いったいそいつはどうだかな

いったいそいつはどうだかな

一里塚様々です。
おかげさまで拙いながらも、モチベーションを損なわずに書き続けてます。

「作り直す? あたし、手伝う?」
 ほぼ原始人のような片言で、オレの幼馴染がキッチンに顔を出す。
 オレは出た、と思いつつ、
「いいよ。じゃまだから」
 簡潔に断り、背を向けた。ところが、それがこいつは気に食わなかったらしい。
「じゃまって何よ? 人が言ってあげてんのよ?」
 今更遠慮しようにもできない間柄だ。はっきり言えば幼稚園のころからの付き合いだ。性格もよーく分かっている。そして付き合いの良すぎる、自分のこの性格……はっきり罪だと言ってしまいたい。しかし今は、
(おまえは人ではない。人でなしだ)
 言いたいのをオレはこらえるのに手いっぱい。
「あげてる、とか言われても……おまえとしゃべってると、こっちは卑屈にならねばならんのかと思うよ」
 相手はきょとっとして、瞳をキラキラさせている。獲物を見つけた猫、いや虎に見える。
 しまった。オレとしたことが、うっかり相手をしてしまった。
 
 上に姉がひとり、下に妹が一人、五人家族の我が家ではわからなかったが、ヴァレンタインデイなる、とあるひとの命日に、チョコを作ってばらまくのは女だけだと思っていた。年頃になるまで。
 ところがある日、学校帰りの道なりで、いきなりこの幼馴染にとっつかまり、迫られて、今まで信じていた物が淡い夢であることを知った。
 焦げたような異臭の充満したキッチンに通され、手作りキット、と書かれた箱の注意書きを見た。
 コンロには焦げたフライパンが……いや、見なかったことにしよう。今更焦げたチョコの香りなんて、珍しくもない。この幼馴染のことだから。ほら、あれだろ? 焼きチョコとかっておいしいの? とか言って、ガスコンロに火かけてフライパンにチョコを……て、とんでもねえ。あっぶねえ、なんとなく雰囲気で受け流すところだったぞ。
「手作りキットを、どうしたら、産業廃棄物並みの物体に変えられるんだ?」
「どうしてよ? ミルクチョコなんだから、チョコはミルクで溶かすもんでしょう? どうしてそんなことができないのって聞いてるのよ?」
「できないの、じゃない。もはやおまえの言質そのものが、バイオハザードなんだよ」 
 ちなみにトリュフの手作りキットであるが、ミルクでチョコを溶かせとはどこにも書いてない。断じてない。まともなひとはよくよく覚えておいてほしいものだ。
「だから、作り方の手順を完全に無視して、フライパンに放り込まれたこの、ドス黒い異物のどこがチョコなのか、と聞いている」
「フライパンでできないから、キットを買ってきたのよ」
「じゃ、なんで書いてある通り作らないの」
「いいっしょ☆」
 いや、わけわからん。まるで理由がわからんままに男にチョコ作らせるとか、なんのプレイだよ?
 まるで溶け損なったカレールウみたいだ……オレはフライパンを見えないところに押しやった。

 思えばこの時期、いつも季節は微妙だった。
 今年は梅は咲いたが雪が降った。このオレの悲しみを代弁するかのように。今年もオレはヴァレンタインなる人物(以下略)にあいつの支配するキッチンに出向いた。
 自然と四季の風物、景観、動植物、文化。そんなものがテーブルの端でひしゃげていた。オレが昨日完成させたチョコケーキだ。芸術とも言える逸品を誰がこんなにしたって言うんだ。
「おまえ、一度でもテンパリングしたこと……ないよね?」
「わかりきったことを聞くのは、なあぜ?」
「いや、一度聞いてみとこうと思ってね」
 女子の生態評価の参考までに、ね。
「にしても」
 なんで朝っぱらからケーキを作りなおさねばいかん? 年季の入ったチョコケーキはオレが作った。デザインした。確かに幼馴染のために、オレが!
「昨日、何があったんだ? 主に夕刻から後」
「いいじゃない、何があったって」
「その言い方は何か隠してる。おまえは語尾に必ず特殊マークつけてしゃべるキャラだったはず」
「ごめんなさい」
「……悪いとは思ってるのか……めずらしいことに」
「だってパパが、帰宅したと思ったら、ベロベロになっちゃってて、あたしがケーキを見せにテーブルへ運んだら、靴下を脱ぎ始めて、そのまま……」
 ああ……想像すらしたくもない情景が浮かぶ。
「ヴァレンタインおめでとーう☆ これからもパパは、あたしのラブでキュートなパパでいてね☆ て台詞を用意してたのに……」
「ドカンと一発……か」
「そう……どっかりと、脚をテーブルにのっけたの。ううん……」
「言わなくてもわかるよ。結果は出てんだから。オレは全然恨んでやしないぜ。パパを喜ばせたかったんだよな?」
 オレは、豪快にかかと落としを食らった、自分の創作物を眺める。
 ケーキが見事にU字型にへこんでる。こんなの見るくらいなら、捨ててくれて全然、かまわなかったのに。なぜに作り直しまで請け負うんだ? べつにオレはこいつのパパにラブでキュートなわけじゃないんだよ?
「にしても……」
 作り直すにしても、材料費がかかるんだが。
「え? そんなのあんたの愛情にコミコミよ?」
 え、って、ひど! そ、そんな、あるかないかもわからないものに……オレの小遣いが投入されるのか……。
「そんなのどこにあるんだよ、オレの気持のどの部分にコミコミなわけ?」
「そやって、呼べば便利に――律義に出向いてきてくれるとこ☆ えへっ?」
「今、便利つったな? タクシー代返せ。おまえに少しでも、いたわりとか思いやりを期待した、オレが馬鹿だった」
「いたわり? 思いやり? それって何? うだうだ文句言わずに、男は出すもん出せば良いのよ!」
「カツアゲかよ、おい! いつか訴えてやるからな!」
「いつかって、いつなのかしらね……?」
 う……っ。
 それをおまえが言うのか?
 オレは一気に脱力した。
「めんどくさい奴……」
「まあまあ、この先何があるかなんて、わからないものなんだから」
 それはオレもなのだが。なんだか、もっともらしくもしらじらしい言葉で騙されてる気がする。
 
                                                     了

いったいそいつはどうだかな

お読みくださりありがとうございます!
これからも日々、精進したいと思います。

いったいそいつはどうだかな

よくしゃべるひとって、嘘つきなんですって。 嘘のない恋なんてない、と思いながら、推敲を重ねました。 口数の多い彼らを見守ってやってください。

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更新日
登録日
2011-02-21

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