ヒサギさんまとめ
策謀と
ボールを投げる。
悪の組織のアジトの低い天井を掠め、手に戻って来た相棒の感覚に、ヒサギの頬を冷えた汗が伝った。
「自分、ほんまに性格悪いな」
眼前に立つ男に向けて、唸るように吐き捨てる。その言葉尻をさも可笑しそうに一笑したサエキは、温和な笑みで口元を歪める。
まるで映画のワンシーンでも撮影しているかのような気楽さで、彼は追い詰められたジムリーダーを笑った。
「正当防衛です。そちらが仕掛けて来たのですから、相応の対処をするのは当然でしょう」
「相応の対処ォ? よう言うわ。あんだけ罠張って、最初から引っかける気やったんやろ」
「被害妄想も甚だしい。私はやるべきことをやり、想定すべきことを想定しただけです。君にはそれができなかった」
世界を股にかける俳優は、大仰な仕草で肩を竦め、端正な顔立ちを悲しげに歪める。
本当に――。
腹の立つ男だと、ヒサギは心中で舌打ちした。
彼とて相応に腕は立つつもりでいる。それでも、悪の組織の総統であり、いっそ異様なまでのカリスマで聴衆を心酔させる眼前の俳優には及ばない。
計画がご破算になった以上――。
ヒサギ一人に勝ち目はない。
「――さて、長口上もいい加減に飽きましたのでね。そろそろ始めさせて頂きましょう」
徐に取り出されたモンスターボールが、サエキの手の中で闘志を帯びて膨らむ。中で殺気立っているであろうポケモンを満足げに一瞥し、およそ温和な映画俳優らしからぬ表情で、彼は唇を歪めた。
「粛清の時間です、ジムリーダー」
「ここまで仲良う騙し合いして来たんやし、名前くらい覚えてくれてもええんとちゃう?」
「生憎、負け犬には興味がございません」
こともなげに言うサエキを、相棒のボールを手にしたヒサギが睨みやる。伝う汗を隠しもしないジムリーダーに、悪の組織のリーダーが憐憫と侮蔑の瞳を向けた。
――刹那。
鳴り響く警報音にサエキが表情を歪めた。
「あのクソガキか」
襲来者を見ずして的中させた彼に、一転して笑むのはヒサギである。悪役めいて持ち上がる口の端を咎めることもなく、眼鏡の奥で眼光が怜悧な光を孕む。
「やるべきことやって、想定すべきこと想定しただけや。自分にはそれができなかった――やったっけ?」
整った顔立ちに強い憤怒を刻み付ける。怒りのあまりに赤く染まったサエキの表情に、侮蔑と嘲笑を返してやりながら、ヒサギはボールを握り直す。
「このヒサギ様の名前、覚えて帰りぃ、負け犬」
投げやった相棒の咆哮に、我ながら会心の演技だったと、彼は笑った。
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