白銀まとめ

世界の終わりに(レウィラティ)

 こうして世界は終わっていく。
 荘厳な城壁の上に立ち、見下ろした先の地に怨敵の姿を見る。頬をなぞる生温い風に、兄と揃いの色をした水色の髪を押さえて、ラティは緩やかに目を細めた。
 ――最愛の兄を救うにはどうすればいいかを、彼女はずっと考えている。
 かの悪辣な者を生かしておくわけにはいかない。だが、敵を打倒する力も、その身を追放するだけの策謀も、この身は持ち合わせていない。
 それでも。
 彼女はレーウィンを救いたかった。
 遥か上空の外壁に立つラティを、かの男は視認できまい。強風に晒されて、護衛も付けないまま、シルバニクスの女王が獲物を狙っているとは夢にも思わないだろう。
 目を閉じる。
 嫌でも焼きついた忌々しい顔が、驚愕と血にまみれて倒れ伏す姿が、まざまざと脳裏を掠めた。兄を脅かす赤と金の瞳から光を奪って、その体を地獄の底に杭打ってやらねばならない。
 ――ラティ諸共に。
 目を開ける。思いの外遠い地面に、赤髪が揺らいでいるのが見える。
 足は竦んでいる。自らを犠牲にすることの恐ろしさに目眩がした。
 それでも吸い込んだ風は朗らかだ。
 少なくとも、この世で最も愛おしい兄を喪うことを思うよりは。
 半歩、足を前に出す。吹き晒す風の音が強くなった気がして、狭間(ツィンネ)にかけた震える手は離れてくれなくなる。
 壊れそうなほど脈打つ鼓動が耳の奥に木霊する。伝う汗が冷えた感触で熱を奪っていく。飲み込んだ生唾は、ますます湧き出して口の中を埋めていく。まっすぐにバーニア国王を見下ろして、ラティは縺れる舌で声を紡いだ。
「お兄様」
 滑り落ちた髪留めを追うように、彼女は体の力を抜いた。

「そうして王女様は死んでしまったの」
 可哀想に。
 語り部は本を閉じた。古びて蜘蛛の巣が張った天井の隅を見上げ、彼女は目を閉じる。
「世界の終わりは、呆気のないものね」
 ねえ、と同意を求める声は、虚ろな自己完結を孕んで、本の隙間に消えた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-12-21

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