ジゴクノモンバン(9)

ジゴクノモンバン(9)

第九章 血の池地獄

「次は、何地獄かいな」
「入り口で確かパンフレットもろたなあ、赤鬼どん。ポケットの中に入れよったんとちゃうか」
「そや、そや、それ見てみまひょ」
 背広のポケットからしわしわになった紙を取り出し、広げる赤鬼。
「まてまて、入り口がここで、最初が、海地獄やったから、ここから、ずっと地獄めぐりをしてきたんや。それで、今さっき、金鬼どんがおったとこが金龍地獄やったんから、次は、血の池地獄でっせ」
「血の池地獄かいな。ようやく、メジャーな名の地獄に着いたで」
「ほら、見えてきた。赤い、赤い、血の色をした池が見えてきましたで」
 一行は、血の池地獄と書いてある大きな看板の下に立ちどまった。だが、さっきと同じで、血の池地獄の門番は誰もいない。
「なんや、ここも誰もおらんのかいな」
「また、誰かが池の中に潜っとんとちゃうかいな」
 血の池の中を眺める一行。
「ほんま、この池赤うおまっせ」
「字のとおり、全部血でできとんかいな。この血は、地獄にきたもんの血とちゃうか」
「そんなあほな。吸血池かいな。それでも、池の水が少のうて、底が見えてまっせ」
「ほんまやなあ。そうや、地獄も血液が不足しとるちゅう話を聞いたことがあるで」
 そこに、火の車に乗った朱鬼が駆けつけてきた。
「みなさん、お待たせしました。よく、おいでくださいました。さあ、一列に並んで、ください」
「今から、一体、何をすんのですか」
 代表して、赤鬼が尋ねる。
「ここは、見てのとおり、血の池地獄です。その血も減ってしまって、見るも無残な状況です。この血の池地獄を維持・存続させるためにも、ぜひとも皆さんの献血が必要なのです。ご理解とご協力をお願いいたします」
「いやー、はじめて、鬼に頼まれたわ。今まで、金出せや、喰ってやるなどろくなこと言われんかったさかい、ほろりと涙が出てきまっせ」
「あほかいな。何、感激しとんや、赤鬼どん。血抜かれるんやで。血抜かれたらふらふらして歩けんようになるやろ。これも地獄の仕置きのひとつや」
 そんな赤鬼と青鬼の会話を聞いてか、
「ご心配はありません。ここ血の池血液センターでは、みなさまの健康に十分留意して、献血が行えるようなシステムを行なっております。献血をした後も、快適な地獄の生活が遅れるよう、十分な配慮をしております。また、今回献血していただいた方には、献血カードをお渡しします。この献血カードがあれば、万が一、大怪我などをして、輸血が必要になったときでも、優先して血の供給が行われます。今、地獄では、血液が非常に不足しております。重ねて、皆様のご理解とご協力をお願いいたします」
「そこまで、朱鬼どんがいうのなら、献血しましょか」
「そうなあ、自分かていつ、輸血してもらわなあかんようになるかも知れん。みんな、お互いさまや」
一行は、朱鬼の前に一列に並んだ。
「ありがとうございます。それでは、ただ今から、血を抜かさせていただきます。すいませんが、そのまま血の池の中におはいりください」
「池の中にはいれて言うとるで。血抜く前に、体中清めるんやろか。まあ、ええわ」
「ほな、はいりまひょ」
 温泉にでも入る気分で、血の池に進む一行。最初は、膝が浸かるぐらいだったが、しだいに池の底が深くなり、腰まで血の池にひたってしまった。
「なんや、生暖かい池やな」
「そりゃ、血の池の水は血やから、体温と一緒の温度でっせ」
「あら、なんかが足に吸いついとるで」
「青鬼どんもですか。わたしもお腹のところがさっきから妙に引っ張られるんですわ」
「今度は、尻も吸いつかれた」
「わたしは、右手に引っつきよりました。こりゃ、なんですか」
 赤鬼が右手をあげると、そこには真っ赤なたわし大のヒルが手の甲にまとわり付いていた。
「なんと、大きなヒルやなあ。献血やいうて、ヒルに血吸わしとんかいな、気持ち悪いやり方やな」
 岸から、朱鬼の声が聞こえてくる。
「もう少し、ゆっくり進んでください。そうしないと、ヒルが十分に血を吸い取れませんので」
 そんな声にも耳を傾けず、ヒルやヒルやと大騒ぎしながら、急ぎ足で向こう岸にたどり着き、岸辺に倒れこむ一行。
「もう、こりごりや、体中にキスマークがついとるが。このまま、帰ったら、嫁さんに家いれてもらえんがな」
「ヒルから漏れた血が体中について、みんな、赤鬼になってまっせ」
「いや、血抜かれたから、顔は青白鬼や」
「みなさん、ご協力ありがとうございました。おかげで、今日の献血の目標を達成することができました」
 知らない間に向こう岸からこちらの岸にやってきた朱鬼が深々と礼を述べた。
「献血に協力するんはええけど、もうちょっとええ方法はないんかいな」
「このやり方だと、体中のいろんな箇所から血を吸い取ることができ、献血者の体の負担も少ないかと思われます」
「そう言えば、なんや、体が軽くなったような気がするわ」
「みなさん、お疲れだと思いますので、どうぞおいしい水をお召し上がりください」
 ペットボトルを一人ずつに配る朱鬼。
「こりゃ、サービスええわ。体中から血を抜かれてしもたんで、喉が渇いてきたがな。どれどれ飲ましてもらおう」
「う、うまい、うまい水やなあ。地獄でこんなうまい水飲めるなんて、初めて、いや二度目や」
「うまいけど、なんやこの水、きらきらするもんが浮いてまっせ、青鬼どん」
「ほんまやなあ、なんや、さっき見たような気がする」
「よく、ご存知ですね。この水は、金鬼印の金箔入り金龍水と言いまして、今、さっき発売が決まったばかりの新製品です。地獄で一番うまい水と評判です。献血にご協力していただいたみなさんに少しでも感謝の念をと思いまして、金鬼さんに直々に分けてもらったのです」
「うえー、さっきの金鬼どんと龍の垢とうろこの水かいな」
「ぺっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ、こんな水飲めますかいな。さっさと次の地獄へ行きまひょ」
「ありがとうございました。またのご来場をお待ちしています」

ジゴクノモンバン(9)

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地獄の門番を世襲制で勤める赤鬼と青鬼が、地獄に落ちてきた人間どもと一緒になって、観光気分で、生まれて初めて地獄巡りをするロードムービーです。 第9章 血の池地獄編

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-03

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