残る爪痕 血脈の果て 前編 「錯覚」 

爪痕は此処から刻まれた

首都ソノス出発、神暦一○○九年十月七日。部隊通し番号三○七。ノメイル神話に登場する三種の中で唯一失われた神器、聖剣「ツルキ」を、ガゼルから奪還することを目的とする遠征部隊があった。その部隊は帝国使節団からの情報に基づき、将軍直属家臣ソルドーレ=ヤトエリアス隊長、帝国使節監視官スペクタ、十八歳の徴収兵二十七名、将軍家直属兵七十名、そして傭兵一名の計百名で構成されたものである。
しかしどの資料に於いてもこの部隊の名目は資源探索とあり、傭兵はいなかったことになっている。事実は抹消されたのだ。


「旅路」 遠征初日 午後四時 ダクラ
ライク州とアノス州の境、ライク川を横断し終わった途端、突如豪雨が起こり、凍えるような雨粒が盛んに頬を叩いていた。
背筋が凍える。自分は皮で補強されたフード、隙間のできない様設計されたゴーグルを被り直した。そして乗っていたオルが奇数の蹄で正常に土を蹴っていることを、北東に向かっていることを、時折確認しながら進む。見上げると、積乱雲に遮られながらも朧気に月が見えた。
自分は、ノース州主ミュールド=ニルシュトを父に、レトフランシェ=シルドヴァイエルを姉に持っている。姉が将軍の跡継ぎに嫁いで将軍家の政治を監視していたのに対し、一週間前まで自分は平民に扮してガゼル政策の現場を監視していた。
この度は姉から情報を得た父の指示で、この部隊を監視するために所属していたのである。それは彼が[トースの奥にある洞窟の中には失われた聖剣『ツルキ』がある]という帝国使節団が将軍ガロレイド=シルドヴァイエルにもたらした情報に疑いを持った為だ。確かにノメイルは傭兵の派遣を除いて他国との人の行き来も無い。また貿易においても、数少ない輸出品である武具の流通、及び全港の管理は国が一貫して行っている。その為、聖剣が喪失したとしても国内、特に未踏の地であるガゼルの縄張り(編者註・人間による統治が為されていない唯一の地域として地名はトースとされている)にある可能性は否定出来ない。
しかしノメイルの地理に疎い筈の帝国がノメイルの知らない情報を持っている訳がなく、持っていたとしても、その代償を求めずに友好の為と称して、提示するのは怪しい。無論、将軍ガロレイド=シルドヴァイエルもこの情報の真偽は疑ったのだろう。が、情報を無視した際に帝国が報復と称して侵略することを恐れ、逆らえなかったに違いない。
それならば――たとえ死傷者を出してでも――帝国使節監視官に非を責められないような状況を作り出し、部隊を撤退させれば良い。



「霧季」 遠征初日 午後五時 レトフランシェ
ふと貴賓室の前で窓から遠方を眺める。
夕方のソノス城からは霧で何も見えなかった。この季節は長期的に湿度が上がり、霧が一カ月以上続くことも珍しくない。
あんな人工的な風景、見たくも無かったけど。特に夜遅くまで煤に塗れた空気を吸わされている根源なんか。
城の周りを囲む上屋敷のすぐ向こうには城下町が広がる。そこでは将軍の命で輸出用の武具を作っていた。勿論鍛治には炭を燃やすことが必要だ。そしてその気管を侵食するような排気に私は閉口させられていた。
しかし今、それは何の関係も無い。今はその考えに蓋をしておく。

ドアをノックし、私の名前を告げた。
「どうぞ」貴賓室のドア越しに入室の了解を得る。
私が扉を開けるとそこには膝に肘を載せ、前屈みに座す帝国交渉官の姿があった。極度に痩せ、目も眼鏡の縁も、その背に負けず劣らず細い。名はギロン。
傍には籠に入れられた数羽の鷹がこちらを睨みつけている。そういえば鷹も、帝国同様、何かと素性がよく分からないものだ。三十年前に突然発見されたと思いきや、急に繁殖してしまった。今では総数五万羽にも及ぶだろう。生態系への影響も相当あるに違いない。過去に寵愛していた鳩を噛み殺されたのを思い出し鷹を睨みつけるが、そのことはひとまず意識の片隅に追いやり本題に移る。
私は、義理の父、ガロレイド将軍の承諾を得て、帝国使節交渉官ギロンとの面会に臨んでいたのだ。それを忘れるようなことはあってはならない。
「何の用かな。質問があるなら急いでくれ。忙しいのだ」
「では単刀直入に申し上げます。貴殿は部隊についての情報をどのような形で得るつもりなのでしょうか」
ギロンの薄い眉が心なしか動いた。
「何故そのような質問をするのか理解に苦しいが」
「疚しいことが無いのでしたら、答えるのに問題は無いのでは」
一瞬の躊躇いを経て、ギロンは口を開いた。
「分かった。答えてやろう。部隊に同伴している監視官スペクタには二十四羽の伝書鳩とカメラ(編者註・湿板写真機。乾板写真機が登場するのは二十年後)を持たせてある。証拠写真を撮り、送れるようにだ。さあ、これで十分だよな。ノーとは言わせんぞ」
「分かりました。しかし何故そのように大量の鳩を持たせるのでしょうか」
「緊急時に備え、予備の鳩を多く持たせておくことのどこが不自然なのだ。情報の確保する上では当たり前だろう」
これ以上の質問は無益であろう。ギロンはいくらでも黙秘する事が出来るから。
「そうですか。分かりました。今回は御面会頂き、ありがとうございました」
形ばかりの礼を述べ、部屋を後にする。ドアが閉まる時、私は直感した。
もしかしたら、この件は厄介な変貌を遂げるかもしれない、と。



「呟き」 遠征初日 午後十一時 ホルドレル=オーヴァワク
「全く。近頃、他州主を法で制御しようとも将軍の権力が低迷していて従おうとしないは、ガゼル殲滅運動がやたら活発になってくるは、ネーズル王国は何かと突っかかってきたり、『ノメイル』をわざわざ『ノメール』と呼んだりするは、帝国から使節がやってきたかと思えば変な提案に無理矢理従わされるはで、この国はどうなってしまうやら。これでは内患外憂じゃないか。極東の国の事情もあながち笑えた物じゃない」



「不穏」 遠征二日目 午前八時 レトフランシェ
私の義父の周りの空気がどこかざわついているのを感じた。
何かあったのでしょうか。
義父とは部屋が五層程離れているものの、聞き耳を立てれば話の内容を聞き取ることが出来る。私は耳を澄ました。
数分後。
「昨日の暮れに部隊の状況の報告を求める雁信を送っただろう。返信は戻ってきたか」
潰瘍持ちの胃袋から絞り出しのだろうか、生気の無い義父の声が聞こえた。他にも同じ所をぐるぐると歩き回る足音が聞こえる。ずしりと掛かった体重から、これも義父の物だと分かる。
「いえ。まだでございます」
答えたのは義父の側近、オラディナだった。側近としての能力はあまり高い方ではなく、当たり障りの無い事しか話さないが、二番目に勢力の強いノルビ州から献上された者なので将軍の側近として使うしか無かったという事情がある。
「鳩は戻ってきたか」
「いえ。それもまだでございます」
義父の溜息。
確かに妙であった。霧で視界が遮られようとも、今まで伝書鳩が目的地に着かないことは稀であったし、着かなかったら着かなかったで、必ず戻って来るように躾けてある筈だ。確かに猛禽類などに襲われることもあるが、提示報告の催促に送る鳩は六時間毎に一羽だから今までで計四羽。
一羽すら帰って来ないだなんて。
「こうしよう。今までは六時間毎に一羽であったが、これからは、返信があるまで一時間毎に一羽、伝書鳩を送り続ける。この際、雁信の写しは側近等にやらせておいて、全てに儂が署名をしておけば良い」
どうやら義父は人海戦術ならぬ鳩海戦術に踏み切ったようだ。
吉と出るか、凶と出るか。



