星の歌
プロローグ
地平線まで続く青々とした草原に、のどかで小さな村がある。隣の町まで距離もあるため、その村は閉鎖的な環境化にあった。村に住む一部の商人や、町までの馬車を出す従者以外はほとんど村の外に出る事はない。
少し不便ではあったが、村の者達は今の生活に満足していた。
畑を耕す者からは食料をもらい、木こりからは木材をもらった。アクセサリーを作る者、家を建てる者、パンを作る者……。協力し、助け合い、村に住む者たちは皆、家族のような関係でなりたっていた。
16歳になると、仕事をするようになり、酒を飲むことが許される。正式に大人の仲間入りをするのだ。
そんな秩序のある村で、小さなトラブルはありつつも、それぞれ平和な毎日を過ごしていた。
そんな中、村の外に憧れをもつ一人の少年の姿がいた。ただ、少年が思う村の外は隣町ということではない。少年の父が語る世界の話だ。
少年は、家の窓から毎日外を眺めた。来る日も来る日も…。
少年はその世界の事を、父から聞いている話でしか知らない。父の話を聞くたびに少年は心を踊らせていた。
ボタンひとつで輝くガラス。遠くの人と会話できる金属の塊。村一番の馬よりも早く走る乗り物。遠くの人が写る不思議な箱……。
父はそれらを機械と呼んだ。そして話の最後に必ず、
「今聞いた事は誰にも言ったらいけないよ。」
と、付け加えた。
「どうして?」
少年は一度理由を訪ねたことあったが、父は険しい顔をして。
「君が大人になったら教えてあげるよ。」
とはぐらかされてしまった。
父の話を聞くのを少年は毎回楽しみにしていた。
少年はワクワクしながらそれらを空想し、それらに対する憧れは次第に強くなっていった。
部屋の窓から見える草原の遥か先に父の言う世界があるのだろうか。そう思うだけで少年はたまらない気持ちになるのだった。
いつかきっと…。物心ついた時からそう思うようになっていた。
そして今日の夜も窓の外を眺める少年は、明後日16才の誕生日を迎えるのだった……。
一話 機械との出会い
「ハルー!起きてるー!」
外から女の子の声が聞こえる。ハルと呼ばれた少年は急いで着替えを終らせて二階の窓から顔を出した。
「リーン!!おはよう!今日も早いな。ちょっと待ってろ、今そっちいくから!」
そう言うとハルは勢いよく部屋を飛び出し、一階へと降りていった。リビングでは母が朝食のパンをかじっていた。
「母ちゃんおはよう!」
「おはようハル。今、リーンちゃんの声が聞こえたけど…。」
「ああ、約束があるんだ。パン一枚もらっていい?ジャムはいらない。」
「いいけど暗くなる前に帰ってきなさいよ、今日はお父さんが帰ってくるから。」
「わかってるよ。父ちゃんの仕事の手伝いは明日からだしな。」
そういうとハルは嬉しそうにニッと笑って見せた。母は心配そうな顔で、
「気を付けなさいよ、あなたは昔から危なっかしい所があるから。」
「わかった!帰ってから聞くよ」
そう言ってハルはテーブルの上のバスケットに入ったパンを一つとって玄関のドアを開けた。そんなハルを母は心配そうに見送った。
「気を付けていくのよ。」
家の外ではハルと同い年の、黒髪のポニーテールをした女の子が腕を組んで待っていた。
「遅いわよハル!また夜更かししてたでしょ」
「悪い、昨日はなかなか寝付けなくて」
「もう、呼び出したのはそっちなんだから。ちゃんとしてよね。」
ムっ、としたリーンにハルはガックリ肩を落とした。
「説教は母ちゃんだけでいいって…。それより早くいこうぜ。」
「あっ!ちょっと待ってよ。」
走り出したハルをリーンは慌てて追いかけた。夕焼けのような淡く赤い光が、少年と少女が駆け抜けていく草原を優しく照らす。風はなく、植物は全て真っ直ぐ天に向かって延びていた。
「それで、見せたいものってなに?。」
二人は井戸のそばで休憩をとっていた。汲み上げた水が光に反射してキラキラ輝く。リーンは水に口をつけた後ハルにそう質問した。
