ジゴクノモンバン(11)

ジゴクノモンバン(11)

第十一賞 鬼の家族

 その頃、赤鬼と青鬼に化けさせられたサラリーマンと放浪者。とりあえず、金棒を手にして地獄の門の前に立つ。
「なかなか、赤鬼と青鬼は戻ってきませんなあ」。
 放浪者は疲れたようにサラリーマンに話しかける。
「普段から、寝転がって生活してきたから、こうした立ち仕事は苦手なんですよ。苦手だから放浪者になったのに、地獄に来てまで、なんで仕事しないといけないんやろか。よっぽど生きとったとき、悪いことしたんやろか。もう、足が棒になりますなあ」
「大丈夫ですよ。お疲れになったのなら、そこの金棒によりかかったらいいんですよ。わたしは、営業でお得意様周りばかりしていましたから、こうして立っているのはいいんですが、反対に、じっとしているのが辛いですよ」
「それでも、久しぶりにこうして人間と話ができてうれしいなあ」
と放浪者。
「そうですか、私なんか、話ばかり、それも心にもないおせいじばかり」
「何を言うてますねん。心にもないことやから口から言葉がでるんと違いますか。真心こもった言葉は、決して口から出ませんわ。また、出せませんわ」
「そりゃ、ええこと言われますなあ。当たってますわ。いや、これはおせいじと違いまっせ。そんなこと気にしていたらしゃべられませんな」
「それにしても、わしら、なんかしゃべり方まで鬼たちに似てきましたな」
「ほんまでんなあ。こうして,鬼の面をつけ、鬼の服を着て、おまけに金棒まで持ったらすっかり、いい気分、いや、鬼気分ですわ」
「心まで鬼になってしもたんやろか。前は、サラリーマンのこころしか持っていませんでしたのに」
「心まで鬼になった方が楽でっせ。人はなんにでもなれるちゅうことや」
「なんにでもなれるということは、もともと、自分なんかないのと違いますか。たまたま、サラリーマンになったり、放浪者になったりするだけのことですかいな」
「そう、たまたまや。鬼もたまたま。人間もたまたま。ボールもたまたま。いや、ひとつ、たまが多かったですな」
「でも、どうせ何かになれるのやったら、ない自分やけど、ない自分なりに好きなものになりたいですなあ」
「好きなものやいうたら、こうして人間から鬼になったのも好きなもののひとつかいな」
「そう考えたら、楽しくなりますなあ」
 あれこれと鬼になったばかりの新人たちがしゃべっていると、向こうから、あの赤鬼と青鬼を小さくした鬼がやってくるではないか。
「パパ、パパ、まだ、お仕事なの、もう帰ろうよ」
 赤鬼の子供が足に纏わりつく。
「とうちゃん、そろそろ、仕事終わりだろ。かあちゃんが、迎えに行って来いというから来たんだ」
 青鬼の子供が続けてしゃべる。
「でも、パパ、少し、小さくなったんじゃない」
 赤鬼の子供が、心配そうな顔で、見上げる。
「そうだな、赤鬼おじさんだけでなく、とうちゃんも細くなった気がする」
 青鬼の子供は、にせ赤鬼とにせ青鬼の全身を不思議そうに見つめる。
「いやー、ちょっと、昨夜は、色々とあって、少し疲れがでたんとちゃうか、なあ、青鬼どん」
「そうや、そうや、赤鬼どん。昨日は、大変やったなあ。地獄に来た奴の中に、途中の三途の川で、落ち込んだ奴がおって、そいつを助けるために、人工呼吸やら救急車をよぶやら、病院で見舞いしたり、関係者として地獄警察から事情聴取を受けたりと、寝る暇もなく、一晩中、働きまわったんや」
「ふーん、なんで、地獄に来た奴を助けなかんのや」
 子供の鬼たちが素直な疑問を発する。
「ほんまやなあ、なんで助けたんやろか、青鬼どん」
「それはな、確かに、生きとった時、悪いことをしおった人間を懲らしめるのが地獄やけど、わしら鬼の心まで地獄やないで。困っとる奴がおったら、助けてやるのが鬼の心っちゅうもんや。そうせんかったら、わしら鬼までが、閻魔さまの前で裁きを受けなあかんようになる」
「そうや、そうや、青鬼どん。さすが、年の功や、ええこと言うなあ。そんな、あんたがなんで、地獄に落ちたんや」
「ほっといてくれ。言うんは簡単や。どう生きるかが大事なんや」
「なんか、パパと青鬼おじさん、さっきから、変なことばっかり言ってるけど、お仕事終わったんでしょ。早く、家に帰って、キャッチボールでもしようよ」
「俺も、早く帰らないとかあちゃんに、怒られるから。仕事やめて、早く帰ろうよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってたあ、青鬼どん、青鬼どん、ちょっとこっちへ」
「なんや、赤鬼どん」
 二人のにせ鬼たちは、地獄の門の大黒柱の陰で、ひそひそ話を始めた。