「変更」 遠征三日目 午前〇時四十分 レトフランシェ
霧の中にそびえるソノス城はあらゆる窓から光が漏れていた。それは夜番が火事でも起こったのかと勘違いした程だ。無論、火事が起こった訳ではない。
先程、私の耳に義父と側近オラディナの談義が聞こえてきた。
「帝国使節が姿を眩ましたことを確認したのだな」
「ええ。全側近が城中を探し回りましたが、見つかりませんでした」
「なら、もうギロンを探すのはやめよう。他州に捜索願を出す必要もない。疫病神の方から消えて行ってくれたのだから。そして、帝国に踊らされたことは隠蔽しよう」
義父が足を一歩踏み出す。偏った食事で増えた体重が掛かり、床の軋む音がした。
「これより部隊の目的を変更する。ギロンの指示が無くなり、部隊を維持出来なくなった訳なのだから、帝国も文句は言えまい」
「では、新しい目的は何に致しましょうか」
「兎も角、トース内には立ち入らないような部隊にすれば良い。何にせよ、ガゼルの縄張り内に部隊を派遣するというのは、領地拡大を企てているかと思われて、他州の反感を買うからな。それに伝書鳩さえ届けばトース侵入に間に合うだろう。
目的については、そうだ、トースの北、バースの資源探索にすれば良い」
「では、伝書鳩で送り続けてきた雁信の文面も変えなくては」

 二十分後、新しい文面の雁信を携えた伝書鳩が放たれた。しかし、何故だろうか、初めて伝書鳩が城を離れていくのを見守った私は何か胸騒ぎを覚える。何時もの癖で耳を澄ます。すると、
判別するのが困難な程幽かに、霧の中から音が聞えた。
その頃は予想していなかった。これから一時間毎に、私はその音を聴くことになる。



「雁信」 遠征三日目 午前八時 ミュールド
まだ陽も昇っていないというのに、伝書鳩があった。脚には見慣れぬ製法で作られた紙が括り付けられている。紙を脚から引き抜き、開く。それは二枚の文書であった。内側にあった一枚目は将軍の署名の入った雁信。内容は簡素なものである。
[三○七部隊の名目はトースの資源探索とす。部隊の状況の報告も忘れるべからず。]
部隊の通し番号から察するに、これは現在ダクラのいる部隊のヤトエリアス隊長の手に渡った雁信の写しだろう。
一枚目を捲り、外側にあった二枚目に目を通す。
こちらの方が問題だった。送り主の名が帝国使節交渉官ギロン、となっているのである。
[三○七部隊の目的がバースの資源探索であるという旨、伝わりましたでしょうか。また、この部隊について新たな情報が手に入り次第、お送りいたします。それまで、どうぞこの雁信については口外なさらないでください。もし、口外が確認されれば、帝国による正義の鉄槌が、必ずや下されることをお忘れにならずに。
追伸 これと同じ雁信は全ての州主に、本日午前一時以前に送られます。そのことを御考慮願いたい。]
次の情報が送られるまで、予断は許されそうに無かった。



「霧中」 遠征三日目 正午 レトフランシェ
今。昨夜と同じ音が、それも以前よりはっきりと聞こえる。音が、二つ。
一つ目は、鳩の、断末摩の叫び。
二つ目は、鷹の、滑空、風を切り裂く音。
鳩。
鷹。
分かった。霧の中で、何が、起こっていたのか。
私はこの事態を知らせるため、急いで二つの雁信を記す。それをノース州から一緒に上洛した側近、コラージュに託した。鳩ではなく鷹でノース州まで運ばせるようにと言付けておく。



「邂逅」 遠征三日目 午後六時 ダクラ
夕暮れ時。後一時間程でテント仮設ポイント、オース山脈の東端に着こうという頃合いだろうか。丁度部隊がガゼルの縄張りに入った時、オルの落ち着きが無くなった。危険を察知したのだろう。前方に少数のガゼルが一陣の風となって接近するのが視認出来た。縄張りに侵入した人間を迎撃しようとしている。
時期尚早な気はあった。大抵、縄張りに足を踏み入れた途端襲われることはないのだ。しかし直ぐに襲われたところで監視官も隊長も不審に思うことはあるまい。シナリオの修正範囲内である。
直ぐに将軍の直属家臣、ヤトエリアス隊長の指示で部隊は迂回することになった。自分は焦らず迂回ルートへオルを向ける。しかしオルが怯んで言うことを聞かない。私は部隊の中心から段々遅れていき、遂には最後尾になってしまった。依然オルはその最高速度に達していない。このままならば、ガゼルから幾度かの攻撃を受けないでいると監視官に不審に思われてしまうだろう。
監視官はカメラを持参していた。枚数に限りがある筈なので頻繁には使ってはいない。しかしこれから陰謀を起こそうという身である。監視官の目を惹かないに越したことはない。
思案を巡らしてしたところに、前方を走っていたオルが後退してきた。最後尾になることは免れたのである。そのことで自分のオルに余裕が生まれ、怯みが抑えられたようだ。速度が上がっていく。
後方、最後尾のオルに乗っていた者は他の隊員とは異なった装備を身に纏い、襲いかかってきたガゼルを冷静に薙ぎ払っていた。この部隊唯一の傭兵に違いない。
事前に姉から受け取った情報によると、元々この部隊の全隊員の内、隊長しかガゼルとの実戦経験者が居らず、急遽傭兵を雇うに至ったらしい。国内でもガゼルとの実戦経験者は数える程しかいないだろうから、二人でも集まった方なのだろう。
実戦経験者の有無は、文字通り、死活問題である。ガゼルは生半可な模擬訓練で太刀打ちすることなど出来ないのだから。ガゼルは人間の如し頭脳と容姿を有する。瞳の色――ノメイル人の瞳は闇に沈むような黒色であるのに対し、ガゼルの瞳は血脈を流れていそうな程に暗く沈んだ赤色なのである――を以てでしか人間との区別のしようが無い程だ。しかしその身体能力は荒ぶる獣をも凌駕する。
もしかするとギロンはそれを見越して、ガゼルの縄張りを通らないと遂行出来ないような作戦を提示したのかもしれない。確実にノメイル国内の戦闘可能な人数を削る為に。
兎も角、自分は父からある契約書を託されていた。中には傭兵に将軍家から与えられたものの二倍の報酬を授ける代わりに、自分がガゼル縄張り内で部隊の撤退を引き起こすのを協力するという旨のもので、他にも本計画の守秘義務、こちらから提示する以上の情報の提示が制限されることの承認を条件に盛り込んでいる。これはノース藩主のコネを駆使しても部隊には自分一人しか編入させることが出来ず、そして、一人では出来るも限られるからである。つまり父はやむを得ない場合、傭兵をこれで買収することも辞さない考えでいたのだ。
正直自分はその傭兵に莫大な報酬で買収する程の腕があるか心配であった。が、その剣術を実際にこの目で見るに連れ、そのような心配は無用であることに気付いた。寧ろ、仮に買収に成功したならば、信頼出来る戦力になるであろうとさえ思ったのである。
しかし後ろを振り返ると自分の楽観は打ち破られた。応戦にあたっている傭兵の視界を掻い潜り、その右側からオルの腹に一匹のガゼルがしがみつく。今にもその腹に黒光りする爪を振り下ろそうとしていた。何故傭兵が死角の無い砂漠で接近する敵をうかうか見過ごしたのかはよく分からないが。
自分は傭兵の注意を喚起すべく、声を張り上げようとした。が、時既に遅し。オルは腹を抉られた。悶えながら転倒している。傭兵はオルの背中から振り落とされる。このままでは傭兵買収の可能性が水の泡に、
なりはしなかった。傭兵は咄嗟に懐から縄を取り出し、傍らを駆け抜けたガゼルの進行方向に向かって、投げる。その縄の先に結われていた輪がガゼルの首と一致していき、
掛かった。ガゼルの推進力を利用、宙を舞い、こちらに迫って来る。自分と傭兵の距離が詰まっていく
唐突に短距離で向かい合う構図になった。あまりの唐突さに自分のみならず、傭兵の方も戸惑ってしまったようである。しかし後ろから迫り来る二匹のガゼルの風を切る音を耳にして我に返った。自分と傭兵は振り向き様に、居合いで一匹ずつ薙ぎ払う。一対の太刀は寸分違うことなく跳びかかってきた二匹を振り落とした。同時にオルが平静を取り戻す。ガゼルの影が遠く、紛れていく。



