あきこままとめ
共に在る約束
――斯様な場所にも別れはやってくるのである。
仰々しい看板に記された文字を以って、私立水野高校の卒業式は、三月十四日に第四十六回を迎えた。幾度かの長話と感極まった担任のホームルームを終え、心なしか引き締まった最後の号令によって、秋たちは晴れて高等学校の全課程を修了した。
教室の後方で咽び泣く理事長の息子と彼を宥める三人組を見る。確か彼は父親の話の最中は船を漕いでいたような気がした。別れの歌を斉唱するころにはすっかりと覚醒して泣いていたが――。
――今生の別れでもあるまいに。
来年にはけろっとした顔で同窓会の通知が来るだろう。それまでには連絡ツールのパスワードを発行しておこう――大学に入学したら買い替える予定のスマートフォンをしまい込み、秋はバッグを背負う。
感傷に浸っているのもいいが、この後の打ち上げに出る前にやるべきことを終わらせておきたかった。
「じゃあ、また後で」
教室の面々に投げた言葉に同意の声が返ってくる。涙を拭いながら叫ぶマコトへ手を振り返しながら、彼は心持ち早足に廊下を行く。
そろそろ在校生もホームルームが終わっているだろう。
卒業は今生の別れではない。ただの通過点であり、会う機会はいくらでもある。それでも――。
――会いにくくなることに間違いはない。
「小松菜ちゃん、いる?」
目当ての教室の扉を臆面なく開けて、見知った小柄な茶髪を探しながら声をかける。友人と思しき少女に声をかけられた小松菜が挙動不審に陥るのをぼんやりと見た。
小動物。
彼女を見るといつもそう思う。
「と、刀魚秋! 私に用でもあるのか!」
「ちょっとね。今、時間いい?」
訊けば頷いた。手招きすればついてくる。全く素直な所作を一瞥し、彼女に合わせて歩調を落としながら、暫し無言で前を歩く。
別に――秋としては、今ここで何を言おうがかまわないのだが。
この少女にとってはそうでもあるまい。姉の要らないお節介が導いた通りの屋上へ至る階段の前で立ち止まる。
人気はない。卒業の日にわざわざこんなところまで出向く者もいないだろう――同じ学校を卒業し、大学で自由奔放に学ぶ姉の言う通り、静けさが張り詰めている。
後方の少女の緊張には知らないふりをして振り返った。平静は保てているだろうか。
「バレンタインさ、ありがと」
「あ、ああ」
取り出したクッキーを無表情に差し出す。恐る恐ると受け取る小さな手が、その袋を握ったのを見るや、細い手首を軽くつかんだ。
強張る柔らかい肌。その感触を堪能しながら、泳ぐ小松菜の目をまっすぐに見る。
「それと、もう卒業だから。そんなに会えないと思って」
言うなり大きな目に涙が滲んだ。
試すようなことは――この期に及んでする気はなかったのだが。
それでも不安なものは不安である。思わずクッションとなる言葉を吐き出しそうになる心臓を抑え込む。顔は赤くなっていないだろうか。
ここで恰好がつけられなかったら――どこで見せるというのだ。
悟られぬように息を止める。躊躇を飲み下すように、手首を握るのと逆の手を少女の頬に添える。
――女性の唇というのは思いのほか柔らかかった。
唇を離せば、眼前の想い人は思い切り目を見開いている。堪えきれなくなったかのように零れ落ちる滴を拭う。
「――責任」
久々の笑顔は気味が悪くなかろうか。緩む口元を隠す気もなく、秋は囁くように小松菜を見る。
「取らせてくれる?」
答えの代わりにますます熟れる林檎に、今度こそ声を上げて笑った。
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