早い者勝ちー--!! 急げぇ--―!! 30
ひとかけらの幸 30
13から15まで、今振り返ると、過ぎた日々のなんと早かったことか。
半分以上は苦労の連続、四分の一は働いても報われることの少なかった虚しさ、残りわずか20パぐらいが癒される時間。
この時間が、家族との団らん、もうひとつソフィーとラブレターでの語らい、であったことは云うまでもなかった。
過ぎた幾歳月、今16歳の足音が近づいてくる。
藍空(あおぞら)には、希望を描きたくなる、させるいざないがある。
その元には、草木芽吹く春が横たわる。
1850年の春、「凍てつき吹き荒れた冬の後には必ず必ず、春は巡って来るものだ」とアンディは、ずーと後になり改めて、この年月を振り返る。
困難辛苦を乗り越えた先の春を享受した者だからこそ、余計に重みのある言葉のように映る。雪を一度も見たことのない年中50度以上60度が当たり前なアフリカ人・インド人が、雪景色はメルヘン、なんて云えるはずがない、唯、寒いー!白い土だー!神様の冷蔵庫がこぼれた!だけだろう。
このような辛抱強く挑戦精神旺盛な生来の魂は、多くのスコットランド人による長年培われた気質となって受け継がれてきた。
それ以上に彼自身の人間性に負うところが大きかったことはいうまでもない。
人間性は、けっして教えられて身に付くものではない。自ら学んだ経験の消化能力次第だ。
R-1や整腸剤たぐいを、いくら飲んでも駄目だ。見据える夢消化剤、次第だ。
実際、アンディに大チャンスの切っ掛けとなる訪れが、直ぐそこまで来ていた。
或る日、アンディ家を訪れる者がいた。
アンディと、今しがた一筆(いっぴつ、土地を指す云い方)の庭で採れたばかりの生の人参を口に頬張りながら、テーブルをはさんで面した。
この叔父ジョージ・ローダーが、「やっぱ採れたての人参は甘いっ!」と満足そうに云うと、つづいて演説をし始めた。語りかけるような持論に一応耳を傾けた。
これからは情報化の時代。おれにはこの通信会社のコネがある。よかったらやらないか。そこのお偉いさん知ってるから入れてあげられるかもしれない。
熱く、新しい仕事先を勧めてきた。
うん,週給が今より高ければ、やる!
とアンディは、サラリと、即答した。
その仕事、詳しくなんたれは関係なかった、誠実に押してくる叔父ローダーの誘いに乗った。乗せられたのかもしれないがどうでもよかった。
誠実さは素直に受けて立つものだと・・・日頃よりそして今回もそうしただけだったのだ。
アンディ、おまえの最大の財産は誰からも好かれるそのキャラだよ。それに頭も脚も速いし。きっと、何処へ行っても、勤まるよ。
叔父はアンディ一家全員の苦労を見かね、これから前途洋々な先のあるアンディに説くのが一番だと考え、誘ったのだった。
案の定、アンディの表情にバラ色がさした。“前途洋々”を英語で“with a rosy future”というが、誰しも希望に燃える瞬間はその表情は、程度の差はあれ、バラ色(rosy)になるものだ。新たな仕事に期待を膨らませたアンディに他ならなかった。
意気揚々と胸ふくらませるときに、なんも表情に赤みが差さなければ唯の物だ。ワンちゃんだってニャ子だって表情を変える、ちげ、しっぽを振る。鳥だって踊り出す。ヒトは表情に色が灯るものだ。人がいちいちケツを振ったら、踊ったら、バカじゃねえ、と云われるのが落ちだ。
ていうか、どんな仕事?
ローダーの話は、バラ色がかったアンディの表情に押され、熱っぽさを増す。
情報通信という凄―くトレンドな仕事だよ。最初はそこの電信局の電報配達から始めることになるけど、頑張れば、そこの情報技師にだってなれるんだよ。情報技師はこれからの時代の花形資格の一つになるよ。すごくないか!?
んー、なんかすごぃ。よくわかんないけど。
と応じるアンディであったが、ローダーはその顔付きにまだrosy残るうちにと、更に、はやし立てた。
名前や形のないモノはないよね、どこにも宇宙にも形は在る、そのすべてを扱うのが情報だ。全てのモノについての内容が情報ということ。
人に名前があってどのような人物か、リンゴにも産地名にも全てのものに固有の内容がある、無いモノは無い、わかる?
なので、これからはその内容を活かすことの出来る者が次世代の覇者となる。
情報を制する者は人の上に立てる、ということだよ。
トレンドな波に乗った者が時代の覇者になるというのはいつの時代も変わらない。
これから通信は流行る。だから、トレンドな仕事と云ったんだよ。
なが-------い。はやし立てを一気にしまくった叔父。
余計わかなくなっちゃった。でも、サンクス。伯父さんの真剣な物云いから、なんか大切なモノってことだけは、なんとなく、分かりました。
結局アンディは、よくは理解できていなかったけどローダーの真剣な説明に絆(ほだ)され、その仕事へリクルートすることにした。仕事の中身うんぬんより、イチバンは週給の高さにあったのかもしれない。
曇天の隙間から、陽が時折こもれ射す、顔にもうっすら射し光って。
ローダーに指摘された会社へと走るアンディ。
いそげえーっ!
ハアッハアッ息を切らせて面接会場に着いた。
オハイオ電信会社であった。すでに二十名くらいの応募者が所狭しと思い思いに既に腰かけていた。
後に分かるが・・・・・・、さすが、通信会社*、アンディをも発信することになるとは。情報はこわ~い。
*1864年に取得した特許を1867年にいち早くアメリカ合衆国特許第45,221号として再発効し直す、当通信機器を我がものとして自由自在に使うため。
これらの特許により馬や馬車による輸送ではない近代的手段となる各鉄道網は、初のアメリカ大陸横断鉄道の建設作業員との通信が容易になり、ここから様々な分野へとこの通信手段が合衆国全体、あるゆる分野、へと浸透し、いわゆる、今日的通信ネットワークを取り入れ巨大国家に寄与したとする先見の明、このような彼の民族性には学ぶことが多かったはずだが、日本は、下に―!下に―!の参勤交代な江戸時代、・・・・・。
席を探し通ろうにも足を投げ出したままのヤカラも居た。クスリをやってまーす丸出しの顔も、難しそうな本を片手にし秀才もどきを演出する者も、四・五十代の先輩連も、あげくはチンケなタトゥーを首周り中に彫ったヤンキーちっくな奴まで、みな勝手気ままなポーズをとって待っていた。
直ぐにアンディが一番年下と気付く。「コネがある・・」と叔父は云っていたが不安になった。
早い者勝ちー--!! 急げぇ--―!! 30