「ああ、それは見てのお楽しみ。きっと驚くぜ。ニックも誘ったんだけど、あいつはブドウの収穫の手伝いでこれないってさ。」
「ふーん。ニックは偉いのね。」
ニックはそばかすと天然パーマがよく似合う少年である。
村では何か騒ぎが起こるとハルかニックのどちらかと決めつけられてしまうほどの悪友だ。ニックはハルの天真爛漫な性格と気があって、一緒にいることが多かった。
「おばあさまにも内緒で出てきたんだから。あまり遠くへはいかないようにしてよ。」
「わかったよ、リーンのばあちゃんに怒られるのは俺も嫌だし。」
リーンのおばあさんは占い師として村の人たちの信頼は厚い。的中率はほぼ100%で探し物から予言めいたことまでしてみせる。
ほぼ、と言うのは結果を見ると全て的中しているのだが、その過程が少しずれていたり、曖昧な表現があったりするのでほぼということになってしまう。
リーンもその血を継いでいるのだが、それほどの力はなく、集中しても数分先のことがぼんやり見えるような気がするだけだから、それほど役にはたたない。
少し休んだところで、ハルはパンパンと尻の砂をはたいて立ち上がった
「さてそろそろいくか、隠してる場所までもうちょっと歩くぞ。」
そう言って歩き出したハルの背中をリーンは追っていく。
途中で洗濯かごをもって歩いていた若妻のジェーンと、いつも酔っぱらっている赤顔モーダンとすれ違った。
そうして二人がついた場所は、村から少し外れた場所にある人気のない洞窟だった。ハルはこの洞窟がお気に入りで度々訪れていた。広い洞窟で、奥は光が届かないせいで真っ暗だ。ハルは一度同い年のニックと洞窟のなかを探検したことがあった。
ハル洞窟探検決行の日、家から父のカンテラを持ち出して洞窟の奥に進んだ。
奥に進むと一本道で、最後は行き止まりになっていた。過剰に期待していたニックは、その事実に急に醒めてしまって、それからこの洞窟に近づかなくなっていた。
ハルはというとこの洞窟に何かがあるかもしれないという期待を捨てきれずにいた。それで時々一人になりたい時にこの洞窟に訪れるようになった。
「わっ、こんな所に洞窟なんてあったの?暗いし、なんか不気味ね。」
リーンは辺りを見回すと、肩をすくめた。ハルは得意な顔をして、
「ああ、ここなら誰も近づかねぇし。隠すには調度いいだろ。えーと…」
ハルは洞窟に入ってすぐの背の丈ぐらいある大きな岩に近づいた。
「たしかこの辺に…よし、これだ。」
ハルは岩の下に無造作においてあった、鹿の皮で出来た小物入れを手にした。
「こんな適当なところにおいてたの!よくなくならなかったわね。」
「なんで、大丈夫だよ誰も来ないし。」
「人は来ないかもしれないけど、動物が持っていくかもしれないじゃない。」
「気にしない、気にしない。」
「もう、ホントにいい加減なんだから…。」
リーンはため息をついて、あきれた様子でハルを見た。ハルはそんなリーンを気にもとめず、目を輝かせて中から薄くて小さな塊を取り出した。
「見ろ、リーン!」
「何、これ。」
リーンはその初めてみるものにあっけにとられた。
「父ちゃんの荷物から落っこちた奴をこっそり拾ったんだ。機械っていうらしい。その中でもこれは携帯電話っていうもので、遠くにいる人と話ができる代物だ。」
「ホントに?なんか信じられないな。ちょっと使って見せてよ。」
「ちょっと待って。今やって見せるから。」
そう言ってハルはその塊をいじり始めた。
「…どうやって使うんだ?」
リーンはあきれ顔で、
「やり方もわからないくせにその自信はどこからくるのかしら。」
ハルはむむっ、と唸りながら躍起になっていじりだすと、テロン♪と軽い音をだし、携帯電話の画面に¨MEGARO¨という映像が映し出された。
「見ろリーン!何か出たぞ。」
「うそっ!ホントに動いた。」
「メガロ?携帯電話の名前かな?」
ハルは首をかしげて考えをめぐらせた。リーンも画面をのぞきこんで、
