ARMISまとめ
相対する鏡面(ユウヤ・闇ユウヤ)
剣戟を交わしながら、爆ぜる回路を押さえる。
受け止める敵の得物はユウヤと同様。顔立ちさえも鏡を見ているような心地になる。ただ一つ、浮かべた酷薄な笑みが、彼の苛立ちを余計に軋ませる。
「んなちゃちい攻撃で俺を仕留められると思ってんのか」
「馬鹿にするな!」
エネルギーが不足している。一切の容赦を捨てて振り下ろされる武具の一撃が、彼の体を掠めてその力を的確に削いでいく。
ユウヤが振り上げた得物が弾かれた。その勢いを殺さぬまま後退する。
自身と同じ顔をした存在の隙を狙えど、実力差は顕著だ。実力差――というよりは、心の違いなのかもしれないが。
「どうした、キャンキャン吠えてみろよ」
それとも怖気づいたか。
真っ直ぐに立つ少年が、ユウヤと同じ声で嘲笑する。その吊り上がった唇を見据えていた彼が口からの排熱に肩を上下させながら体勢を立て直した。
その表情。
その口調。
「認めたくねえけど――」
自分とは似ても似つかぬ面影は、しかしユウヤそのものだ。怪訝に眉を顰める表情さえ鏡で見る己とよく似ていて胸糞が悪い。
あれは紛れもなくユウヤである。
――業腹極まりないが。
「そんなクソ気持ち悪ィ台詞を吐いてても、お前は僕なんだよな」
「だからどうしたってんだ」
「受け入れてやる」
広げた腕で相手を見据える。不服そうに歪めた表情を無防備に相手の武器に晒した。
ふざけてるのかと笑う表情にも動じない。ユウヤにはユウヤの考えがあるのだ。
「じゃあ遠慮なく」
馬鹿なことだと嗤う唇に。
己を貫かんと迫る、己の愛剣に。
「なんてやめだ」
突き刺す一打。
――馬鹿はお前だよ。
――僕は武器を捨ててなかったろ。
こういうときばかり、己の熱しやすい性格が幸いする。致命打にはならずとも充分な損傷だ。冷静になったユウヤの勝ちである。
ショートする幾つかの回路から煙を吹いて、対峙する影が憎々しげにユウヤを見上げた。
「ユウヤは僕一人でいい」
引き抜いた剣の先――怒りに戦慄く己の顔へ――。
ユウヤは笑った。
兵器の夢想(ヴォイド)
エネルギーを供給する。
一つ大きく欠伸をした。ヴォイドの体は千年前のそれである。不良を起こした部品から取り換えられ、定期メンテナンスで動いてはいるが、経年劣化は否めない。空気供給口だけでは限界があるから、こうして時折自身の口から新鮮な風を取り込まねば、排熱板がオーバーヒートしてしまう。
下されたミッションのためにも状態は万全でなければいけない。
エネルギーチャージの終了音を聞いて、取り付けられたコードを外す。多少なりとチャージタンクが劣化しつつある現状でも、終了後の漲るような心地は変わらない。
立ち上がったヴォイドを投影した画面の向こうから見たユウヤが何だと声を上げた。
「出かけんのか。どんなミッションだよ」
「敵地ノ壊滅。俺にハちょウどいいカモしれなイ」
彼は戦闘用に設計された兵器である。
故にこと戦うことにおいては親和性がある。これから先も加速を続けるであろう兵器の開発合戦において、千年にも渡って使用されてきた戦闘兵器のポテンシャルは大いに貢献するだろう。
――そう言われても、ヴォイドにはよく分からないのだが。
自身から話を振っておいて、ユウヤの方はさして興味もなさげにディスプレイに表示された文言を追う。
「ふうん。戦うの嫌いじゃなかったっけ」
「命令ハ命令ダ。戦いハ嫌イだが、命令ヲ破棄するのモ好きじゃなイ」
「あっそ」
まるでどうでもいいようである。
ヴォイドの方も気には留めない。ミッションはミッションである。無事に戻って、再びこの塒に帰ってこられるならば問題はない。
「――戦イはいつか終わルからナ」
千年前にそうであったように。
屠り合う(ユウヤ・ヴォイド)
拳を受け止めて剣が揺らぐ。衝撃で電気信号の狂った右手の回路を自動調整して、ユウヤは眼前を見据えた。
ヴォイドの姿をしたそれは、思考回路を侵され、彼の知るアンドロイドではなくなっている。その拳で敵性兵器を屠り喰らう――本来あるべき戦闘兵器だ。繰り出される掌底の重みは生半可な武器を受け止めるときより余程体に来る。帰還してからのメンテナンスは長期を要しそうだった。
――千年は伊達じゃないってかよ。
知らず舌打ちをした。体を動かすたびに減っていくエネルギータンクの残量と深まる身体の損傷、条件は同じでも戦闘兵器と元人間では許容量が違う。
「損傷、軽微。命令ハ実行可能ト推測すル」
「僕を殺せるって? ふざけるのもいい加減にしとけ」
蓄積した熱を口から排出する。冷却機構は既に限界まで駆動しているが、それでも容赦のない攻撃の嵐には追い付いていない。拳の掠った頬から血の代わりに白煙を吐き出して、ユウヤは笑った。
勝機は――あるとすれば――ただ一つ。
ヴォイドのエネルギーだ。
本来ならば戦地で最高のポテンシャルを引き出すため、容量の大きなタンクが用意されている。確かに彼の蓄えられるエネルギー総量はユウヤを遥かに凌ぐが、如何せん千年前の体だ。彼と比べて燃費は大きく劣る。
そのうえ、確か交換時期が近い。
攻撃を凌ぎ続け、帰還可能レベルの残量を保ったまま、ヴォイドのエネルギー切れによるシステム・シャットダウンを待つ。手にした剣には防御に際して最低限の電流だけを与え、二つ分の体を使って逃亡が可能なように調整する。
尤も全てユウヤの体感だ。この体を手にしてからそう長い時間が経っているわけではない。自身が倒れないようにするだけならまだしも、ヴォイドが撤退すれば彼と再び対峙せねばならない時が来る。
故に。
攻撃は最低限だ。
「目標中破。攻撃、ヲ続行、す――?」
兵器の体が揺らぐ。けたたましい警戒音が鳴り響く。無機質なアナウンスが告げるシステム維持不能の言葉に、ユウヤは強く息を吐いた。
「ああ、くそ、面倒なことに巻き込まれやがって。僕が運ぶんだぞ――」
言いながら持ち上げた体の重さに眉を顰め、残るエネルギーの出力を上げて、ユウヤは来た道を走り出した。
ARMISまとめ