NIM(みずいく♀)まとめ
年賀(2016)
厳冬の最中にあって、熱狂の渦はやまない。
今年最後の日を快晴で迎えることはできなかった。雨こそ降らなかったものの、厚い雲に覆われ月も星も見えない中で、光に包まれたステージは一層煌びやかだ。
その舞台袖に立ついくりが時計を見る。相棒たるマコトの飄々とした表情に、大舞台の緊張は見て取れない。
否――。
彼はただ暢気なだけである。
年末に続く年始を彩る紅白の舞台に立てるとは最初から思っていなかった。同級生と始めたアイドルの真似事にNIMと名がついて半年以上が経つが、それでも一介の高校生に違いはない。今年もまたこたつでやれ赤だ白だと騒ぐのが関の山だろう――。
と。
いくりは考えていたのだが。
突然舞い込んだ単独カウントダウンライブを、相棒は一も二もなく安請け合いした。その場の雰囲気で頷いてしまったいくりだが、そもそもがテレビに露出するようになって日が浅い、お遊び発祥の高校生アイドルである。
ここまでの人出は――正直予想外だったのだ。
このときのために用意した衣装の寒さも忘れ、彼は主役の登場を待ち望む客席を見ては不安げに眉を顰めた。その背を無神経なほど鷹揚に叩くのはいつでもマコトである。
大丈夫だっていけるいける今までやってきたんだから余裕っしょ――。
いくり以上の楽天家である彼にそう笑われると、どうにも嫌な気が抜けて、不安になりようがなくなってしまう。ようやく普段通りに笑った相棒に、マコトもまたひどく楽しそうに口元を緩めて見せた。
「今年の残りもヨロシクゥ」
「あと十分しかないけど」
「俺らこのライブ終わるまで年末みてえなもんじゃん?」
そう――。
――だけれども。
思わず苦笑するいくりの背を大きな掌が押す。待ち構えた熱狂の前に躍り出て、二人は高く拳を突き上げた。
「早めのあけおめ!」
「ことよろ!」
宛のない
――拝啓、私は嘘を吐いていました。
もう忘れると言いながら、毎朝、手紙の続きを考えています。
分かり切った結論を遠ざけ、時間がなかったと仕舞っています。
渡すつもりがないと思いながら、捨てることはできません。
それが私の弱さで――。
弱さで。
――何なのだろう。
いくりの筆はいつもそこで止まる。待ちかねたようにけたたましい音で時計が覚醒の時間を告げるのだ。
そうなるともう彼女に時間はない。ペンを筆箱に返し、よれた手紙を折れ線通りに畳んで、机に隠す。その頃になれば母の声が少し苛立った調子で朝食を告げる。その足音が階段を上って来ない程度に、少しの間をおいて、いくりは寝ぼけた声を返す。
世界には彼女の事情など関係がないのだ。
――一週間前まで悪友だと信じて疑わなかった青年への感情は、今や彼女の心を甘ったるく染め上げている。
想いの自覚というのは思ったよりもずっと厄介で、例えばハイタッチのために差し伸べられた手に触れるのをためらうだとか、軽口を叩く口の笑みに言葉を失ってしまうだとか、その関係に些かの支障をきたしてしまう。
まあ――。
そんなことに言及するような相手ではないのだが。
開け放した窓の外から声がする。遅刻の多い彼にしては珍しい。
初夏の蒸し暑さの中で、マコトが大きく手を振っている。すっかり半袖になって久しいワイシャツが太陽の光で眩しく光っている。
きっと彼は知らない。
いくりが彼を強く頼っていることも。
自覚した途端に色を変え始めた世界も。
心を埋める砂糖菓子に似た苦しさも。
――今、目を細めたいくりの表情さえ。
気付かなければいい。気付かれればいい。悪友でいるのはもう無理だ。でも距離が壊れるのはもっと無理だ。
だから。
「待ってて!」
能天気な笑顔へ、笑って手を振り返した。
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