「作った人の名前かもしれないわ。すごいわ、ハル。」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらくすると画面が変わり、携帯電話がブブブっと動いた。わっ、と驚いたハルは思わず携帯電話を落としてしまった。その様子を見ていたリーンも驚いて、
「どうしたの!ハル」
「こいつがいきなり震え出したんだ。」
と言ってハルは携帯電話を拾い上げた。
「なんか絵が変わってるぞ、…留守番メモがあります。なんだこれ?」
ハルはまた適当にいじると。二人しかいないはずの洞窟にかすかに声が聞こえた。
「何?ハル、何か聞こえない?」
リーンはそういって顔を強ばらせた。
「携帯電話からみたいだ。この穴から聞こえるぞ。」
そう言ってハルは携帯電話に耳を当てた。そこから低い男が聞こえてきた。
「…もし、その携帯を拾った人がいたらこの番号に連絡をくれませんか。私はその携帯の持ち…。」
「おい!聞こえるか!あんた誰だ!どこから話してる!」
話の途中でハルは携帯電話に向けて大声で怒鳴った。
「うるさいわよ。バカ!」
リーンは耳をふさいでハルを軽く蹴った。
「…します。」
声が話し終わると、ピー、と音をたてて。携帯電話がもとの画面に戻った。そして洞窟の中はまた静寂に包まれた。
「なんだ?向こうには聞こえてないのか?」
「番号がどうとか言ってたわ。きっと特別な使い方があるのよ。ハルのお父さんなら使い方を知ってるんじゃない?」
「父ちゃんはダメだ。黙って持って来たことがばれたら怒られるだろ。」
「うーん、じゃあどうしようか。」
悩むリーンとは対照的に、ハルは頭の後ろに手を回して軽い調子で笑みを浮かべた。
「適当にいじればなんとかなるって。」
「壊れちゃうかもしれないでしょ?ダメよ、ちゃんと調べないと…。」
「しー、ちょっと待って。…何か聞こえる。」
ハルはかすかにゴゴッ、と唸るような音が聞こえた気がして、リーンの言葉を遮り辺りに注意をはらった。
「またこの機械からじゃない?」
リーンはそう言って、ハルと同じように耳を済ませた。カッカッ…、という音が洞窟のなかに響く。
「本当だ…。なんの音だろ?」
「機械からの音じゃない。…足音だ。俺たちのほかに誰かもの洞窟にいるんだ。隠れるぞ、リーン!」
「えっ!ちょっと待って、何で隠れるの?」
「こういうのはノリだよ、ノリ。」
二人は息を潜めて岩の影に身を潜めた。
足音はどんどん近づいてくる。ぽうっ、と洞窟の奥が光ったかと思うと、足音の主が姿を現した。登山用の大きなリュックと背広の長いコートという、なんとも不釣り合いの格好をしている、帽子を目深にかぶり、薄暗いこともあり一見誰かわからなかったが、二人はその顔に見覚えがあった。
「父ちゃん!」
思うよりも早くハルは声をだしていた。ハルがしまったと思い、慌てて口を塞いだがもう遅かった。
「んっ!誰かいるのか?」
普段はおとなしいハルの父が厳しい声を出したので、ハルはドキッとした。だがばれている以上姿を見せない訳にいかなかった。
ハルはひきつった笑顔をしながらリーンと共に岩陰から姿を見せた。
「おかえり……、父ちゃん。」
「こんにちは、クラウドおじさん。」
ハルの父は予想外の声の正体に驚きを隠せなかった。目深にかぶった帽子を上に押し上げ、改めてハルとリーンに目を配らせる。
「ハル!それにリーンちゃんも!こんなところで何をしてるんだ。」
「父ちゃんこそ!ここでなにしてんだよ!」
クラウドの問いには答えず、ハルは逆に聞き返した。
「私は…その、…いずれお前には話すつもりではいたんだがここでは…な。」
そう言ってクラウドは一瞬リーンに目を向けたが、すぐに視線をハルに戻して、
「とにかく、ここには近づいたらダメだ……、ん…ハル…、その手に持っている物はなんだ?」
と言ったところでクラウドはハルの手の中の携帯電話を指差した。気付いたハルは持っていた携帯電話を慌てて後ろに隠した。