「買収」 遠征三日目 午後六時五分 ダクラ
ガゼルを振り切った。自分は暫く安堵に浸る。が、自分以外にもう一人同じオルに乗っていたことに気付いた。自分は振り返り、後ろに乗っている傭兵を見据える。どうやら傭兵も先程の自分と同じく安堵に浸っているようである。後ろを向きながら。気付いて貰う為に、自分の両手を傭兵の耳に近付け、
――。
少し飛び上がった後、傭兵が振り向く。ようやく気付いてくれたようだ。答えは分かっているが、一応尋ねてみる。
「なぜ自分のオルに乗っていないのですか」
「オルがガゼルにやられちまってな」
「だからと言って他人のオルに乗っていい訳ではありません。それでは砂漠の真っ直中でオルをガゼルに『やられちまっ』た傭兵はこれからどうするつもりなのですか」
哀れな傭兵、考え中。約十秒経つ。
その間自分は傭兵の身形を推し測っていた。年齢は二十前半辺り。砂漠では保護色となる黄土色のマントを纏い、腰には軍では支給されそうに無い程の高級銘柄、「刃心」の太刀が据え付けられていた。「刃心」は実用性を極限まで追求したブランド。一見しただけでも様々な場面を想定した、多くの機能を有しているのが垣間見える。体格は別段痩せてもガッチリもしていない。ともすれば無駄な筋肉を削ぎ落としたらこのような体格になるかもしれない。
首より上に目を遣った。顔はどちらかというと細面で、どこか呑気な印象を受ける。ゴーグル越しに覗くと、幽かに、伏せられた両目の虹彩の色が左右異なるのが見えた。
大方自分が傭兵の特徴を把握し終えた頃合いだろうか、漸く傭兵は腹を決めたようである。傭兵はオルの上で深々と頭を下げた。
「済まない。この遠征の間だけオルに相乗りさせてくれ。オルの安全は保障するし、遠征が終わったらそれ相応の支払いはするから。頼む」
どうやらこちらが完全な優位にあるようだ。まさに棚から甘味。この展開ならば、
「この契約書に署名して頂けるのであれば、相乗りを許可してあげてもいいでしょう」
言いながら傭兵に、父から託されていた契約書とペンを突き出した。目の前で報酬についての条文に斜線を引く。
「さあ。どう致しますか」
傭兵の顔は契約書に目を通して行くにつれ険しくなっていった。
更に哀れな傭兵、考え中。約三十秒経つ。
しかし、まだ判断をし兼ねているようだ。そう来るならば、最後の手段を使うまで。
「何なら、今ここで、このオルから突き落しても良いので、」
言いながら両手を相手の胸の前に突き出す。一応寸止め。オルの下には砂漠が高速で流れているのが見えた。
「うわ、やめろ。分かった。分かったから。署名すりゃあいいんだろ。署名すりゃあ」
傭兵は投げやりにペンを奪い、契約書に署名した。アラシュ=マーセナルと読める。
「はい。ありがとうございま~す」
契約書をしまう。事実上ノースからは一銭も出さずに傭兵を買収出来たのである。



「方針」 遠征三日目 午後八時二十分 ダクラ
結局テント仮設ポイントに着いたのは予定の一時間後となった。夜はテントで越し、明日に備えることになる。
オルの上で後に交わした会話で分かったことは、アラシュがアノス――ノメイルの首都であるソノス州の東に接する州――の出身であること。昔は傭兵派遣所に所属し、フリーになったのは四年前であることだ。
一応、自分もダクラ=リリーと名乗っておいた。この部隊には徴収されたということにする。
テントの中で契約にあった「部隊の撤退を誘発する」方法についてのブリーフィングを行った。監視官スペクタの眼を避けながらではあったが。
「あの契約書の条文には一応従ってはおくが、実際何をすればいいんだ。それでその後の仕事に悪影響が出るようであれば、断固として反対するが」
「その前に先ず、部隊を撤退させることに反対したりはしないのですか」
「いや。撤退させること自体に問題は無い。部隊が撤退しようとも、壊滅しようとも、俺が死んだり、疑われたりさえしなければ。報酬は前払いだし」
「そうでしたか。つまり信用と報酬さえ無くならなければ部隊はどうなっても良いと」
「ああ。そういう風に理解して貰って問題ない。兎に角、オル貸しに払う紛失料さえ工面出来れば良い」
「少々意外ですが、判りました。それでは撤退についてですが、基本、何もして頂くことはありません。既にガゼルの方には部隊がこの地点でテントを仮設するという情報を流してあります。返信もありました。今晩、このテントは包囲されるでしょう」
傭兵の意見を伺おうとした時、急に監視官の視線を感じた。一時的にノメイル外交についての話題を振る。今国中はこの話題で持ちきりだから、隊員が暇潰しに選んでも別段不自然ではない。
「あ、そう言えば、今ソノスでは自国に於けるネーズル王国との外交について、両国の外交官が対談して方針を決めているそうではありませんか。どうなるのでしょうね」
「さあな。よく分からんが、ネーズルは悪い国じゃあない。寧ろ十にも満たない村が反乱を起こっただけでおろおろしてしまうようなお人好しなところだ。積極的に他国を攻撃しそうにない。今は何故だかつまらないことで対立しているが、まともに交渉すれば和解出来るだろ」
丁度監視官の眼光が遠退いた。やっと説明に戻れる。
「で、どうでしょう」
「さっきの話は、つまりテント仮設ポイントの場所を予めガゼルにリークさせ、包囲するように仕向けた訳か。そんでもって、部隊に少なからざる被害を出し、これ以上作戦を続けられない状況に追い込む。なるほど。ここはオース山脈のすぐ傍だから、回避ルートは常に高場を維持出来る尾根線上が自然に選択されるだろうし、人員が減れば撤退にも繋がる。スペクタがその写真を撮れば、それが証拠になってギロンにも怪しまれない。まあ、良いんじゃないか」
「強いて言えば私に代わり、包囲されたことをヤトエリアス隊長に進言してくれればありがたいです」
「そうか。俺は大して怪しまれるようなことはしなくて良いのか。何か、拍子抜けした。というか、さっきは何で脅してまで契約させたんだ。それに契約書に元々書いてあった報酬額はどうやって工面したんだ」
「あの契約書は事態が急変し、ガゼルだけでは部隊を撤退させるに至らなかった場合の為の物。あくまで貴方の弱みを運良く握れたので、それを利用して非常時に備えただけです。ですから、何かが起こり、それが私の手に負えない場合、貴方には頑張って頂きます。
それと、あの報酬額はノメイルに商品を輸出している商人の組合内で寄せ集めた金です。ノメイル国内に帝国関係者が滞在しているのはノメイルを相手にしている商人にとっても思わしくないこと。早く帰って貰う為には部隊の撤退が一番良いと判断したのです」
作戦の提案者がノース州主であることは伏せておいた方が良いだろう。丁度商人達が帝国使節団の来訪を憂いているのは事実だから、別段不可思議ではあるまい。
「何か他に質問でもありますか」
「いや。特に無い。ただ」
「何でしょうか」
「いや。ありがとな。オルに乗せてくれて。一応、礼は言っておかねえと」



