シエスタ
とあるオフィスビルの8階にとある企業が入っている一室。
窓を背に机に座る女性の前で、背伸びまでして男が大きく手を広げた身ぶりで語っている。
「課長!ホントに驚きました。いえね、言葉は知ってたんですが、習慣の内容は知らなかったんで」
「南欧に行った新婚旅行の話よね」
すでに西日のさしこんだ部屋には営業でまだ誰も帰ってきていないのか、二人の話し声だけが静かな空間に消えていった。
「妻が装飾に興味がありまして、新婚旅行先の南欧の装飾で有名な店を訪ねるため、大都市からちょっと足を伸ばして地方の、ヨーロッパの田舎、みたいな町に朝早くに出発して行ったんですよぉ」
また思い出したのか、手のひらを返して涙声になる男。背広の肩にシワが寄っている。
「で、ですね、ちょっと迷って到着したらお昼を過ぎていたんですが、な、なんとっ、そのお店閉まってたんですよぉ」
男は頭を抱えて何度も横に振ってみせた。一人落ち着いた課長が黙って見ている。
ようやく男が動くのを止め、両腕と共に頭も下げると、
「妻は泣いて泣いて」
そう切り出して、再び課長を見る目が大きく見開いた。
「なぐさめながらふとあたりを見渡せば、人通り少ないって気づいたんですよ」
そして、男は続ける。課長の視線は変わらず男の顔を見たまま聞いている。
「それで、しょうがないから見つけたタクシーで、開いているレストランにでも行って昼飯でも食おうかと思ったんですよ」
ほとんど一方的に男が喋っている。それでも課長は姿勢を正したまま座っている。
「でも、捨てる神あれば拾う神って言いますけど、まさに乗ったタクシーの運転手がそうでした。なんと、日本に滞在経験があり日本語が堪能で」
喜びのあまり拍手し出す男。続けて、
「彼、ホルヘって言うですが、いろいろ教えてくれました。何でも南欧には、シエスタ、という習慣があるそうで。暑い昼を避けて昼食休憩を長くとるためにお店などが閉まる、だそうです。そして、夕方になると再びお店を開けて営業するそうなんです」
そう言ったところで、暑いのか汗をぬぐう男だった。
「結局ホルヘに再び装飾の店が開く時間まで食事やら観光やらで案内してもらい、無事目的の店にも入れて妻も大満足で、結果、最高の新婚旅行でした」
話しきったように腰を曲げ深々と頭を下げた男。
「シエスタ、ねぇ」
久々に言葉を発した課長が腕を組む。
「つまり、その新婚旅行で覚えた習慣のシエスタを実践してみた、って言いたいのかい?」
最後に吐き捨てるように課長が言う。
「君が昼食を食べに外に出て、そのまま公園で昼寝で寝過ごして、今戻った言い訳はっ」
シエスタ