「な、何でもないよ。」
「いいや、見つけられてから隠しても遅いぞ。お前、それをどこで手にいれた。」
ハルは観念して正直に話した。荷物から落ちたものを拾ったこと、リーンに機械のことを話したこと。
クラウドはハルの話しを聞き終わった後、大きくため息をついた。
「しまった……、私の失態だったか。その上リーンちゃんにも知られてしまった……。参った……、これはバア様のカミナリがおちるな…。」
クラウドはぼやきながら頭を抱えた。そんな父を尻目にハルは陽気に笑いながら、
「まあ、いいじゃん。済んだことは気にしない!」
「お前が言うな!大体機械のことは誰にも言うなと言っただろう!」
「それは悪かったと思ってるけど……。」
「しょうがない……今日のところは帰るか。まずはリーンちゃんを家まで送ろう。」
そう言って、リーンの家に向かって歩き出すクラウドの背を二人は追いかけた。
洞窟の入り口から漏れた光は、暗がりになれた三人の目を優しく刺激した。
二話 二分した世界の始まり
「ただいま、おばあ様!」
「リーンのばあちゃん、こんにちは!」
リーンの家は玄関のドアを開けると天井の高い、広いリビングになっていた。部屋の端には村の人達に貰った木造の工芸品がキレイに段々になって飾られている。その全てはリーンの祖母に相談しに来た者達のお礼である。リビングの6人掛けのテーブルに腰かけたおばあさんはリーンをみると、シワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにしてニッコリと微笑む。頭巾をかぶったその姿は、おとぎ話に出てくる長老のようなイメージに限りなく近い。実際、村での役割もまとめ役でそれに近いものがあった。
「おかえり、リーン。それにハルも。」
元気に家の中に飛び込んだリーンの後ろからハルが、最後にひっそりとクラウドが入ってきた。
「……ただいま、ギンさん。」
そう言ってクラウドは頭を下げた
「クラウド……、今帰ったか。」
クラウドはハルとリーンに向き直ると、
「すまないが二人とも、私はギンさんと二人で話がある。少しの間、席を外してくれないか。」
と言った。ハルは面白くなさそうに、
「ちぇっ、内緒話かよ。わかったよ。リーン、外に出てようぜ。」
「あっ、待ってハル。」
玄関のドアを開けて出ていくハルを追いかけ、リーンも外に出ていった。
二人が家を出ていったことを確認すると、クラウドはギンの対面に腰かけた。
「ダンはまだ帰ってきてないのか。」
「そろそろ娘の三回忌じゃからな。墓の前で熱心に手を合わせておるよ。」
「そうか、もう三年もたつか。時がたつのは早いものだな。」
リーンの母は三年前に病気でなくなった。主治医の話では、現在の医療技術で治療する事は不可能だったらしい。当時の事を思いだし、クラウドは静かに呟いた。
「だが、手段を選ばなければ直せない病気ではなかった。」
その言葉は、治療する術を知る二人の前以外では決して口にしてはならない言葉である。
ギンは伏し目がちにそのつぶやきに応えた。
「代々継がれてきた大地の守り人の娘として、あやつも外の世界の事は知っておった。娘が頼めばワシも断る事は出来んかったろう。じゃが、娘はそれを望まんかった。粒ほどの小さな火種でも、やがて時がたてば大きな炎となる。自分が火種になりうることを娘は感じておったのじゃろう。ダンは今でも引きずっておるようじゃ。リーンの前では気を強く持っているようじゃがな。」
ギンは淡々と、絞り出すように言った。クラウドは真剣な眼差しをギンに向けて、
「あの子も母の死を乗り越えて力強く生きている。そしてもうすぐ16歳だ……。そろそろ本当のことを知るべきなんじゃないか。」
と言った。ギンは顔を上げてクラウドを見据えた。
「……気付かれたのじゃろう。機械の存在を。」