「魔笛」 遠征三日目 午後十一時 アラシュ
真夜中。丁重にではあったが、俺は叩き起こされた。ダクラの凛とした両目がこちらを伺っている。俺は急いで目を背けた。
「部隊がガゼルに包囲されました。今も笛の音が聞こますよね。あれはガゼルが人間を襲撃する際の合図に用いられるローコーダです」
わざわざ笛の名前も教えてくれたのだが、俺には笛の音なんてさっぱり聞こえなかった。元々耳は良い方なんだが。一応テントの幕を少し上げて外を見ると、遠目にではあるが確かに人影のようなものが見えた。もちろんここはガゼルの縄張り内だから、人の影ではなくガゼルの影に他ならない。こちらの様子を窺っているようでもあるから、派手な行動を起こさなければあと、二、三十分は稼げるだろう。
「契約通り、隊長に伝えてください」
言われなくても分かっている。俺は寝袋を撥ね退け、隊長のいる方へテント内を横断しようとする。途中、右からせり出していたテントの支え木に頭をぶつけそうになった。
「あっぶねえな」
木材の不始末に腹を立ててみるが、自身の体質がその最たる原因であったことを思い出す。
俺の右目は赤色だ。それもガゼルの目の色と見分けがつかない程に似ている。そしてその右目に視力が無い。距離感が掴みづらいし、視界も狭い。さっきの戦闘の時にガゼルが潜り込むのを知覚出来なかったのもその所為だろう。それでも、こんなハンデが原因でピンチに陥る度に、己の勘の鋭さに助けられてきた。オルから放り出されたときだって、すぐさま行動を起こしていなかったら冗談無しに俺は砂漠に置いてきぼりをくらっていたに違いない。
思いに耽りながらも、ヤトエリアスの元に辿り着いた。足元を見ると、ヤトエリアスは寝袋の中にいた。ダメ元で進言してみる。
「隊長。部隊がガゼルの一群に取り囲まれました」
丁寧語なんて何年振りだろうか。
「それは真か」
くぐもりながらも明瞭な意識を感じさせる声が聞えた。寝袋に包まってはいたものの、寝てはいなかったようだ。流石は隊長である。
「はい。隊員の中には笛の音を聞いた者までいます。事態は急を要するでしょう」
「笛の音か。それは聞かなかったが、」
やはり聞こえなかったのは俺だけじゃなさそうだ。
「確かにガゼルの姿を見たのだな」
「はい」
笛の音について疑問を持たせてしまった代わりと、自信満々に肯定する。
「それはカメラで撮影出来る程近くにいるのか」
隊長の隣で寝ていたスペクタが何時の間にか起きて、共通語、ワ・テクスで口を挟んだ。彼はノメイル語をある程度聞き取れるものの、話す方には自信がないので、ワ・テクスで話している。
スペクタの持っていた機材袋の厚みからみると、肉眼で見えるものなら大抵写せるようなレンズは入っているに違いない。
「高倍率レンズで撮影する分には支障のない距離だと思われます」
「そうか」
言いながら、カメラと諸々の機材を携え、写真を撮りに行った。これで証拠写真が撮られる。
俺とヤトエリアスの二人きりになったところで、ヤトエリアスが指示を出した。
「折角報告しに来たのだ。隊員を起こすのを手伝ってくれ」
「お安い御用で」
その後、ガゼル等に気付かれぬよう、静かに隊員たちを起こして回った。



「推測」 遠征三日目 午後十一時五分 ミュールド
ノース城に変な鷹が頻りに窓を叩いていると思ったら、脚にレトフランシェからの雁信が括り付けられてあった。記された日付を見ると、今日の正午とある。鳩ならソノス~ノース間を一時間足らずで縦断出来るのだろうが、元々伝書には向かない鷹が霧に囲まれたソノス周辺で迷ったのかもしれない。
中を見る。部隊の名目変更を記した将軍の雁信が、帝国使節の放った鷹に伝書鳩ごと奪われたとの旨が記されている。奪われた雁信の数、十二。ノメイルにある州はソノス、ロルス、レクル、オルス、アルビ、ノルビ、トルビ、ライク、アノス、レイク、アンスル、トース、バースの全十三。奪われた雁信の数はノメイル内の全州からソノスを差し引いた数に等しいことになる。今朝ノース城に届けられた雁信はこれなのかもしれない。
また、部隊に同伴している監視官は二十四羽の鳩を持参しているとも書いてあった。これもソノス以外の全州の数の二倍。予備込みで持たせてあるのだろう。その監視官はカメラを持ち歩いている、とも書いてあるから、撮った写真を直接全州に送るつもりに違いない。
今朝送られてきた将軍の雁信。それに監視官の写真が加われば、必ずやノメイルに帝国の仕組んだ災難が訪れる。そして、それは全力で回避せねばならん。
急いでダクラ宛ての雁信を記す。そして我が州で最も速い鷹の脚に括り付け、放した。
一刻でも早く届くように。



「現像」 遠征三日目 午後十一時十五分 アラシュ
起き出した隊員たちが支度をしている間、俺は手持無沙汰だった。そもそもヤトエリアスに進言しに行った時点で既に準備を整えてあったのだ。スペクタがせっせと先程撮った写真を現像するのを傍らで眺めていた。興味本位で色々訊いてみる。
「これってあれか。最新の湿板写真機って奴か」
「見りゃ判るだろ」
「やっぱ乾く前に現像しなくちゃいけないのか」
「そうじゃないと湿板写真機にならないだろ」
スペクタが大きな籠を持ち歩いていたことを思い出したので、それについても尋ねてみる。
「そう言えばあんたの持っているあの籠、一体何が入ってるんだ。サンドイッチを入れるには、ちょいとばかし大きすぎると思うが」
「鳩だよ、鳩。伝書鳩だ。分かったならあっち行っ」
終りまで言い終わる前に、先に口出しして遮る。
「で、今焼き増ししているのがその鳩に運ばせるための奴ね。何枚なの」
「二十四枚だ。それがどうした」
「いや。何も。そういえば、この部隊、何時かは分からないが、ぼちぼち出発するだろうから。遅れるなよ」
「そんなへまはしない」
スペクタの撮った写真が、後々部隊撤退の理由を証明してくれるだろうことを思い出して、これ以上は口を挟まないでおいた。
焼き増しの作業が、単純に見ていて面白かったというのもある。



