学戦関連(いもさん)

啼かぬ百舌の

 ――叩かれたいのはお前たちじゃないんだよ。
 視界には足ばかりが見えている。睨み上げる顎に冷えた打ちっ放しの鉄の感覚が伝わってくる。擦れて赤黒く膨れ上がった手首に荒縄が食い込むのも厭わず、美緒は眼前の敵を睨まんと顔を上げた。
 その頭を。
 踏みつけた軍靴と叩き付けられる感覚で頭蓋の中の脳髄が揺れた。強かに打ち付けた鼻から血が垂れるのがわかる。
「そろそろ居場所吐く気になったかな」
 無造作に掴み上げられた髪と開けた視界の先、知らず込み上げる涙で滲む顔が、下卑た笑みで彼を見下ろしている。見も知らぬ黒い男の表情へ、噛み締めた歯の力を緩めた。
 吐き出す――。
 唾に混じった血で相手の顔を汚して。
「誰が教えるかよ、馬ァ鹿」
 美緒は嗤った。
 即座に打ち付けられる鉄の感触に呻く。蹴り飛ばされた頬から首が引き攣れてひどく痛んだ。広がる鉄錆の味と口腔を転がる硬い感触に内心で舌を打つ。
 ――破砕する前に吐き出した赤茶けた歯が、その眼前で潰れる。
 破片が掠めた瞼から赤く体液が伝い落ちた。嘲笑と罵倒の合間に脇腹へ爪先が食い込んで、そのたびに美緒の唇から逆流した黄色が地に広がっていく。喉の奥から唇の裏までもを灼く苦みを孕んだ痛みが蹂躙するのを、尚も彼は敵意と殺意を交えた瞳で睨んでいた。
 それでも。
 不意に背に突き立った熱さに体が跳ねた。
 背骨を掠めて臓腑へ達するそれが自身の銃剣であると気づくのに一拍。傷口から溢れ出す熱量と、焼かれるような熱を吸ってなお冴え冴えと冷える刃を認識するのに二拍。
 撃鉄の起きた音を知るのに三拍。
 ――撃ち込まれるのは四弾。
 もんどりうって吐き出した赤黒と、刺さった刃が傷口を広げる激痛で、美緒は堰を切ったように叫んだ。知らず痙攣する体を抑えるすべもなく目を見開き、泡交じりの血液を絶え間なく戻し続ける体を、尚も黒は冷笑する。
 十打ほど。
 加えたところで声が上がった。
「あれ、息してなくねえか」
 ゆっくりと屈んだ男が、血と吐瀉物に塗れた首筋へ手を伸ばす。手袋に覆われた指先が汚物を掻き分け、生温いそこに触れた。
 ややあって――。
「あ、駄目だ。死んじまったわ」
「嘘だろ。せっかくの人質どうするんだよ」
「いいだろ別に、拷問死って言っとけ」
 さも汚らしいとばかりに、美緒の首を探った男の手が振られた。去っていく同胞たちの背を暫し見送った少年は、取り残された肉塊を一瞥して息を吐く。
「――誰が処理すると思ってんだか」
 先輩はいいよなあと。
 呟いた言葉に、光を宿さぬ瞳だけが残った。

学戦関連(いもさん)

学戦関連(いもさん)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-21

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