というのがランサーの結論だ。
あの手の人間は、固い一本の鋼の意思で動いている。それは大したことでは揺らがないし、大抵の事では曲がらないし、他人が容易に傷つけることは出来ない意思だ。彼女の根底にあるものが一体何なのかランサーには計りかねるが、それでもあの少女は、絶対に譲れない何か一つだけを持ってここまで来たのは確かだ。
だが、たった一つだからこそ、その信条は、急所さえ突けば、いとも簡単に折れる。矢は三本集まると折れないが、一本だけだと何とやら、という。人間は幾つもの経験や感情や思想で作られ、複雑に絡み合い、どれかが折れても他の部分が心を支えて生きている。
彼女は違う。馬鹿正直に、一つの鉄の意志だけを杖に生きてきた。その杖を折られたら、もうその先には進めない。そして、今さっき、アーノルドという男はその杖を叩き折った。
『ハル?』
心配げな佑の声が頭に響いた。ランサーは首を振って、ビーストの頭蓋の上から眼下のマスターに手を振る。
『何も。……ああ。何でもないさ』
そして、理想の原型となった彼女は、サーヴァントの影の壁の内側で唱える。
「――――――行け。泥の者たち」
剣が振りかぶった。弓が番えられた。槍が構えられた。鎖が、杖が、刀が、十字が切られた。
七つの武器の目の前に、ただ二騎のサーヴァントだけが立ちはだかった。
「お嬢ちゃん、無理をして早々に座に還るなよ?」
ランサーが横目でちらりとライダーを見る。ライダーは斧を両手で握り、むっとした。
「大丈夫。あなたこそ、毒の扱いには気を付けるように」
ふっ、とランサーは笑った。かつて刃を交えた時より、彼女はきっと強い。そんなの、隣に立つだけでわかっていたのに。
「はぁっ―――――――」
七騎の泥の中に、二人は命も顧みず飛び込んでいく。
◆
特攻していくランサーとライダーの背を見送って、御代佑はアーノルドに向きなおった。背後に、口元に泥を被った那次を庇う。
「アリアナ。こっちへ来て」
アーノルドの背後で俯くアリアナは、答える様子が無い。こちらを見ようともしない。
「アリアナ!」
佑はもう一度呼んだ。アーノルドが呆れたようにため息を吐いて肩をすくめる。
「この少女は正しい。間違っているのはお前達だ、御代佑。この子にセイバーを再臨させて、ビーストを壊す。その後には何が残る? この子は裏切られ続け、お前は誰にも認められず、そこの那次はまた、死んだ日々を繰り返す。サーヴァントがいなければ、お前達に残るのは生の苦しみだけだ」
「……随分流暢に喋るじゃねえか、泥」
口から血を零しながら、那次は言った。それから、右手に赤い宝石を三粒握る。
「お前は確かに天才だ。その刺青は全部、他人から盗み取った魔術回路と魔術刻印だろう? 魔力量も凄まじい。人間をやめる前だって、相当腕の立つ魔術師だったはずだ。それが――――狂って―――――」
口蓋を裂きながら進む呪いに、那次は顔をしかめる。唇から洩れる血は既に胸元を赤黒く染めるまでに至っていた。
「畜生。面倒くさい。夜が明ける前にカタをつけるぞ、佑」
「……わかった。無理は、しないで」
佑が言い終わらないうちに、那次は手に握っていた宝石をアーノルドの足元に投げつける。
「『Destrucción』」
閃光が瞬き、宝石が破裂する。その後から、十の銃弾がアーノルドに向かって放たれた。標的は薄笑いながら、両手を前に突きだす。
「魔術戦で俺に勝つつもりかい?」
「まさか。――――『second』!」
強化の魔術を施された佑の右膝が、容赦なくアーノルドの顔へめり込む。佑はしっかりその頭を抱え込みながら、続けざまに叫ぶ。
「Eighth, first, self to the sixth! ―――那次、今だ!」
青、黄、緑の宝石が矢のように投擲され、一息に熱線となって放たれる。すんでのところでアリアナを抱えて飛び退いた佑が床に転がり、肉が焼けただれる匂いと泥の飛び散った残骸が現れた。
「次だ。どうせストックはまだあるんだろ?」
挑発的な那次の言葉に応えるように、ビーストの下に広がる泥の海から人影が現れる。
「悪くない。陳腐な宝石魔術に、聞き飽きた第一次魔術式。……貰おう。――――『exesa』」
次の瞬間、ビーストの穴から伸びた泥が佑と那次の目を塞いだ。
「―――――あ」
悲鳴をあげそうになった喉を、胸を、耳を、泥が覆い尽くす。焼け爛れるような呪いを皮膚の上から流し込まれながら、それでも泥の隙間を縫うように言葉を紡ごうと抵抗する。
「令、呪、令呪を―――――――――」
ライダーが二人の方を振り返ったのが最後に見えて、視界は暗転する。
◆
「マスター!」
気を逸らしたからか、ライダーの腹部に剣の切っ先が掠める。セイバーと思しき黒いサーヴァントは、腐り落ちた顔をライダーに向けた。
「……!」
このサーヴァントたちを相手取っている場合ではない。那次と佑が泥に覆われているのを見た。助けなければ、そう思うのに、後から後から剣や弓矢が攻めてきて、それを防ぐので手一杯だ。
「ランサー、マスター達が……!」
「分かってる! 分かってるが、今手を止めたら……このままコイツらはマスターのところまで一直線だ!」
ランサーは決死の表情で黒アーチャーの弓を叩き落とした。その次の瞬間には、背後からの鎖が肩を掠める。噴き出す血に、ランサーは気怠そうな顔をした。
「魔力供給が止まった。まずいぜ、お嬢ちゃん」
打突する十字架を鈍った斧で叩きながら、ライダーは歯を食いしばる。
「このまま……また、消えるっていうの?」
「そんなの嫌だわ。……ええ、嫌だ。だってまだ、何もしていない。このまま消えるなんて、女王の誇りにかけて許さない!」
ライダーは七騎のサーヴァントを前に、目を上げた。
「ランサー。マスター達を助けてください」
「……だが、お嬢ちゃんは」
不安げな声を上げるランサーの方を見ずに、彼女は堂々と宣言する。
「例え命を落とすことになったって、心に決めた信念は貫き通しますわ。だってそれが私の誇り。それが、私の力。私を誰と心得ますか?