「忠告」 遠征三日目 午後十一時二十分 ダクラ
遠方。故郷、ノースの方向だろうか、一羽の鷹が滑空して来る。二百メートル先の鷹の脚には紙が括り付けられている。
部隊出発から二日経って今更か。
隊長宛てだろうと思っていた。しかしその鷹は減速することなく近づいて行き、
自分の顔に衝突しかけた。咄嗟に手で受け止めていなかったら時速二百キロ超の高速移動物体が私の顔に当たっていたに違いない。自分の顔を傷付けかけた鷹を一瞬絞め潰そうかとすら考えたが、紙が括りつけてあったことを思い出し、押し止める。紙を脚から外し、開く。二枚の紙が重ねてあった。一枚目には父の署名がある。
[直ぐにして欲しいことがある。部隊にいる帝国監視官には絶対に伝書鳩を送らせるな。写真を添付したものは特に始末が悪い。…]
写真。先程スペクタ監視官が現像していたものか。
私はテントのもう一端に向けて駆け出した。狭い中に隊員がひしめき合っていて、なかなか進めない。人垣を掻き分けようとも退かす先がない。虚しく空回りする。
あと五メートルというところか。鳩の、羽ばたく、音が、した。



「協力」 遠征三日目 午後十一時二十一分 アラシュ
鳩が旅立つのを見送った。
用も無くなったし、ダクラの元にでも戻るか。
振り向いた途端、俺は耳を、テントの外に向かって、引っ張られた。
俺のトラウマが呼び起こされる。
傭兵事務所には拷問専門の傭兵がいた。傭兵とは思えない程にひょろ長くて、本名は知らないが、エクスターという呼称を用いていた。エクスターは、余程需要があるのか、事務所を開けていることが多かったが、珍しく事務所にいると、苛立つ度に相手の耳を捻りながら引っ張るという最悪の手癖があった。本人に聞くところによると、捕虜の首よりの上の状態が不問とされる場合には何時でもやるという、いわゆる定石らしい。冗談無しに耳が千切れるというから、それをやられる度に背筋を悪寒が走ったものだった。
相手の手が伸びきっていなければ自分の体重が耳にかかることも無くなると思い、ダクラの肩を持ち、手前に引き寄せた。見た目の割に軽い。耳にかかる力が軽減されたかと思いきや、急に頭を殴られた。今のパンチ、『見た目の割』にどころじゃない。大男でもこんな馬鹿力を出す奴はいないだろ。
「いきなり他人に抱き付かないでください」
「だったらいきなり人の耳、引っ張んな」
依然怒っているようには見えたが、ダクラは手を耳から離した。やっと耳を解放して貰える。
「ちょい、落ち着け。先ず、何でさっきはいきなり俺の耳を引っ張ったんだ」
「あのとき、何故スペクタを止めなかったのですか」
全く落ち着いてくれなかった。
「写真が撤退理由の証明になるんじゃなかったのか」
ダクラは自分の言っていることの矛盾に気付いたらしい。
「あ。済みません」
「済みませんで済む訳無
「事情が変わりました。依頼主から計画変更の知らせがあったのです」
遮られてしまった。だからといって契約の変更内容を無視してはいけないと思い、訊き返す。
「どこがどう変わったんだ」
「えっと、」
言いながら手に握り締めていた手紙を開く。見るからに、まだ手紙を全て読んでいないらしい。
ダクラは手紙に目を通していた。約一分。
 暇だったので、ダクラの方に目を遣る。俺はあまり他人に目を合わさない癖がついていたから、初めてまともにダクラを見た気がする。左右違う色の目で見据えられたときの、人の困惑する顔を見るのが嫌だったというのがその癖の原因だった。
髪は闇に沈むように黒く、肌は月のように白い。眼は凛としている。先程の馬鹿力はどこから出てきたのだろうかと思える程奢に見えるが、全体的には強かな印象。
ダクラが手紙から目を上げた。咄嗟に目をダクラの顔から外す。
「先程、スペクタが伝書鳩に写真を詰める一部始終を見ていましたか」
肯定する。
「では、その伝書鳩に写真以外のものを詰めていましたか」
「そういえば、同じ文面で全ての写真に手書きしていたものを全ての鳩に持たせていた。確か、[部隊三○七にガゼルとの戦闘による死傷者が出た]だったかな」
「それです。私たちはその手紙に書かれたことを起こさないようにすれば、写真を無効化することが出来ます」
「何で、証拠写真を無効化しなくちゃならないんだ」
 ダクラは一旦俯いた後、躊躇うように口を開いた。
「契約書にあった情報提示の制限ということで、了解を頂けないでしょうか」
情報提示の制限、か。
「口では簡単そうに言うがな、ガゼルに包囲されてからノース州へ逃げるまでの間、どんなに少なく見積もっても一時間半だろ。トースは平地で、ノースは高原。明らかにノースに着くまでは山がちな道をオルに走らせなくちゃならねえし、簡単にガゼルに追いつかれちまう。オース山脈の尾根線を通ることで全滅だけは避けられるかも知れんが、一人の死傷者を出さないでいるってのは完全に不可能だと言っていい。そもそも、それを見越してスペクタは手紙を添付したんだろうが」
ダクラは益々萎れて、ただでさえ小さく見える体が更に小さく見えた。言い過ぎた気もする。
「だがな、契約内容には従う。全力で部隊を守ってみせる。だから、そんなしょぼくれた顔すんな」
右手をダクラの顎に当て、俯いていた顔を持ち上げる。少し恥ずかしそうだったが、少しは笑顔になってくれた。
「テント輸送班、配置につけ」
ヤトエリアスの指示が聞こえた。
部隊出発の準備がそろそろ整ったようだ。骨組みの結合は緩められ、テント輸送班の班員が均等に幕に付いている。どうやらテントを一気に畳むつもりらしい。
「その、ありがとうございます。私も頑張ってみます。私は隊長に用がありますから、また後で」
そう言いながら、ヤトエリアスの方へ駈け出して行った。人垣越しにだが、ダクラがヤトエリアスに何らかの紙を渡しているのが見えた。
さて、そこいらで砂でも集めて来るか。何も球技の大会で負けた訳では無いんだがな。