クラウドはキツネにつままれたような顔になった。まさかギンが知っていたとは思わなかったらしい。
「視えていたのか。」
「馬鹿者が、貴様がハルに機械の存在をこそこそ話していた事をワシが知らぬとでも思うたか。ハルとリーンを会わせておけばいずれ知られるであろう事は必須じゃ。」
まくし立てるように責めるギンに、クラウドは参ったというように手をヒラヒラさせた。
「……流石だな。」
「年寄りと思うて甘くみるでないわ。」
ふん、とギンは鼻で息をならした。そうしてギンは冷静にクラウドに尋ねた。
「じゃが、話しだけで実物を見たわけではあるまい。伝えるとしても何から話せばいいことやら。」
ギンの言葉にクラウドはギクリとした。しかし、いつまでも隠せることではない。クラウド意を決して、
「……実は見られたのだ。」
その言葉にギンはピクッ、と反応した。
「……何じゃと?」
「……私が持ち込んだ携帯電話を見られたのだ。」
今度はギンが面食らったような顔になった。
「あれほど地上の物をこちらに持ち込むなといっておるだろうが、このたわけ!」
まくし立てるギンに、クラウドは急いで弁解を始めた。
「しかしなぁ。地上の紡ぎ人と連絡をとるのはあれが一番手っ取り早いのだ。でもまあ、見られたのがハルとリーンだったのは不幸中の幸いだったな。ハッハッハ。」
クラウドは笑って誤魔化そうとしたが、ギンの罵声は止まらない。
「笑い事ではないわ、馬鹿者が!他の者に見つかったらどうするつもりだったのじゃ。……しかし貴様の言うように二人にしか知られなかったのはまだ運がよい。誰かに知られる前に二人には真実を話そう。」
「ダンは呼ばなくていいのか。リーンに話す事を伝えるべきじゃないのか。」
「話がこじれる可能性があるでな。あやつにはワシから話しをしておこう。」
そう言うギンの目はどこか寂しさと不安の入り交じった思いを感じさせる、複雑な目をしていた。
程無くして二人はクラウドに呼び戻された。テーブルを囲んだ四人のまわりに、張りつめた空気が流れる。
ハルは携帯電話のことで怒られてしまうのではないかと、内心ヒヤヒヤしていた。
ギンはゴホン、と咳払いをしたあと、二人に向けて話しを切り出す。
「今日は二人にとても大事な話しがある。その前に今から聞く話は誰にも言うてはならん。これだけは肝に銘じておくのじゃ。」
ギンが怒っていないようなので、ハルはほっとして態勢が崩れた。その隣で座っているリーンはいたって真剣だ。気が緩んだハルを軽く肘でつつく。ギンは話を続けた。
「一般的にはこの世界は果てしなく大地がつづいていることになっておる。そこにはここより大きな町があり、多くの人が暮らしておる。じゃが、お主らの見た機械はこの大地のどこにもないのじゃ。」
ハルは顔をしかめてギンに尋ねた。
「言ってる事がよくわかんねぇ……。どういうこと?」
「黙って聞いてなさいよ。」
ギンはもう一度咳払いをすると話を続けた。
「……昔の話じゃ。太陽が大地を照らし、風が吹き、海という大きな水溜まりのある地球という星で、人間たちはそれぞれの生活を送っていた。ある日、人間は世の摂理を研究していく過程で、生活をより豊かにする道具を開発した。年々、様々な機械が発明されて、人間の生活は随分と豊かになった。ところがな、豊かになっていくにつれてなくしていくものも多くあったのじゃ。自然それに準ずるエネルギー、宗教や人の心の移り変わり。始めのうちはそれに気付くものは僅かじゃった。じゃがその僅かの人間はやがて多くの仲間を作っていった。そしてそれが大きな組織になった時、争いは起こった。全ての人間が相容れる事は、悲しいことじゃが叶わん願いじゃ。枢機軍とレジスタンス、世界を二分する戦争が始まった。その争いは多くの悲劇を生んだ。町は焼け、人は死に、野は枯れた。
……いつまでも続くように思えた争いじゃったが、終わりは突然訪れた。10年程たった時、レジスタンスのトップにいた人間たちが突如姿を消した。それに続いてレジスタンスの人間は次々と姿を消していったのじゃ。訳のわからぬまま、枢機軍は勝利を納めた……。」
