ジゴクノモンバン(10)
第十章 竜巻地獄
朱鬼の笑顔に見送られ、顔をしかめながら血の池地獄を立ち去る一行。
「なんや、まだ、口の中がおかしいわ。金箔が口の中にひっついてのかんのかいな」
「ほんまですな。ほんでもあの水、売りにだすんでっしゃろか」
「水の正体知らんかったら、うまい水やで。知らぬが地獄や」
「青鬼どん、パンフレットではここが最後の地獄巡りになってまっせ」
「もう、最後かいな。いや、もう地獄も飽きたわ、さっさと終わって地獄の門のとこへ帰らなあかん。それでなんていう地獄や」
「竜巻地獄って紹介してまっせ。ほんでも、ここは、看板もないし、山も池もなんにもない、ただの広い野原でんな」
「ピクニックやないけど、まあ、ここで休んだらええがな。どっこいしょ」
さっきの献血の疲れもあり、一行は、思い思いの場所に座り休憩しはじめた。
「なあ、青鬼どん」
「なんや、赤鬼どん」
「今まで、いろんな地獄を巡ってきて、仲間間の鬼の仕事を見させてもらいましたなあ。へんな奴もおったけど、みんな、それなりに一所懸命やってますがな。そやけど、わたしらの仕事が一番ええのかも知れんまへんな。なんやかていうたかて、青鬼どん、あんたと一緒やから」
「ほんまや。わしらがでーんと地獄の門番しよるから、他の地獄も引き立つんや。この地獄の門に入るいうことで、悪い奴らも、背筋がぴしっとなるんやからな。はよ、この地獄巡り終わって。あいつらと変ってやらなあかん。そう言えばサラリーマンと放浪者はちゃんと門番勤めとんかいな」
「ちょっとのつもりが長うなってしまいましたな。お土産買うていかなあかん」
「金箔入りの地獄の水はどうでっか」
「それが一番、地獄巡りできつかったわ」
二人して大笑い。
そこに、草原の彼方からなにやら不気味な音が。
「おい、見てみい、赤鬼どん。なんや、向こうの方で砂埃が舞っとるがな」
「砂埃やおまへん、竜巻や、ほんまもんの竜巻でっせ」
「どこぞへ逃げなあかんがな」
座り込んだ一行は、慌てて立ち上がり、尻についた草もはらわず逃げようとするが、どこにも隠れ場所はない。立ち尽くすているうちに、竜巻に巻き込まれてしまった。
「あかん、気分が悪うなってきた。わし、コーヒーカップみたいに回るやつに弱いんや」
「なにアホなこと言うとんですか。遊園地やないですっせ。それより、コーヒーカップというより体がぐるぐる回るからジェットコースターでっせ」
「これはお金いらんのかいな」
「払うも払うわんも、知らん間に竜巻に飲み込まれてまっせ」
「後から、請求書が届くんとちゃうか」
「売りつけ商売かいな。大丈夫、それなら、このまま竜巻に乗って逃げてしまいまひょ」
一行は、体がきりもみ状態のまま、空高く上昇していった。その時、青鬼の懐から財布がすべり落ちた。
「あっ、わしの財布が」
青鬼は慌てて手を伸ばすが、手は空気を掴むのみ。
「しまった。なけなしの金が」
「わたしの財布も落ちてしまいました」
赤鬼もポケットを手で押さえるが、そこはもぬけの殻。
竜巻に巻き込まれた一行の財布が、雨のように地面に吸い込まれていく。
財布~、財布~という声だけが後から追いすがる。
すると、閻魔さまの声が聞こえてきた。
「おまえたち、ようここまで地獄巡りをしてきたな。だが残ったお前たちは、地獄に来るにはまだまだ修行が足りん。生きとったとき、もうちょっと悪いことせんと、鬼もいじめがいがない。もういっぺん下界でやり直して、金をたくさんためて地獄へ来い。今度来た時は、わしが直々に相手してやる。それまでこの財布はわしが預かっておくからな」
「やっぱりただやなかったで」
「ほんでも、もういっぺん地獄来る奴おるんやろか」
閻魔さまの声が終わるや否や、竜巻の風が急に止んだ。空高く上昇し続けていた赤鬼と青鬼たち一行は、今度は、急激に、落下し始めた。
「こ、今度は、落ちていきまっせ。いままで、さんざん持ち上げとったくせに。た、た、助けてくれ~」
「乗せられて、舞い上がったもんが悪いんやろ」
ジゴクノモンバン(10)