大きな橋と少年少女
この出来事は、ある銀河の伝説のお話をモチーフにしたのだろうか。
少年とおばばのすむその地域は山脈の近く。
昔大氾濫したその大河はそのまま大きな川の流れとなり、うえのほうからふりそそぎ、まるで山が涙を流し続けるようにすさまじい濁流になった。
そのせいで国はその大きな川で二分され、わたる橋はひとつしかない、
しかし、わたるには高額な代金を支払わなければいけない。
橋の歴史はこうだから、そうしてそこを渡るのは、生活に余裕のある貴族、王族、宗教者くらいだった。
その少年は、それまで、日々の退屈と鬱憤ばらしに、向こうからくる人間をにらめつけていた。
見張り番たちは少年をうとましくおもったが、ただの子供にむきにも慣れない。
レンガでできた橋をながめて、そのきれいな欄干を眺めて、見張り番たちは、きらびやかな王宮を夢想したのだ。
そして、少年は、その間に、いつのまにか
向こう岸にいる少女に恋をした。
その少女は、ただこちらを覗く姿がたまにごくわずかに見えるだけ
橋の橋の欄干の影にかくれて、ときたま顔をだして、恥ずかしそうにまたひっこめたりして遊んでいた。
はじめは少年のようにばかにしてこちらを覗き見ていた様子だったが、
少年が手を振ると、わらいもせずに、ものめずらしそうに手を振り返した。
心がつうじたようだった、かがみ合わせで、
それは、ただたんに同じしぐさをしている。
だけど、少年は初めのうちいぶかしんでいた。
どうせ、あちら側のスパイか何か、薄汚い雇い主か、あるいは詐欺師の手先だろう。
そういう噂は絶えない。
お金持ちしか渡れないその橋の向こう側とこちらの町や区域には軋轢がある。
お互いに本当はお金持ちを敬遠しながら、本心ではそうでありつつも
お互いを非難するしか手段を持たない。
しかし少年は、大人をののしることはあっても、その少女をののしることをしなかった。
したくなかった。
それは勘でしかなかった。
少年は橋を渡るかまよう心を持った。
なけなしの有り金をはたいてわたっても、
明日くらすお金はない、それに、悪い噂も聞く、
大人が渡って帰ってこないとか、向こうでこっぴどい扱いをうけただとか、
真実がわからない、真実がわからないことを人々は不信がる。
不安や不信によって派閥の別れた人々は、簡単に理解しあうことができない。
おばあの話では、この川の氾濫の原因を、互いによりどころとする預言者が、お互いに相手のせいにした。
だからこちらと向こうは仲がわるいのだ。
でもあの少女がもし、純粋な瞳で僕のことを見つめているのだとすれば……。
もったいない日々を過ごしているのかもしれない。
少年はあくせく日々をすごし、働きながら考えた。
「なぜあの橋をまわらなければ向こうのまちに渡れないのだろう。
どうして僕はわたる勇気をもたないだろう、
あんなに気になる人物は初めてかもしれない。
迷うからか、後悔しないかためらうからか、それともおばあの言う通りか。
それとも僕が疑う心は正しいのだろうか」
おばあはいつも少年にいっていた。
夢を見るものじゃない、日々の生活を送り、それに満足する、そういう立派な人間になるんだよ。
少年は異論はなかった、
しかし疑問はあった。
この言葉への懐疑的な部分。
……それとこれとは話が違う、橋は本来みんながわたるためにあるものだ、
人々は橋を介していろんな差別と偏見を持っていたが。
かつての災害でできた、大きな溝をみないふりで、日々の生活を送る、お金がないから、そういって言い訳をして、
相手のことをばかにしあう。
目をそらしている大人たちは、本当は立ち向かう勇気がない人たちだ。
全員で立ち向かえば、このしくみは変えられる。
だから沈黙を守る人々は、犠牲になる覚悟のない人々。
橋守の城の見張り番に立ち向かって死んでいった大人たちより筋が悪い。
かといって自分はおばばに死ねというのだろうか?
いや、やはり、
高い料金が悪いのだ。
そういって毎夕寄り道を終え、拾った木の枝をふりまわしながら、わらでできたちんけな家に帰り、おばばと一緒に眠るのだった。
そんなこんなでもう何か月もすぎ、少年は、少年時代のある一年を終えようとしていた。
彼女は、やがて向こうから少年に呼びかけるようになった。
少年も応じた。
それを見て見張り番たちはにやにやとしている。
やがて見張り番たちは金銭をかけてギャンブルをし始めた、この子らのやりとりがそのギャンブルのきもとなる。
「今日はどちらが先に声をかけるか。」
子供だと思って見張り番は手薄で、ただ見逃すのもつまらない。
この子らは事前に打ち合わせもできまい、
この子供らは、金持ちでないから、読み書きもできない、
そう思っていた。
だから兵たちはこれが“無作為な結果”になることを悟っていた、
二人は毎日やってくるから、毎日かけをする、お互いの顔いろを伺い、耐えきれなくなって叫んだほうが、その日の敗者。
恋心を一方的にしゃべることになる。
こっちへきて、楽しく過ごそうよ、面白いおもちゃがあるよ。
兵の中には顔を赤らめるものや、微笑みかけるものもいた。
決まってそういう人は、すぐに橋の見張り番から外される。
疎まれるのだろう。
少年少女は知らないふりをしている。
いや、まだ知らないからだ、
“なぜこちらにわたってこないか”
話しは簡単だ、差別がまっているからだ、
だけど子供のふり、知らない分からないふり。
通行人やギャンブルをする大人。
大人にからかわれてもどうしようもない。
見張り番たちも悪気はないのだろうから。
それから二人はお互いにののしりあうことも増えた。
“どうしてわたってこないのか”
そうして喧嘩してわかれたあとこちらの少年は、口の中でいやな味がして
家ですらひどく居心地が悪い。
ある日のこと、空は雨で、昼なのに当たりはまっくらだった、
そんな雨の日に少年は、ごみとして捨てられていたランプ、いつか拾ったお宝ににマッチで火をともし、向こう側に明かりを
ともしててらそうとする、
しかし、確かな明かりは見張り番のもつ、特別あかるいランプくらいのもの。
あれはいったい何でできているのだろうか?
少年の疑問は、純粋で無力。
少年のランプの光は弱い。
少年に目に向こう岸の少女の姿もランプもみえない、むこうも同じ状態かもしれない
こんな状態で、叫んでしまえば今日は叫んだほうは本当に負けだ。
渡る勇気のないものが、相手を非難して何になる。
おちこんで、うつむくしかすべはない。
傘とレインコート、長靴に、それぞれの宝物。
こんな日は見張り番たちもギャンブルをやめてしまう。
こちら側の少年は、きびすをかえし、姿のみえない少女に軽く手を振って、ある場所へ急いだ、
そばに湖があった、
湖のほとりでしょんぼりと立ち尽くし、腰を下ろし、腰のそばにある石を手に取り、水辺になげいれ、
そして、真黒ににごった瞳を湖の岸の地面に向けた。
あちら側の少女が、同じように落ち込むことがないように
せいいっぱい、うえを見上げて、向こう側の少女が星空を眺めている様子を想像しながら、夜をまった。
雨が止めば、夜ですら今日のような日の昼間より明るい。
冬が迫ってきていて、少年の吐く息は白かった。
大きな橋と少年少女