何故ギンがこんな話をしているのかハルは理解出来ないでいた。しかし、リーンはギンのいいたい事を薄々気付き始めていた。
「……それで、レジスタンスはどこにいったのですか?」
リーンの問いかけに、ギンは静かに答えた。
「……ある日レジスタンスの一人が地底へ続く入り口を見つけた。そこで新たな発見したのじゃ。もうひとつの大地が地底に存在する事を。」
そう語るギンの声は静かで、しかし力強く辺りに響いた。
三話 平和への足音
時を遡ること2xx年前。
空は夕焼けのように、燃えるような赤い色をしていた。地平線では空と雄大な草原が交差して、まるで絵画のような風景が広がっていた。無駄なものが一切排除され、生まれたままの美しさがそこにはあった。その中に一点、招かれざる客のようにその光景にふさわしくない、一人の男が仰向けに倒れていた。
「ここは天国か……。」
男の口から安堵と諦めの混じった声が洩れた。
男はある作戦に失敗し、少し前に枢機軍の兵士に追われていたはずだった。身体中に傷をおいながらも、なんとかある洞窟に逃げ込んだ。入り口付近にいると見つかってしまう、そう思った男はリュックから懐中電灯を取りだし、洞窟の奥へと歩みを進めた。洞窟の奥に進むにつれて辺りの闇も深くなっていく。男の足取りも慎重になっていたが、男の疲労はすでにピークを過ぎていた。注意力が散漫になってしまった事と、辺りを覆う深い闇のせいで、洞窟の奥の大きく開いていた穴に気が付かなかった。男は足をとられ、そのまま穴に落ちてしまった。
男が目を覚ますと、そこは落ちたはずの大きな穴の側だった。朦朧としながら洞窟を出た男だったが、外に出るとその光景に目を疑った。
そこは今まで自分がいた場所とは全く違う場所だったのだ。空は夕焼けのように赤く、風もない。敵軍の気配も当然ない。それどころか人の気配すらまるでないのである。安全を確認した男は、一時的な体力の回復を図るため、野原に大の字に寝転がった。
ある程度、気持ちが落ち着いた男は、改めて今のおかれた現状を整理し始めた。GPSで助けを呼ぼうとしたが圏外である。電波がここまで届いていないらしい。無線すら繋がらない。そうなるとここが日本であることすら怪しく思えた。鍵はやはりあの洞窟にあるように思った男は、一度足を踏み外した洞窟の穴の前まで戻ることにした。
洞窟のなかに入りしばらく進んだところで、バックパックの中の無線機がジジッ、と音をたてた。疑問は山のようにあったが、今はその無線に頼るしかない。男は無線をとりだした。
「……メーデー、メーデー。こちらβ3。この通信を聞いているものがいるなら応答せよ。」
「……ざき……ま……る。」
応答はすぐにあったが、上手く聞き取る事が出来ない。男は電波のいい場所を探した。
「……こちらβ3。応答せよ。」
「……篠崎なのか。今どこにいる。」
今度ははっきり聞き取る事ができた。それも声の主はやられたと思っていた部隊の隊長のものであった。篠崎は胸を撫で下ろした。
「隊長ですか!よかった無事だったのですね。それが、なんと言えばいいか……。」
篠崎は事の成り行きを全て報告した。
「……どうにも信じられない話だが、しかしお前が生きているのは揺るぎない事実だ。そこで待ってろ。少々危険だが、すぐに助けにいく。」
「しかし私一人の為に部隊を危険にさらしてしまっては……。」
「構わん。残念だが、部隊は全滅だ。今、合流予定地点にいるのは私だけだ。部下であるお前の命はなんとしてでも救ってやらねば、私は彼らに合わせる顔がない……。」
無線ごしの隊長の声からは、自責の念が感じられた。篠崎は目に熱いものが込み上げるのをぐっ、と我慢し、
「……ありがとうございます。」
と言った。そこで無線が途絶えた。篠崎は懐中電灯の明かりを頼りに、リュックから缶詰めををとりだし、様々な思いを巡らせながら腹ごしらえを始めた。