「なあ、青鬼どん。わしら、このまま、あの鬼の子供たちと一緒に、鬼の家に行ってもええんやろか」
「いやー、わしもそれで迷っとんや。次の引継ぎ地獄の門番が来るまで、待ってなあかんのと違うんか。もし、勝手に持ち場離れたら、ほんまもんの赤鬼と青鬼から大目玉くらうんと違うか」
「よう言うわ。生きてる時は、職場も、家庭も放棄したくせに。何を、急に、律儀なことを」
「いやー、仕事を止めたり、家から出たんは、自分の意思からや。人に頼まれたことを途中でほっぽりだすんは、わしの性にあわん」
「あんたの性格なんかどっちでもいいですわ。それより、このまま、あの赤鬼と青鬼の家に行ったら、わたしらの正体がばれるんと違いまっか。それを心配しとんですわ」
「そりゃ、そうや、あの赤鬼と青鬼が地獄巡りから帰ってきたら、いっぺんで正体がばれるがな」
 にせの赤鬼と青鬼が、自分たちの行く末についてあれこれ迷っていると、そこへ、自分たちを助けた黄鬼が疲れた様子でやってきた。
「いやー、赤鬼どんに青鬼どん。なんや、まだ、門番しとるんかいな。もう五時がきたで。今日の仕事も終りや。わしの仕事も終ったさかい、あんたらも、さっさとしまいして仕事しまいや。そうや、あんたら、知っとるか。さっき、わしが連れてきた人間どもが、なんや、竜巻地獄に巻き込まれて、全員、人間界に落ちてしもたらしいで。一所懸命仕事して地獄の中に放り込んだのに、すべて水の泡や。三途の川に落ちて、助けたサラリーマンと貧乏くさい奴も、一緒らしいで。まあ、閻魔さまの命令やから仕方がないけどなあ。それはそれとして、明日も忙しいけど、頑張ろうな。ほな、さいなら」
 黄鬼は、しゃべりたいだけしゃべると、自分の家のほうに帰ってしまった。
「にせ青鬼どん、聞いたかいな」
「その、にせはやめとくれ。にせ赤鬼どん」
「あんたも言うとるがな。そんなことより、あのほんまもんの赤鬼と青鬼が、わしらの替わりに人間界へ落ちた言うてはりましたで」
「ほんまかいな。いやー、ほんまかも知れんな。なんや、帰りが遅いなあと思うとったんや」
「ほんなら、わしらどうなるんやろか、青鬼どん」
「どないも、こないも、ほんまもんの赤鬼と青鬼が人間界に行った以上、わしらは、地獄で赤鬼、青鬼として生きていかなあかんやろう」
「鬼に化けて生きていけるんやろか」
「何言うとるんや、赤鬼どん。赤鬼どんも、昔は、サラリーマンやったんやろ。サラリーマンは、紙切れ一枚で、どんな職場にでも変わらなあかんし、どんな遠いところへでも転勤せなあかんのや。鬼になるんも、仕事と思うたら、なんとかなるで」
「仕事の鬼やのうて、鬼の仕事になるんでっか。ええこと言いまんな。ほんでも、途中で、仕事リタイアした人から、サラリーマンの心得を教えてもらうとは思わんかったわ」
「心得だけは、一人前やったんけどなあ」
「生き方は、半人前や」
「ほっといてくれ。わしは、ラーメンとチャーハンが半分ずつの二つの味が楽しめる、お得な半ちゃんラーメンが好きやったんや」
「半人前の意味が違いまんがな。とにかく、わたしら、三途の川に落ち、鬼に拾われ、鬼の代わりに地獄の門番をして、今度は鬼の父親になるんでっか」
「そや、わしらは、今日から、鬼として生きていくんや。人間世界で、迷惑掛けたから、その分、あの赤鬼や青鬼の家族にために、精一杯頑張るで。もう、仕事は、投げ出したりせん。赤鬼どん、あんたも頑張りや。もう一遍人生やり直すで」
「なんや、いやに、気合がはいっとりますな、青鬼どん。地獄で、もう一遍人生やり直すいうのはなんか変な気分やけど、まあ、これも地獄に来てまでもサラリーマンの運命やと思うて頑張りますわ」
 とうとう我慢できなくなったのか、そこに赤鬼と青鬼の子供がじれたようにやってきた。
「パパ、青鬼おじさんと何、話しての。早く、帰ろうよ」
「ほんまや、とうちゃん。黄鬼おじさんは仕事やめてさっさと家に帰ったよ。赤鬼おじさんも仕事やめて帰ろうよ」
「わかった、わかった。ほな、そういうことで、なんや、訳がわからんけど、青鬼どん、明日からよろしく」
「こちらこそ。赤鬼どん、よろしく」
 二人の鬼は、子供に手を引かれながら、新しい生活へと向かって行った。

ジゴクノモンバン(11)

ジゴクノモンバン(11)

地獄の門番を世襲制で勤める赤鬼と青鬼が、地獄に落ちてきた人間どもと一緒になって、観光気分で、生まれて初めて地獄巡りをするロードムービーです。 第11章 鬼の家族編

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-05

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