「奮起」 遠征三日目 午後十一時二十五分 ダクラ 
「総員。手を休めずに聞け。この部隊は、これから撤退することになった。理由は、」言葉を探しているようでもある。「これ以上トース内部に侵攻しても、任務を遂行出来るだけの人員が残る可能性は先ず、無いからだ」
全ての隊員が分かっていたことだが、改めて言葉にされ、部隊全体に様々な種類の動揺が走る。
部隊撤退が許可されたことへの安堵。
ガゼルと長時間対峙しなければならないという不安。
生きて帰れる保証が無いことへの恐怖。
「だがな。実戦経験者こそ少ないものの、この部隊にいる者は全て精鋭ばかりだ」
部隊が静まる。
「不可能を可能にしようという意思さえあれば、道はそこにある」
この言葉に、たとえ仮初めでも、勇気付けられたのだろう。大声は出せないながら、自らを奮起しようとする隊員等の声が聞えた。
「ノメイル人としての誇りは、ガゼルであろうとも倒すことは出来ない」「ノメイル、万歳」「ノメイルに敵無し」
隊員の士気が高まったところで、ヤトエリアスは追加の指示を出した。
「テント輸送班がテントの幕を回収すると同時に、全隊員は帰路へと向かう」
その後、隊長の掛け声で骨組みを覆っていた幕は一気に翻され、部隊は出発した。



「危惧」 遠征三日目 午後十一時三十分 ミュールド
危惧していたことが起こった。今朝早くに届いたものと同じ製法の紙を携えた鳩がノース城に現れたのだ。
手紙を鳩から外し、開く。そこにあったのは一枚の写真と監視官のものと思われる文章だった。
写真は部隊の通し番号が刺繍されたテントを手前に、ガゼルを奥においた構図。部隊が包囲されていると示しているのだろう。問題はその通し番号が文章で触れられているものと一致することだ。[部隊三○七にガゼルとの戦闘による死傷者が出た]
これを、今朝送られた、将軍の署名が付いた雁信の内容と照らし合わせる。
いけない。
帝国から送られた二つの手紙。一つでは何の変哲もないが、合わせると良くない情報を作り出してしまう。それは、
トースを迂回して然るべき目的を持った部隊が、ガゼルに襲われたという情報。
元々トースの境界線は、二百年前に人間の作成した、[人間の指定する範囲――トースより外側をガゼルが人に危害を加えてはいけない区域、治外法権にする]といった旨のトース条約をガゼル側が承認したことで成立したもの。トースの外側にいる人間を攻撃することは、即ち条約離反を意味するのである。
また、近頃、ガゼル殲滅運動が活発化している。今ガロレイド=シルドヴァイエルが将軍になっているのは、その治めている土地、ソノス州の農工可能面積が全ての州の中で一番大きいからであるが、それは相対的なことであって、全ての州の農工可能の面積はほとんど変わらない。つまり新たにまとまった土地を手に入れれば、どの藩主でも将軍になることが出来るのである。そして、トースは農工にも支障が無い程に肥沃な土地。ガゼルを全滅させ、トースを占領すれば、この国の実権を奪うことが出来るようになる。
二百年もの間、ガゼル側がトース条約を守り続けて来たし、戦争を起こすにしても一州では到底太刀打ち出来ないからこそ、辛うじて、今まで戦争を起こせるだけの賛同者を得づらい思想だったのだ。皆が一緒に出ないと、誰も赤旗を渡りたくは無いのである。
このような情勢の中では、本来矛盾した二つの情報をガゼルの領域侵犯に結び付けるのは必然的。全州を巻き込んでのガゼル掃討戦争が巻き起こるのも目に見えている。ただ、吾輩の知る限り、ガゼルの総数は大半の国民が想定するよりも多い筈。人間側が簡単に負けることは無いだろうが、かといって戦わずして勝敗が分かるわけでも無い。悪くすれば戦争の長期化、軍隊の疲弊、国防の衰弱につながりかねない。
帝国がこのような策略を仕掛けるとは。
写真が偽造である確率を提示するのも手ではあるが、今まで声を大にして賛同者を集めることが出来なかった思想を実行に移せる絶好の機会として、他州主が黙殺してしまうのが落ちだろう。それならば、写真に添付されていた文章を覆すしかない。容易ではないが、唯一の、戦争回避の手段である。
ダクラ。頑張ってくれ。
吾輩は吾輩に出来ることをしなければならない。他の州主には部隊がノースに着くまでの間、行動を差し控えて貰えるよう手紙を書き、部屋の外に控えていた側近、トレラテに渡す。
「外出する。一時間位で戻る。他の者には伝えないように」
トレラテは唯頷き、鳩小屋へと向かった。



「嫌悪」 遠征三日目 同時刻 アラシュ
後一分もしない内に部隊が、包囲していたガゼルと接触する。
部隊の配列について、傍らにいたダクラに尋ねる。先程ヤトエリアスと話していたのだから知っていそうだと踏んだのだ。
「ええ。実戦経験者である貴方、隊長は、それぞれ部隊の左側、前方を担当して貰います」
普通に考えてそれはおかしい。
「なら、右側は誰が担当するんだ」
後ろめたそうに間を置き、ダクラは「私が担当します」と答えた。
「私は、剣術はさほどではありません。ただ、単純な力技で、ねじ伏せることが出来るのです。オルも、必要ありません」
やはりか。
「そうか。薄々感付いてはいたが、改めて言われると、嫌だな」
どうしても嫌悪感を感じずにはいられない俺自身が。
ダクラの顔を見たくなくて、目を伏せる。
「ダクラ。お前は、ガゼルだな」
見ていない見ていない見ていない見ていない。俺はダクラの表情を見ていない。そして言葉だけは垂れ流しにする。
「ブリーフィングのときだって、ガゼルが人間の流した情報をそう易々と信じる訳が無かったし、俺を起こしたときだって、俺にも隊長にも聞こえなかった笛の音をさも当然のように聞いていたし、さっき殴ったときだって、大の大人でもそうそう出せる力じゃなかった。明らかおかしかったんだ。人間にしては。だけどガゼルとしてなら説明がつく。ガゼル同士の情報なら相手も信じるだろう。可聴域が広いから、人間には聞こえないはずの笛も聞こえる。怪力については説明するまでも無い。
俺は、ガゼルにはついて、あまり良い記憶が無いんだ。悪い記憶ばかり。兎に角、精々、部隊の護衛を頑張ってくれよ。俺も精一杯やるからさ。ただな。これ以上俺とお前が馴れ合いをするかというのは別だ。もうこれからは契約内容を守るだけにする」
相手の返事を聞きたくなくて、オルを部隊の後ろに回す。
「降ろすぞ」
返事を聞かずに首根っこを掴んで、オルから降ろした。
ダクラは何も言わず、部隊の右側へと走って行った。
「ガゼルじゃないと思っていた時は、楽しかった」
俺も使命を全うしなければならない。先程砂を詰め込んだ袋と紐を取り出し、紐を袋についている環に結び付ける。準備は整った。
ブラック・ジャック。布袋に砂を入れただけの代物だが、ピンポイントにガゼルの頭に当てるだけの技能があれば、ガゼルとの戦闘に於いて高い威力を発揮する。ガゼル攻略が難しいのはガゼルの皮膚があまり刃物を通さず、決定的なダメージを与えるには皮膚で被われていない場所、目や耳等に刃物を差し込むぐらいの手段しかないからである。それはつまり、内部の強度自体は人間並みとまではいかないまでも、動物としての標準レベルということでもある。
ブラック・ジャックはある程度の柔軟性を持ちながら、衝撃が体内に浸透するから、皮膚の強度の影響を受けない。頭に当てれば脳震盪も狙えるのである。ガゼルの再起不能を狙うには、最も効率が良い。
問題は高速で移動するガゼルに鈍器を加速させ、当てるのは先ず以て不可能であることだが、何故か俺にはそれが出来た。
四年前、俺が傭兵事務所を辞める前に赴いた最後の戦場で、部隊はガゼルと対峙した。ある州主の依頼で、ガゼルの総数を調べるという目的だった気がするが、正直それはどうでもいい。兎も角、部隊は俺を除いて全滅した。その部隊はブラック・ジャックを正式に採用していたが、まともにガゼルに当てられたのは俺だけだったようだ。何故か分からないが、武器を使うことに於いては、俺は長けているらしい。
どうやらまたお世話になりそうだ。
午後十一時三十二分、部隊は包囲していたガゼルと接触した。