数ヶ月後。篠崎はレジスタンスの研究施設の中にいた。なんに使われるかわからないような、物々しい器具がところ狭しと置かれた部屋で、女性研究員である冴島博士と一緒にいた。冴島博士は四十路過ぎのスレンダーな女性である。年齢よりも相当若く感じられ、モデルのように顔が整っているが、バイオテクノロジーに関する研究の世界的権威である。篠崎のような一介の兵士がこのような施設にはいることは異例だが、今回の大発見の当事者であるので、特別に出入りする事を許可された。
冴島博士は無造作に転がっていた椅子を二人分並べて座ると話を切り出した。
「それでな、篠崎君。調査した結果驚くべき事が判明した。こんな発見に携われるのは研究者冥利につきるよ。」
そう言う冴島博士の目は、新しい玩具を見つけた子供のように輝いている。篠崎は背筋をピンと伸ばし、軍人らしい姿勢で話を聞いている。
「……その前に、あんたのその堅苦しい雰囲気どうにかなんないのかねぇ。話ずらくてしょうがないよ。」
リラックスした面持ちの博士とは裏腹に、篠崎は一切表情を崩さない。
「ハッ、自分は軍人でありますので。上官に対して失礼のないよう善処したく思います。」
ビシッと角度の決まった敬礼を見て、博士はそれ以上言う気が失せてしまった。
「¨……まあ、いいや。話は戻るけど。あんたがいた場所あれは簡潔に言えば地底だね。」
「では自分は地底人になったということですか。」
そう言う篠崎の顔は至って真剣だ。面倒臭くなりそうなので博士はそれを流した。
「……あんたに説明してもわかるかねぇ。いいかい。私達は当初、地球は何層かに別れた地面とその遥か下にあるのはマグマだけと思っていた。ところがあんたの発見でそれが覆った。あんたの落ちた洞窟の穴は相当深かったらしい。まだよくわかってないけど分厚い岩壁がマグマを遮断し、何故か気圧の低下も防いだ。その奥の方まであんたは突き抜けた。そこには地球のどでかい空洞があったのさ。ある地点で重力が逆転し地球の中核にある太陽炉……つまり命みたいなものだね。それが物凄く小さな太陽の役割を果たし、その回りはオゾンで覆われている。ほ物が住むにはちょうどいい……。」
雄弁に語る博士だったが、篠崎は話の半分も理解する事はできなかった。これ以上聞いても混乱するだけなので、篠崎は要点だけ聞こうと思った。
「その……つまりどういうことですか。」
篠崎の様子を見て、博士は篠崎が理解していない事を悟った。
「簡単に言えば我々も移住する事が可能だということだ。」
「移住ですか……、しかし……」
不安に感じる者もいれば、愛着のある土地から離れたくない人もいるだろう。篠崎はそう思ったが声に出すより早く、博士は口をはさんだ。
「我々レジスタンスの目的はなんだ。」
その言葉に篠崎はハッとした。
「人類と……自然との共存です。」
「これは我々に与えられた最後のチャンスだ。志を共にする者と地底におりる。これまでの戦いでお前もわかったろう、全ての人類が同じ方向に向くことは残念だが不可能だ。
戦争は激化し、新たな悲劇が生まれる。
いずれ我々が正しかったと証明される日がきっとくる。だが今は、我々は身を引くべきなんだ。上もこの話に賛同してくれている。」
博士の話に篠崎は腑に落ちないといった様子だ。
「しかしそれでは戦死した者達がうかばれません。枢機軍を一網打尽にし、勝利を納める事が彼らへの弔い……。」篠崎
「甘ったれんじゃないよ!そんな下らない意地の為にあとどれだけの命を捨てればいいのさ。」
篠崎はうなだれた。まだ納得いってない様子だったが、博士は続けた。
「あんたにも手伝ってもらいたい。やることは山積みなんだ。うじうじしてる暇はないよ。」
そうしてレジスタンスは巨大な移住計画を水面化で進め始めた。この日から各地で起こっていた争いが冷戦状態に入り。平和への足音は確実に近づいていた。
星の歌