―――私はジェーン。信仰を楔に露と消えた、馬鹿正直なレディーです!」
ランサーは呆気にとられていたが、ふっと口元を緩めた。
「なるほどね。……じゃ、あとは頼んだぞ、ご令嬢」
アーノルドたちの方へ跳んでいくランサーを見送って、七騎と相対したライダーは微笑んだ。
状況は絶望的だ。七騎はすべて、元はかなり優れたサーヴァントだったに違いない。そのどれもが一級品。半端者の自分に、到底勝ち目があるとは思えない。
「でも、私は逃げない」
死の運命にあっても、私は自分の命の為では信仰を変えなかった。それで結局、死んでしまったけれど。
英霊になった私なら、出来るはずだ。
鈍った斧を投げ捨てた。
「その意思は、王冠の金剛より硬く――――」
「その意思は、幽閉の塔より高く――――」
「その意思は、断頭の斧より鋭い」
「故に、聞け。――――――――『清廉なる聖の令嬢』――!」
光と共に放たれた白銀のベールが、七騎の攻撃をすべて受け止め、防ぐ。
「―――――!」
雄叫びも、罵声も、何も聞こえない。両手を前に突きだした姿勢のまま、ライダーはぐっと踏みとどまった。
「おも、い」
ベールに、セイバーの黒い剣が突き刺さる。七騎の攻撃をすべてそのベールで防ぎながら、ライダーはそれでも顔を上げた。七対一の、力比べだ。
バキン、と激しい音を立てて、一番外の層が破れおちる。
「――――まだ、あと、六枚―――!」
黒ランサーが、第二の膜に槍を突き立てる。赤く煮えたぎったような眼に、血走った腕がベール越しに見え、思わずライダーは怯んだ。
バキン、と、二枚目が破れる。
「ランサー……はやく……!」
腕が震える。足は大理石の上を擦る。
黒ライダーの鎖が、三枚目を剥ぎ取った。
「さ、させ、ない!」
ライダーは細い腕に力を込め、ぐっと押し返す。
「守るんだから。マスター、を、守って、私も、生きて、彼に、言わなきゃ」
四枚目が破れた。剣を突き刺し、槍を刺し、身体ごと押してくる七騎の向こうに、このサーヴァント達のマスターと成り果てた彼女の姿が見える。
その女は、虚ろな目でライダーと黒化サーヴァント達を眺めていた。まるで他人事のように。両腕の回路が音を立てて軋んでも、顔色一つ変えない。
「そう。あなたは、手に入れたのね。そこから見える、景色は、一体どんなかしら。私は、あなたのこと、知らないけど―――」
バキン、と五枚目が割れる。
あと、一枚。
すぐ目の前に、顔も何もなくなったサーヴァントが見える。恐ろしい。恐ろしいが、それでもライダーは一歩前に踏み出した。
「あなたは、理想の人になった? すべてを捨てて、すべてを手に入れた? あなたは―――この後、どうなっていくの?」
ビシリ、とベールにひびが入った。もう、もたない。
ごめんなさい、マスター、ランサー、皆。
「守るって、決めたの……でも、これ以上は……」
歯を食いしばり、ライダーは俯く。伸ばした手ももう限界だ。
その時だった。
「ライダー。そのまま動かないでください」
ヒュ、と風を切る音が聞こえたと思ったら、ベールが内側から破れ散った。
「な」
空いた穴の向こう、鮮明に、彼女の虚ろな顔が見える。その死人のような顔が、一瞬目を見開き、
後ろに仰け反った。
額に、一本の矢を受けて。
「アー……チャー……――――――――」
虚空を凝視しながら、彼女は仰向けに倒れた。両腕の回路は光を急速に失い、半開きになった口は行き場を失くした言葉をいつまでも中空に漂わせる。
黒サーヴァント達は、主を失い、その輪郭を崩し始めた。その泥の塊の中を、白袴に群青の長髪を結わえた少年は、静かに彼女の元へ歩いていく。
「カガリ。約束を果たしに来ましたよ」
アーチャーがカガリを見下ろす目が、沈鬱の色を濃くする。動かなくなった彼女の頭の近くに跪き、彼は弓を置いた。
「全てを手に入れたら、その後は遠のく日々が酷く恐ろしい―――貴方はそう言った。その時は、よろしく、と」
「――――」
ライダーは口を挟まず、静かにその言葉を聞いていた。多分もう届いていない、彼の言葉を代わりに聞き届けるように。
「その時はよろしく、なんて適当な指示されても、困ります。何をどうすればいいのかちゃんと言ってください。そうやって勢いだけで生きてるから、こんな事になるんだ。……後先考えず、そのくせ頑固で……」
口ではそう言いながら、アーチャーは微笑んだ。
「……でも、そういうあなたが、僕はけっこう好きだったんですよ」
アーチャーはカガリだった彼女の瞼に触れ、優しく閉じた。そして自分も目を瞑る。彼の足元はほどけ、金色に輝く粒へと還っていく。
彼の姿が全部ほどかれ、光の粒と散っても、それは名残惜しそうにしばらくカガリの亡骸の上を舞っていた。
Fate/defective c.28