「解放」 遠征三日目 午後十一時三十二分 ダクラ
分かってはいた。アラシュであろうとも、自分がガゼルであることを知れば、自分を避けることを。ただ、仕方なかった。ガゼルであることを隠したままでは全力で戦えないから。
身軽になる為に、鎧を外す。
自分はガゼルの中でもトップクラスの身体能力と五感を有する王族の末裔だった。王族は力に制限を掛かっている間、瞳の色を黒色に見せることが出来、身体や神経への負荷も少ない。今までガゼルであることを見破られるのを恐れて、力を解放しないで来た。
ちらりと開放時間について思い出す。トース脱出までが一時間半。そして、今までそれ程の長時間、解放状態を維持した王族は、いない。それより短時間の開放で昏睡や発狂、死亡した王族は、いる。大変な危険が伴うし、自殺行為だった。怖い。自分がどこか、どこか戻ってこれない場所に行ってしまうようで、怖い。
しかし今はそれどころの問題では無い。
恐怖を無理やり抑え込み、自分は王族としての力を開放した。



「恐怖」 遠征三日目 同時刻 ヤトエリアス
私は今まで幾度かガゼルと戦ったことがあり、また、先程本人から断りがあったが、私はダクラ隊員の動きを見た時、言葉を発することが出来なかった。
高速で部隊に迫り来るガゼルに接近する、
頭を掴む、
手近な物に叩き付ける、
叩きつけられた物も多くは粉砕される、
ひたすら繰り返す。
ガゼルをも凌駕するガゼルがそこにいた。それを見た、応戦に当たっている他の隊員たちも表情が硬くなっている。ガゼルの数が減っていることを素直には喜べないのだろう。
何故なら、ダクラはどのガゼルよりも強く、且つ危うい。敵・味方の線引がとても危うい。部隊に味方して、ガゼルを倒しているダクラもまた、ガゼルなのだから。
どうしても、理性で抑え付けても、ダクラが敵に回ったときのことを想像し、震え上がってしまう。今にも手にしている大剣を落としてしまいそうだ。辛うじて、自分の死に対する危機感で大剣を握り締める。
五十過ぎた老体の所為であまり機動性に優れないながらも私は、怯んでしまう己と闘い、迫り来るガゼルと戦う。過去私の体験した悲劇を繰り返さない為にも。



「幻影」 遠征三日目 午後十一時五十七分 アラシュ
加速させながらも微調整を施し、ガゼルの爪を掻い潜りながらも頭に命中するようなコースに導く。
如何なる場合に於いても、この砂袋を破くことは出来ない。布袋の余り自体はあったが、上下に激しく運動するオルに予備を載せることは出来なかったし、途中で降りて砂を詰め直すことも出来ないからだ。
半端ない重さの砂袋を振り回し続けて、手が乳酸漬けになる。この苦痛が何時までも続くように思われた。
そういえば、部隊の向こう側から、木の圧し折れる音や、石の砕ける音が絶え間なくする。これがあのダクラの、破壊の産物なのだろうか。疲れとの相乗効果で、意識が飛びそうになるが、辛うじて、抑え付けた。

日付が変わったかもしれない、疲れ、ぼやけ始めた眼の片隅に、何か、黒いのか、物体が部隊とは別方向に走っていくのを捉えた、黒いのはマントだったようだ、顔が見える、こっちには気付いていない、そしてその顔は俺が五歳の頃、トースの森から逃げ出す前、見た、最後となった、
父親の姿だった。



「生存」 遠征四日目 午前一時五分 ヤトエリアス
部隊はトースとノース州の境を超えた。
もうガゼルは追って来ない。
肩に張り詰めていた気を抜く。しかし実質は、〇時半あたりからガゼル等の攻撃が、なんと言葉で表現すれば良いのか、緩くなっていた。傍目にはよく分かりづらいが、爪による斬撃を受け止める大剣に加わる衝撃が、ガゼルが迫り来る際の圧迫感が、全体的に軽くなっていた。確かに二人の隊員、ダクラとアラシュによる効果的な攻撃で再起不能になるガゼルも多かったのだろうが、個々のガゼルがそこまで簡単に疲弊した筈は無い。短時間集中タイプではあるが、疲労感を精神力でシャットアウト出来ると聞いたこともある。
正直腑に落ちないが、見たところスペクタ監視官にはあまり訝しんだ様子は無い。どことなく悔しそうには見えるが。
後ろを振り返る。満身創痍の者ばかりだが、死傷者はいなかった。悲劇を繰り返さずに済んだのだ。
「部隊は撤退したのだから、私はもう用済み。先に帰らせて頂く。フューラーシャフトの者達がどういう始末を下すかはよく分からんが」
傍らにいたスペクタ監視官は、徐に口を開くと、共通語で言った。そして言い終わる前にオルを手綱で操り、部隊からの距離を開いていく。
きっと母国に勝手に帰ってしまうのだろうと察せられたが、押し留めたりはしなかった。将軍の意向もそうだろうし、帝国使節団の処罰にしても、帝国側で十分にやってくれるだろう。ノメイルが特に手を下すことは無いのだ。



