ハッ、ハッ、ハックショーンー--!なんと無駄な大声 28

ひとかけらの幸 28

新興とは、今現在あるものを脱し、別により良いと信じる物を新しくおこすこと、だとしたらこの意義は深いね。
よーし!来年こそ!と思うのは簡単だが。

これが出来るのは若いという證*。年配者も若いという證。
*あかし、証拠。しるし。

活気に満ちあふれていた、だれもが貧乏だった、みな明日への希望に燃えていた。
明日を信じて汗をかいでいた。

信じていたから!そうする者が大勢だったからこそ!
苦から逃げ出さずこれがバネとなって、ますます燃え歩み、前へと途(みち)を拓(ひら)き先へと進めることが出来た。

クワッ!キュッ~!キュッ~~!
見上げれば雄大な空、その下(もと)の広大な地。
この天と地の中程、アメリカ国鳥の白頭鷲(ハクトウワシ)ふたりが並んで、悠然と、碧(あお)い空を、スゥーっと、泳ぎゆく。

ここ大地にも。
エネルギーに満ち勇むつわものどもの個々声が。
地に、空に、朗々と響き跨(また)ぐ。

なかでもここは、スコットランド人家系をルーツとするアメリカ人が多かった。
今日では2700万人にものぼっているが、当時は目まぐるしく沸き上がる景気熱風が、そこあそこ、に吹き荒れていた。

職探しに造作なかった。日々いろいろな職業案内板を見て回るうち、なぜか父の職であった織物職の案内に目が留まる。ノスタルジック*だろうか。
*しみじみと懐かしむ気持ち

見てるうちにアンディの好奇心とやる気が蘇(よみがえ)る。
これがアンディの初めて就く仕事となった。

さっそく面接に臨んだ。本格的には、織物職での職就きのつもりではなかった、テンポラリー(一時の)な職のつもりだったのであるが。

よろしくお願いしまーす!
神妙に!だが、明るく!発した。
定番の就職面接アイサツである。

さてっ、どうくるか?どういくか?
と胸のうちに構えた。

君ねぇ・・・。

ハイ。

これだけどさ・・・。
事前に書き込むようにと云われ提出したアンディの身上調査表に目をおろした面接官。ただもごもご語だけではっきりしない口調。

ハイ!
と取り合えず、無難な返答をしたアンディ。

お父さんが織物職人であっても君が職人ってわけじゃないだろ!

ハイ・・・・・・・。
見りゃわかるだろ!と云い返したいところだが、無難な返事に留めるしかない。

しばらくはだな、見て、イチから、習うんだな。最初はボビンボーイ*として働いてほしい。
*ミシンで使えるように筒状のモノに糸を巻きつけ、それを織っているそれぞれのミシン場所まで届ける役目。

やっと、もごもご語を脱した。
が、期待したほどの明るい返答内容ではなかった。しかし従うしかなかった。

その面接官、実は工場長である。糸くずやオイル片を所々に付着したままの眼鏡を鼻の下の方までズルッと下げっぱなし、薄笑みを浮かべながら、そうアンディに指示した。

ハイ!なんでもやります。ガチ!ガンバしまーす!
アンディは、いささか不本意ではあったがそう返答せざるを得なかった。

工場長の口元が緩んだ。シワの掘り具合で作り笑いと気付いた。この手の笑い顔は、普通顔に戻ることは稀で、気に食わないと、中間を飛び越え、いきなり鬼の顔に豹変する手の笑みだ、と直感が過った。
用心するに越したことはない。とにもかくにも採用されたのだから、不満は残ったとしても、よしとしよ。

君、デラおもろいね、初対面で「ガチ!ガンバしまーす!」とか。何処育ちなん?

工場長さんには負けまーす、「デラおもろい」とか。
工場長の顔全体がゆがむ。空気もゆがんだ。
バカでかい大笑いを炸裂。古びたドアが、狭い工場長室全体が、揺れきしむ音が聞こえた。不必要な大声笑いであった。

負けじとアンディも笑い追いをした。相手に合わせるのが先ず無難テクと心得ていたからです。本心は、少しも笑えていなかった。

既に眼鏡はずり落ち寸前。
葉巻の吸い殻は、灰皿にではなく、とっくにコーヒーカップに落ちていた。
コーヒーとのカクテルの味はどうだったろう。
注意しなかった自分が悪い。
しかもそれを美味しそうに飲み干してしまう工場長。
あえて注意をしなかったアンディ。

アンディは、採用された勤務初日、まだ薄暗い早朝、家を発ち工場へと急いだ。
想像以上に工場内の機械音は凄まじかった。慣れるしかないと思った。
この工場内は、24時間ふる活動の体制下にあった。需要があったのだからその点はよしとして、24時間の半分以上も鳴りやまぬカタカタ・ガッチャン・ガッチッチャン・ガッガッガッ・・・・・・・・の80台もの織物機の一斉合唱。音にならない空気爆発音。

今で云うパチンコ屋店内の騒音以上であったが、アンディは、四六時中、自分に与えられた仕事のことに没頭した。言葉約束通り懸命に働いた。

懸命に働けたのは、「どれ?どれ?それやり直せ!何度云っても分からないな!う、これは良っし!」と都度覗きに来る工場長のイジメか、営業癖か、がそうさせた。それより大きかったのは「大変ね。少し休んだら」と時々声をかけてくれる周囲の織り機従業員先輩らの応援やなぐさめ言葉だった。

一番鼓舞させたものは、家族の為!くじけてたまるかっ!ガンバ!ガンバ!ガンバ!!頑張りまくれ!
アンディの自らに対する叱咤激励*であったことは云うまでもない。
*しったげきれい、(声等で)奮い立たせること。

ハッ、ハッ、ハックショーンー--!なんと無駄な大声 28

ハッ、ハッ、ハックショーンー--!なんと無駄な大声 28

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-23

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