「父子」 遠征終了から一週間後 午後四時 ミュールド
最終的に、部隊三○七は遠征開始から六日目にソノス城に帰還した。今日は開始から十二日、帰還から一週間経った神暦一○○九年十月十九日に当たる。
遠征四日目、王族の家主である吾輩が指揮官に直接掛け合うことで部隊への攻撃は止めて貰えた。どの道、鳩では精々拠点基地までしか届かないから、後で直接ガゼルが指揮官に届けるまでの間、下手すると部隊がノースに辿り着くまで、指揮官に届かない可能性が高かったというのもある。その後急いでノースに帰った後、ノースに着いた部隊の頭数を遠目でありながらも数え、百人いることを確認すると、死傷者がいない旨を書いた雁信をソノス城へ送った。隊員の身分確認が出来るのは部隊を編成したソノス州だけだからだ。そして、部隊がソノスへ到着すると直ぐに全隊員の身元確認が行われた。結局部隊にいた百人は全員部隊に登録されてあった。
死傷者のいないことが証明されたのだ。
そして、写真が偽造であるということになった。実際硝子盤を使いまわす際に、一度原板を良く拭き取らないと前に取ったものが薄く浮かび上がるという現象は、初心者にはよくあることだ。故意にガゼルが写った原板の内のガゼルの写っていない部分を拭き取り、拭き取った部分に部隊が収まるようにすれば、簡単に写真を偽造することが出来る。吾輩の目から見れば、あの写真はガゼルに当たる光度と部隊に当たる光度が全く同じなので偽造の筈は無いのだが。一応文章が偽りであると既に証明されているので、写真の方は適当に理由付けしておけば良いだろう。実際、ガゼル殲滅運動は沈静化している。
問題があるとすれば、それはダクラの容体だろう。ソノス城前での身分照合が済んだ直後に、吾輩の遣わした側近等はダクラを回収したが、既に全身が破損していた。立っているのも不思議な程だったという。急いでノース城まで運ばせ、現在は療養中だが、回復の度合いは芳しくない。
そして今、吾輩の抱える問題は突然の来訪者によって更に一つ足された。トレラテが伝えるところによると、来訪者は唯『息子』と名乗ったらしい。吾輩が『息子』と聞いて心当たりがあるのは、
部屋に通されたのはガゼルの右目とノメイル人の左目を持った男だった。思わずその名を口に出してしまう。
「アーリュエン」
「その名で俺を呼ぶな。今はアラシュ=マーセナルだ」
そういえば、ダクラ宛に『親展』と記した手紙が届いていたが、まさかダクラが以前話していた傭兵が彼のことだったとは。灯台元暗しとはこれのことを言うのだ。もっと部隊について調べておくべきだった。
「しかし何故今更になって吾輩に会いに来た。血眼になって探していたのは知っておろう」
「誤解するな。別に貴様に会いたくて来た訳じゃない。ダクラがこの城に、少なくともノース内にはいる筈だろ。あんな派手なことをやらかしたあとだから、人目に触れるところに置いておく訳が無いからな。俺はダクラに会いに来ただけだ」
復縁をするつもりはないのか。しかしこちらも何もせず引き下がる訳にはいかない。
「そうか。私の末っ子に会いにきたか」
「貴様の、子だと」
アラシュの冷めた表情の温度が更に下がり、凍り付く。
「お前の母親は確かに、お前を生んだ後、程無くして逝ってしまった。しかしな、まだ足りなかったんだ。後の世代での、三親等以内の近親結婚を防ぐには。そんなところにお前が失踪してしまった。そうなるとレトフランシェしか残らないことになる。このままでは一人の王族の血を純粋に継承する子孫すらいなくなるじゃないか」
現在王族の血筋はニルシュト家とウェルヴァウセル家の二つに分かれているが、前代にも類を見ない程に子が出来ず、辛うじてニルシュト家にレトフランシェがいるばかり。それは王族として最も危惧すべきことであることは一目瞭然だ。身体能力を極限迄高め上げた挙げ句、その戦闘能力が均質化してしまったガゼルをまとめあげることが出来るのは突然変異を起こし、ガゼルをも抑え込める程の進化を遂げたメタの子孫、王族だけなのだから。そして王族の血に王族以外の者の血が混ざる事はあってはならない。
「それで貴様、ウェルヴァウセル家の者と、
「ああ。そうだ」
「妹だろ。それじゃ三親等以内じゃないか。本末転倒だ」
「吾輩は目的、即ち王族の血を薄めること無く継承することの為には手段を選ばない」
そうだ。吾輩は今までそう自分に言い聞かせてきた。片隅では間違っていると思いながらも。しかし今それを否定しては、今までを全否定することになってしまう。それが怖くて、片隅からの声に耳を塞いで来た。
「残念ながら、俺はその目的に付き合うつもりは無い。兎も角、ダクラに合わせろ。用はそれだけだ」
もう聞く耳は持たないだろう。そろそろ潮時か。
「分かった。ダクラのところまで、今部屋の外に控えているトレラテに案内させよう」
「俺はそれしか用は無いからな」
退出しかけたアーリュエン=ニルシュト、現アラシュ=マーセナルの背中に声を掛ける。
「お前の血は将来ガゼルを、そしてノメイルを救うことが出来る。それだけは忘れるな」
息子は振り返りもせず、ドアの向こうへ去った。



「抱擁」 遠征終了から一週間後 午後四時十分 ダクラ
「ダクラ、いるのか」
寝具に包まって安静にしていた私の元に、アラシュの声が聞こえた。手紙で今日の訪問について読んでいたが、まだ面と向かって話す勇気が出ない。何も言うことが出来なかった。
「ドア越しで、いいか」
「声さえ聞こえればそれで良いです」
辛うじて声を絞り出す。
「分かった。年上だと思って気にしているんだろうが、丁寧語じゃなくても気にしないからな。あと、手紙で言うのは良くないと思ったから実際に来たんだが、迷惑か」
「そんなことは無い、です」
「そうか」
アラシュが壁に寄り掛かる音がした。
「ちょっと、勝手にしゃべらせて貰う。前にも言った通り、俺はガゼルも、王族も、嫌いだ。それだけは変わらない」
あの時の記憶、孤独を思い出してしまう。耳を塞いでしまいたくなるが、我慢して続きに耳を傾ける。
「だがな、俺は俺自身が一番嫌いだ。ガゼルだと知った途端、手を返したように距離を取ろうとした俺は間違っていた。それにダクラを他のガゼルや王族とは一緒くたに考えるのは唯の偏見だと分かったんだ。ダクラ、済まない。許してくれと言えた口じゃないだろうが、改めて考えて、後悔していることだけ伝わってくれれば、俺はそれで良い」
静寂。いつも寂寥感を感じてしまう静寂に、今はぬくもりを感じる。目を拭った袖が濡れていた。このぬくもりは自分の涙、理解者を得た喜びの、涙だった。 
毛布を押し退けて立ち上がり、ドアに歩み寄る。まだ修復し終わっていない部位が悲鳴をあげるが、精神力で堪える。ドアに触れると、幽かに、アラシュのぬくもりを感じた。自分もドアに寄り掛かってみようかと思ったが、ちょっと恥ずかしくなってやめた。ただ、出来心で、驚かしてみたくなった。
内開きのドアを開け、倒れこんで来たアラシュに抱き付く。
「許すも何も、その気持ちだけで、私は嬉しいです」
先程のアラシュの言葉に返答した。
「わ、ちょ、いきなり抱き付くな」
対するアラシュは、予想以上に面食らっていた。
「だいたい、何で自室で女装しているんだ」
「ちょっと待て下さい。何でこれが女装に、
自分はアラシュの勘違いに気付いた。
「確かに部隊では指定の軍服を着ていましたが、だからと言って、何で私を男として見るのですか」
「え、違うの」
「違うも何も、私は普通に女であって、どうしてそれを間違えられるのですか」
「簡単に暴力振ったり、脅したりするし、あまり胸が無
「イマアナタナニヲイイマシタカ」抱き付いていたアラシュの首に絞めを掛けた。
「く、苦しい。あ、見た目以上に胸が無い。いやその、ダクラ済まん」
「本当、済む訳がありません」
服越しに伝わるアラシュの体温が暖かい。それに、結局和解できたのだから、これで良いかもしれない。すっかり以前、いやそれ以上の関係になっていた。

残る爪痕 血脈の果て 前編 「錯覚」 

残る爪痕 血脈の果て 前編 「錯覚」 

架空の世界で魔法を使わずに戦う者たち。国内に巣くう人外かつ人型の生物、ガゼルとは。神話と神器の謎の奥には無慈悲な真実が。 凱風(http://m-pe.tv/u/page.php?uid=gbungei&id=1)に掲載された三部作の中でのノメイルのお話。アラシュとダクラが大活躍します。ただ少数での戦闘が好きなので、少数部隊しか描写していません。それに他国との外交もかなり疎かになってしまったようです。自分のキャラの方にばかり熱が入ってしまいました。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-02

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著作権法内での利用のみを許可します。

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